第24話 貴族と道場
いつも読んでいただきありがとうございます。
拙文ではありますが、ブックマークや感想、評価をいただけると励みや参考になるのでできたらお願いいたします。
また誤字脱字並びに気になる点等ありましたらご一報頂けると幸いです。
奴隷商館を出て太陽の位置を見てみるとまだ昼にもなっていないようだったので、王都の中をふらふらしてみることにした。この王都は大通りから少し外れた道でもそれなりの道幅が取られていて怪しげな路地というのが少なく治安が良い。もちろん人影が少ない場所などや繁華街では絡まれる危険も無くはないのでなるべく避けているが、それでもローリアよりも気軽に探索できるのがうれしい。ただ王都の北側にはスラム街がありそちらの方へ行くにつれて治安の悪い地域はあるようなのでそれだけは気をつけなくてはいけない。
ウインドウが無いためウインドウショッピングとは呼べないが、いわゆる軒先から各種商店の中を覗く冷やかしのようなことをしながら散策していると、色々な発見があって面白い。たとえばローリアではあまり見なかったが、魔道具街では様々な魔道具が売られていてファンタジー感にワクワクしてしまった。魔結晶を入れると明かりを灯す魔道具や、火が出る魔道具など生活に役立つものから、火の出る剣や魔術が付与されたマントなど戦闘ようの魔道具まであった。だがよく小説に出てくる、見た目より多くのものが入るいわゆるマジックバッグのようなものだとか、鑑定ができる眼鏡のようなものは売っていなかった。この世界には無いのだろうか。ともあれ、魔道具は全て目が飛び出るほど高い上に魔結晶が必要でランニングコストも馬鹿にならないので当面買うことは無いだろう。他にも鍛冶屋街で武器や防具、調理器具などを眺めたのも面白かった。同業の店が集まっているので各店舗で様々な工夫を凝らした商品を出したり、あるいは単純に質の良さを競ったりと互いに高めあっている様子が伺えた。
やはり良いものを揃えたいなら王都で買うに限るな。だが残念ながら買う金は無いのだが。あとで一度王都の冒険者ギルドにも寄っておくべきだろうか。
そんなことを考えながら街を歩いていると、いつの間にか人気の少ない方へと来てしまっていたようだ。すると案の定前の方から厳つい男数人が寄ってきた。まずい、これは絡まれるパターンだろうか。男たちはニヤニヤしつつ俺を囲むようにして近寄りつつ、その中の三十代初め頃のハゲた男が視線を俺の腰に差した二本の剣と俺の顔で行ったり来たりさせながら話しかけてきた。
「ようボウズ、良い剣持ってんじゃねーか。ちょっとその剣とお金を置いていってくれないかな」
剣を差してきたのが間違いだったろうか。というかこの剣大したものじゃないはずなんだが、物の価値がわからないのだろうか。いや、わかってて来てるんだろなぁ。小遣い稼ぎみたいなものだろう。大した剣じゃないからこそ、装備してる奴も大した実力じゃないから簡単に奪えるだろうと。大当たりだよ馬鹿野郎。全く今日は奴隷商といいついてないな。さてどうしたものか……。
男たちは俺が子供だからと油断してるのか、ニヤケながらこちらにノロノロと歩いてくるだけなので、その間に俺も相手をよく観察してみる。相手は五人、全員それなりに鍛えてはいるようだが冒険者だろうか。四人が片手剣を腰に差し、一人は手斧を腰に下げている。袖が肩口で千切れたような服を着ている奴もいるし、この風貌からしてちょっと本当にカタギなのか自信がなくなってきた。
「俺達はビーンズ男爵様の騎士だからな。下手に抵抗しようなんて思わねぇ方が身のためだぞぉ?」
俺の様子を見て抵抗の意思ありと受け取ったのか、ハゲがそういうと残りの男たちが下卑た笑い声を上げる。
典型的なチンピラスタイルだが、どうやらカタギの人達だそうです。これで騎士とかここの貴族はどうなってるんだよ。男爵だからこんなのしかいないのかね。
だが実際問題困った。もし本当に騎士なら怪我でもさせようものならこちらが悪者になってしまいかねない。逆に身分を偽っているのだとしても俺がこの場を切り抜ける方法が思いつかない。五人を相手にできるほどの腕が俺には無いし、何より人を斬るのが無理だ。今でもまだ肉と骨を断つ感触が鮮明に思い出せるぐらいなのだから。
というわけで完全に詰んでしまった。隙を見て逃げるぐらいしかないな。一応俺も更身を一度しているではあるが、これぐらいなら割といるから身体能力で相手を上回っているとも思えないから逃げ切れる可能性は高くないが他に方法が思いつかない。そう考えて、俺は相手の包囲の隙を探るように周囲を見ると、少し先の曲がり角から出てきた誰かが近づいてくる。
「おいおい、こんなところでどうしたって言うんだ。弱いものイジメはよくないだろう」
なんとも気の抜けた声で話しかけて来たのは、身なりの良い二十代中盤くらいの男だった。彼は話しながらも俺と男たちの間に立ちふさがるような位置を取る。うん、これは俺が女の子だったら惚れちゃうかもしれない。というか俺がこういう感じで女の子を助けたいのだが、今の俺の実力じゃ無理だな。
ともあれ、そんな風に割って入られて男たちもはいそうですかと引き下がるわけには行かないのだろう、やや顔を赤くしてがなり立てる。
「てめぇ何者だオラ。こっちはビーンズ男爵様の騎士だぞ、逆らえばどうなるかわからないわけじゃないだろうな」
「はあ、ビーンズ男爵のところのねぇ。どうせ雇われの冒険者か何かだろうに、騎士を名乗るとは恥を知ってもらいたいものだな。私はカーソン子爵家次男にして近衛騎士団所属のリオネル・カーソン。さあ、どうするんだい」
「げ、カーソン子爵家だと……ですか」
「しかも近衛騎士団……ですか」
「そ、そうだ俺このあと用事があるのを忘れていました。カーソン様、それでは失礼します!」
「あ、おい! くそ、俺も失礼しやすぜ!」
目の前のリオネルという恐らく貴族家の人間の肩書きを聞いて、俺を囲んでいた厳つい男たちは次々と逃げ出していった。貴族の名前って凄いんだな。まあロイは王族なんだけど、凄いところまだ一度も見てないからさ。というか貴族様と対面したときってどうしたらいいんだろう。以前の転生で生まれたところでは、貴族に会ったら跪けと言われた気もするんだが。
と、男たちが見えなくなったところでリオネルがこちらを振り返る。
「君、大丈夫だったかい?」
「はい、リオネル閣下のお蔭様で無事でした。危ないところを助けて頂きありがたく存じます」
しまった、慣れていないせいで言葉遣いが滅茶苦茶だが仕方ない。とりあえず跪いてみる。
「いやそんなにかしこまらなくてもいいよ。子爵家と言っても私は家督を継がない次男に過ぎないのだしね」
そうなのか、ならお言葉に甘えて楽にさせてもらおう。とはいえ助けてもらった手前礼儀は忘れないようにしなくちゃな。とりあえず立ち上がって気をつけの姿勢をとっておく。
「とにかく君に怪我がないようでよかったよ。すまないね、私はそこの剣術道場からの帰りで、これから王都に来るという妹を迎えに行くため戻らなくてはいけないから先に行くよ。さすがにもう大丈夫だとは思うが人通りの少ないところは避けて気を付けなさい」
そういうと、リオネルは俺の頭をひと撫でしてから早足で去っていってしまった。やっぱりまだ俺は子供に見えるよなぁ。だがいい人だった。貴族は恐ろしいという先入観があったが、彼のような人格者もいるんだな。まあ貴族全てが悪い人間でないなんて当たり前か。それにしても、王都ともなると貴族も沢山いて大変なんだな、これからはその辺りも注意しておかないと。
さて、とりあえず危機は去ったしこの後はどうしようか。まだまだ日は高くて時間はあるんだが。そういえば、さっきリオネルが道場がどうのと言っていたが少し気になるな。ちょっと見に行ってみるか。
リオネルがやってきた方へと歩いていくと、角を曲がって少し行ったところに大きな空き地を持った建物があった。空き地では剣を振っている者がいることから訓練場のようだし、どうやらここが道場で間違いないだろう。門の前には看板があり、『スタイン天剣流道場』と書かれている。なるほど天剣流の道場だったか。うーん、天剣流の技は一応俺も使えるし、何より今日は色々とイライラすることが多すぎた。少し汗を流していくのも悪くないかもしれない。うん、そうしよう。
そう結論付けた俺は、道場の門を潜りお邪魔することにした。
☆★☆★☆★☆★☆★
「おっし、いい感じじゃないか! アルって言ったな、うちの道場の門下にならないか! なかなか良く修行しているようだし、その腕なら天剣流中級を認めてやれるぞ」
訓練場にこの道場の師範であるスタインの声が響く。
あの後、道場に入ったら普通に稽古に混ぜてもらえた上に、色々とコツやら教えてもらったり細かい指導までしてもらった。というか俺自身、相手のいる稽古は久しぶりで非常に勉強になった。さらに遺憾なことだが実際に人間を斬った経験から、相手を斬る事を想定して剣を振るうことができて新しい世界が見えそうな気がした。
だがここまで良くしてもらって申し訳ないが、王都にはそれほど長くはいないつもりなので門下になることはできないな。
「すみません、数日でこの街を発つ予定なので門下にはなれないんですよ」
「じゃあしょうがねえな。だが中級には認定してやるし、上級の技も伝授してやるからしっかりついてこいよ!」
「はい!」
門下にならなくても更に色々教えてくれるというのか。うん、この人は自分の名声やら評判よりも剣術を志す者を助けたいという剣術者の鑑のような人物なんだな。ならついでに流剣流の稽古にも付き合ってもらおうかな。受け流し主体の流剣流は一人だと中々修行も難しいし、何よりタイミングがとりづらいからなー。
「あ、すみません、ついでに流剣流の練習に付き合ってもらってもいいですか?」
「は? お前は天剣流と流剣流と両方修めようとしてるのか。確かにその歳で天剣流中級ってのは見込みがあるほうだがちと無理があるんじゃねえのか」
スタインは変なものでも見るかのような目をこちらに向けている。周りにいた他の門下生も心なしかこちらを睨んでいるような気がするし、これはやばいこと言っちゃったのだろうか。もしかして天剣流と流剣流って仲が悪かったりするのかね。いや、でも俺の流派がそういう感じなので許して頂きたいのだが。
「お前に剣を教えた人は何を思ってそんなことさせてるんだか。アル、師匠はなんて名前なんだ」
「えっと、ガレアスという人です」
「ガレアス……まさか剣聖ガレアスか!?」
「え、剣聖!?」
「え?」
お互いにびっくりしてしまった。スタインと俺とで特徴などをすり合わせて、俺の知っているガレアスが剣聖と呼ばれる人物と同一人物であることが確認されるのに数分を要した。どうやらあのオッサンはただの修行バカではなく、剣聖と呼ばれるなかなか凄いオッサンだったらしい。
「まさかアルが剣聖のお弟子さんだったとはな、がっはっは! いやー、それなら流剣流を学んでいるのも納得だ」
どうも剣術家の界隈では剣聖ガレアスの流派"無名流"は知る人ぞ知るという感じらしい。なお開祖の名付けた恥ずかしい流派名はスタインも知らなかった。
ちなみに、この世界には剣聖と呼ばれる人物が五人いて、それらはまとめて五剣聖と呼ばれているとか。他にも覇剣やら剣神やら色々な二つ名の人物を教えてもらったが正直覚えられない。
そして一番衝撃だったのは、ガレアスは五十歳ぐらいかと思っていたのだが実はもう百歳を超えているらしい。どうやら更身をしまくって大幅に寿命が延びているのだとか。以前、ヘレナから更身での寿命の延長の話は聞いたときには、正直もともと長寿のエルフの言うことだからと聞き流していたが……更身の恩恵を甘く見ていたかもしれない。
とまあ、その後も色々話したりしつつ俺の修行も見てもらって、流剣流の修行までさせてもらった。すっかりこの道場に馴染んでしまい帰るのが惜しくなってしまうぐらいだが、もう日も落ちるので仕方なく俺はスタインをはじめ門下の皆に挨拶をしてから道場を去り宿へと戻ったのであった。