005:寝坊助戦女神様
戦女神、エリーゼ・アストレア・バルゴリブラ・エンデンス様は戦闘狂と言ってもいいぐらい戦いを好むお方である。
ここ最近、神々間の戦闘がないものだから体を持て余しており「なければ、自分から喧嘩を吹っかければいいじゃない」と中々ユニークな発想に辿り着き、高名な神々の御方と刃を交わした経歴を持つ。
喧嘩を吹っかけられた神様方も「暇だったから、ちょうどよかった」と気にしないご様子であったから難の逃れたのだが、本当だったら神格を剥奪されて地獄へ突き落されても不思議ではなかった。
……まあ、その時はエリーゼ様が転生派遣課に来る前の話しだったから、詳しい事はよく分からないけど、そんなエリーゼ様の事を思ってかオリジン様が転生派遣課にお誘いしたみたいだ。どんな口説き文句を使ってお誘い申し上げたのかは知らないが。
彼女の戦う姿は一言で例えると美しい。気分次第で変色する神は靡く度に輝きを帯びるし、戦闘の時だけ見せる凛々しいお姿は惚れ惚れしてしまう。
そんなお方の日常は……。
「Zzzzz」
「信じられない。まだ寝ているし」
戦女神エリーゼ様、未だにご就寝でございます。
掛布団を足で跳ね除けているせいで全身が露わになっている。この女神様、普段は寝間着で寝ているのに、今の彼女の姿は下着姿。色気も全く感じられないスポーツブラとスパッツ姿を見たら千年の恋もあっという間に冷めてしまうだろうな。彼女に思いを寄せている男神達が見たらどんな反応を見せるか気になる所だ。
「仕方がない、起こすか」
そろそろいい時間である。
これ以上惰眠を貪らせておくと今後の仕事に差し支える可能性がある。
伊達に彼女のサポートをしていない。何をすれば直ぐに目覚めるか何て補佐官の俺にとっては朝飯前だ。
ゆっくりと空気を吸い、息を止める。
腹の奥底から力を出して、俺は精一杯の声を上げて伝えた。
「敵襲っ! 全員、武器を取れっ!!」
――がばっ!
それは条件反射に近かった。声を上げると同時にエリーゼ様は跳びあがる様に起き上がり、敵襲に備えてファイティングポーズを見せて周囲を警戒する。
そこで初めて目線があった。小声で「ぁ」と漏らしたことから、自分が俺によって起こされたことを悟ったのであろう。
「おはようございます、エリーゼ様。もうお昼過ぎですが」
なるべく表情を崩さないまま、朝の挨拶を告げる。
「お、おはよう……。セバス」
さて、本日もこの眠り姫様にお説教を致しますか。
――***――
「少しは女神としての自覚をですね――」
もはや恒例になっているエリーゼ様の私生活についてのお説教をしていると、こっくりこっくりと船を漕ぎ始めやがった。
「エリーゼ様!」
「ば、はひぃ」
「まったく、あなたと言うお方は。良いですか! あなたは仮にも女神なんですよ。その女神様がその体たらくとはどうなんですか?」
「だってぇ」
「ったく。昼食を終えたら、先方に挨拶致しますので、それまでに身だしなみを整えてください」
「身だしなみって……。もう、次の仕事なの?」
「その通りです。興味おありでしたら、昼食前に説明致しましょうか?」
勢いよく頭を左右に振られる。
このまま始めたら昼食にありつけない、と思っているな? その通りだよ、ったく。
「でしたら、さっさと着替えて来てくださいね。それまでに準備は整えておきますから」
「は、はい」
――***――
昼食を終えた俺達は、転生者を無事に転生させられるように段取りを始める事にした。
まず転生元の世界を管理する神様――俺等の業界用語で言うと惑星管理者――に連絡してお伺いをたてないといけない。断りもなく転生させることはできなくもないが、勝手に転生させて問題が起こった事も少なくない。両者の友好的な関係を持続させる為、転生派遣課は惑星管理者に必ず一報告げる事を義務付けられている。
その惑星管理者と謁見が許されているのは転生女神、この場ではエリーゼ様のみが謁見を許されている。補佐官の俺は準備が整い次第、退出をしなくてはならない。
「では、最終確認を致します」
仕事用に身嗜みを整えたエリーゼ様に告げる。
ようやく頭も冴えて来たのか、戦女神としての貫録が出始めてきた。
これならば仕事の話しが出来る、と確信した俺はまとめ上げたばかりの資料をエリーゼ様に渡したのであった。
「今回、三日後に行われる転生者は一名となっております。H2021De1111-0.番、天宮翔。二十七歳。死因は妹さんを追いかけ回していたストーカーの凶刃によるもの、だそうです」
「……へぇ。今回は前回のおっさんと比べると中々いい男ね」
「私の前だけなら問題ありませんが、他の者達がいる前でその発言は控えてくださいね」
「はいはい」
一度コホン、と咳き込みして閑話休題。
「天宮翔は運動神経もよいですし、剣と魔法の世界にあこがれている節が見受けられます。そこで、今回はレストニア界のフォーストー様にお願いしようかと思います」
「げ。フォー爺にお願いするの?」
あからまさに嫌そうな顔をする。
まあ、あのセクハラ爺さんの事を得意な人はいないものな。
「……はぁ。この前みたいに創世神が勝手に決めてくれたらいいのに」
「あの時は管理課のミスもありましたからね。急ぎの対応は、創世神様以外に行うのは不可能ですよ」
普通、転生の儀を行う時は三日ほど段取りを行える準備期間が必要になる。
しかし、前回は管理課の通達ミスで俺達が担当する転生者達を迎える日取りが二日ほどずれていたのであった。俺達ではどうする事もできなかったので、創世神オリジン様に泣き付いて対処願ったのである。
「それでは。レストニア界のフォーストー様にお繋ぎ致します。後の事はよろしくお願いいたします」
「ええ、分かったわ。ちなみにセバス、この後はヒマ?」
「そうですね。本日行わなければいけない段取りは以上となりますので、暇と言えば暇になりますが」
「それだったら、この後一緒にどう?」
「SGBですか? 戦闘関係に関してはからきしですよ」
「いいのよ。ソロでやるよりもチームを組んでやった方が楽しいもの」
……ここで、断ったら明日の仕事に支障が出るかな。
正直なところ、夕食の準備などとやらなくてはいけない家事があるのだが……。
「分かりました。明日の仕事に差し障りないぐらいならいいですよ」
「ほんと!? 言ったわね! ウソついたら神槍を飲ますからね」
「あなたはどこの小学生ですか。その代り、フォーストー様との謁見は確りやってくださいよ」
「任せなさい」
本当に大丈夫かな?
不安だけど、これ以上は俺が出る幕はない。
「それでは、私はこれにて失礼いたします。終わり次第ご連絡していただければ、こちらに伺いますので」
「うんうん、絶対に戻ってくるのよ」
一緒にゲームをするのが楽しみなのか、随分と機嫌がよくなっている。
エリーゼ様の気分が変わる前に、この場からさっさと退場したのであった。
ちなみに、仕事が終わた後はエリーゼ様のお誘いに応じてずっとSGBをプレイしていた。夕食も食べる事無くプレイしていたので、自分のアバターのレベルが一気に十も増えていた。