006:補佐官のお仕事(2)
レストニア界のフォーストー様との会見は無事に事無き得たそうです。
既に転生先の候補を何件かピックアップしてくださったので、こちらの仕事も滞りなく進める事が出来た。
私が人間の時、何度も転生を題材とした物語があったけど、それを実行に移すのは色々な取決めを護らなくてはいけない。この辺は人間の社会的風土に似ている。大きな会社に勤めると何をするのにも要求書を提出し、正式の申請が通ってから行動に移さないといけない。
まさか、こっちの世界に来ても似た様なやり取りをしなくてはいけないと知った時、どの種族であろうとも組織に加入するとやる事は同じであると感慨深かった。
現地の神様、惑星管理者様との会見が終わった後、滞りなく転生を行う段取りを行うのが俺のメインの仕事である。
フォーストー様から頂いた転生候補先のリストを元に身元の調査を行い、十数件ある中から三件ぐらいに絞って報告書をまとめる。選出要因は様々あるが、今回選んだ理由は天宮翔様が生まれた後にご兄弟を授かる可能性が高い家庭を選んだのであった。
妹さんの為に命を張って護ったお兄さんだ。今度はご兄弟共々末永く幸せに、と願って今回のご家庭を捻出させていただいた。
「……ふぅ。これで大方の提案書は終わりかな。後は、これをエリーゼ様に見ていただいて……。あの人、まさかまだ起きていないなんて事はないだろうな」
お昼はとっく過ぎていた。
仕事に没頭していたせいか、アラームをセットしたにも関わらず気が付かずに続けてしまったらしい。
「またやっちまったか。昼食を取らなかったとばれたら、エリーゼ様に怒られるだろうな」
別に昼食を取らなくても、と言うか食事を取らなくても死なない身体になっているので困る事はないのだが、なぜか食事を取らないとエリーゼ様のご機嫌が悪くなってしまう。
エリーゼ様曰く「私もあなたも元は神族に成り上がった人種なのだから、生前と同じ様に食事を取らないと調子が悪くなるわよ」らしい……。一週間ほど食事をぬい事があるけど、これと言って困る事がなかったんだけどな。
どっちかと言うと、エリーゼ様がサボりたい一心で言ったのかも知れないが、気分転換にもなるし、なるべく食事は頂こうと思っているのだが、今日みたいに仕事に集中しちゃうと気づかないで食べない事も少なくはない。
「報告書を持っていく前に、少し口に入れておくかな」
習慣とは恐ろしいもので、いつもやっている事をやらないと違和感を覚えずにいられなかった。問題ないと分かっているのだが、心情的に食事を欲していたので、適当な物を探しては見たのだが見つからなかった。
「……仕方がない。エリーゼ様の所に行く前にどっかよって行くか」
念の為、メールにその点の内容を記して送っておくことにした。
こうしておけば、ゲーム中だったり睡眠中であったりすることはないはず。
……昨日も前もって連絡した気がするけど、気のせいだよな。
――***――
時たま足を運んでいる喫茶店で注文したコーヒーとサンドイッチが来るまで、資料の再確認を行おうと持ち込んだノートパソコンを起動させる。
「あれ? おーい、そこにいるのはセバスじゃないか?」
と、パソコンが起動を終えると同時に聞き慣れた声が聞こえた。
どうせ彼の事だからぞんざいな扱いをしてもこちらに来るだろう。故に目線はデスクトップに向けたまま、声をかけた本人に応える事にした。
「おひさ、カイザーさん。休憩ですか?」
「おう。やっと、ノルマの人間を転移し終えてな……って、見もせず話すのやめてくれない?」
「問題ありません」
「あるよ! 主に俺の精神に問題が生じるよ」
「召喚斡旋課のエース様が何をおっしゃるのです?」
「それとこれとは関係ないだろう!」
ちっ。相変わらず暑苦しいお人だ。
これ以上スルーしていると頼んでもいないお節介が来るので、渋々ながら視線をデスクトップからはずす。いやいやとやっているのが表情に出たのか、カイザーさんは「おまえなぁ」と呆れながら、何の断りもなく相席に着いたのであった。
「エリーゼとは仲良くやっているのか?」
「問題ありませんよ。そちらの課と違いまして、こちらは準備段階に仕事を終わらせれば何の支障もありませんし」
「そっか」
「そう言う召喚斡旋課は随分とお忙しいと聞きます。こんな所でサボっていてよろしいのですか?」
「なんだ、心配してくれるのか?」
「そうですね。ご多忙なルナさんに関しては心配ですね。ルナさんの為ならば、どんなことでもお手伝い致しますと言っといてください」
「相変わらずルナラブだな、お前……。鬱陶しいからさっさと告白して、振られてくんない?」
「変な勘繰りはやめていただきたいですね。エリーゼ様よりも女神らしい女神様の笑顔の為ならばなんとかしたい、と言う男心を理解していただきたいものですね」
「まあ、言いたい事は分からなくはないんだがな……。んじゃ、今度暇なときに様子でも見に来いよ。召喚斡旋課は神様が多ければ多いほどいいしな」
要約すると人手が少ないからお前も手伝え、ですね。
召喚斡旋課は転生派遣課と違って需要が多いし、必要な手続きが面倒だと言われている。
俺達、転生派遣課は死亡した肉体から魂を抜き取り、別の肉体に魂を注ぎ込んで第二の人世を謳歌してもらうのが目的である。
対して、召喚斡旋課は必要ま時に特殊な力を持った者達が魔法陣を用いて神様に申請し、申請を受けた神様が適当な人間を見繕って召喚者の元へ運んであげている。
その際に神様が見繕った人間が消えても問題の内容に、その人物の存在を書き替えたり、別世界の環境に適応させたりと色々と役割が多い課である。
「そういや、最近面白い世界に召喚された奴がいてな……。よかったら見るか?」
「面白い世界、ですか?」
「あぁ。何でも乳神のパイを呼び出そうとして間違えて召喚されたんだとさ。その世界、最近では男の出生率が下がっていて、あらゆる女性に迫られているんだよ」
それは随分男のロマンを具現化させた世界だな。
間違えて召喚させられて人間さんは気の毒だと思うけど。
「間違えて召喚されたんでしょ。召喚斡旋課に引っ掛からなかったんですか?」
「それがな。どうも、決定事項らしくてな。強制送還をしてやろうと申請してやったんだが、創世神様に「必要ない」と蹴られてな」
それは……。恐らく自分の趣味の参考にしたい故に放置させたんだろうな。
ますますその人間さんに同情の念を抱かずにいられなかった。
「それでな――」
と、カイザーさんがその世界の資料を取り出そうとしていた最中、俺の頼んでいたコーヒーとサンドイッチが届けられる。
「あっと、姉ちゃん。俺もコーヒーを一つな」
「甘味入りとなし、どちらがよろしいでしょうか」
「甘味入りで。たっぷり甘くしてくれな」
「承りました。少々お待ちください」
給仕係の人が離れたのを見守って、カイザーさんは一度取り出した資料を戻し「そう言えば――」と話題を変えた。
流石に大事な資料を汚すわけにはいかないので、あえて話題を変えた事は指摘しなかった。
「今度、お前さんの所に研修生が行くと聞いたぜ。どんな子なんだよ」
「……はい?」
なにそれ、初耳なのですが。
「その様子だともしかして聞いていないのか?」
「初耳ですよ、それ。どこ情報なんですか?」
「ルルが言っていたぜ。可愛らしい御嬢さんがエリーゼの元で研修を行うってな。確か神様になってからまだ間もないとか……」
「そうでしたか……。今度エリーゼ様に訊いてみます」
「おう、何か情報が入ったら教えてくれよな。ついでに可愛かったら紹介してくれ」
「……テファ様に言いつけますよ、カイザー様」
「やめて、冗談だから。冗談でもテファに言いつけるとか言わないで。あいつただでさえ嫉妬深いんだから、もしそんな事を聞かれたら――」
「――聞かれたらなんですって?」
流石、テファ様。テファ様の名前を出してから五秒後に現れましたよ。
聞かれたくないお人に聞かれて焦るカイザーさんは、油の切れたゼンマイ仕掛けのロボットの様に振り返り、テファ様の姿を確認するなり両頬に手を添えて叫び声を上げる。描の叫び顔の様に絶望顔を見せたカイザーさんは頼んでいたコーヒーが来るよりも早く、逃亡を図る。
「ゆ、許してくれテファー!」
愛する妻であるテファ様に謝罪しながら、脱兎の如く走り去っていく。
「待ちなさい、バカイザー! 今度と言う今度は許しませんよ」
そんな夫のカイザーさんを追うテファさんは、いつの間に取り出した釘が打たれたバッドを担ぎながら鬼の形相で追いかけて言ったのであった。
「……捕まるにって、今日は一緒に賭けてくれる奴いなかったな」
注文したサンドイッチを頬張りながら、悲痛の叫び声を上げるカイザーさんの声をBGMにしつつ、再度視線をパソコンのデスクトップへと落したのであった。