第3話 自分語りをしすぎると荒しが来ることもあるから気を付けよう
投稿時に欠けてしまった部分があったので、(※)で挟んで挿入いたしました。
すでに本文を読んでくださった方にはご迷惑お掛けします。
皆まだ眠らないのだろう。部屋の中は、押し込められた奴隷達の話し声とともに首輪に付けられた南京錠の金属音がカチャカチャとそこかしこから聞こえる。
俺の目の前のスティーブくんとは結構顔の距離が近い。
いや、本当に近いんだけど!
「暗いから近付かないと何も見えないんだし仕方ないだろ。細かいこと気にすんなって」
スティーブは俺の気持ちを察したのかそう言いつつ肩を叩いてくる。
まあスティーブの言い分ももっともだ。
確かにこの部屋は暗い。窓はないしランプなんて金を食うものを奴隷に使わせてくれるわけもないからね。
唯一の明かりは監視のために常に開け放たれているドアから入ってくる月明かり。
そんな仄かな月明かりに照らされるスティーブは、鉱山生活で煤けているけれど金髪碧眼でなかなかのイケメンさん。こんな間近で見たら男でもドキッとしてしまいそうだから困るんだよなぁ。
とそんな俺の気持ちをよそに
「ほらほら、いいから話した話した」
スティーブくんはノリノリである。
「わかりましたよ、もう」
なので俺も諦めてため息混じりに語り出すことにする、
「僕は北西大陸のライト王国にあるカプランという町の出身なんです」
「へえ、アルは北西大陸生まれなのか。それでよくこの南大陸語が話せるな」
スティーブは感心したような声を出す。
まあそれもわからなくはない。
というのも、この世界には中央の巨大な大洋を囲むように6つの大陸が存在して、それぞれ北大陸、北西大陸、南西大陸、南大陸、南東大陸、北東大陸と呼ばれている。
そして各大陸毎に言葉が違うため、本来大陸間の移動はかなり大変なのだが、俺は転生を繰り返して各大陸に生まれ育ったおかげでマルチリンガルと化しており、セルフ言語チート状態なのであった。これはチートのうちに入るのかなぁ。
とまあそんな話はスティーブくんにはできるわけがないので、適当に誤魔化しておく。
「近所に南大陸出身のおじいさんがいて、教えてくれたんです。そのおかげで変なところに売られずに鉱山に売られました」
「まあ確かに奴隷的には鉱山でも当たりの部類だもんなぁ。閉山したときに奴隷を転売するために、あまり使い潰さないって聞くしよ」
スティーブは納得したように頷いている。何とか誤魔化せたようなので続きを語り始める。
「そうなんですよね。それでですね、元々僕の家はカプランで宿屋をやっていたんです。だけどあるとき突然カプランの領主が宿屋営業を許可制にしまして。営業するには高額な営業権を買えと。」
「なんだそりゃ、ライト王国ってのは貴族様の力が強いのか」
「貴族の力は強いですし街の有力な商人とガッチリ結び付いてます。今回の件もきっと大手の宿屋辺りから話があったんでしょうね」
「そりゃまた、よくあるひでえ話だな」
そう言ってスティーブは肩をすくめるような素振りをする。
そう、こんなことはこの世界ではよくある話。まさに中世である。
(※)
「それでまあ、結局宿屋は大赤字で借金を返せず一家は全員奴隷落ちです。父さんも母さんも今はどこで何してるのか、生きてるのかもわかりませんね」
「奴隷になってるから当たり前だけど、アルも結構大変だったんだな」
(※)
「そうですね。そういうスティーブさんはどうしてここに?」
「俺はこの南大陸のフィアット王国にあるコレって漁村の漁師の五男なんだけどさ、今年は大不漁で食うにも困るってんで口減らしに売られたのよ」
「酷い!」
スティーブくん悲しすぎるよ!
俺なんかよりスティーブくんの方が余程酷い話だった!
「まあでもここの労働は漁師とそんな変わらないし、割と余裕よ」
スティーブくんメンタル強いな!
というか漁師ってそんなきついのかよ!
俺はこの生活死ぬほど辛いんですけど!
「でも来年から足枷付きだから多分きついだろうな」
「あースティーブさん来年で15歳ですもんね」
スティーブくんの目にはさすがに憂いが見える。
この鉱山では、子供の奴隷は大した反抗もできないし体力がないので首輪だが、15歳以上になると足枷に鎖に繋いだ鉄球の重りを付けられる。
今俺たちがいる部屋は14歳以下が集められてるので皆首輪をしてるわけだ。
「でもよ、この鉱山ヤバイらしいぞ」
「ヤバイって、何がですか?」
「ああ、この間奴隷じゃない普通の出稼ぎで来てる鉱夫のおっさんに聞いたんだけどよ…」
「おい、いい加減お前らうるっせぇぞ! 」
スティーブが何か話しかけたところで、他の少年奴隷の一人が文句を言ってきた。
気が付けば周りはすっかり静かになっていて、どうやら大分長く話し込んでしまっていたらしい。
「すみませんでした」
そう、何かあったらとりあえず謝っておくのが日本人的対応なのよ。
というかスティーブも謝ろうとしているようだ。
「ああ煩くして悪かった、もう寝るよ。アル、続きはまた明日な」
「はい、また明日。おやすみなさい」
スティーブも床についたようなので、俺も今日は寝ることにしよう。まあ、床っていっても床に藁が敷かれてるだけで、しかもぎゅうぎゅう詰めだから隣の奴の体と密着してるんだけどね。
毎日重労働だからだろう、俺は横になればあっという間に意識は薄れて夢も見ない深い眠りについていった。
☆★☆★☆★☆★☆
翌朝、いつもと同じように奴隷監督的なおっさんの怒鳴り声で目を覚ます。
この日、日が暮れて夕飯の時間になるまではいたって普通の、平穏な労働生活をエンジョイしていた。
変化があったのは夕飯の黒パンを具なしスープに浸して口にぶちこんでる時だった。
先に夕飯を食べ終わって小屋の方へ行っていた奴隷達の方から騒ぎ声が聞こえる。
そちらへ目を向けると狼のような動物が小屋の裏の森から飛び出したのが見えた。
そこには6人ほどがいたが皆足枷をした奴隷だったようで戦うも逃げるも難しく、慌てている間に一人が狼に飛び掛かられて押し倒される。
周囲の奴隷や労働者もそれを見ていたらしく、鉱山前は俄に騒がしくなりパニックが起きる寸前のような空気が流れ始める。
「おいアル!」
「うわぁっ!」
俺は突然のことにパンを食べる手が止まり、ただただその光景を眺めていたが、不意に後ろから肩を叩かれ比喩で無しに軽く10センチほど飛び上がった。
振り返るとスティーブが俺の肩を掴んでいた。こちらを見据える瞳は真剣な色を帯びている。
「アル、落ち着いて聞け。多分例のヤバイことが起こったかもしれない」
スティーブは俺の肩をがっしり掴んで顔を覗き込んでくる。その迫力に、浮き足だった気持ちが落ち着いてくる。
「ヤバイことって…なんだったんですかね」
「それはな、魔物の氾濫が起こりそうって話だよ。ほら見てみろ、団体様の到着みたいだ」
そういってスティーブが指差す先を見れば、先程狼がいたところに新たに8匹の狼が現れて、さらにその後ろから巨大な蜘蛛のような生き物が続々と姿を見せていた。
「な、何でこんなところに魔物が…」
魔物の集団を見た瞬間、これまでの転生で殺されたシーンがフラッシュバックしてきて膝が震える。
実は今までのがトラウマになっていたのか…なんてことすら考えることができないくらい頭の中が白色に塗り潰されていく。
「ぼうっとしてる場合じゃない!理由なんてどうでも良いからとにかく逃げるぞ!」
スティーブはそう言って俺の手を取って無理やり走らせる。
「逃げるっていってもどこに! ここは森と山に囲まれてて逃げ場なんて無いですよ!」
「坑道に逃げ込むんだよ! 坑道に逃げて入り口を塞いじまえば魔物も入ってこられない!」
そう言ってスティーブは俺をつれていくつかある坑道の内の一つに飛び込み、中に置いてあったつるはしで坑道の入口の壁を叩き始めた。
「ほら、アルも手伝え! もう魔物が来るぞ!」
スティーブに檄を飛ばされ、俺もどうにかつるはしで入り口を崩し始める。
そうしている間にも魔物は次々と現れているようで、遂に坑道前は混乱の極みに陥っていた。
そんな中に全身鎧に身を包んで剣を振るう者が複数見える。ここであんな奴等は初めて見たが、こう言うときのための護衛の為に雇われた傭兵だろうか。
「クソッタレが! 今日はスリアーニ様が来てるって言うのによ!」
全身鎧の男の一人がぼやきながら盾で狼を受け止め、剣で反撃し一匹を仕留める。が、魔物達は次々と現れてその数は減るどころか増えていく。
「スリアーニってのはっ、この鉱山の経営者の名前だっ」
スティーブがつるはしを振るいながら俺に話しかける。
「多分っ、魔物の氾濫が近いってんで傭兵を連れて様子を見に来てたんだろうよっ。まだしばらく大丈夫だろうって油断したんだろうなっ。おらぁっ!」
ガラララッ!
スティーブの一撃で、遂に坑道の入り口が崩れて外の光が遮断され、俺達は暗闇に閉ざされた。
「とりあえず、これで一先ずは大丈夫だな」
スティーブが息をはきながらそういうと、ずりずりっと音がする。暗くて見えないが座り込んだのだろう。
俺はまだ完全に混乱状態だけど、とりあえず同じように息をついて座り込む。
さすがにちょっと展開速すぎませんかね!
閉ざされた坑道の中は驚くほど静かで外の騒ぎも全く聞こえない。
大きく深呼吸をする。
やっと、頭が回りだす。
魔物の恐怖にすくんだ体に力が戻ってくる。
トラウマってこんなに強いのか。この先この世界で生きていけるのか不安になるな。
ってちょっと待て。
冷静になってきて色々疑問やら何やら出てきたぞ。
「スティーブさん、これ完全に閉じ込められてるだけですけど、どうするつもりですか」
「とりあえず外のほとぼりが冷めた頃に穴掘って出ればいいんじゃねえか」
そう言うと、スティーブが身動ぎしたのか砂利が擦れる音がする。立ち上がって奥へ歩いて行ったのか、足音だけが響く。
しばらくするとぼうっと明かりがつく。
「ああ、坑道のランプに火を付けたんですか」
「何も見えないとさすがに不便だからな」
スティーブくん思ったより色々やるな。
これは脳内でもスティーブさんと呼ぶべきか。
そんなことを考えていると、スティーブが話し出す。
「アルはもう大丈夫なのか。さっきは漏らしそうなくらい震えてたけどよ」
スティーブさんが急に煽ってきやがった!
というか俺全然ビビってねえし?
魔物とか余裕だし?
うん、大人な俺は冷静に返答しよう。
「ちょっ、ちょっと魔物には嫌な思い出がありまして。でももう大丈夫です」
噛んだ死にたい…。
「まあ、魔物はその辺の獣よりずっと強いからな、ビビりもするさ」
はははっと笑って言うスティーブ。
おのれスティーブめ、覚えてろ。
ともあれ、とりあえず緊張も解けて落ち着いてきたので魔物の襲撃についても聞いておかないとな。
「スティーブさんは魔物の襲撃があることを知ってたんですか」
「ああ、昨日も言ったが出稼ぎの鉱夫のおっさんが言ってたんだよ。最近、近くのダンジョンで魔物の氾濫の予兆があって冒険者ギルドに討伐依頼がバンバン出てるらしいってな」
「ダンジョンに冒険者ギルドですか…」
そう、俺も存在するのは知ってた。
異世界とくればダンジョン。そして旅をするなら冒険者。これは最早常識といってもいいのではなかろうか。
だがしかし、俺のこれまでの恵まれない転生では一度としてそれらに関わることがなかったため全くもって情報不足なのであった。
そんな内心が顔に出ていたのか、スティーブが説明を始めてくれた。
「冒険者ってのは依頼を受けて魔物退治やら未開地の探索をしたりする職業だよ。んで、ダンジョンってのは魔物が涌き出る洞窟だな」
スティーブさん何でこんな色々詳しいんですかね。
「俺は元々冒険者になりたくてよ。どうせ五男だから実家は継げないしな」
心が読まれてる!?
「まあ、もし助かって、そのあと奴隷から解放されでもしたら…冒険者でもやってみたいもんだな…」
そう、儚げに言うスティーブの横顔を、ランプの火が揺らめきながら照らす。
暫しの沈黙が流れる。
イケメンスティーブにシチュエーションが似合いすぎて何も言えねぇ…。
そして黙ってると押し寄せる眠気。
ヤバイ、あくびが出る。
「とりあえず今日はもう疲れたな。詳しい話はまた明日にするとして、そろそろ寝ようぜ」
「そう…ですね。さすがに疲れました」
そう言ってランプを消して横になるスティーブ。
こいつ決断力もあるし知識もあるしおまけに気遣いもできて、本当に14歳かよ。
思わず兄貴って呼んでしまいそうだ。
などと下らないことを考えてるうちに、俺はまどろみの渦に飲み込まれていく。