第26話 ああっ女神様がみてる
いつも読んでくださりありがとうございます。
今回は長い上に説明が多くて読みづらくなってしまいました。
さらにこれまで小出しにしてきた設定等が複雑になってしまいわかりづらさに拍車がかかる始末。
いずれ物語の中で設定を整理するか、別途設定集を上げますのでどうかご容赦ください。
その晩はヘレナも帰ってこないし何だか妙な胸騒ぎがした。だからだろうか、ふと変な時間に目覚めてしまった。木窓を見れば光が漏れてきていないことから深夜なのか、あるいはまだ日も出ていない早朝なのだろう。まだ活動するには早いと思い、二度寝を決め込もうとしたところで窓の方から何かが窓にぶつかっているような音が聞こえる。寝ているロイを起こさないようにそっと窓を開けてみると、そこにいたのは小さい女の子だった。
いや、そう言うとまるでホラーのような誤解を生みそうなので言いなおすと、身長三十センチほどの、小さいサイズの女の子だった。見た目は中々の美少女である。そして背には一対の虫のような羽が生えている。これはもしかするとファンタジーの定番である妖精というやつなのではなかろうか。妖精と思しき生き物は羽を虫のように高速で動かしてその場でホバリングしていたかと思えば、くるりと宙返りをしてから部屋へ入ってきた。腕を後ろに組んで下から俺の顔を覗き込むように見る姿は、その美少女っぽい容姿と相俟ってなかなかグッとくるものがある。そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、妖精は俺に触れるほどの距離にやってきてスンスンと匂いを嗅ぐような仕草を見せる。
「うん、君から懐かしい匂いがするね」
妖精は俺の服を摘んで引っ張ったり胸板をペシペシと叩いてみたりとやりたい放題である。
「えっと、君は誰なのかな」
「ああ、ごめんね。私はアリー。プリティーなフェアリーだよ!」
ペシっと自分のおでこを叩いてから、アリーと名乗った妖精、もといフェアリーは空中で器用にお辞儀をする。
「昼間リオネルにくっついてたときに君の匂いを嗅いで、それを女王様に報告したら大事な人だから連れてきなさいって言われたの! だから付いて来てー!」
そういうと、アリーは俺の服を掴んで窓から飛び立とうとする。リオネルって誰だっけ。あ、絡まれたときに助けてくれた貴族の人かな? もう色々混乱してきたが、今はまずこのフェアリーの対処だ。
「ちょっと待って! 着替えもしたいし、そもそもここ二階だから!」
多分あの体じゃ俺のこと持ち上げたりできないだろうしね。
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ロイを起こさないようにこっそりと宿を出てフェアリーの後を付いて行く。二十分ほど歩くと城壁門へと到達してしまったが、この王都エルフィアの城壁門は夜間でも開いているので問題なく外に出ることができた。何でも、二交代制にすることで衛兵を沢山雇えるようにしたかったのだとか。さすがに王都は金があるな。ローリアだったら夜は閉まってたから出るのは難しかったはずだ。
ともあれ、その後も歩き続けるとしばらくして周囲は木々が生い茂った森になった。まだ日も昇らない暗闇の中で一人(と一匹?)で森に入るなんて正気の沙汰とは思えないが、アリーの全身が発光して周囲を照らし視界が確保されているのと、彼女の話によればここは結界が張られていて魔物も人間も入ってこられないので安全だというので俺はそれを信じることにした。その間、アリーは俺のことやら人間のことやら色々と聞いてきたので答えたりしてあげた。逆に俺もフェアリーや女王について聞いてみたのだが、「飛ぶの早い!」「魔法使える!」「女王様怖い!」と、要領を得なかったので途中で諦めた。
そういえば、この世界に転生したばかりの頃、妖精が子供を誘惑して連れ出しそのまま攫って行ってしまうという童話を聞いたことがあるが、まさに今その状態なのではないだろうか。起こしたら悪いと思ってロイに声をかけなかったが、失敗だったかもしれない。
そんなことを考えながら進んでいくと、辺りが霧に包まれてきた。進むにつれて濃くなるそれは、朝霧にしても濃すぎてもはや一メートル先も見えない。アリーが眩いばかりに発光しているのでその姿を見失う心配がないのが幸いか。どうやらこの霧が最後の結界のようで、フェアリーの案内がないとここで永遠に彷徨うことになるそうだ。怖い。
結界の話をアリーから聞いて、アリーを見失わないよう必死に歩くこと数分、急に霧が晴れるとともに、森の中にありながらぽっかりと木が生えていない空間が現れた。そこは膝丈の草が茂っていたのだが、その草たちは皆リンドウのような花を咲かせ、その花が仄かな光を放つことでその場全体がぼんやりと明るくなっている。そして開けた場所の中央にはこの世界で見たことのない様式の社が建っていた。そう、この世界では見たことのない、木造で瓦葺の日本式に近い社が。そんな社の辺りから、一人の女性がやってくる。サイズは人間と同じぐらいだがその背には二対の羽が生えている。
「初めまして。私はフェアリーの長、エステルと申します。世間では妖精女王などと呼ばれております。女神様の祝福を受けた人よ、このたびは求めに応じてここまで来てくれたこと感謝いたします」
エステルは美しい所作で礼をする。女王なのに平民にも腰が低いとは珍しい。まあロイも王族なのに腰が低いが、彼はまた別だからな。なのでとりあえず礼には礼で返しておこう。
「アルブレヒトと申します。お招きに預かり光栄に思います」
それから何か続けようとしたのだが、そもそも呼び出された要件がわからない。というかそれより女神の祝福ってなんだよ。そっちが気になって話に身が入らない。
「ふふ、女神様の祝福とは、旧き女神テレジア様の寵愛を受けた証。何か力を賜るわけではないですが、大変に名誉なことなのです」
俺の顔に考えが出ていたのか、エステルが説明してくれる。
って名誉だけなのかよ。あれか、ゲームとかでいうところの称号みたいなものか。大体、旧き女神って旧神ってやつだよね。俺は教会にすら行ったことがないしこれまで一切関わりなんてなかったんだが、いつの間に寵愛されたんだ。もしかして、俺を転生させたのが女神テレジアなのか。いやしかしそれならもっとこう祝福だけじゃなくて特別な力とかくれてもよさそうなんだけど。大体、俺が最初に転生してからもう百年以上経ってるのに、未だに放置ってのもおかしな話だし、特に何かやらせたいことがあるわけでもないのだろうか。うーむ、女神の考えがわからん。そして女神とフェアリーの関係もわからんな、こいつら旧神教徒なのか。
「あの、女神様はどんな方なのでしょうか」
「女神テレジア様はこの世界と、そして全ての生命を創られたお方です。そして我々フェアリーは女神様とその配下の天使様方に仕えるために生み出されましたが、女神様は力の大部分を失い天使様方は新しき神を名乗る者に亡き者とされてしまったので、今は女神様のお力を取り戻すために動いています」
この女王俺の心を読んでいるのだろうか。きいたことより遥かに多い答えが返ってくるんだが。しかしまあ、権力争いか何かで女神が追い落とされたってことなのか。というかこの話を俺にしてどうしろというのか。ただ祝福された一般人の俺にできることなんてほとんど何もないような気がするんだけど。
「それで、俺は一体何故呼び出されて、これからどうしたらいいのでしょうか」
「そうでしたね。女神様はもうほとんど力が残っておらず我々もどうすればよいか手を拱いている状態でした。そんな折、私の部下が女神様の祝福を受けた人間を見つけたというので招かせて頂きました。貴方の祝福の意味などは私たちにはわかりません。なので一度神殿にて女神様と対話をして頂くのがよろしいかと思います」
なるほど、わからんから本人に聞けと。でも神と対話とかできるんか。それならもっと早く教会に行っておくべきだったのかな。
「教会に行くと、女神様と対話ができるんですね」
「いえ、できません」
どっちだよっ!
「もはや力を失った女神様と普通の方が対話をするには神職として長い年月をかけ女神様と魂をなじませ、更に膨大な魔力を捧げて初めて対話が可能となります。ですので、貴方には女神様と対話ができるよう私が加護と祝福を授けます」
そう言いってエステルが俺に手をかざすと、そこから暖かい光が俺の全身に降り注いでそのまま包み込んできた。とても暖かくて心地いい。が、特に力が湧いてくるでもなく、ただ気持ちいいだけ。なんだろうこれは。
「あのエステル様、これは一体なんでしょうか」
「妖精女王の加護と祝福です。これがあれば女神様と短時間ながら対話をすることが可能でしょう。あともしかしたら精霊が見えるようになるかもしれません」
なるほど、これで教会に行けと。んん? というか、おまけの方が凄くないかこれ。精霊が見えるって精霊魔法が使えるようになるってことだよね。それって凄まじい特典なのでは。もしかして俺もついに魔法使いになっちゃうの? やっとチート主人公の仲間入りか、長かった。
ただ、気になるのはそんな加護と祝福を貰ったにも関わらず、見えないどころか精霊の気配すら感じられないということ。ここには精霊はいないのかな。
「あの、どうやったら精霊が見えるんでしょうか」
「ええと、その。妖精女王の加護と祝福は、普通の方なら精霊魔法が使えるようになるというこの世界では女神様の加護と天使様の加護に次ぐ恩寵なのですが、どうやら貴方は精霊との親和性が低すぎて無理なようですね……」
「え? いやいや、えぇー……」
そんな馬鹿な。というか、その親和性を高めるのが加護じゃないんですかね。ここまでくるとあれだ、この世界が精霊との親和性でランクが決まるとかそういう世界じゃなかったことを感謝すべきなのかもしれない。だってもしそんな世界なら間違いなくぶっちぎりで世界ランク最下位でしょこれ。
はぁ、もう悲しくなるから考えるのやめよう。
「とにかく、どうか教会に行って女神様と対話をなさってください。それではお元気で」
あ、この女王逃げるつもりか。気まずい空気を察したのか、女王はあっという間に元来た方へと飛んでいこうとする。だが待て、まだ訊きたい事は残ってるのだから。
「ちょっと待ってくださいよ、まだききたいことがあるんですから!」
「ギャーッ、そこは触っちゃだめなところだから!」
女王の背中に生えている虫のような薄い羽を掴んだら、凄い声を出してめっちゃ怒られた。フェアリーの羽は触ったらいけないらしい。まあそんなことはどうでもいいから話を聞いてほしいのだが。
「そんなこととは何ですか!」
「心を読むのはやめてください。そうじゃなくて、そこにある社ですが、あれを作ったのは貴方ですか?」
そういいつつ、俺は広場の中央にある日本風の社を指差す。
「ああ、あれは昔私たちを助けてくれた異世界の勇者様が、結界の基点にと作ってくれたものですよ。その方は溢れんばかりの魔力と強力な剣技を駆使していらして、私の加護も使いこなしてくださいました」
「こっちの知りたい情報に嫌味を混ぜてくるのはやめてください。ですがなるほど、わかりました」
この女王の性格が捻くれているのと、異世界の勇者というのが日本人の可能性が高まったということがわかっただけでもよしとしよう。
「貴方が羽を掴むなんて失礼な行いを働くのですから、私が怒るのも当たり前で性格の問題ではありません」
「だから心を読まないでくださいって」
フェアリーってのは女神に仕える種族だけあって、心を読んだり色々凄いことができるのはわかったが、正直やめてほしい。
だがまあ、ここでの用はもうほとんど済んだといってもいいだろう。いつの間にか朝日もすっかり昇って周りも明るくなっている。とにかく女神様との対話とやらをしてくるか。正直、旧神も新神もよくわからんが確か旧神は全ての種族の融和を訴えているんだったか。うーん、善い神のような気もするが、暴君だったから打ち倒されて新神が自由と平和をもたらしたって可能性もあるし、一方からの情報だけじゃ判断がつかないな。やはり女神本人と話してみるしかないか。
「女神様は自らがお創りになった全ての生命を等しく愛しておられる善良なお方です。しかし新たな神を名乗る者は自己の欲望のためだけに女神様と天使様の力を奪って神に成り代わり、人間族を優遇する下劣な輩です。いいですか、信じられるのは女神テレジア様だけなのです。女神様だけを信じなさい、そうすれば貴方は救われます」
もう当たり前のように心を読んできた妖精女王が、まるで宗教の勧誘活動のようなことを言ってくる。いや、まあ宗教上の問題だから間違ってはいないのか。だがこの信者っぷりは逆に信用できないし、ちょっと怖い。どうか女神様はまともな人であってほしい。
「わかりました。もう教会へ行きますから帰っていいですかね」
「はい、是非女神様との対話で信じるべき神が誰なのかを悟ってきてください。私の加護があるので結界は抜けられますが、一応見送りのフェアリーをつけますね。フェア、こちらへ!」
フェアと呼ばれたフェアリーがすいすいっと飛んで向かってきた。そうして、俺は女王と別れの挨拶を済ませると、フェアの案内にしたがってエルフィアの街へと戻った。朝日に照らされた街中はもうすっかり朝の活気に包まれており、人々は忙しなく活動している。これなら教会も開いているだろう。案内してくれたフェアにお礼を告げて別れると、屋台でケバブのようなものを買って朝食を済ませ、その脚で教会へ向かう。
王都エルフィアの旧神教の教会は、俺が元いた世界の古い西洋風の教会に近い造りで、重厚感がある建物だった。入り口に施された装飾やレリーフは丁寧な細工が施され、また窓には貴重なガラスが嵌められていて、一部はステンドグラスになっている。建物の中は沢山の長椅子が並び、正面には神父が説法をするためのものなのだろうかステージのように少し高くなった場所がある。そしてその奥に、巨大な女性の石像が置かれていた。あれが女神テレジアだろう。長い髪に整った顔立ち、そして女性らしい体つき、それらが細かく掘り込まれている。これが女神の姿なのだろうか。そんな女神像に祈りを捧げている人がちらほら見える。朝の忙しい時間にも祈りに来るなんて信者の鑑だな。
さて、対話と言ってもどうすればいいのだろう。俺もあの信者たちのように祈りを捧げればいいのか。とりあえずやってみるかね。そう思って、周りで祈りを捧げる人々を真似して女神像の前で跪き、手を胸の前で組んでみる。女神様女神様、対話をしにやってまいりました。どうかお答えください。
するとどうしたことか、突然目の前が眩しいぐらいの光に包まれたまらず目を閉じる。目蓋越しにも強い光が差しているのがわかるほどの眩しさだったが、少し経つとそれが収まってくるのがわかる。そうして目を開けてみると、そこは先ほどの教会ではなかった。暗くてよく見えないが、どうやら上下左右全てが石積みで作られた場所のようだ。いや、ジメっとして少し黴臭い感じからすると地下なのだろうか。
「んん、どこだここは……」
先ほどの強い光を受けて眩んだ目が暗闇に慣れてくると、段々とその場の全体の様子が見えてきた。そこはどうやら通路のようだったらしく、空間が正面の方向へと続いている。
「これは進まないといけないパターンなのかな」
心臓がドックンドックンいっているのがわかる。内心滅茶苦茶怖いというか、あまりの出来事にビビりまくっているのだが、ここにいても仕方ないので恐る恐る前へ進む。するとすぐに突き当たりにたどり着いた。そしてそこには、両手を鎖で壁に拘束され下を向いた美女が座り込んでいた。拘束されているにもかかわらずその身なりは清潔感があり、下を向いていてもわかる美しい長髪と整った顔は世の男なら誰もが恋に落ちるのではないかというほどの魅力を放っている。加えて体のラインがわかりやすいドレスを身に纏っており、細いながらも出るところは強く主張するその肉体がよくわかる。ただ、彼女の全身からにじみ出る神々しい雰囲気のせいなのか不思議と下品な感じはせず、ただ彼女の美しさを際立たせていた。そんな彼女が顔を上げ、こちらを見ながら口を開いた。
「よくきてくれました。私はテレジア。貴方にはとても苦労をかけましたね」
「テレジア……やっぱり女神様なんですね。あの、俺のことを知っているのですか」
「もちろんです、貴方は私がこの世界に招いたのですから。私の都合でこのような理不尽な世界に放り出すような真似をしてしまったこと、本当に申し訳なく思っています」
彼女は本当に申し訳なさそうな顔をしている。手が使えたら土下座ぐらいしていたかもしれないほどだ。今の会話だけでも何故か、これは本物の神だとそう確信が持てた。どっかの妖精女王とは違う本物の雰囲気を纏っているもの。
「貴方のことはずっとここから見ておりました。本来なら私の加護を差し上げられたらよかったのですが、私にはもうそんな力も残っておりません。それにベイオールに気づかれるわけにはいきませんでしたから。私にできたのはただずっと見守り続けることだけでした」
よかった、俺は一人じゃなくてずっと女神様が見ていてくださったんだ。
ってマジか、え、本当にずっと見てたの? じゃあ、恥ずかしいあれとかこれとかそういうのも?
俺のプライバシーはどこいったんだ。いかん、そこが気になりすぎて話が入ってこないじゃないか。でもききたいことが多すぎるしなぁ。あー、もう仕方ない、一旦この恥ずかしいのは置いておいて、女神様との会話に集中するか。
こうして、俺と女神様の対話が始まったのだった。