第21話 それぞれの思い
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ヘレナの空気を読まない発言で夕飯を食べることになったが、正直ひやひやした。やっぱりこいつ自由すぎるだろ。なんかロイも食事中不機嫌な感じだったしね。そりゃあれだけ溜めて重大発表します的な雰囲気出してたのにぶち壊されれば誰だって不貞腐れるわ。うん、ロイは悪くないよ。
そうして俺達は若干気まずい夕飯を終えて部屋に戻り、ロイの話を続けることになった。凄く話しにくそうだけど、頑張って欲しい。一応話しやすいように、俺がローリアで少しだけ買ってきたお茶を淹れておいた。
「ゴホン……、えーそのなんだ、身内の恥を晒すようだが、実は継承争いに巻き込まれてしまってね。兄弟達とその派閥の貴族達に命を狙われているんだ」
少し顔が赤いような気もするけどまさか一国の王子がこの程度で赤面するわけもあるまい、きっと蝋燭の明かりのせいだろう。ただ初めこそ話しづらそうだったがその後はわかりやすくライト王国の継承関係について説明をしてくれた。
それによると、ロイとその兄はそれぞれ違う側室の子であり、兄が継承権一位であった。しかし八年前、王の正室が子を成し弟が生まれたことで継承争いが発生した。兄である第一王子は継承権の順位において、弟の第三王子は正室の子という点においてそれぞれに継承の勝ち目があったことから両者に貴族が群がり派閥を作って争い始めたのだ。そんな中、ロイには継承の勝ち目がなく、争いには巻き込まれないで済むだろうと考えていた。だが自らがやましいことを行っている者は他人も行っているだろうと疑うもの。第一王子派は第二王子であるロイが第一王子を蹴落とそうとしているのではと疑い始めた。加えて第三王子派はロイを引き込もうとしたがロイがその意を見せないとわかるとロイを敵とみなした。そうしてロイは後ろ盾となる貴族がほとんどいないのに、二つの貴族の派閥を敵に回すこととなり、ついには命まで狙われる始末だという。
「まあ、全く味方がいないわけでもないんだけどね。だからライト王国内に入ってしまえば表だって私を殺そうとまではしてこないと読んでいる」
ロイは苦笑してお茶を飲む。うーん、これはかなり大変なポジションにいるんだな。盗賊との一戦のときに盗み聞きして『殿下』と呼ばれていたことから王族ではないかと当たりはつけていたのだが、ロイが思ったより苦労人なことに同情を禁じえない。これまで最下層の人生を歩み続けてきた俺としては王族なんて人生イージーモードだろ皆奴隷に落ちろとまで思ったが、ロイは許してやろうと心に誓った。
「それでこれからの旅程の話をしたいんだけれど」
とロイは横幅30センチほどの地図を広げた。油を染み込ませた羊皮紙でできたそれは雨にも耐えられそうなしっかりとしたものだった。この世界は印刷技術が発達していないので地図も当然手書きなのだが、かなり細かく精巧に書き込まれていて正確性の高いもののようだ。
「私たちは今、南大陸西部のフィアット王国にいるよね。そしてそのフィアット王国の東の都市ローリアから、中央に位置する首都エルフィアへ進んでいる。ここから私たちの目的地である北西大陸までのルートは二つ。一つは南大陸の西端まで行って、そこから南西大陸へ渡りそのまま陸路で北上して北西大陸へ渡るルート。もう一つはこのフィアット王国の首都エルフィアのさらに北にある港から船に乗って直接北西大陸へ行くルート。後者はおよそ三ヶ月だが、前者なら六ヶ月から八ヶ月は見た方がいいだろう」
ロイは地図を指でをなぞりそれぞれのルートを示す。その二つを見る限り、どうみても直行便ルートの方が良さそうだが何か問題があるのだろうか。俺の疑問を察したのだろう、ロイが続ける。
「直行便ルートの方が明らかに早いが、問題点は二つ。まずは運賃が足りない。一番安い三等客室でも一人頭金貨五枚は用意する必要がある。さらに到着する港からライト王国を目指すには峠を越えないといけないのだが、そこで待ち伏せされる可能性が高い」
「待ち伏せなんて蹴散らしたらいいんじゃないかしら?」
せっかくロイが真面目に提案してるのにこのポンコツエルフときたら……。
「そういうのは自分に蹴散らせるだけの力がある人が言うものだと思いますよヘレナさん」
「何言ってるの、アルがこれから蹴散らせるぐらい強くなれば良いじゃない?」
「いやいやなに無茶苦茶言ってるんですか! そんなの無理に決まってるでしょ!」
足を組んで優雅にお茶を飲むヘレナにイラっとした視線を向けてみたら、ウインクしてきやがった。
「盗賊と戦ったときのアルは凄かったじゃない。振り返り様にズバッと一閃、お姉さんちょっとしびれたわよ?」
「いや、あれはたまたま相手の意表を突けたとか間合いの関係とか色々ありまして……」
あ、ヤバい。思い出したら気持ち悪くなってきた。俺人を切っちゃったんだよな……。くそ、せっかく意識しないようにしてたのに。いやそれも逃げなんだろうけど、それでも現代日本人に殺人の責任は重すぎる。こっちで何度転生しようと始めに植え付けられた倫理観てのはそう簡単には変わるものじゃないんだな。
うっぷ、これはあかん……。
「あら、あらら? ちょっとアル大丈夫なの?」
「アル、気分が悪いようなら外の空気に当たってくるといい」
「うえっぷ。そうさせてもらいます……」
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アルブレヒトが口を押さえながら部屋を出ていく様子を見ながらロイとヘレナは顔を見合わせる。
「あの子、まだ人を殺すのに慣れてないのね」
「そんなのに慣れてる人は少ないと思うんだけど」
「あら、冒険者なら割と慣れてるわよ。護衛任務だって多いんだし、守るためには殺さないといけないなんてシチュエーションざらよ」
ヘレナは両手を広げて肩を竦める。
「それにしたって初めは慣れるのに時間が必要なこともあるだろうさ」
「私は初めからバンバン行ってたわよ?」
「頼むからヘレナを基準に世の中のことを考えるのはやめてくれないかい」
ロイが頭を押さえる。
「だけど、あなたを護衛するならこの先きっと、人を殺さざるを得ないことはあるわよ」
「そうなるまで、恐らくもう少しだけ時間はあるはずなんだ。だからアルにはそれまでに乗り越えてもらいたい、いや乗り越えてもらわないと困るな」
結局アルブレヒトが帰ってきたのは二十分ほどが経ってからだった。妙にスッキリした顔をしていたので、もしや全て出してきたのかとロイは思ったが詳しく聞くのはやめておいた。
そしてその後、今後の旅のルートについて話し合った結果、二対一で南西大陸経由のルートに決まったのだった。