第30話 戦いの極意
奴に戦いを申し込んだ。場所は昨日と同じ甲板の上だ。
条件は真剣での一撃を入れたら俺の勝ち。
「おう、来たな。どこからでもいいぜ」
一撃ならやはり閃光だろう。昨日俺がやられたように首筋での寸止めに狙いを定める。
「行きます、はああっ!」
ガキンッ!
俺の剣が宙を舞った。
「てめえ舐めてんのか! 寸止め前提の閃光なんざ当たるわきゃねえだろうが!」
「な、なら当ててもいいって言うんですね」
「当たるもんならな」
だったら本気でやってやろう。狙うは肩口、致命傷一歩手前まで入れるつもりで!
深呼吸をして、呼吸を吐き出すタイミングで斬りつける。
だが、放った斬撃はヒゲハゲの肩があった場所を素通りして空を切る。かわせないはずの剣線をヒゲハゲは紙一重のタイミングでかわしてきたのだ。
「えっ、なんで……ぐはっ!」
何故かわされたのか、わけもわからず混乱している間にヒゲハゲの蹴りが俺の鳩尾に入り、大きく後ろに吹き飛ばされる。
「だから甘いんだっつってんだろうが。戦ってる最中にチンタラ考えてんじゃねえよ」
くそっ! こちらに歩いてくるヒゲハゲを睨みながら立ち上がって構え直す。
そのまま、もう一度当てる気で閃光を放つがやはりかわされて今度は脇腹に回し蹴りを入れられ吹き飛んだ。
結局、その日は何度やっても奴に一撃も入れることは出来なかった。
「てめえは戦う経験がすくなすぎんだよ。ここは道場じゃねえんだぞ。戦場で予想外のことが起きてもチンタラ考えてたら
死ぬぞ。相手の動きの先を読んで攻撃を組み立ててみろや」
そう言って、ヒゲハゲは去っていった。
次の日も、一撃も入れることなく俺がボロボロにされた。
「必殺の一撃ってのはそれが当たる状況に持っていって初めて使えるんだろうが! いくら閃光が早くてもかわす方法はい
くらでもあんだぞ。だから閃光を当てる状況を作るためにに連撃を組み立てろ」
そう言って、またヒゲハゲは去っていった。
何故こんなアドバイスをしてくれるのかはわからないが、当てるための組み立てか。
隙を作り出すためのコンビネーションってことだよな。相手の動きを読んで隙を作り出す……か。
動きを読むってことの中には、コンビネーションで相手の動きを誘導するってことも含まれてるのか? くそ、わからないな。
その後、一週間経っても俺の攻撃が当たることはなかった。
「あまり無理しなくてもいいわよ? どうせ私なら逃げ出せるし」
「私もヘレナに脱出を手伝ってもらえば何とかなりそうだし、アルはまあほどほどにね」
俺は船内では武器を取り上げられるだけで他は結構自由に移動できるので、ヘレナとロイと話して過ごしているのだが、二人はこんな調子なのだ。
とりあえず頑張ってみるとだけ告げて船室を出ると、ヒゲハゲに会った。
あと三日ぐらいで港に着くからそれまでに一撃入れられなかったら二人は降ろさないといわれた。あの二人は勝手に降りる気満々だから、別にそこはいいんだけど、やっぱり勝って終わらないと人としてだめな気がするな。
「明日には多分陸が見えてくるぜ。だから今日が最後だろう。結局当たんなかったな坊主」
あれから今日で三日目。俺とヒゲハゲは既に甲板でお互いに向かい合って構えている。
「それはまだわからないですよ。今日当てます」
「ふん、いい目になってきたじゃねえか」
「行きます」
初撃は肩口への閃光。だが不可避の一撃はガキンと鉄のぶつかり合う音を立てて受け止められてしまう。一週間以上戦って
わかったのは、恐らく俺の視線やわずかな予備動作であらかじめ予測されているのだろうということ。
大切なのは常に攻撃が当たらなかった後のことを考えておくこと。だから俺は閃光すら当たらない前提で次の動作へ移る。
相手が閃光を受け止めて空いた胴へ、引き戻した剣を横薙ぎに放つ。しかしこれもまた受け止められるがそれも想定内。
剣に力を込め続けて相手が受け止めている剣を釘付けにしながら、蹴りを放つ。
「ちっ!」
ヒゲハゲはそれを半身になってかわすと下がって距離をとった。
「いい動きになってきたじゃねえか。なら今度はこっちから行くぞおら!」
ヒゲハゲは一足飛びで間合いまで入ってくるとその勢いのまま斬り付けてきた。かなり早かったが寸でのところで受け止める。流閃光を使ったときは閃光が来るのがわかっていたから受け流せたが、実戦の中では普通の太刀を受け流すことすら難しい。
まだ相手の動きを読む力が足りないのだろう。だが無いものは仕方がない。今は手持ちの力でどうにかするしかないのだから。
ヒゲハゲはそのまま二撃三撃と繰り出してくるのでそれをひたすら受ける。
「くっ! この!」
一瞬、少しだけ奴の剣が大振りになって生まれた隙に蹴りを叩き込む。それも簡単に避けられてしまうがこれで決めるつもりもないので慌てない。
冷静に距離をとって相手を観察する。やはり今のままではどうやっても一撃を入れられる気がしない。
ならば、多少のリスクを負うしかなさそうだ。俺はそう結論付ける。
相手の目線、構えに現れる予備動作を読み取ろうと集中する。だがヒゲハゲはさすがというべきかそういうところにほとんど攻撃の予兆が現れない。それでも少ない情報から奴の動きを予測する。情報が足りず確実な予測は出来ないため、一種の賭けに近いかもしれない。そうして次の攻撃を受け流すために待つ。
だがしっかり観察していたのが良かったのかもしれない。
「おらよっ!」
ヒゲハゲは胴に横薙ぎを放ってきたかと思ったら、剣を引いて上段の唐竹割りを放ってきた。
「フェイントか!」
「これで終わりだ坊主!」
きちんと相手の動きを見ていたからこそ、フェイントの予備動作に気づけた。ほんのコンマ数秒早く動き出せたことで、胴を守ろうとした剣をそのまま弧を描くように下から切り上げて相手の剣に添えるよう当てる。
流剣流の基本技、”流水”。ヒゲハゲもフェイントから”閃光”を放つことは出来なかったようで”流水”で受け流すことができた斬撃に引っ張られてヒゲハゲの体勢が崩れる。
ここだ、必殺の一撃が当たる状況。それは一種詰め将棋のような感覚かもしれない。その最後の一手を放つ。
”閃光”
「はあああっ! ……っ!」
確かに俺の剣がヒゲハゲのがら空きになった脳天を捉えたと思った。だがその瞬間、ありえない体勢からヒゲハゲが体を捻って避ける。不可避のはずの斬撃を崩れた体勢からですら避けられるなんて。
ヒゲハゲがニヤリと笑ったのが見えた。
すると頭が少し冷えた。予想外があっても動揺してはいけない。常に相手の動きを予測して冷静に判断するんだ。そうじゃなければ奴に勝つことはできない。ならこれが本当の詰みだ。
天剣流上級目録技”継閃光”
俺は閃光を放った体勢から再び切り上げに閃光を放つ。閃光から閃光へと繋ぐ技。王都エルフィアの道場で習って以来、練習でもそれほど成功したことはないが、今なら出来る気がした。
その感覚は正しく、放った斬撃にはしっかりと力が乗り高速の剣線となってヒゲハゲの胴を下から切りつける。
「うおあっ!」
それでもなおヒゲハゲは体を後ろに反らせて避ける。
だが……
「これで一撃、入りましたね」
ヒゲハゲの胸元は衣服に切れ目が入り、その下の皮膚が僅かに皮一枚分切れて血が出ている。奴はそれを見ながら体勢を立て直して剣を下ろす。
「っち。まさか本当に一撃入れられるたぁな」
俺は未だ構えを解かない。この間はそれで首筋に剣を突きつけられるハメになったのだし。
「もう何もしねえよ。お前の勝ちだ。たいしたもんだよ、ったく」
ヒゲハゲが剣をしまうのを見て、俺もようやく剣を鞘に収める。
「約束どおりお前の仲間も降ろしてやるから、出発の準備をしておけ」
そう言って、ヒゲハゲは甲板を去っていった。
結局あの人のことはわからなかったけど、本当に悪い人ではないのかもしれないな。海賊行為だって彼の母国が許している合法なことなのだし、少なくとも無分別な悪人ではないのだろう。
ともあれ、俺は勝ったことを伝えるために、ヘレナとロイたちが捕らえられている船室へと足を向けるのだった。