第16話 かまいたち事件その2
ヘレナのキャラがブレブレだったので、数話に亘って台詞の言い回しに修正を入れました。内容に変更はありません。
読んで下さっている方々にはご迷惑おかけして申し訳ありません。
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翌朝俺たちはローリア東門前を出た先にある農地を見て回っていた。
「これは酷いですね…」
そこには無惨に切り裂かれた麦畑が広がっており、これから成熟したはずであろう青い穂が地面に散らばっている。リザが悲しそうに呟きながらそれを拾って眺めているが、彼女とアレクの実家は畑をやっていたらしいので何か思うところがあるのだろう。
「でも犯人を見つけるのは難しそうだな!」
アレクは剣を担いで漫然と辺りを見回している。うーん、アレクは捜査とか向いてなさそうだもんなぁ
ただ、確かに犯人に繋がる手掛かりのようなものはなさそうで、この依頼は難航しそうだ。
「何か犯人に繋がる痕跡でもあればいいのですが」
「痕跡ならあるよ?」
「えっ!?」
俺のぼやきにヘレナがさらっと痕跡があるなどのたまうので変な声が出てしまった。
「私風はの精霊が見えると言ったでしょ。精霊魔法こそ使えないけど、この畑で荒ぶる精霊達の姿ははバンバン見えているよ」
「便利ですね。それで、精霊が荒ぶっているのは何を意味しているのでしょう?」
「精霊は力を使うときにしか暴れない。つまりここで精霊魔術が行使されたか、精霊自身が力を使ったか、そのどちらかは確実にあったという証拠に他ならない!」
ビシっと音が出る勢いでヘレナは畑を指差してドヤ顔をしながら胸を張る。
「えっと……それなら犯人は精霊魔術師っていうことですか?」
リザの発言に俺とアレクの視線がヘレナに集まる。
「いや、私じゃないよ!? 精霊魔術師は少ないが多分他にもいるし! それに精霊自身の暴走の可能性の方が高いかな」
ヘレナは両手を大袈裟に振りながらそう言った。まあ、ヘレナはずっと俺達と一緒にいたわけだし無罪なのはわかっていたが。
「でも精霊の暴走なんて聞いたことないんですが」
「滅多に起こらないし、起こっても気が付くことも少ないから知らなくても仕方ないよ。精霊単体にはほとんど意思はないけど、集合体となったときに少しだけ芽生える自我が暴走を引き起こすと言われてるから」
「では、この辺りに精霊の集合体なるものがいると?」
「うん、いるよ。ここから北東の森の中にほとんど人が立ち入らない静かな場所があってね、風の精霊が好んで集まっているんだ。精霊が暴走するには何か理由があるはず」
そんな場所があったのか。人間には気付かれないようにしてるのかな。
「じゃあそこへ行ってみれば今回の事件の真相に迫る手掛かりがあるんですね」
「そうね、おそらく」
「それなら行ってみようぜ!」
「行ってみましょう!」
アレクとリザ姉妹も乗り気だし、この事件の捜査を進展させるためには行ってみるしかないだろう。
「では、私が案内するわ」
そう言って歩き出すヘレナのあとに続いて俺達も歩き出す。
☆★☆★☆★
「こんな……酷いです……」
リザが口を押さえながら顔をしかめる。俺に至っては気分が悪くて言葉すらでない。
俺たちはあのあとヘレナの案内に従って五時間ほど歩いてローリア北東の森へ入り目的であった精霊の溜まり場へと到着した。ほとんど道がなかったため藪を漕ぎながらの移動となり疲れたので、休憩がてらにまずは少し離れたところから様子を見ようとやや小高い崖のような場所から目的地を見ている。
そこは本来なら森が開けて綺麗な泉が湧き清らかな風が吹く風光明媚な場所なのだろう。だからこそ風の精霊も集まったのかもしれない。それが今や腐臭と汚物にまみれていた。
「あれは盗賊ね。あいつらがここをねぐらか何かにして汚したせいで風の精霊が機嫌を損ねて暴走したので間違い無さそう。全く、人間ってやつは……」
ヘレナが嘆くがその気持ちはわからなくはない。そこら中の草には赤黒い血がこびりついていて、よくみれば臓物の様なものもそこかしこに乱雑に散らばっている。魔物を捌いたというだけならこうはならないだろう。死体こそ無いものの恐らくここで何人も殺されている。それらは強烈な腐臭を生じさせ、他にも排泄物などの処理も甘いのだろう、とてつもない臭いが少し離れたここまで届いてくる。
そして周囲には強奪したと思われる馬車が十台以上置かれていて家の代わりにでもなっているのか生活感がある。そのうちのいくつかは不自然に揺れていて、今まさに中で何が起こっているのか考えたくない。こんな悲惨な状況だが俺達にできることは少ないだろう。レベル1になったとはいえまだ子供だし剣の腕も人並みなのだから。
気分が少し落ち着いてきたので口を開く。
「見えているだけでも十人はいますね。今の僕たちでは太刀打ちできませんし、今日は帰ってローリアの騎士団に通報しましょう」
「なんだよアル、盗賊を倒さないのか!」
「お兄ちゃん、私たちの腕であの数の盗賊に勝てるわけないでしょ」
「うん、君達の実力では無理でしょうね。アルの言うとおりローリアに戻るのがよさそう」
「そ、そうか……わかった!」
アレクは猪突猛進タイプだがちゃんと他人の意見を受け入れる度量があるところが良いやつだな。
さて、戦わないと決まっても、通報するなら相手の戦力などの情報はそれなりに集めておかないといけない。そのため俺たちはしばらく盗賊のねぐらを観察していた。
「アルさん、誰か帰ってきましたよ」
リザの声で俺は崖から泉の方を見ると、確かに何人かが歩いてきていた。
あれは……拘束されているのか。
よく目を凝らして見ると、帰ってきたのは八人で、そのうち三人は腕を縛られているようだった。縛られてるうち二人はかなりしっかりした金属鎧を身に付けている。もう一人は装飾こそ少ないが仕立ての良さそうな厚手の生地の服の上から、金属で補強された上質な革の防具が重要な部分を守っていて、俺でもパッと見でそれなりに金を持っていそうだとわかる。
「あれは、まさに今盗賊の被害にあって捕まった者のようね」
「なら助けてやらないと!」
「まあ待って、少し話を聞いてみようか」
ヘレナにアレクが噛みつくと、ヘレナが手でアレクを制してから何かを念じる様な動作をした。
『へっへっへ、親分、良いカモがいやがりましたぜ』
『ほう、中々高そうな服を着た坊っちゃんだ。どこかのお貴族様か、よくやったな』
ここから盗賊の居場所まで少なくとも百メートルは離れてるはずだがなぜか声が聞こえる。
「ヘレナさん、どういうことですか」
「風の精霊にお願いして声を届けてもらっているの。精霊が見えれば魔力を使わなくてもこれくらいはできるのよ」
精霊見えるのチートすぎるだろ。だが今はそれどころじゃない、盗賊達の話に耳を傾ける。
『親分、ただこいつらあまり金を持ってなくてですね。どこかに隠してるのか聞いても答えないんですよ』
『なんだそうなのか、なら俺がもっと丁寧に聞いてやらないといけないな、ガハハ』
そう言って親分と呼ばれた大柄な中年の男が縛られた三人に近付いていく。
『殿下、我々が時間を稼ぎますのでどうかお逃げを』
その時、風の精霊の力を借りてもなお聞き取れるかどうかの小声で縛られた鎧の男が呟くように言った。瞬間、三人を縛っていた縄が一瞬で切れて鎧の二人が弾かれたように駆け出す。一人は親分と呼ばれる男の脇を通りすぎ様に腰の剣を奪ってその首を斬り付け、親分が首から血を吹き出して倒れたのを確認もせず、すぐさま別のの盗賊の首も落とす。もう一人の鎧の男は近くの盗賊に体当たりをして転倒させ、倒れた相手の顔面を鎧の重さに任せて踏み砕いた。そしてその腰の剣を奪い、殿下と呼ばれた革防具の男の退路を守るように立つ。
革防具の殿下はそんな二人を見ることなく、泉から離れるようにこちらの方向へ走ってきた。
「おい、もうこうなったら助けようぜ! おいアル、聞いてるのか」
正直こんな人間同士の殺し合いは初めて見た。かつての転生で盗賊に殺されたことはあったけど、そのときは他の人のことは見てなかったからな。人の命が人の手によって簡単に奪われることへの恐怖が体を冷やしていく。そして何より恐ろしいのは彼らの使った斬撃の一つ"閃光"。天剣流のその技は俺も使えるし、日々鍛練しているけれど、それがこうも人の命を簡単に奪うのを見ると恐ろしくて仕方がない。自分が他人を殺してしまう恐怖。そしてあれをかわせなければ自分が殺されるという恐怖。
ここは大人しくしているべきだろう。
「今出ていくのはまずいです。アレク、もう少し様子を見ましょう」
「様子なんて見てたら手遅れになっちゃうぞ! あっ!」
アレクが声をあげたので見てみれば、先ほどこっちへ逃げてきた殿下と呼ばれた男を二人の盗賊が追ってきていた。そしてそのうちの一人が放った弓が男の脚に刺さり、男はその衝撃で体制を崩して地面を転がった。
「いい加減にしろ、アル! お前はここで見捨てるような男なのかよ!」
仕方ない、ここは腹を括るべきなのか。こういう日がいつかは来るとは思っていたし、どこかでは経験しなくてはいけないとも理解していたけれど、それが今なのだろう。体も心も震えているが、それを押さえ付ける。
「わ、わかりました。ならリザはここから弓で相手の射手を狙ってください。ヘレナさんは何かできることはありますか」
「私は何もできませんからね! 君達だけで行ってきて。そしてすぐに逃げましょう。あの鎧の彼らがいつまで足止めできるかわからないし」
泉の広場では未だに鎧の男達と盗賊が斬りあっているが、鎧の男達の方はかなり疲労してきているのか動きが鈍くなっている。もう長くは持たないだろう。
「わかりました、では行ってきます」
そう言って、俺たちは崖を滑り降りた。
崖下では今まさに追っ手が倒れた男に剣を振り上げたところだった。
「助太刀します!」
ガキンっという音をたてて俺の剣が追っ手の剣を受け止める。崖を降りたときに感じたが、更身してレベル1になったことでかなり身体能力が上がっている。それでも相手の剣が重く感じるのは体格差だろう。俺はまだ12歳の体なので相手とはかなりの差があり受け止め続けるのは厳しいため、倒れた男に当たらないよう受け流す。ちなみに振りが遅くなる大剣は使わず、もう一本の少し短めの剣を使っている。
「なんだてめえ、邪魔するならぶっころすぞっ!」
「たまたま出くわした冒険者ですよっ」
相手の袈裟斬りに振るってきた剣をバックステップでかわし、すぐに間合いを詰めながら突きを放つが弾かれる。しかしそれでいい。
「アレク、今だ!」
「おう! 任せとけ!」
相手の背後からアレクが背中を一突きすると、胸から剣が生えた。
「ぐはっ」
そしてアレクが剣を引き抜くとそこからおびただしい量の血が吹き出して、丁度相手の胸の前にいた俺にかかる。血飛沫の生暖かさと鉄の臭いに酷い吐き気が込み上げてきたが、相手が倒れるまで気は抜けない。震える手で剣を握って相手の顔を見れば怒気と苦痛がない交ぜになったような鬼気迫る表情でこちらを睨んで、そして血を吐き膝をついて倒れた。
「はあっはあっ」
たったの数合しかしてないのに激しく息が上がっている。とても気持ち悪い。顔を上げれば遠くで相手の射手もリザの矢を受けて倒れていた。そうして体が弛緩しそうになった瞬間。
「アル、後ろだっ!」
アレクの声に弾かれるように後ろを向く。崖の上から確認できなかった盗賊がもう一人いたようだ。などと、そんなことを考える間もなく、反射的に"斬月"を放つ。師匠やスティーブ、そして教官と何度も繰り返した動きは淀みなく流れるようで、高速の上段斬りへとつながり、俺の剣は相手の体の深くまで達する。それによって相手は声をあげる間もなく息絶えたが、苦悶に満ちた表情を浮かべながら俺に覆い被さるように倒れてきてその血がさらに俺を汚す。
もう限界だった。
その場で胃の中のものを全てぶちまけた。
それでも吐き気は収まらず、血の池と化したその場でうずくまってえづく。
気持ち悪い。何もかもが気持ち悪い。人を斬った感触が手に残っている。人が息絶える瞬間の顔が目に焼き付いている。生臭さと鉄臭さが吐き気をもたらし続ける。
「アル、時間がないんだ! 立って逃げるぞ!」
そんな俺をアレクが担ぐように支えて立たせる。それで少し状況を思い出す。涙で滲む目で周りを見ると、ヘレナとリザも崖から降りてきて、追われていた男を抱えあげている。どうやら出血によって意識を失っているようだ。
追っ手はまだ来ていないようだが、俺たちは急いでその場を離れた。
そうして休みなく走り続け、ローリアの東門へと辿り着いたのは日が暮れてからだった。