第7話 さらばスティーブ~武器屋とネコミミとそれから宴~
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冒険者登録をしてからギルドの外に出てみるとまだ日が出ていて祝杯をあげるには早いので、アレクとリザ兄妹とは別れて買い物に行くことにした。
というわけで俺とスティーブくんがやって来たのはギルドの受付お姉さんおすすめの武器屋。俺とスティーブは丸腰なのでせめて武器だけでも揃えたいと言ったら帰り際に教えてくれたのだ。ギルド近くにある店で冒険者向けの実用的な武器を取り扱っているらしい。
だがギルドの冒険者の少なさからもしやとは思っていたが、やはりというべきか、ドアの隙間から少し覗いてみればこの武器屋にも客がいない。表の通りには人が溢れて賑やかだからギャップが酷い。
「アル、ここでいいんだよな?」
「ここであってます」
「じゃ、じゃあ入るぞ?」
「どうぞどうぞ」
「くっ…こんにちは~」
スティーブくんが恐る恐る入っていく。流石スティーブさんよ。
中に入ると壁一面に棚があり、武器が陳列されている。壁以外の部分にも陳列棚がところ狭しと置かれてひたすら武器が並んでいる。種類も大剣やロングソードにバスタードソード、片刃の剣や片手剣にショートソードやナイフ等の刃物をはじめ、いわゆるメイスや弓、ボウガン等々様々なものがある。客はいないが品揃えは非常に豊富でなるほどお姉さんがおすすめするだけのことはある。などと感心していると奥のカウンターから黒い影が出てくる。
「貴様ら俺の店に何のようだ」
いきなり、めちゃくちゃドスの効いた声をかけられたので俺とスティーブくんは思わず変な悲鳴をあげてしまった。
そして黒い影の姿が露になると悲鳴はついに声にならなくなる。
そこにいたのは二メートルはあろうかという大男。全身は筋肉の鎧で覆われ、上半身は裸なのにオーバーオールのズボンを履いているので紐が肩にかかっている。顔は凄まじい迫力で片眼は切られた痕があり塞がっている。
それだけでもてんこ盛りなのに俺の目はさらに別の所へ吸い寄せられる。
輝くスキンヘッドの上でピョコピョコするネコミミ。
何なんだこいつは…。
獣人、存在するのは知っていたさ。だけど、初めて見る獣人がこれってどんな嫌がらせだよ。
だめだ、隣を見ればスティーブくんも完全に放心状態になっている。
いやほんとどうしたらいいのこれ。
とりあえず話してみるしかないのか。
「あの、僕達は武器を買いに来まして…」
「あら、お客さんだったの。失礼しちゃったわごめんなさいね。ささ、こっち来てみて」
話してみたら意外といい人でした。というかおネエなのか?
スティーブくんも復活して、改めて武器を相談してみる。
「ふむふむ、二人とも両手剣を使うのね。予算は二人で金貨一枚と。そうなると…この辺になっちゃうわねぇ」
そういってネコミミおネエの店員が出してきたのは鉄の両手剣。正直武器なんてほとんど触ったこともないので品物の良し悪しなんてわからない。それはスティーブくんも同じらしく難しい顔をしていると、そんな俺達に店員が教えてくれる。
「それははっきり言ってあまりものは良くないわ。この国は鉄鉱石が沢山とれるから鉄は他の国と比べれば安いけど…それでもその剣は材料費だけで大銀貨五枚はしちゃうのよ。つまりその剣は加工費なしで売りに出てるのね」
「そんなことがあるんですか?」
「鍛冶工房の見習いが作った習作なんかはそういうこともあるわ。その剣もそうね」
「アル、どうする?」
「そうですね、でも今の話によればどこへいってもこれ以上安くは手に入らないようですし、これにしちゃいましょうか。いい剣は冒険者として稼いでからということで」
「そうか、そうだな。それにお揃いの剣ってのもいいもんだしさ」
そういってスティーブくんは笑う。剣がお揃いで良いのかはちょっとわかりません。
「あらやだ男同士の友情ってステキ」
いいみたいです。
そういうわけで、俺とスティーブくんはお揃いの剣を買ったところ、俺達の懐具合を心配して店員が剣帯とか付属品をサービスしてくれたので、早速購入した剣を腰にさして店を出た。凄く熱い眼差しで俺達を見てたけど、心配してくれてただけだと思いたい。
そんなこんなで店を出るといい時間になっていたので宿へと戻ることにする。
道すがらスティーブに獣人について聞いてみた。やっぱりケモミミはロマンだからね!
「獣人? フィアット王国には結構いるよ」
とのこと。
何でも、フィアット王国の東には獣人の王国があってそこから結構この国に渡ってきてるらしい。昔は獣人は差別の対象で人権もなく見付ければ全て奴隷としていたのだとか。しかし集落でほそぼそと隠れて暮らしていた獣人が150年前に纏まって一つの国を作り上げ、フィアット王国と大規模な戦争をした。かなりの苦戦を強いられたフィアット王国は、ついに獣人の人権を認める決断をして当時のフィアット国王がすべての獣人奴隷を解放させたらしい。ローリアが王都でなくなったのもそのとき戦線がここまで迫ったからだとか。
他の国では獣人は差別されているがフィアット国王ではそういうわけで獣人は割と見かけるそうだ。
「それ以来、獣人は奴隷にだけはならないよう気を付けてるらしくて、獣人の奴隷ってのはめったにいないから凄く高価なんだって。だから鉱山には安い人間の奴隷しかいなかっただろ?」
「なるほど、あそこに人間しかいなかったのはそういうわけだったんですね。ところでスティーブさんは何でそんなに獣人に詳しいんですか?」
「ああ、地元に獣人の友達がいて飽きるほど聞かされたからな。また俺が帰ったらその話を聞かされるんだろうよ」
そう苦笑しながら言うスティーブの顔には、昔を懐かしむような色が滲んでいる。その友達とは仲が良かったんだろうな。
そしてそのあとも色々と話しているうちに鳥の羽休め亭へと着いた。ちょうど日も落ちて夕闇が迫っており食事にはいい時間となっていた。
宿にある酒場を覗いてみればそこそこ席がうまって賑わっていた。アレクとリザ兄妹は既にテーブルについており、こちらに気付くと手を振ってきた。
「すみません、遅くなりました」
「悪い待たせたか」
「俺達も今来たところだから気にしなくていいって!」
「お兄ちゃんの言うとおり気にしないで下さい。それより食事にしましょう?」
俺とスティーブくんが詫びながら席につくとアレクとリザ兄妹はなんてことないという風に迎えてくれた。が、二人の口には既に食べかすが付いている。こいつら我慢できずに先に何か食いやがったな。けれどそんなに気にすることでもないので早速店員に注文を入れようと周りを見ると十六歳くらいの女の子が給仕服を着てパタパタ走り回ってる。一人でホールスタッフをやっているのだろうか、あまりに忙しそうなので声をかけづらい。
そう思っていると、
「あいよ、注文はどうするね」
宿の受付にいたおばちゃんが声をかけてきた。
「ここの宿はあたしと旦那のマウリと娘のメアリだけでやってるからね、忙しいときはあたしもこっちにくるんだよ」
ちなみにあたしはスザンヌだよ、とか言いながら宿の女将スザンヌが聞いてもないのに話し出した。不思議そうな顔してたのがバレたか。というか人足りてなさすぎないですかね。けど夜は宿の受付の仕事は少なくなるから合理的なのかな。
「さ、とりあえず注文しなよ」
「お前ら何食いたい? 俺は肉が食いたい」
スティーブくんが俺達を見てきいてくる。
「肉!」
「僕も肉ですね 」
「わ、私は何でも…」
「じゃあとりあえず美味い酒と何か肉を使ったオススメ料理を四人分で」
「はいよ、ちょっと待ってな」
スティーブくんが適当にオーダーしてくれた。
どうもこの世界の庶民向けのお店にはメニューとかがあまり置いてないらしく、適当に注文するのが普通らしい。識字率が低いからメニューがあっても読めないのだろう。
あと、しれっとお酒を頼んでるけどこれも特に問題はない。場所によっては安全な水が手に入らないなんてこともあって、子供でも水代わりに酒を飲むことはよくあるので飲酒に年齢制限はない。とはいえ、さすがに子供のうちは飲み過ぎないようには気を付けたい。
料理が来るまでは雑談がてらお互いのこれまでの話などをした。兄妹は両親が昔冒険者だったことに影響されてローリアの近くの田舎から飛び出してきたらしい。アレクが十四歳でリザが十三歳、リザが十三歳になって旅立ちの許可が出たそうだ。そして持っている武器は両親が使っていた物なんだとか。ちなみにアレクは片手剣と盾を、リザは弓を持っている。
「あんたらは随分大変だったんだなぁ」
「本当に、二人とも凄いですぅ」
兄妹が同情と尊敬の眼差しを向けてくる。やっぱりこの子達はいい子なんだね、良かったよ。
「はいよお待たせ。エールと大兎のシチューだよ」
と、丁度このタイミングで料理が運ばれてくる。次の瞬間にはもう、兄妹の目からは同情も尊敬も消え去り料理に釘付けとなっていた。ちょっと食欲旺盛なだけでいい子達だよね、多分。
ともあれ、折角の料理が冷めないうちに食べようということになりスティーブの音頭で乾杯する。
「俺達の出会いと冒険者としての旅立ちを祝して乾杯!」
「「「乾杯!」」」
料理はめちゃくちゃ美味しかった。お酒を飲むのが久しぶりだったのもあるがエールは麦の風味が薫る素晴らしいできだった。またシチューの兎肉はよく煮込まれて口にいれた瞬間にほどける柔らかさで、シチュー自体にも肉の旨味が良く出ていた。一緒に出てきたパンも白くて柔らかくてカビ臭くなくて、ちゃんと小麦でできた保存用じゃない焼きたてのパンの味を思い出せた。それが濃厚なシチューと良く合って、ついつい食が進んで食べ過ぎてしまったな。他の皆も同じような感じで腹を擦って背もたれに寄り掛かっていた。
そんな感じで祝宴は終わり、今日はもう各々部屋で休むこととなった。
部屋は真っ暗だが手探りでベッドを見付けて横になる。そう、この世界の室内は凄く暗い。当然電気などないので照明は蝋燭か松明、あるいは魔道具と呼ばれる魔力を使った不思議な道具しかない。けれども魔道具は高価なのと魔力を常に注がなければならず、それには魔結晶と呼ばれるものが必要なのだがこれがまた高いのでこんな安宿では使われない。そして蝋燭も有料だったのでケチって使っていない。
加えて、ガラスも非常に高価でこういう宿の窓には使われない。代わりに木製の木窓が嵌めてあるが夜間は防犯のため閉めるようにと言われたので、月明かりすら入ってこず真っ暗になってしまうわけだ。
ちなみに、廊下も松明が少しあるだけなので暗いし酒場も松明だけなので暗い。この世界の室内は高価なガラスか魔道具が使われていない限り常に結構暗いと考えていい。
だからこの世界の人たちは屋外で過ごしたがる。ローリアにもテラス席を設けた飲食店や露天が沢山あるが、それらは明かりに対する配慮もあるのだろう。
というわけなので、真っ暗な室内では寝る以外にやることもなく、さっき飲んだエールの影響もあってかあっという間に眠りに落ちていった。
☆★☆★☆★
パシンパシンッ!
祝宴の翌日。まだ日が昇りきらない早朝の鳥の羽休め亭の裏の敷地から、木の打ち合う音が鳴り響いている。
そう、俺とスティーブが気を適当に削って作った木剣で打ち合いをしているのだ。既に走り込みと型の素振りはやり終わっている。ちなみに型は天剣流の基礎にして極意である上段からの切り下ろし"閃光"を中心にやってる。これはガレアスの指示だ。というか無名流は天剣流と流剣流の技を取り入れまくっていてオリジナリティーを感じないのだが大丈夫なのだろうか。
「おいおい、そんな考え事なんてしながらで俺の剣が受けられるのかアル」
ヒュンッと鋭い振りの切り下ろし、"閃光"がスティーブから放たれる。
すんでのところで流剣流の守りの基本、"流水"で受け流す。危なかったな、やっぱり模擬戦の最中に考え事は良くない。意識を戦闘へ切り替え集中していく。
模擬戦が終わったのはすっかり日が昇りきった頃だった。汗だくになった俺達はそのまま芝の上に倒れ混む。
「結局ローリアに来ても修行はしちまうな」
「ええ、やらないと落ち着かないですからね」
そう、ガレアスと別れたあとも俺達はずっと修行を続けていた。奴に師事したのはたったの二週間ほどだったのに、もう俺達は修行無しではいられない体にされてしまったのだ。
悔しい、だけど修行しちゃうっ!
正直強くなってる感じはしないが、まあやらないよりはましだろう。大体、他の人は数年かけて修行するんだろうしね。
と、そんな会話をしていると走る足音が聞こえてきた。
「ああ、アルもスティーブもこんなところにいたのか! もう食堂開いてるから朝飯食おうぜ!」
そういえば朝食は皆で食べようってことにしたんだっけか。それでアレクが呼びに来てくれたんだな。俺とスティーブは井戸の水で汗を流して亜麻の布で軽く拭いてから酒場兼食堂へ向かう。
それからリザも加わり四人で朝食を食べた。ベーコンに目玉焼きを乗せた物、所謂ベーコンエッグとサラダにパン、しめて銅貨十枚。いいお値段だが新鮮な野菜と卵に肉を揃えるのが大変なのはこれまでの田舎の農村や奴隷生活でよくわかるのでありがたくいただく。ちなみに昨夜の夕飯は結局色々頼んだので銅貨二十五枚、宴会だから仕方ないね。
と、そんな朝食を楽しんでまったりしているとスティーブが突然の宣言を始めた。
「俺は今日出発することにした」
「なにそれ初耳なんですが」
「どうしたんだよスティーブ! さすがにいきなりすぎだろ!」
「そうですよスティーブさん、私もびっくりです」
俺もビックリだよ、リザちゃん今日も可愛いね。
いやまじでスティーブくんどうしちゃったのさ。
「昨日スザンヌさんに聞いたら、俺の村までの馬車の定期便が今日出発するんだそうだ。次は半月後って話だから、それなら今日かなって」
「いやいや、半月後まで待ってもいいんじゃないですか?」
「俺達はまだ見習いだから金が稼げるようになるまでもうしばらくかかるだろう? このペースで金を使ってたら路銀が足りなくなりそうだからな」
「そこは頑張って稼ごうぜ!」
「そ、そうですよ、私も頑張ります!」
「だけどなぁ、早いとこ家族にも奴隷から解放されたこと教えてやりたいしさ。だから、悪いなみんな。ここでお別れだ」
カッコいい感じで締めてきやがった…スティーブくんのくせに。なお、スザンヌというのはこの宿の女将さんの名前である。
「スティーブさんがそう決めたなら仕方ないですね。今までありがとうございました。また、冒険者として名を挙げたら会いに行きますよ」
「アル、俺の方こそありがとうな。絶対ビッグになって、二人で師匠をぶっ飛ばしに行こうぜ。それからアレクとリザも、短い時間だったけど楽しかった。これからもアルをよろしくな」
「スティーブ、俺も楽しかったぜ!こっちは任せろ!」
「スティーブさん、どうかお元気で。また会いましょうね」
スティーブとの別れの挨拶を済ませた俺達は、結局馬車の停留所まで見送りにいってもう一度別れの挨拶をすることになったが、これは無駄なことではあるまい。
そうして、俺達に見送られながらスティーブは馬車に運ばれローリアの街から去っていった。 突然の別れに困惑はする。だけどきっとまた会える、そんな予感がする。
だから次にスティーブに会うときに恥ずかしくないよう、今は冒険者として頑張ろう。奇しくもスティーブとおそろいになってしまった剣を触りながら、そう決意を新たにした。