第11話 ゴブリンリベンジ2
拙文ではありますが、ブックマークや感想、評価をいただけると励みや参考になるのでできたらお願いいたします。
また誤字脱字並びに気になる点等ありましたらご一報頂けると幸いです。
開け放った木窓からは春先の爽やかな風ではなく、湿度の高い肌にまとわり付くようなそれが吹き込んでくる。外を見れば朝日は無く、低い雲がまるでこちらに迫ってきているかのような圧力を感じるほどに分厚く空一面に広がっている。出発には生憎の天気だが、どんな天候でも上手くやるのが一流の冒険者だと昔読んだ小説で言っていたので多分天候に文句を言うやつは二流なのだろう。
…俺は二流でもいいから天気良くなってくれないかなぁ。
なんて思いながら、冒険用に買った厚手の服に着替えてクソボロい中古の革鎧を身に着ける。腰には大剣と少し小振りの両手剣、二本の剣を差す。軽く腕を回したりして体を解しながら装備の具合を確かめ、布袋に入れておいた道具類や保存食などを確認して肩に担げば凡そ準備完了だ。
そう、今日はジャイアントイノシシ討伐へ出発する日。俺にとっては色々な意味で緊張するイベントである。初めての大人数での活動、初めての森林での戦闘、そしてトラウマになっているゴブリン。正直心臓は既にドキドキしているのだが、だからと言ってウジウジしても仕方がない。ここで怖気づくのは流石に男としての沽券に関わるし、仲間やギルドの冒険者、受付のお姉さんにも見放されてしまうんじゃないかという気になってくる。いや、実際にはそんなことは無いのだろうけれどさ。いい加減そろそろ克服すべきだろう、トラウマとか。
ともあれこうしていては始まらないのだから、両頬に平手を打って気合を入れる。
「よし、行くか!」
集合場所はローリアの北の通用口なのでアレクとリザとともに向かう。ローリアには東西に大街道と街を繋ぐ巨大な門がある一方で、南北には街道はなく農地へ出るための小さな通用門だけがある。今回は通用口から小さな道を通って北にある森へと行く予定らしい。
「おう、こっちだ! 早いじゃねえか」
北の通用門の辺りへと近付くと黒革のハザンが手を振って呼んでくる。彼のモヒカンは冒険者の集団の中でも目立っていて待ち合わせには最適だな、などと考えてしまうのは仕方あるまい。
ハザンの近くによると、まだ俺達が面識のない他の冒険者に紹介してくれた。このモヒカン本当に面倒見が良いな。モヒカンの話によれば、参加するのはEランクが15人とFランクが7人、そしてGランクが俺達を含め6人の合計28人だそうだ。なかなかの大所帯、若干コミュ障気味の俺にとっては居心地の悪さを感じる。下手なことをして怒られないように静かにしていようかなぁ…
☆
一行は人数が揃ったところで北の森へと出発し、道中は特に何事もなく昼には野営の拠点とする予定地へと到着した。干し肉やパンなどで軽食をとってから今後の作戦についてモヒカンが説明する。今さらだがどうやら奴がこの討伐隊のリーダーらしい。
「今日はこれからEランクの斥候が森の奥に潜ってジャイアントイノシシの生息状況及び他の魔物の数の調査を行う。その間他の奴らは手分けして森の浅い部分を探索しイノシシを狩ってくれ。森の奥へ入りすぎるとフォールンオオカミやゴブリンが出てくる恐れがあるから、特に低ランクは注意してくれ。そして調査を踏まえて明朝より大規模な討伐を開始する。以上だ、何か質問はあるか」
恐らくEランクのメンバーにはあらかじめ話が通っていたのだろう、特に質問する者もなく作戦は始まった。
「俺達はこの三人で森に入ろうぜ!」
「そうだねお兄ちゃん! アルさんもそれでいいですよね?」
「もちろんです。一緒に頑張りましょう」
アレクとリザ兄妹もやる気のようで一緒にイノシシを狩ることとなり、準備をしてから森へと向かった。
相変わらず空には厚い雲がかかっており日差しは届いてこない。そのため森のなかはより鬱蒼とした雰囲気が漂っていて結構不気味だ。そんな中、俺達は三人でジャイアントイノシシを探す。森の奥へと入り込んでしまわないように、縁に沿って歩くよう気を付ける。あ、そうだ今夜はイノシシ鍋にしたいなぁ。
☆
結論からいうと、一頭も狩れなかった。それも俺たち三人だけでなくて全員が。原因は斥候の報告によってある程度わかった。イノシシが巣を作っているのはかなり森の奥深くだというのだ。代わりに浅いところにオオカミが見えたというので、恐らくオオカミを嫌ってイノシシは奥へと行ったのではないかということだった。そこで討伐隊は翌朝早くから森の深部を目指して進むこととなり簡単な夕食を済ませて見張り以外早めに就寝した。イノシシが森の奥へ行ったならもはや討伐しなくてもいいような気もするが、素材の売却を当てにしていた部分もあり、ここまで来た以上引き返すことはできないのだ。
そして今、俺達は森の深部を目指して進んでいる。陣形は先頭にEランクが五人、その後ろにFランク、Gランクが二列で並び、周りを残りのEランク七人が囲んで守ってくれている。Eランクのうち三人は斥候として先行してジャイアントイノシシの場所を探ってくれている。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
昨日より更に天気が悪くなっているのか森の中はかなり暗く、足元に気を付けないと木の根や岩に足をとられかねない。普段森に入ることが少なかったからか、ついていくだけで精一杯だ。こんなに森歩きが大変だったとは……。冒険者なら早くこういうのにも慣れないといけないんだろうな。
そんなことを考えていると斥候が戻ってきて、ジャイアントイノシシの巣を発見したとのことだった。
そこで、気付かれないよう接近してみれば、ショートソード程はあるのではという鋭い牙を持ち体高160センチは間違いなく越えている巨大なイノシシが、少し窪んだような場所に十頭以上いた。窪地の中心辺りには普通のイノシシぐらいのサイズの個体がまとまっていることからあれが子供なのだろう。
その様子を見て、モヒカンは隊の半数が反対側へ回り込み挟み撃ちの形にして取り逃がさないようにしようと小声で指示を出した。俺達三人はこちらに残ることになったので、他の冒険者が回り込むのを気配を消しながら待つ。すると、ぽつりぽつりと雨が降り始めた。
「雨は気配を消してくれるから俺たちゃツイてるぜ。こりゃ間違いなく全部イケるな、くくく……」
そうモヒカンは小声で俺たちに教えてくれる。何となく悪役っぽいが、農地を荒らすイノシシを狩る市民の味方なのだ。
そしてモヒカンに気を取られているうちに、別動隊が反対側へ着いたようだ。その間も雨の勢いは強くなり別動隊は辛うじて見える程度になってしまったが、準備完了の合図が見えたのは幸いだった。
それを見たモヒカンが剣を抜き振り上げて声を張る。
「よし、突撃だ!」
「「「うぉぉぉぉぉっ!」」」
モヒカンの号令を皮切りに冒険者の野太い声が響くとともに雨でぬかるんだ泥を蹴りあげながら駆け出すとジャイアントイノシシは驚きで一瞬動きが止まる。そこで反対側からも別動隊が雪崩れ込み、混乱したジャイアントイノシシは狩られるだけとなった。
それでも苦し紛れの突進に何人かの冒険者が吹き飛ばされたり、必死に子供を守ろうとして暴れるイノシシを倒すのに苦戦したりするうちに何人かが軽傷を負ったりはしたが、逆に言えばその程度で済んだ楽な狩りであった。
俺達も少し小さいジャイアントイノシシを一頭仕留めてホクホク顔だった。
かなり雨が強くなってきたので急いで獲物を捌こうという話になり、冒険者達は皆集まって協力して捌だした。
雨は激しいけれど、無事に終わって良かった。そんな風にアレクとリザと話しながらイノシシを解体していると、突然野太い悲鳴が上がる。
「ぐぁぁぁぁっ! この野郎!」
「しまった、フォールンオオカミだ! 囲まれてるぞ!」
顔をあげると冒険者の一人が自分で押さえた腕から血が流れている。そして周囲にはフォールンオオカミが沢山。パッと見た限りでも三十は越える数がいる。イノシシの血の臭いに惹かれてやってきたのだろうか。
「くそっ、雨のせいで気が付くのが遅れたな。おいガキども、あの数じゃGランクには荷が重いが……なるべく早く俺達が倒すからそれまで何とか生き延びろよ」
「わ、わかりました!」
モヒカンがそんなイケメンな台詞を吐いてくるので返事をしておく。モヒカンはその後も他の低ランクに声をかけて落ち着かせてやっている。やはり踏んだ場数が違うのだろう、俺はまだこんな緊急事態に対応できそうにない。あちこちで怒号が響くが、益々強くなる雨で視界は悪く状況が把握できなくなってきた。
くそっ、どうなってるんだ!
「おいアル、とりあえず剣を抜いておけよ!」
アレクが俺の肩を叩いてそう言ってくる。そこで始めてまだ剣すら抜いていなかったことに気が付いた。
慣れ親しんだ大剣を抜き構える。
「すみませんアレク、焦ってました」
「アルはそういうところあるよな! まあ気負わず行こうぜ!」
「そうです、アルさん落ち着いていつもどおりやりましょう!」
兄妹にバシバシと背中を叩かれ、痛いけど冷静になってきた。
そして周りを見てみれば今まさに横で戦っていたFランクの冒険者がオオカミに押し倒されていた。
「うぉぉぉぉっ!」
俺はそのオオカミ目掛けて一息で間合いを詰め、袈裟斬りにする。するとオオカミは血を吹き出しながら飛んでいった。
「あ、ありがとう、助かったよ!」
「いえ、それよりその傷じゃあ……」
押し倒されていた冒険者がお礼を言ってくるが、彼は左腕を大きく食いちぎられていた。
「いや、生きているだけで十分さ。それに回復魔法使いに治してもらえるかもしれないしさ。それより今はオオカミだ! こんなんじゃ手当てしてる暇すらないからね!」
「そう、ですね。わかりました、では僕たちはあちらを手伝ってきます!」
そういうと怪我をした冒険者も右手に剣をもってオオカミと戦う仲間の方へと走っていった。
それからどれだけ時間がたったか。四方八方から襲ってくるオオカミに俺達の陣形は既に千々に乱れ、とにかくオオカミの攻撃をいなして反撃することだけを考えて戦っていた。そんなとき遂にリザがオオカミの攻撃を受けてしまった。接近戦が苦手なリザがここまでよく持ったというべきなのかもしれないが。
「きゃぁっ!」
リザは体当たりを受け、その際に足を挫いたのだろうか転んでしまう。そこをオオカミに食い付かれる。
右手に食い付いたオオカミはアレクがすぐに切り飛ばしたが、リザは足の負傷に加えて手も怪我をして戦闘は継続できそうにない。一生治らないというほどの傷ではなさそうなのが幸いか。
「リザはそこの木の下で傷の治療をしていてください。僕とアレクで守ります。アレク、こっちへ!」
「おう! 兄ちゃんたちが頑張るからリザは安心しとけ!」
「二人とも……ありがとうございますぅ」
申し訳なさそうにしながら薬草でできた軟膏を傷に塗り込むリザ。そんなリザを守るように俺とアレクがオオカミの相手をしている。
ふと、視界の隅に何かが映ったような気がした。オオカミも数が減ってきて終わりが見え、気が緩んだのかな。そんなことを考えながら目の前のオオカミを斬り付け、その"何か"の方へ視線を向ける。
「ギギッ! ギーッ!」
そこにはゴブリンがいた。
体毛は無く全身の皮膚は緑色の人型の魔物。目の前のそいつは手に棍棒を持っている。
怖い、たまらなく怖い。息が荒くなって足が勝手に後ずさりをはじめる。ゴブリンの動きから目が離せない。意外と俊敏な動きで、一般人なら反応することもできないかもしれない。
そう、現にできなかったではないか。俺も村の皆も、ゴブリンに掴まれ、殴られ、犯され。
ダメだ、勝てない。勝てるビジョンが見えない。どうやったら勝てるのかわからない。そもそも手足から力が抜けて震えている。
「ひっ!」
ゴブリンが下卑た笑い声を上げながら近づいてくる。後ずさるしかできない。逃げ出したいのにゴブリンから目を離すことすらできない。自然と涙が溢れてくる。俺の踵が何かに当たって止まる。手で触れれば木の幹だ。そして俺のズボンを引っ張る何か。やめろ、俺は逃げないと殺されるんだ、邪魔をしないでくれ!
「アルさんっ! お願いですから戦ってくださいっ!」
叫び声と同時に脚に衝撃を受けて、下を見ればリザが俺の脚を怪我を負っていない手で殴っていた。その目には痛みからか恐怖からか、涙がたまって潤んでいる。
「私が戦えないのがいけないんですけど、逆に言えばアルさんは戦えるんです! だから、お願いですから逃げないで……。アルさんならゴブリンなんて絶対、倒せますから……」
「う、あう……リザ……」
「おいアルっ! しっかりしろ! こっちはお前の分のオオカミまで倒してやってるんだからな!」
「アレク…うう……あああああああああっ!」
そうだよ、俺はもう昔とは違う。仲間もいるし戦う術もある。前世のようなプロローグすら始まってないような奴じゃないんだ。今だってゲームでいったらハードモードもいいところかもしれないけれど、それでもやっと俺が主人公の物語が始まったところじゃないか! だったら今度こそ倒してやるんだ。ゴブリンなんて主人公に倒されてなんぼだろう!
「リザ、アレク、すみませんでした。でももう大丈夫です、行きますっ!」
大剣を上段に構えてから間合いを詰めて一気に切り下ろす、天剣流"閃光"を放つ。だが、未だに不完全なそれはゴブリンにかわされ、逆に振り下ろした隙を突かれて棍棒が俺の腹に叩き込まれる。小柄な体からは想像できないほどの力が込められていて一瞬息ができなくなる。
けれどその程度の打撃なら訓練で散々味わっているので少し間合いをとって息を落ち着ければ大したことはない。
「やっぱりゴブリンは強いな。けどわかった、勝てないほどじゃない」
今の一合でゴブリンの力量は大体わかった。そして俺でも勝てると肌で実感したことで、少し笑みが漏れてしまったかもしれない。
「次で終わりだ、ゴブリン!」
俺は大剣をその場に落とすともう一本の剣を抜く。ゴブリンは他の魔物と比べれば技量があるから隙の少ない剣の方がいい。
そしてその剣でもう一度"閃光"を放つ。が、やはりかわされる。しかし、剣を変えたことでここに隙は生まれない。返す刃で逆袈裟に斬り付ければゴブリンは棍棒で受けるので精一杯でバランスを崩す。そこへもう一歩踏み込み剣を横薙ぎに振るい、遂にゴブリンの首を落とす。
「はあっ、はあっ」
息が荒いのはゴブリンとの打ち合いが激しかったからだけではないだろう。今斬ったのは単なるゴブリンではなくて、もっと大きな過去そのものだったのかもしれない。
「やりましたね、アルさん!」
「ご心配おかけしてすみませんでした」
リザが無邪気に喜んでくれる。ゴブリンに襲われたのは前世なので、当然リザとアレクには話していないのだが、きっと二人とも俺がゴブリンに何かあるって気が付いてくれてたんだろうな。
「アル、そっちが終わったならオオカミの方も手伝ってくれ!」
「アレクもすみませんでした! 今行きます!」
それから少しして、オオカミ達は旗色が悪くなったのを悟ったのか逃げていった。俺たちの周りには三十匹を越えるオオカミの死体と、そして一匹のゴブリンの死体が転がっていた。
流石に怪我人も多く出ているが幸い死者はいなかったので、イノシシを解体して持てるだけ持って、負傷者を手伝いながら野営地へと戻ったのだった。気づけば雨は止み、森を抜けた先の空からは一条の光が差し込んでいるのが見える。そんな光景に、やっと終わったんだなと実感がわいてくる。それと同時に自分の心の弱さや、突然のオオカミの襲来に対応できないところなど反省すべき点も多かったなと思い返すのだった。