第13話 始まりを告げる怒涛のエルフ
本話から二章です。
むしろ前話までは序章で、この話から本編開始と言ってもいいかもしれません。
拙い文章ではありますが今後もよろしくお願いいたします。
―――ねえ、あんたいつも何を考えてるの?
何も考えてないよ
―――嘘。だってどっか遠く見てるもん。考え事してる人の目だよそれ
ぼーっとしてただけだって
―――わたし騎士団っていうのに呼ばれたから来年には行っちゃうんだよ?
ルークも一緒だろ。なら大丈夫だって
―――あんたはどうするの?
俺は弱いしゴブリンが怖いから騎士団なんて無理だよ。町にはリーシャだって残るんだしさ
―――そんなだから、あんたがそんなだから皆に馬鹿にされてっ! モラタなんてあることないこと町中に広めてるのに悔しくないのっ?
それで死ぬ訳じゃないし好きなようにやらせておけばいいよ。だからそんなことどうでもいいさ
―――わたしルークに好きだっていわれたんだけど、それもどうでもいいの?
それは……
☆★☆★☆★
目を開くとほんの僅かに物の輪郭が見える程度の闇に包まれた鳥の羽休め亭の部屋の天井があった。先日の森での戦いからそろそろ一週間が経とうとしていた。硬いベッドから起き上がって木窓を開けば日の出前の暗い紫色の空が仄かな光を部屋に届けてくる。
「何で今さらあの頃の夢なんて……」
ベッドに腰かけて夢で語りかけてきていた少女を思い出す。燃えるような真紅の豊かな髪を背に広げ、勝気な色を宿した目はいつも何かを不満気に睨んでいたが、それゆえか10歳の少女にして既に女性としての魅力を備えており、将来はとてつもない美人になることが容易に想像できた。俺の今世での幼馴染である少女。
フラム・ハート。
8歳にして騎士団の新兵に剣で勝ってみせた天才。こういう天才を俺達が生まれた国では神子と呼んだ。神子は新神を崇める国にしか生まれないという。だからこそ新神を唯一神と奉る俺達の国、ライト王国は土地が痩せて国力が低いにも関わらず神子の力をもって北西大陸を平定し南西大陸にまで影響力を持っている。つまり神子とはいわゆるチートである。俺があれほど欲したチートは俺のところに無いだけで、この世界には確かに存在するのである。そしてもう一人の俺の幼馴染の少年、ルークもまた神子なのである。二人は騎士団に迎えられるために11歳で王都へ旅立つこととなっていた。もっとも俺はその前に奴隷となったので旅立ちを見届けることは無かったのだが。俺がツルハシを振っている間に彼女らは剣を振って更に強くなっていることだろう。もはや俺の手の届かない天上人である。
まあ、どうせもう故郷の町に戻っても会うことはないだろうし、思い出してもやるせない気持ちになるだけなので、今日は教官にしごいてもらって忘れよう。リザもそろそろポーションで治した腕の具合を確かめたいと言っていたし。
そう思って、アレクとリザと朝食をとってからギルドに来たらいつもと様子が違う。何だろう、パンダの赤ちゃんが生まれたときの動物園がこんな感じだったかもしれない。こう珍獣見たさに群がる人々みたいな。それくらいの勢いで冒険者たちが何かを囲んで見ている。
だが残念ながらまだ十二歳の体では身長が足りず、人の壁に阻まれ何が起こっているのか全くわからない。そう思っていると、モヒカンの人ことハザンが声をかけてくれた。
「ようボウズたち。もしかして背が低くて見えないのか?」
「そうなんですよ、一体何が起こっているのですか?」
「ああ、お前らは新人だから知らねえよな。実は今、伝説の人物がこのギルドに来てるんだよ」
ハザンが何故か少し得意げになる。
「なんか凄そうだな!」
確かにアレクの言うとおり凄そうだ。どう凄いのか気になるな。
「ハザンさん、その人は何が伝説なんですか?」
「ああ、今来ているのは180年間Eランクを維持し続けている伝説の冒険者、昇級知らずのヘレナその人よ!」
「……そ、そうですか」
凄いのベクトルが思ってたのと若干違った。多分最初の珍獣扱いが正解なんだろう。
そう思っていると、冒険者たちもそろそろ飽きてきたのか人垣が一瞬途切れたときに件の人物と目が合う。その瞬間、俺は衝撃を受けた。もちろんお色気的な意味ではなく。
レインボーカラーの長髪は腰まで伸びて眩い輝きを放っており、体を包む黄金色の鎧はピカピカに磨きこまれ眩い輝きを放っており、手に持った盾は鏡のように光を反射する仕様のようでこれまた磨きこまれたそれは眩い輝きをry
要約すれば全身が眩しいお姉さんこそが昇級知らずのヘレナという人物だった。しかもその眩しさは目が痛くなるタイプの、若干不快なそれであるのが性質が悪い。更に言えば、ヘレナの耳は長く尖っていて顔だけを見れば美形というに余りある美しさを備えてはいる。これはもしかするとアレなのでは。
「ハザンさん、ヘレナさんって……」
「おお、気が付いたか。あの人はエルフなんだよ。わりかし差別の少ないこのフィアット王国でも珍しいよな。でも長命なエルフだからこそ大記録を打ち立てられたんだから彼女がエルフであったことに感謝しないとな」
「あまり聞きたくないですけど、この人気はどういうことですか?」
「ああ、彼女は俺たち平凡な冒険者の星であり、愛すべき存在だからな。マスコット的な。」
……もう返事をするのも疲れてきた。
そう思っていたら、不意に女性の声がかかる。もしや、と思いながら振り向けば。
「こんにちは、君たちはもしかして新人君かい?」
そこにはヤツがいた。いつの間に俺の後ろを取った? こいつ……やるぞ。
冗談はさておき、あまり積極的には絡みたくないような気がするんだが。
「そうです、一ヶ月と少し前に登録したばかりのGランクですよ」
「そっかそっか、じゃあドンドン経験積まないとね! というわけで、私と一緒にダンジョン行こっか!」
何が「というわけ」なのかも、何故にダンジョンなのかもさっぱりわからないんだが! この人のことがさっぱりわからないんだが!
「いや、ちょっとダンジョンとかはまだ早いかなって……」
「おお、昇級知らずのヘレナにダンジョン連れて行って貰えるなんて、小便してたら便所の奥に金貨が落ちてるのを見つけるくらいの幸運だぞ!」
ハザンがバンバンと俺の背中を叩いてくる。
「そうよ、私とダンジョンにいけるなんて中々無いんだから!」
ヘレナもノリノリである。
だが少し待って欲しい。この世界の便所は当然ボットン便所なのであり、そこに落ちている金貨という喩えはどう考えても汚物サイド寄りの扱いなのではなかろうか。
そんなことを考えているうちに。
「ダンジョン行ってみようぜ!」
「私も気になってましたし、腕の具合を確かめるにはちょうどよさそうです」
「うんうん、やっぱ若い子はそうでなくちゃね! じゃあ、明後日の朝にギルドに集合しましょう」
アレクとリザ兄妹が行く気になっていた。
というかこの流れはもう行くので決定の流れですよね。ダンジョンて俺らみたいなランクで行っても大丈夫なのかね。鉱山で見た氾濫はとんでもなかったんだけど、あれは氾濫だからなのかな。さっぱりわからないのが余計に怖いから後でちゃんとダンジョンについて調べておこう。俺はそう決意するのであった。
そして、この頃にはもう今朝見た夢のことは頭から抜け落ちていた。