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その①落第生のふとっちょゆうれい


 真夏の暑さが、ようやくひとごこちつき、夜風がひんやりと感じられるようになったこの頃。

 草原の茂みからは、スズムシの音色が、かすかに聞こえてくる。

「ああ、やっと秋が来たわね~」

「ほんとにね。今年の夏は、ホントによく働いたわ」

 柳公園に集まるゆうれいたちの声は、心なしかはずんでいる。

 それもそのはず。今夜はゆうれいたちの終業式。

 これから彼岸までの間、彼女らはしばらく、夏休みならぬ秋休みを迎えるのだ。けれども、そのまえに大切なセレモニーが控えている。

 生前、自分たちが子どもであるときに、半ば強引に渡された成績通知表。ゆうれいとなった今も、それがいやおうなしに配られるのだ。

 ゆうれいの成績は、以下のように判定される。すなわち、


①自分がゆうれいとして存在している意味を理解しているか?

②恨みを持っている人、さらには一般の人たちをこわがらせることができているか?

②ゆうれいとしての身なりを整えているか?


「心配しなくても落第するゆうれいなんていないに決まってるわ。あなた方、自信をお持ちになってだいじょうぶよ」

 ホホホと声高に笑う年かさの先輩ゆうれいに向かって、ひとりのゆうれいが、何やら言いにくそうにぼそぼそと耳打ちした。

「実は……ひとりいるんです。問題の新米ゆうれいが」

「えっ!」

 そのゆうれいが指さす方に目を向けた先輩ゆうれいは、まったく霊とは思えない体格をしたひとりのゆうれいに目が釘付けになった。

「あ、あ、あの方もわたしらの仲間でして?」

 てっきり白い着物を着た人間だと、今の今まで思いこんでいたらしい。

 それほどまでに、そのゆうれいは、ぽちゃぽちゃとして、血色もよく、うらみもつらみもなさそうな顔立ちをしていたからである。

「あの……先輩。落第すると、どうなるんでしょう?」

 別のゆうれいが、おそるおそるたずねた。

「そうね。まず、秋休みはもらえないわね。みんなが休んでる間も、猛特訓よ」

「え~っ!」

 その場に居合わせたゆうれいたちは、だれもが同情の目つきで、太っちょの新米ゆうれいを見つめた。


 その太っちょの新米ゆうれいの名前はシズカ。

 みんなが予想したとおりに、たったひとり、落第してしまった。ぜんぶの成績が、「がんばろう」だったのだ。

 先生が、シズカを見つめ、深くため息をついた。

「シズカさん、あなた、ゆうれいになって、どのくらいたつかしら?」

「一年半です」

「そうよねえ。たいていのゆうれいたちは、三ヶ月あたりから食べることへの執着をなくして、どんどんやせていくものよ。それなのに、あなたときたらどうして、ぶくぶく太り続けるの……?」

「多分、匂いです」

「……匂い?」

「はい。この公園にいると、商店街や、住宅街の方から、いろんな匂いが、風に乗って流れてくるんです。たこやきの匂いだったり、唐揚げの匂いだったり、どれもすっごくおいしそうで……想像しながらその匂いを吸い込むだけで……なんか、どんどん身体が重くなっていくみたい……」

 悪びれる様子もなく答えるシズカに、先生は思わずヒステリックな声を上げた。

「そんなの吸い込んじゃだめ! 想像してもだめ! さっさとやせて、うんとこわくなりなさい! あなたは、もう正真正銘のゆうれいなんですからね」


 どんどん涼しさを増してくる初秋の夕暮れ時。

 わあわあ泣き続ける赤ちゃんをベビーカーにのせた若い母親が近づいてきた。

 こんな泣き虫の赤ちゃんなら、こわがらせて、もっと泣かせることなんて朝飯前だ。

 シズカはためらうことなく、赤ちゃんの前に飛び出すと、思いきり顔を歪め、低い声でささやいた。

「お化けだぞう~。べろべろばあ~」

 ぴたりと赤ちゃんが泣きやんだ。あどけない顔がみるみるこわばっていく。もうひと押しだ。

「ほうれ、べろべろばあ~。食べちゃうぞお」

 そのとたん。

 キャキャキャ。キャタキャタ。

 赤ちゃんは、泣いていたことなど忘れたかのように大きな声で笑い出してしまった。

「あら、どうしたの?」

 ホッとしたように、若い母親があたりをみまわす。

「笑いの神様がおられたのかしらねえ。よかったよかった」

 そしてベビーカーを押しながら、立ちすくむシズカの前を、何ごともなく通りすぎていってしまった。

「笑いの神様か……。なれるもんならそっちの方がぜったいいいよね」

 ぼそりとつぶやくシズカ。


 夕風がどこからか、カレーの匂いを運んでくる。

 大きく口を開けて、シズカは思いきりその匂いを吸い込んだ。

「あ~おいしい。もっともっと」

 そのとき、背後からそっと何かが近づく気配がした。

 同期のゆうれいで、なかよしのチグサだ。

「心配で見に来ちゃった。ねえ、シズカ、あんたがゆうれいになったのはどうして? だれかに恨みをもってたからじゃないの?」

 それは確かなことに違いない。けれどもシズカには、どうしても思い出せないのだ。

 いったい、だれを恨んでいるのか……。

 どうして、今もずっと食べたい気持ちからはなれられないのか……。













 

 















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