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第5話  俺たちの冒険はこれからだ

「アッーーー!」

 坑道前の広場に俺の絶叫が響き渡る。


 どうも、元大学清掃員、そして先日奴隷を卒業しておっさんの弟子となったアルブレヒトです。


 ガレアスに弟子入りを申し込んでから3日経ちました。

 うん、正直甘くみてた。

 今世の俺は奴隷労働でそれなりに体力も筋力もあって、栄養不足で痩せてはいても日本にいた頃よりは圧倒的に強いフィジカルを持っている。

だから厳しい修行も割とどうにかなるだろうと。

そんな俺の打算を、おっさんは見事に越えてきてくれました。


 早朝の走り込みで限界まで絞られた後に、木の棒を持ったおっさんが襲い掛かってきてふらつく足でそれを避けさせられる。当然避けられるわけもなくバシバシ叩かれ、もはや尻の感覚が無いんだが。

 奴が言うには「尻が一番頑丈なんだ。剣は尻で覚えろ」とのことだが、何を言っているのか全くわからない。

 大体、こっちは素手で避けるだけとか何の修行なのかすらわからない。


 そして意識が朦朧としだした頃に剣術の型を叩き込まれる。あとで聞いてみれば、無意識でも体が動くようにするためだとか。


 そしてやっと昼食になるが、初日はほとんど飯が食えなかった。過酷な労働に耐えた奴隷をしてこの有り様の時点で修行のペースがおかしいことに気が付いていただきたいものだ。


 昼食の後はおっさんの殺気に耐えたりしつつおっさんの手作りの木刀を使った模擬戦という名のなぶり殺しを受ける。

 そしてボロ雑巾のようになったところで再び走り込みをして夕食。

 最後にまた型を叩き込まれてやっと一日が終わる。


 正直もう無理と思いながらも修行を続けて最初に変化があったのは5日目。


 遂に尻の感覚がなくなった。


 それと同時にスティーブくんが復活した。

 良かった、俺の尻の犠牲のもとに彼は甦ったんだ。


 やはりスティーブくんは疲労と栄養不足で倒れたようで、きちんと休息して食事をとったことですっかり元気になった。

 なので彼にも首輪切りの洗練を受けてもらうとともに修行の犠牲者となってもらった。


 その日スティーブくんは再び倒れた。


 時刻は夕食時。

 全く食事が喉を通らないスティーブくんを他所に、俺はモグモグとパンとスープを飲み込む。


「なあアル。あの爺さんは確かに強いだろうけどこの修行は無茶だろ」


 青白い顔で横になりながらスティーブくんはぼやく。


「でもこれだけやれば強くなれそうな気がしませんかね」

「それはそうかもしれないが、そもそもこの剣術の流派は何なんだよ。見たことない型だけど」


 あ、確かに。流派とか特徴とか聞いてなかったわ。もしかしたらおっさんの我流なのかね。でも型とかあるしなぁ。


「本人に聞いてみたらどうですか」


 少し離れたところで飯を食っているおっさんを見ながら言うと、スティーブくんはお前が聞いてこいと目で訴えてきた。あ、もう喋るのも限界なんですね。わかりました。

 仕方ないのでおっさんに聞きに行く。


「流派の名前は言いたくない」


 何とおっさんがごね出した。そこをなんとかお願いしますよ。だってこれだけ修行しといて流派の名前も知らないって流石にどうかと思うよ。

 そう思って食い下がってみれば、渋々答えてくれる。

 そういうところがおっさんの良いところだと思うよ。


「…開祖は"究極合体最強流"と言っていたが、ワシらは"無名流"と名乗っておる」


 あー、なるほど。

 開祖の命名は無かったことにしたんですね。

 うん、その気持ちはわかる。ダサいもんね究極合体最強流って。


「かつて必殺の一太刀を極める流派"天剣流"と絶対の防御を誇る流派"流剣流"の二つがあった。ある時、一人の天才が二つの流派を極めてそれらを一つに纏めあげた。それが、無名流だ」

「一応合体ってとこは合ってるんですね」

「かつては天剣流が最強とされてきたが、開祖であるワシの師匠がそれを倒して今や最強の名を欲しいままにしている。しかし弟子は誰も究極合体最強流を名乗らないので世間では未だに謎の流派となっている…」


 ガレアスの顔には若干の疲れが見える。ああ、色々苦労してるんですね。というかこの戦闘馬鹿にこんな心労を与えるとか、開祖はどんだけの強者なのだか気になるな。気にはなるが絶対に関わりたくはない。


 それから食後の訓練も終えて俺達は寝床へ戻る。ちなみに、俺とスティーブくんは現場監督らしき人物が使っていた割と良いお部屋を発見したのでそこで寝泊まりしている。ついでに服も頂いたので二人ともパッと見は町人と言ってもいい外見になってると思う。ガレアスはどこで寝てるのかわからない。いつの間にかふらっといなくなってるんだよねあの人。



☆★☆★☆★☆★


 そんなこんなで、俺が弟子入りしてから十日が経った。

 奴隷生活でガリガリだった俺とスティーブくんはこの間にたらふく食べたので肉付きが良くなってきた。特にスティーブくんは元々体格が良いのでかなり筋肉量が増えている。

 こうなってくると体力も膂力も増えて一段と修行が捗って辛い。ガレアスのおっさんは体力が増えても絞り尽くすまで鍛えてくるからな。

 そしてそんなハードな修行をしてる割に強くなってる実感はない。相変わらず尻は感覚がないし、最近ではすっかり細マッチョになったスティーブくんとの模擬戦にも負けてボコられる始末。俺に未来はあるのだろうか。


「ぐへぇっ」

「ぐはぁっ」

「よし、一旦休憩だ」


 そんなスティーブくんも、ガレアス相手の模擬戦では歯が立たず、今日も今日とて俺とスティーブはまとめて木っ端のように吹き飛ばされる。

 二人でよろめきながら木陰に入り、用意しておいた水を飲む。

 背もたれに丁度いい岩に座り込みながらスティーブはこちらに目を向ける。


「なあ、アルはこの後どうするつもりだ」

「この後っていうと?」

「いつまでもこんなところで修行が続けられるわけでもないのはわかるだろう。おそらくあの爺さんはここを治めてる領主が派遣する領軍の到着を待ってるんだろう」


 スティーブくんはもはや説明係のようになってるな。

 しかし確かにそうなんだろうとは俺も思っていた。

 聞けばここから領軍のいる領都までは山越えもあり馬車で7日はかかるという。そこを歩兵が中心の部隊で行軍するとなると倍はかかる。さらに氾濫の情報が領主に伝わるまでの時間も含めれば、少なくとも発生から20日はかかるだろう。

とは言え既に氾濫の日からは12日ほど経っている。ならば修行が終わるのはもうすぐなのかもしれない。

 けどこれから先、どうしようかね。考えてなかったわけではないけれど、自由に行動できるなんてこっちの世界に来てから初めてだし若干戸惑ってる。

そんな俺の考えが顔に出ていたのか、スティーブは続ける。


「俺はさ、とりあえず故郷の近くまで戻ろうと思ってるんだ。そして近くの町で冒険者をして…家族に何かあれば助けてやりたい」


 そこでスティーブは俺の目を見る。


「アルもさ、良かったら一緒に来ないか。それで二人で冒険者をやって。俺の実家にいけば美味い魚も食わせてやれるしさ。俺たち二人なら結構いい線いけるんじゃないかなって思うんだ」


 そういうスティーブの目は真剣だが、どこかワクワク感が押さえきれないような色を帯びている。


 だけど


「ごめん、スティーブさん。折角誘ってくれたけど…僕は父さんと母さんを探す旅に出ようと思うんだ」


 一応、今世では家族だからね。育ててくれた恩もあるし、受けた愛情は忘れられない。

 それにもっと自由に世界を見てみたい。そのためには、スティーブと一緒に行くわけにはいかないな。

 それを聞いたスティーブは納得したような顔をしている。


「アルはそう言うと思ったよ。家族離ればなれだもんな。残念だけど仕方ない」

「これが今生の別れになるわけじゃないんです。いつか会いに行きますから、そのときは模擬戦よろしくお願いしますね!」


 そう言うと、スティーブは笑いながらわかったと言って拳を出してくるので俺も拳を合わせる。

 ああ、この感じ青春だなぁ。


 そしてこの日から二日後、ついにその時はやって来た。


☆★☆★☆★


 ガレアスに呼び出された俺達は坑道前の広場に並んで立っている。そこへガレアスがやってきておもむろに口を開く。


「お前らは今日から無名流初級を名乗ることを許そう」


 はい、と返事をする俺達弟子二人。


 この世界の剣術は数百年前に天剣流が始めた免許制度を参考に、大体が初級中級上級という認定方式をとっている。そして初級というのは門下を名乗ることを認めるという段階。

 つまり、やっと俺達は本当の意味でガレアスのおっさんの弟子と認められたのだろう。


「全てを教える時間は無かったが、お前たちには中上級へと至る為の型と修行法は仕込んである。これからも自ら研鑽を積むといい」


 何か凄く師匠っぽいこと言ってるな。やっぱり師匠と呼ぶべきか。隣ではスティーブも真面目な顔で頷いてる。


「さて、ワシからの最後のはなむけだ。かかってこい」


 そういうと、ガレアスは俺たちに木刀を投げて寄越す。やっぱり最後は剣で語るんですか。

 俺たちがその木刀を構えると同時に、凄まじい殺気が襲ってくる。今までとは桁が違う、生存本能を揺さぶる程の殺気だ。修行で殺気にはある程度慣れたと思ったのに、それでも膝が震えて全身から汗が吹き出す。本当の強者との戦いの片鱗を見せてくれるということなのだろうか。


 へたりこむわけにもいかないので、必死に震えを押さえ付けて木刀を握り直す。


 瞬間、ガレアスが消えた。


 一際濃厚な殺気を感じたと思えば首筋に鋭い痛みが走る。その時確かに死を覚悟した。死神の鎌が首にかかるのを幻視した。

横を見ればスティーブの首から一筋の血が流れる。一瞬何が起こったのか呆気にとられてしまう。

 そして理解する。木刀なのに切り傷を作る、目で追えない程の太刀筋。今までの修行が本当に初級レベルだったのだと痛感させられる。そしてそれほどまでに高速の剣でありながら俺たちに大した怪我も負わせない技量の高さを改めて知る。


 動揺を静めて構え直せば、それからはひたすらに不可視の連撃が放たれた。その全てが殺気を込めて急所を的確に捉える。打たれる度に死の予感が明確に過り心が折れそうになる。

 だが、だからこそ見えてくるものもある。目で見えないなら殺気を読むしかない。

 その間も放たれ続ける必殺の剣に対し、殺気に合わせて受け流そうと試みる。


「くっ、これでも遅いのか」


 殺気を読んでなお間に合わない。首に、脇腹に、額に細かい傷が刻まれていく。

 もう体力的にも気力的にも限界が近い。残った集中力をかき集めてタイミングを測る。

 その瞬間、首筋にひりつく殺気を感じた。


「そこだっ!」


 殺気を信じて木刀を出せば、僅かに触れるものを感じた。そのまま、木刀を受け流そうとする。


 すぽーんっ!


 受け流したはずのガレアスの木刀は、そのまま俺の木刀を巻き上げた。手から木刀が天高く飛び上がり、そして腹に思い切り木刀を打ち付けられて倒れる。

 動揺にスティーブの方からも倒れた音が聞こえる。朦朧とする意識の中、ガレアスの声が聞こえる。


「うむ、悪くないな。今の感覚を忘れず達者でな」


 それに応える声はなかった。




 結局腹に受けた木刀のせいで昏倒して準備もままならなかったので、旅立ちは翌朝になった。


「よし、アルも準備はいいか」

「はいっ、行きましょう」


 晴れた空の下、坑道前の広場で二人で背嚢を背負っている。

 背嚢は小屋に置き去りとなっていたものを見つけ、同じく置き去りにされた毛布やランプ、料理道具など旅に必要なもろもろと食料を詰め込んだ。


「「師匠、お世話になりました」」


 俺とスティーブくんはガレアスのもとへむかって、揃ってあいさつをする。

ガレアスは鷹揚に手を挙げまたな、とだけ言う。何考えてるのか最後まで今一つわからなかったな。

 ともあれ、これでいよいよ出発できる。

 そう、俺達の冒険はこれからだ!

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