第19話 初めての魔術
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ローリアから首都エルフィアまでの道のりは約二週間。街道は石畳こそ敷いていないがかなり整備されており、広い道幅に加え高低差も少ないため馬車はかなりの速度を出せる。おそらく十五キロ以上出ているのではないだろうか。自動車などに比べれば遅いが歩きに比べたら雲泥の差だ。乗っているだけでいいのだし。これだけ速いと尻が痛くなりそうなものだが、今回俺は毛布を買ってきたのだ。以前馬車で尻が取れそうなほど痛くなったのを教訓として、少し値は張ったが毛布を三人分用意して尻に敷いている。本当ならスライムを干したものがよいとされるのだが、お店の人に聞いたら虫が沸きやすいと言われたのでやめておいた。
さて、馬車の乗り心地が快適になったのはいいのだが、そうなると今度は二週間もの旅路が退屈になってくる。ローリアを出発して一時間ほどは流れる景色を眺めたりして、過ぎ去る麦畑や野菜畑、そしてオリーブや葡萄の畑が目を楽しませてくれた。だが周囲が段々と人の手が入っていない平地になってくると同じ景色が延々と続くようになり飽きてくるのだ。そこで俺はロイとヘレナの二人に色々と聞いてみることにした。
「ヘレナさんって何歳なんですか?」
「いきなり女性の年齢聞くとか失礼にも程があるんじゃないかしら」
怒られた。そりゃそうか。これまでめちゃくちゃな面ばかり見せられてきて忘れてたよ。
「すみませんでした。でもほら長生きしてそうだから色々知っているのかなって」
「はぁ、まあ長生きしてるのは否定しないけど。それにエルフってだけじゃなくてレベル5だからね、自慢じゃないけどかなり若さを保ててると思ってるわ!」
呆れ顔からのドヤ顔と、変化が忙しい。
「レベルと若さに関係があるんですか?」
「あら知らなかったの。更身すると寿命が延びて若さも保てるのよ」
完全に初耳なんですけど。
「あれは三百年くらい前だったかな。まだ未開で魔族が少し住んでいるだけだった東方の二大陸、東大陸と北東大陸をたった一人で開拓した冒険者がいたんだけど、彼はレベル9まで至って230歳で大往生したのよ。ただの人間族なのにね」
230歳って現代日本人の平均寿命の三倍ぐらいじゃねえか。この世界の平均寿命はよく知らないが大体50歳とかそこらだろうことを考えるととんでもないな。
「ちなみにエルフの普通の寿命は800歳ぐらいで、私は更身のおかげでその二倍は生きるから後は察してね」
単純計算で1600歳……もうほとんど妖怪の域に脚を突っ込んでるんじゃ
「何か言ったかしら?」
「いえ、何も申しておりません!」
凄くいい笑顔でヘレナが俺を見ていた。ヘレナさん目が笑ってないんですけど。
っと、そうだ、話が逸れたが色々と聞きたいことがあったんだ。
「ヘレナさんは精霊魔法じゃなく普通の魔法は使えないんですか」
「んー使えないことは無いけど、精霊魔法の方が強いしね。だからあまりちゃんと勉強してこなかったのよ。それにほら、今は魔力がほとんど無いから」
「そうですか、もし使えるなら習いたかったのですが」
「うーん。魔術って教えるのは物凄く大変な上に私の微妙な知識を与えてしまって大丈夫か心配ねぇ」
頬に手を当てて考え込むヘレナ。こういう姿だけ見ると綺麗なお姉さんなんだけどな。しかしこの世界に来て未だに魔術を見たことすらないのだが本当に存在するんだよな?
「おや、アルは魔術に興味があるのかい?」
そこへロイがヘレナの反対側から話しかけてきた。ちなみに馬車にはロイ、俺、ヘレナの順に座っている。
「ええ、そりゃ魔術って使ってみたいですよ」
「そうだったのか、それならどうせ時間もあるし私が少し教えてあげようか。実はこの旅は北西大陸の魔導帝国にある帝国大学魔術科からの帰りなんだ。こう見えても主席卒業なんだよ」
ロイは、はははっと白い歯を見せながら笑う。
というかこの世界に大学とかあったのか。貴族用の学校はどこの国にもあるというのは聞いたことがあるが、大学なんて初めて知った。最近できたのだろうか。
「いいのか? 魔術は貴族の人らが外に漏らさないよう独占してるって聞いたんだけど」
この世界では魔術の技術は一部の者に秘匿されていて、使えるものはごく限られているのが常識だったはず。
「まあ旅の途中で教える程度ならね。それに北西大陸の魔導帝国では普通に大学で教えちゃってる上に、向こうでは魔術が体系化されていてライト王国の魔術が児戯に思えるほどの発達ぶりだったしさ」
そういうロイの顔は少し寂しげだった。彼の言い方からするともしかしたら大学に入る前には彼なりに魔術に対する自信やら矜持やらがあったのが、打ち砕かれてしまったのかもしれない。
「それなら基礎だけでも教えてもらいたいんだけどいいかな」
「構わないよ。というか、野盗に襲われたときに教本を失くしてしまってね。結局見つからなかったんだけど、あれが無いと基礎より先を教えるのは難しいんだ」
「教本がそんなに大切なんですか」
「ああ、それはハミルトン魔術編纂書のことね」
急にヘレナが口を挟んできた。さっきからこの人視界の端でチラチラと何かアピールしてたからな。おおかた先輩ぶって魔術を教えたかったろう。
そしてロイによると、かつて魔術は細切れとなったものが世界各地の貴族などに秘匿されていてごく一部のものがごく一部の魔術を使えるだけだったのだとか。そんなとき大賢者ハミルトンという男が世界をまわってそれらを集め、研究し体系化して一冊の本にしたという。それがハミルトン魔術編纂書。だけれどそんな本の存在を世の貴族たちが許すわけも無く、長らく日の目を見ることなく闇に葬られてきたのだが、魔導帝国がこれをどこかから見つけ出して大学の教本とした。ロイが持っていたのはその写本だろう。
「それで、なぜその教本が必要なんですか?」
「ああ、それは魔術に用いる神聖言語の文字が複雑すぎて、これを正確に覚えている人があまりいないからだよ。主席の私ですら習得率は六割といったところかな」
どうやら神聖言語とは本当にかつて人が神から授かった言語らしい。神のセンスは人とは大いにずれているようで、それを文字と理解することすら困難だという。
「だけど神聖言語のすごいところは、書くだけで、あるいは心の中でイメージしながら唱えるだけで魔力を動かす力があるというところかな。魔術の呪文はというのは魔術が発動されるように魔力を動かすよう組み合わされた神聖言語のことなんだ」
「なるほど、ならロイが知っているものを教えてくれないか」
「もちろんそのつもりだが、おそらく簡単なものを教える程度になってしまうのは許して欲しい」
「いや、教えてくれるだけでもありがたいよ」
そうして、ロイ先生による魔術講座が開講されることとなった。もっとも馬車は周りに人がたくさんいるので宿場町についてからとなったが。
「ではこの文字をよく見てくれ。これは『我が身に宿る魔力よ集え』と読むんだが、体内の魔力を操作する呪文だ。ほとんどの魔術の呪文は文頭にこれが付くし、そもそも魔力操作の練習にはこれを繰り返し唱える必要がある」
俺達は馬車が宿場町に入るなり宿へ向かった。ちなみにローリアと首都エルフィアを結ぶ街道には宿場町が沢山あって野宿するようなことにはならない。
それよりもこれはやばい。魔術を甘く見ていたかもしれない。まず神聖言語というのが文字の癖に複雑な図形のようで、普通の言語としては絶対に成立しないだろうというレベルの代物だった。この短い文章に使われている文字すら覚えられる気がしない。
次に発音。人間が発音できるのか疑問に思うような発音で、舌が縺れそうだ。そして既存の言語とは一切関係がないようで、意味は教えてもらうまでさっぱりわからなかった。
これだけでも不可能に思えるのだが、ここはまだスタート地点であり、更にここから理論やらを学んでいかないといけないというのだから恐ろしい。
それでもとりあえず、ロイが紙に書いてくれた文字を見ながら発音を真似する。何度繰り返したか覚えていないが、ロイは気長に付き合ってくれて本当に助かった。ちなみに、ヘレナも同じ部屋にいるが既に寝ている。こいつ自由すぎるだろ。
そうしてもはや何度目かわからない詠唱を行う。
『我が身に宿る魔力よ集え』
すると、体の中心の方―それも物理的な意味よりも精神的な意味での中心―で何かが蠢くのを感じた。
「お、ついに成功だね。何か感じられたかい?」
するとロイは成功したのを察したのか口を開く。
「ああ、何かが体の中心で動いた気がしたよ」
「よかった、それが魔力だよ。動いたのは中心だけかい?」
「え? ああ、中心だけだと思うけど」
「そうか……」
すると少し残念そうにするロイ。
「この詠唱で、体の隅々まで魔力が行き渡っているかどうかがわかるんだ。中心から遠くまで魔力が動くほど体の魔力適正が高いとされているんだよ」
「つまり俺は……?」
「相当適正が低いってことになるね。この魔力量だと魔術を使うのは難しい」
……。早くも夢破れたり。普通異世界人って魔力の適正高かったりしないのかな。というかせっかく魔術を学べそうなのに使えないなんて悲しすぎる。
「そう気を落とさないでよアル。魔術適正っていうのは、体への魔力の通りやすさなんだ。これが高いほど魔力操作が上手くなる。それと同時に、人は魔力を体に溜めてそれを魔術に使うから、魔力適正が高いほど保有魔力が大きくなるんだ。それでさ、魔力を体に通し続けると段々と魔力が通りやすくなって魔力適正があがるんだよ」
「え、それってつまり……」
「毎日鍛えてればそれなりに……まあ大学の入学基準程度までは上がるかもしれないね」
それが高いのか低いのかわからないし、そもそも入学に魔力適正が必要なのも初耳だがそんなことはこの際どうでもいい。つまり魔力適正が上がるならば俺も魔術を使うことができるということだ。
これから毎日魔力を操作しようぜ。
こうして俺の日課に新たな修行が加わった。