第29話 剣聖の系譜
「いやー、こんなに簡単に大漁とは驚いたわ。海賊ってのはボロい商売なんだな」
「あまり甘く見るなって。こんなの今だけだろうが。ま、だからこそ今のうちに稼がせてもらわないとなんだけどな。くっはっは」
「違えねえな、がっはっは」
俺たちは縛られながら、ヒゲモジャの筋肉ダルマとヒゲ無しの筋肉ダルマが笑い合っている光景を眺めている。捕まっている人はおよそ三十人ほどだろうか、みな縛られて甲板に一まとめにして置かれている。俺たち以外はもはや全員諦め顔だ。そういう俺たちはというと、ヘレナは当然余裕そうだが意外なことにロイも特に暗い顔はしていない。何か勝算があるのだろうか。ちなみに俺もそんなに深刻には思っていなかったりする。なんとなくだけど、どうにかなりそうな予感がするんだよね。多分妖精女王の加護で魂がこの世界に馴染んだから、今までみたいな理不尽な不幸はないんじゃないかなーとか思ったり。まあ、このまま奴隷落ちしても全然理不尽じゃないような気もするけど。ただ、どうなるにしても今はただ筋肉を眺めているしかないのだ。だってもはや俺には何も出来ることがないんだもの。
そうして筋肉たちの饗宴をぼーっと眺めていたら、船の中から甲板にスキンヘッドにヒゲの筋肉ダルマがやってきた。ハゲヒゲとでも呼んだらいいのか。ともかくそのハゲヒゲは他の筋肉たちと比べても一回り筋肉が大きく、更に雰囲気も本物っぽい。もしかしてコイツは本業の海賊なのだろうか。
そう思っていると、ヒゲとヒゲ無しがヒゲハゲにキビキビと挨拶し始めた。
「御頭お疲れさまっす」
「っす」
「おう、ご苦労。様子はどうだ」
「うっす、特に異常はないっす」
「ないっす」
「そうかぁ、そいつは良かったぜ。いや、しかし楽な仕事だったな」
「うっす」
「っす」
なんだこの聞いてるこっちが頭悪くなりそうな会話は。今時荒れた中学の不良でももう少しちゃんと話せるぞ。そんなことを思いながら筋肉たちを眺めていたら、ふと急に知っている単語が出てきた。
「ったく、剣聖ガレアス目指して剣の修行とかしてた頃がバカらしいぜ。こんなんだったらもっと早く海賊やってりゃ良かったわ」
「そっすね」
「っすね」
ガレアスの知名度すげえな。そして剣士って儲からないのか? それなりに強ければ冒険者だの傭兵だの指南役だのでそれなりに稼げそうなものだが、もしかしてコイツそんなに強くないのではないだろうか。
とそこで、ヒゲハゲと目が合ってしまった。
「おい、なに見てんだガキが。てめぇみてえな保護者に愛されて船旅しちゃってますみたいな幸せな奴には俺の苦労なんてわからねえだろうよ」
「え?」
保護者ってもしかしてロイとヘレナのことか? 周りからはそう見えてるの?
そりゃまあ確かに俺は見た目ガキだけどさ。うん、ヘレナも見た目二十代だしロイと夫婦とかに見えなくもない? でもさすがに親としては若すぎだし、兄貴とその嫁みたいな感じかね。ってそんなことはどうでもいいか。
「ふん、まあどうせ港に着いたら売り払われて奴隷行きなんだから精々最後に甘えとけや」
「あーいや、すみません。あのですね、俺は冒険者でこの二人は旅の仲間って感じなんですけど」
「はあ? 冒険者、お前が? 冒険者ごっこは家でやってくれよ、がっはっは」
めっちゃ笑われてるなあ。なんだろ、この気持ち。そりゃまだ初心者だけどさ、一応真剣に冒険者やってきた身としてはちょっとムカッとするな。いままで何か真剣にやって誇りを持ったことってあまりなかったから新鮮だ。
だからだろうか、つい言い返してしまった。
「これでも俺、ガレアスに剣を習ったんですよ」
「……なんだって。剣聖に剣をならっただと抜かしやがったか」
そういうと急にヒゲハゲが剣呑な雰囲気になった。暴力を生業にしている者特有の威圧感に背筋が冷える。あ、やばいこれ地雷踏んだかも。
「その、なんというかたまたま縁があったというかですね」
なので咄嗟にいいわけじみたことをいってしまった。ダサいな俺。
「んだよてめえ、じゃあ無名流を使えるってのか。俺は昔傭兵やってた頃に戦場で見た剣聖の剣技が未だに忘れられねえのよ」
やっぱこの人傭兵だったのか。そしてガレアスは戦場行ってそうな気がしてたよ。あと、ガレアスの流派は無名流が正解なんだ、覚えておこう。
「おいガキ、本当に剣聖ガレアスの弟子ならお前は売らないで降ろしてやらあ。だがな、嘘だったらこの場で魚の餌だぜ」
大変なことになってしまった。もういまさら、ちょっと習っただけなんですとは言い出せないよねこれ。
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今日は快晴で海は穏やかだが、それでも船上は立っているのが難しいぐらいに揺れている。そんな状態で俺はヒゲハゲと向かい合いながら自分の大剣を構えている。奴も同じく反りの強い剣を構えている。
「さ、じゃあ始めようぜ」
「ちゃんと俺が受け流せたら俺たちは無事に降ろしてくれるんですよね」
「受け流せたらな、がっはっは」
結局、俺が剣聖の弟子だと証明するために無名流の技を見せる運びとなった。どうも、無名流の代名詞となっている技に”流閃光”というものがあるらしくそれを見せろということらしい。不可避の一撃である天剣流の”閃光”を同じ”閃光”で受け流す技だとか。
俺はそんな技習ったことはないし見たことすらない。
うーん、どしようかねこれ。
無名流は天剣流と流剣流を合わせた流派だよな。ということは受け流しは流剣流の動きだろう。流剣流は受け流すときに刃を滑らせるのではなく弧を描くように刃に当て、相手の力を利用して体勢を崩したり武器を取り落とさせたりするのが基本だ。なら普通に考えると天剣流の”閃光”を弧を描くようにして相手の”閃光”に当ててやればいいということになるな。
できるかな。うん、なんか出来そうな気がしてきたかも。
「俺の閃光は甘くないからな。死んだら適当なことを言った自分を恨めよぅ」
そう言って、ヒゲハゲは剣を上段に構える。
どうやら奴はガレアスに憧れたものの無名流の道場が見つからず、天剣流を習ったらしい。だがそれで戦場を戦いぬいたのだから奴の剣は本物だろう。
勝負は一瞬、光の速さのごとき”閃光”に合わせるにはとんでもない集中が必要だ。奴の振り上げられた剣の切っ先を瞬きもせずに見つめながら、俺もいつでも”閃光”を放てるよう上段に構える。
いつの間にか海賊たちも静かになっていて、周囲からは波の音だけが聞こえる。そしてそれさえも聞こえなくなるほどに集中していく。残ったのは自分の鼓動の音だけ。早鐘を打つような鼓動がより集中を高めてくれる。船の揺れすらも気にならないほど深く深く集中して剣先だけを見つめる。
「行くぜ、おらよっ!」
「っ! しっ!」
ヒゲハゲの声とほぼ同時に振りぬかれようとする剣戟。その剣先が最高速度に到達する前に、ほんの少しだけ斜めに弧を描くように閃光を当てる。打ち払うのではなく吸い付けるように当てた閃光は、相手の閃光の軌道をわずかに逸らしながらそれを更に押して剣を戻させない。その結果、ヒゲハゲは体勢を崩して俺の脇に倒れこむ。
「で、出来た……!」
自分でもぶっつけ本番でこんな技が出来たことに感動してしまう。だから、首筋に刃が当てられるまで気が付かなかった。
「甘いんだよ坊主、油断しすぎだ」
「なっ! だって流閃光が出来たらそれでいいって!」
「世の中そんな約束平気で破ってくる奴ばかりだぞ。……ったく、ただまあ俺は約束は守る方だからな安心しろ。あんまりてめえが油断してるんでつい襲い掛かりたくなっちまっただけだ」
そういって、ヒゲハゲが俺の首筋から刃を離す。そこで初めて首に当てられていたのが、奴の左手に逆手に持たれた短刀だとわかった。恐らく受け流された瞬間に左手を離して腰の短刀を抜いたのだろう。やはり傭兵をやっていただけあって実戦経験がすごいな。
ヒゲハゲが短刀をしまうのを見て俺はようやく息をつく。
「てめえのは間違いなく剣聖の技だった。しかたねえから港に着いたら降ろしてやるよ」
「俺の仲間と、他の人たちも降ろしてもらえますよね?」
「はあ!? だめに決まってんだろうが。百歩譲っててえめの仲間は良いとしても他の奴らはだめだ。なんつったって今は戦争前で奴隷の値段が上がってんだからよ」
ヒゲハゲは曲刀を肩に担いだまま俺を片手で突き飛ばす。
「そうですか……。俺の仲間はどうしたら降ろしてくれますか」
「実戦形式で俺に一発でも当てたら降ろしてやるよ。何回でもかかってきな」
「わ、わかりました。」
「剣聖の弟子がそんな甘ちゃんじゃあ、俺の憧れが汚れちまうからな。本気でこいよ」
そう言って、ヒゲハゲは船内に去っていった。