第6話 新しい街で冒険者になりました
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公都ローリア。
南大陸最大の国家フィアット王国東部に位置する都市であり、かつての王都である。東にある現在の王都とローリアを結ぶ街道はフィアット王国を貫き隣国まで続く一大交易路を形成し、ローリアは輸送の要衝として人も物資も集まっている。加えてローライヒ公爵領の領都としてその庇護を受けるとこで、経済的にも文化的にも大いに繁栄している。
俺ことアルブレヒトとスティーブはローリアを目指すことにしている。俺の家族を探すためには人や物資の集積地であるローリアが適してるし、故郷へ向かうにしても街道を通って西へ行くのにローリアの立地は都合がいいからだ。
さらにスティーブの故郷へもローリアから分岐するので、二人の目的地となっている。
そんな俺達は現在馬車に揺られてローリアへ向かっていた。
鉱山を出たあと、俺達は領軍と鉢合わせないよう鉱山を領有しているハウベル伯爵領の領都を避けて、魔物に怯えながら野宿を繰り返すこと三日で馬車が通れる道に出ることができた。それからすぐに村へたどり着き、本当に久しぶりのまともな料理とベッドを堪能してから寄り合い馬車でローリアを目指した。と言ってもローリアまではかなり距離があり十日以上かかった。その間一度馬車の乗り継ぎもあって、今は俺とスティーブくん、そして若い男女の四人で馬車に揺られている。
馬車には当然サスペンションなどなく、道も舗装されていないので、木製の車輪の衝撃が木製の椅子からダイレクトに尻へ響く。折角取り戻した尻の感覚は馬車の揺れでとっくに失われてしまった。
ちなみに、馬車の料金を含めて路銀はガレアスがくれた。死体からかっぱらったものらしいが、死人には使えないから持っていけとのこと。二人分でフィアット金貨二枚と銀貨銅貨が数十枚。
この国の貨幣、フィアット貨幣は次のようになっている。
銅貨十枚で大銅貨一枚。
大銅貨十枚で銀貨一枚。
銀貨十枚で大銀貨一枚。
大銀貨十枚で金貨一枚。
金貨十枚で大金貨一枚。
他にもっと高額貨幣もあるが日常生活で見ることはないので省略。
それにしても貨幣が十進法なんて進んでるね!
他の国では4枚刻みの所とかもあった気がするけど、わけがわからなくなりそうだ。
ちなみに、パンは一つ銅貨五枚だった。金貨一枚でパン二千個か…凄いけど稼がないとすぐになくなっちゃうな。
そうこうしてるうちに馬車は休憩地点へと停まった。どうやら定期的に馬を休ませないといけないらしく、時たまこうして水場のある所へ停まることがある。始めはこういうのにも異世界情緒をかんじたけれど、今となっては焦れったいばかり。
とりあえずやることがないので馬車を降りて凝り固まった体と尻を解すために体操をしていると、声がかかる。
振り返れば同じ馬車に乗っていた男女二人がいた。年齢は十代中頃だろうか。男の子と女の子と言った方がいいかもしれない。男の方は赤毛の短髪で、女の方はそれより暗いブラウンがかった髪をセミロングにしている。背は二人とも年相応といったところか。声をかけてきたのは男の方で、屈託のない笑顔を浮かべている。女の子の方はちょっとオドオドしてて可愛いですね。
というか、女の子と会ったの凄い久しぶりな気がする!?
「ずっと馬車で気になってたんだけどさ、あんたたちもローリアで冒険者やるのか?」
俺とスティーブが今後の話をしてたのを聞いていたのだろう。だが残念、スティーブくんは地元に帰るのだよ。
「いえ、ローリアで冒険者をやるのは僕だけです。もう一人の…スティーブは別の所へ旅を続けるそうですよ」
「なんだそっかぁ。ああ、そうだ俺はアレクっていうんだ。そんでこっちは妹のリザだ、よろしく」
そういってアレクと名乗った男の子はもじもじする女の子を前に出す。妹さん可愛いですね。ぐへへ。
とはいえリザと呼ばれた女の子はまだ十三か十四に見える。精神年齢二九歳の俺としてはあと五年はしてからでないとストライクゾーンに入りそうもない。
まあ折角の縁なのでこの二人とは友達としてやっていこう。
そうして互いに自己紹介を交わした俺達は、後から来たスティーブも加わりいくらか雑談をした。
「俺達は一流冒険者になるのが夢なんだ!」
「そうしたら王国から特別騎士として招かれちゃったりしてな」
アレクが夢を語ると意外にもスティーブが乗ってくる。この二人は相性が良いのかもしれないな。
それしても夢、か…。
俺の夢は何なのだろう。
初めて転生したときはこの世界で今度こそ本気で生きてやり直そう、何て思ってもいた。こんな中世レベルの世界なら現代知識を持った俺が活躍するのも容易いだろうし成り上がれるんじゃないかなんて。
だけどそんな考えは繰り返される十三度の生と死の前に打ちのめされた。押し寄せる奔流のような現実に抗うには俺という存在は小さすぎた。この世界の英雄と呼ばれる人々は格が違う。人を飲み込む現実という大波に耐え、跳ね返すような巨大な力を持っている。それは運命に抗う力とでも言うべきか。
だとすれば、俺はこれからも運命に翻弄され、押し流され、生と死を繰り返すのだろう。そんな生に何の意味があるというのか。
俺は、何のために生きてどこへ行けばいいのか。どうしたら終わるのだろうか。
「おい、アル。すっかり黙っちゃってどうした」
暗い思考に頭が埋め尽くされそうになったとき、スティーブにかけられた声ではっとする。咄嗟に表情を取り繕ってなんでもないと答えてみるが、上手く笑えていただろうか。するとアレクも冷やかしてくる。
「へへっ、アルも冒険者目指してるんだろ? あんまりぼーっとしてると魔獣に食われちゃうぞ」
「え、ええ、気を付けますね」
「リザもそういうとこあるから二人で魔獣の餌にならないようにしろよ」
「お、お兄ちゃんってば、もう!」
笑うアレクをリザがぽかぽかと叩く。リザちゃんは喋っても可愛いね。ぐへへ。
でも皆の、兄妹やスティーブの明るさで少し頭がすっきりした。
そうだ、今は出来ることをやろう。やってダメなら仕方ないが、何もせずに諦めてもきっと良いことは何もない。ガレアスに弟子入りしたときだってそう考えたからこそだったはずだ。
なら、まずはこの世界で生きるための力を手に入れるために冒険者として頑張ろう。
うん、何だか久しぶりに楽しくなってきた。
どうか今度こそ楽しい異世界生活が送れますように。
☆★☆★☆★
「うわーっ、でっけぇ!」
「おいアル、こんなの鉱山にいたら見られなかったな!」
「ふわぁ、すっごく大きくて立派…」
あれから休憩を終えて再び馬車に揺られた俺達は、いよいよローリアの間近まで迫っていた。今は少し小高い丘を登りきったところで、ローリアの全貌が見える。王国西部最大の都市でありかつての王都は伊達ではなく、遥か遠くまで広がる街並みを高さ十五メートルはあろうかという巨大な三重の外壁が取り囲んでいる。街は石造りの建物が殆どのようでやや白っぽく見える。中心部は大きな城と宮殿と言ってもいい邸宅を中心に緑が広がり、その周りに区画整理されたように整然と屋敷が建ち並んでいる。それが外側へ向かうにつれて建物の配置に規則性はなくなり入り組んだ街並みが延々と広がる。
そして街中を行き交う人と馬車の多さ。
規模こそ日本の都市に劣るものの、外壁や城など大胆な建築はこれまで見たことのない雄大さであり、素直に感嘆の声が出る。
そしてリザちゃんの言い方が卑猥に聞こえるのは俺の心が汚れているからなのだろうか、いや違うはずだ。
ただ驚くべきは街の外観には留まらず、ローリアへと続く街道に連なる馬車の列の長さもまた長大であった。
「凄く並んでますね、馬車」
「お客さん、こいつぁいつものこってね。まあ明るいうちに入れまさぁ」
俺のぼやきに御者のおっさんが答えてくれる。
おっさんの言うとおり、どうやら商業馬車の輸出入の税の支払い等で時間がかかるようで、積み荷がない俺達が乗っているような馬車はそれほど待たずに入れた。
入るときに身分証明などが必要かと思いきや、特にそんなものは求められず通行税として大銅貨五枚を取られただけだった。結構高額な気がするが、納税証明章とかいう木片を貰えて、これがあれば三十日は出入りが自由らしい。
あと、ローリアへようこそ! 的なのはなかった。まあ皆にやってたら門番の人大変だもんね。
とりあえず馬車の停留所なるものがあるらしく、そこで馬車を降りることになった。御者のおっさんには軽く挨拶して、ついでに安い宿のおすすめを聞いてみると教えてくれたのでそこへ向かう。
アレクとリザの兄妹もついてくる。
ふと、スティーブは泊まるのか気になったので聞いてみた。
「泊まるに決まってるだろ。今から出発したら野宿だぞ」
そりゃそうか。
そしてついでに
「俺達も同じ宿に泊まるよ! 一緒の方が楽しいからな!」
アレクとリザ兄妹も来るらしい。まあついてきてたからそうだろうとは思ってたけど。
目当ての宿は表通りから少し入ったところに見付かった。
どうやら庶民用の商業施設などは一番外側の外壁と二番目の外観の間の部分にあり、内側に進むほど身分の高い者が利用する区画になっているらしい。もともと俺達は一番外の外壁を入ってすぐの場所にいたので区画は移動せずに済んだ。
宿の名前は鳥の羽休め亭。なかなか小洒落てるじゃない。
ともあれ、とりあえず入ってみるか。
「はいよ、いらっしゃい。休憩?宿泊?サービスタイムは五時間だよー」
俺はそっとドアを閉じた。
え、ここで合ってるよね?
小洒落てるお名前とサービスの種類が何か違くない?
俺だってそんなモテたわけじゃないけど、こういうホテル使ったことくらいあるぞ。おばちゃんがこんなに前面に出ては来なかったけどさ。
「おいアルどうしたんだよー。いいから入ろうぜー!」
「ああっ!」
何ということでしょう、アレクが勝手に入っていってしまった。しかもリザちゃんを連れて。純情なリザちゃんにそんなもの見せたらいけません!
結局普通に泊まれました。というか別に泊まるだけならどんな宿でも関係ないよね。
料金は一泊銅貨二十五枚。食事はなし。裏の井戸は使い放題なので飲み水やら水浴びはそこでするようにとのこと。素泊まりで二十五枚って結構強気な値段な気もするけど、そんなもんなのかね。一階には酒場が併設されているのでそこで食べたらいいとのこと。サービスとかはないのかよ!
ただ特に他を選ぶ理由もなさそうなのでお金を払って部屋の鍵を受けとる。部屋割は俺とスティーブが個室でアレクとリザは二人部屋にした。二人部屋にしてもあまり安くならないし、スティーブは出ていっちゃうしさ。
そういえば、奴隷首輪の南京錠以外で鍵って初めて見たかもしれない。鍵って何か高度な技術っぽいし高価なのかな、田舎にはないのだろう。
まあそんなこんなで部屋に荷物を置いた俺達は街へ繰り出すことに。
「とりあえず冒険者ギルドに行こう!」
アレクのはしゃぐ声に釣られたわけではないが、確かに早く見てみたい感じはする。登録だけでもしておきたいしね。
さて、冒険者ギルドってのはどんなところなのか、入ったときのテンプレ展開なんかはあるのかな。年甲斐もなくワクワクしてきた。俺の外見は十二歳だけどね。
☆★☆★☆★
「ここが冒険者ギルドかぁ!」
「こんなに大きいギルドは初めて見たな」
「うわぁ!うわぁ!凄いよ!」
「いかついですね…」
冒険者ギルドは宿屋鳥の羽休め亭と同じ一番外側の区画の門のそばにあった。重厚な石造りの三階建ての建物には年季が感じられ、木製のドアは分厚くて金属で補強されていた。ドアの横には松明を掛ける台があり夜でも営業していることを窺わせる。
流石にみんな興奮してるな。けど問題はここからだ。こういうのは大体入ると絡まれるパターンなのだよ。俺達まだ子供だし、しかも俺とスティーブは丸腰だしね。
「よし、行こうぜ!」
アレクが扉に手をかけ、重い扉を押し開いていく。
おや、何だか思ったより静かだな。
とりあえずぞろぞろと四人で入っていってみると、なるほど確かに冒険者ギルドというやつだ。正面には受付カウンターがあって美人な受付嬢さんがいる。他にもカウンターやら何やらがある他、酒場も併設されていて、正に思い描いたとおりのギルドだ。
だが、何というか活気がない。人が少い。カウンターはガラガラで、酒場には数人の男が管を巻いているだけ。
これは…
「お、空いてるな!ついてる!」
うん、アレク君のそういうところは良いところだと思います。
なのでここはアレクに乗っかろう。
「そうですね、とりあえずカウンターで登録してみましょう」
カウンターの美人なお姉さんに話しかける。俺の十二歳の身長だとカウンターが高くてよく見えないがまあいいか。
「いらっしゃい。今日はどうしたのかな?」
「冒険者として登録にきました」
「あらあら、可愛い冒険者さんね。後ろの子達もそうかな?」
「「「はい」」」
「あら、元気たっぷりね」
お姉さんの母性が凄い。まあ優しそうで何よりだけど。
「じゃあ、この用紙に必要事項を記入してもらえるかな。文字が書けなければ代わりに私が書くからね」
そういって用紙を渡してくれたので俺は書き始める。名前と出身と得意武器等々。この情報は冒険者が死んだときに活用されることが多いらしい。
周りを見ると俺以外はみんな代筆をお願いしていた。そうか、スティーブも文字は書けないのか。
「あら、君は文字がかけるのね。小さいのに偉いわ」
俺が用紙を渡すとお姉さんはにっこり微笑んでくれた。美人さんに微笑んで貰えるなんて、小さくてラッキーだったかもしれん。
そうして全員の記入が終わるとお姉さんは一度奥に引っ込んでからカードを持ってきた。
「はい、これがギルドカードよ。これに魔力を注ぐか血を垂らしてね。そうすれば、貴方専用のカードになって身分証明にも使えるから」
お姉さんがくれたギルドカードは銅で出来ているようだった。
「うおお、これがギルドカードか!」
アレクを始め皆テンションが上がりまくっている。
カードはランクが上がるとカードの材質が変わるらしい。魔力の注ぎ方は分からないので鉱山の小屋から調理用に持ってきていたナイフを使い血を垂らす。ナイフで切るの怖すぎでしょ。
血を垂らすとカードが僅かに光ったように見えた。
「はい、これで登録完了よ。あなたたちはまず見習いだから仮登録だけどね」
そういってお姉さんは色々と説明してくれた。
ギルドのランクはGからAまで。それぞれのレベルに見あった依頼を振り分けるためにランク制度はあるらしい。
そのため受けられる依頼は自分のランクの一つ上のものまで。
そしてランクを上げるには自分のランクより上の物を規定回数こなさなくてはならないらしい。
「ちなみに、見習いからG級に上がるにはG級の依頼を二十回達成する必要があるから頑張ってね」
「二十回ってマジかよ!」
アレクが衝撃を受ける。俺も驚いた。見習いからランク上げるの大変すぎない? でも簡単に上がっちゃうのも良くないのかな。
一般の冒険者たちのランクはどんなものなのだろうと思って周りを見回すと誰も酒場で飲んだくれてる数人しかいない。そこでこのギルドに入ったときに冒険者が全然いなかったことを思い出す。
「冒険者が少なくてびっくりした? ローリアは王国軍が常駐しているから魔物も少なくて治安もいいから、依頼の数も少なめなのよね。それに今はちょうど冒険者の人たちは依頼を受けて出払っちゃってる時間帯っていうのもあるわ」
俺が口にする前にお姉さんが疑問に答えてくれる。
「でも、強い魔物がいないっていうことは駆け出し冒険者にはプラスに働くのよ? だからここは冒険者を始めるにはうってつけなんだから。新人講習なんていうのもやってるくらいだし、今度時間があったら参加してみてね」
そういってウインクしてくるお姉さん。任せてください、もちろん参加しますとも。
ちなみに、冒険者の本来の存在意義は未開拓地の探索にあるらしい。なので現在も冒険者の最前線は開拓地だという。そういう意味でも、もはや開拓されつくしているローリアには冒険者の需要は少いといえる。
ともあれ、これでとりあえず俺達も冒険者(見習い)になれたので、今日は宿に戻ったら軽くお祝いでもしようかということになった。