気持ちがあれば
「では、お願いしますよ。」
「はい。では、始めさせていただきます。」
仏像を新たに造った場合や仮の位牌から正式の位牌に魂を遷す場合は洒水作法を使うが、力を分けてもらうには、納骨儀礼とほぼ同じ作法になる。祈る気持ちはどの宗旨でも同じであると分かっているが、納骨の受付を行わない華厳宗で納骨儀礼とほぼ同じ作法を行っていいのかという疑念が同時に出てくる。
「では、お願いします。」
「はい…」
何だろう…いつもに増して不安がこみ上げてくる…なんで?…やり方が…思い出せない…手が震えてる…こんなことになるはずが………
「卓也、どうしたの?」
「いや、なんでもない…ただ度忘れしてただけだ。心配するな。」
「でも、本当にそれは度忘れかな?」
「えっ!?………」
「お前はいつも、信じることは僧侶として不可欠であると心にとめているよな?」
「はい…」
「でも、信じきれていないよな?」
「えっ?どういうことですか!?信じています!」
「いや…信じきれていない……自分の宗旨のやり方を他の宗旨の寺でやるとやっていいのか…たしかに、それはあまり好ましくない。だが、頼まれたから自分なりのやり方を一度やってみることをするべきだったのではないか?お前の技術は浄土宗しかないんだから。」
「でも、失礼にあたるのではないでしょうか?」
「どこがだ?」
「違うやり方をやって…そちらの力が発揮できなくなってしまったり、調子を崩されたりと…」
「たかが人間でそうなるとでも?なるわけない。」
「でも、言葉は目に見えなくて物体を征すとかの話があったのでは?」
「その話はたしかにあった。だけどな、それはあくまで俗信だ。要するにそれは迷信。僧侶が迷信に惑わされてどうするんだ!僧侶の存在意義をなしていねぇじゃねぇか!昔は神前読経や本地仏などの神仏集合の時期があっただろ?」
「あっ、はい…」
「何が言いたいんかというと、神と仏は本質的に同じで、どの宗旨のお経であろうとも神や仏は叶ってほしいと願うその気持ちだけで受け入れて叶えてあげているんだってこと、まるで叫んでかえってきたこだまのようにな。お前の頭で思い浮かんだやり方で浄土宗はいいんだろ?」
「はい!もちろんです!」
「じゃあ、俺の前でお前のところやり方でやってみろ。宗旨、宗旨で読むお経を変えなきゃあかんって決めたのは僧侶であるお前らの先代だ。」
「分かりました…やってみます。」
落ち着いて……
「我建超世願必至無上道斯願不満足誓不成正覚我於無量光不為大施主不済諸貧苦誓不成正覚我至成仏道名声超十方究竟(がこんちょうせーがんひっしむじょうどうせいふーじょうしょうがくがおむりょうこうふいだいせーしゅふーさいしょーびんぐーせいふーじょうしょうがくがーしーじょうぶつどうみょうしょうじっぽうくーきょう)……………」
「我建超世願、その意味は私は今まで聞いたこともない優れた誓いを建てましたという意味。お前はどのように祈っているんだ?」
「私は愚鈍の身です。しかし、世界の人々のために仏様の力を借りて人々を幸せにすることそして、全員往生できるように導くことを誓います。」
「よし、では決意の意で最後祈ってくれ。」
「願似斯功徳平等施一切同發菩提心往生安楽国(がんにしくどくびょうどうせいっさいどうほつほだいしんおうじょうあんらっこく)南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏ー!」
「よっし…OK!合格!力を分けてやる。でも、その前に最後に、手を合わせて目をつぶれ。」
「はい………」
えっ……これって…平将門の乱…あっ!蜂…
「うぁーーーー!」
刺した…あの蜂が…執金剛神の衣…
「おい!いたぞ!引っ捕らえろ!」
「俺はここまでか…でも、無念だな…」
そうか…この人…蜂のせいで動けなくなって捕らえられて首をはねられたんだな…
「願似斯功徳平等施一切同發菩提心往生安楽国南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」
「そこにいるのは何者だ!」
「私は未来から来ました石原卓也と申します。平将門さんの供養をしに来ました。」
「俺の供養だと!ふざけんな!」
「あなたはこのあと京で打ち首になります。」
「それは、まことか!うそだと許さんぞ!」
「はい、たしかになります。」
「それからどうなるんだ?」
「首は武蔵野国に飛ばされ、あなたは怨霊となります。」
「俺が…怨霊?」
「そうです。」
「とうとうか…無念を残しちまった…」
「未来でもあなたの首塚は残ってます。」
「なにがあったんだ?」
「あなたが祟っているからみんなあなたの首塚をさわらないんです。何しろ死人も出ていますから」
「そうか……そうなっちまったか…分かった…俺を供養してくれ、頼む。俺はもう祟らないから供養してくれ。」
「分かりました。あなたの名で供養しますので、手を貸してください。」
「なんだ、いきなり。」
「願似斯功徳平等施一切同發菩提心往生安楽国南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」
「なにするつもりだ!」
「安心してください。これであなたは極楽に往生しますよ。」
「この者に極楽に行かせてどうする!天地をひっくりかえそうとした者だぞ!」
「阿弥陀様は罪人でも南無阿弥陀仏と唱えたら極楽に導くとおっしゃられました。阿弥陀様は差別なさいません。だから人間誰しも等しく往生できるのです。」
「なんとありがたいことか…それ以外何もする必要は?」
「全くありません。念仏ただ一筋です。」
「あぁ、南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏……」
「おい!朝廷に行くぞ!」
「あぁ。石原殿、私の供養をよろしく頼むぞ。」
「はい、もちろんです。」
「卓也ーーーーー!!大丈夫?」
えっ!?あっ…もとの世界だ…
「ご苦労様でした。おかげであなたが祈った物がすべて宙に浮いています。」
「えっ!?ヤバッ!!これ、全部で何個ですか!?」
「1000個です。」
「1000個!?回収無理です!多すぎて!」
「まぁまぁ、そんな、あせらなくても大きい紙の袋を被せば…」
「沈んだ!」
「そして、小袋につめれば作業完了!」
「まだ…やることがあった…」
「いつまでいるのーーーーーーーーーーー!!!帰りたい!帰りたい!」
「わがまま言うなよ…」
「帰りたい!帰りたい!」
「うるさい!!!」(パシッ!)
「■△★#&*¥℃≦≧∞∴$□⊇⊆∂⌒∧∩∃∀≡⇔‡∫≡!!!!!」
「それ、なんですか?」
「口封じの御札です。こいつがあまりにもうるさいので…」
「あぁ、なるほど」
「∃∩⌒∫⊆‡⇔⊇*□℃≦≧⌒≡!!!」
「これだと、何言われてもわかりませんな!」
「いやいや、いずれは御札が破壊されるかもしれませんよ。」
「そうですな!」
「アハハハハハハハハハ!!!!」
「○#%£¢☆←↑〓∈※∋⊆〒⊇→□§¥$@◆◇*&#!!!!!!やったぁ!外れたーーーーーー!」(パシッ!)
「本当にこいつ…おしゃべり…」
「#&〒◇□〓※§()∋⊇→◆@$*!!!」
咲を口封じを三層して、なんとか一時間で作業を全て終わらせた。帰りは日に日に増している冷たい風に当たりながら、十分暴れきった咲をしょいながら歩いた。
「卓也ーーーーーーーーーーー!!なんてことをあたしに‼◇〒@$¥§※〓□&#……」
夢の中でも口封じされてたか……
「どうしたんだ?咲。」
「………………………」
そうだよな、夢みてるから答えないのは当然だよな…
「うーん………卓也、待ってーーーーーーーーーーー!!!」
咲の寝言が興福寺の前を通りすぎ、猿沢池からこだまとしてはねかえってきた。それが午後8時のことだった。辺りはその時、電灯以外明かりが無かったため、電灯の真下以外は全て真っ暗の世界だった。




