003:補佐官のお仕事(1)
転生派遣課、文字通り死んだ人間を異世界に転生させるのがお仕事とされている職場である。
不当な死によって人生を全うできなかった人間に二度目の人世と言う名の恩情を与えると言う建前で発足されている。創世神様のご趣味で発足されたなんて裏事情を知っているのは俺を含めても数少ないが。真実を知ったら、きっと暴動が起こるな。
――ピピピピ
もはや習慣となったのか、用意した目覚まし時計が鳴る寸前に自然と目が開いてしまう。
鳴った瞬間に目覚まし時計を止め、ベッドから跳びはねるように起き上がる。
「くあー。神族になったら寝なくていいと言われたけど、やっぱり睡眠は大切だよな」
大きく体を伸ばし、凝り固まった筋肉を解す。
この肉体を授かってから三大欲求が極端に減ったとはいえ、やはり睡眠はやめられない。
さて……。普段ならば、このままシャワーでも浴びて寝汗を流したい所であるが、今日はやる事が多い。前日に用意しておいたパンと牛乳を腹に入れたら、直ぐに自分の仕事場の書斎に足を運ぶ。
「……まさか、神界に来てもパソコンを使う事になるなんてな」
書斎のデスクに置かれているパソコンを起動しながら、現状のおかしさに苦笑いを浮かべる。
どうにもこの神様が統治している世界は人間が生み出した技術にお熱のようだ。地球の監視をしては、楽しそうなゲーム等を入手して神様流にカスタマイズして遊んでいたりする。毎晩遅くまでエリーゼ様が遊んでいたシュミレーション・バトル・ゲームもオンラインゲームを元ネタにして作られたものである。
この世界、神界チュアリーの機械類はほぼ全てが地球の世界の技術がほとんどであったりする。いま、電源を入れたパソコンもその一つだ。
「メールあり。受信一通」
パソコンが起動すると同時にメールの着信音が木霊する。
メールが到着すると同時に開くように設定している為、ディスプレイに表示されていたアイコンがモニターから飛び出し、一枚の手紙となって具現化される。
「神成・アストレア・瀬刃澄殿。三日後に行われる転生者達の資料を送付いたします。ご確認よろしくお願いいたします」
人間であった頃にちょくちょく見る事があったアンドロイドさんがメールの内容を読み上げてくれる。メールの内容は次の仕事の話しであった。
「三日後か。……今、エリーゼ様に連絡してもつながらないだろうな」
時刻を確認して、まだエリーゼ様が起きていない時刻である事を確認する。
どうせ彼女の事だから昨日の晩もSGBに没頭しすぎたはず。彼女の性格を考慮すると、これからひと眠りしてお昼時になったら起きてくることであろう。
それまでの間に三日後に来る転生者達の資料に目を通し、書類を書き上げておかないとな。
「ルック、ナンバー一閲覧希望」
「ナンバーワン、閲覧承認。……展開」
一言命じただけで、欲しい資料が全て展開される。
見た目、安物のノートパソコンなのに、神様がカスタマイズしたおかげで性能が段違いすぎる。何せ音声認識だからマウスは必要ないし、処理速度が桁違いと来たものだ。
「えっと、何々……。H2022Se0831-01番、水瀬雪美。……と、トップバッターは女性か」
顔写真が含まれた報告書に目を通していく。
この報告書には彼女の人世の全てが記載されている。
身長や体重、女性の場合はスリーサイズなんて序の口。死因を初め、好きであった男性や性格、願望と言った黒い部分も余す事無く記されている。
故にこの報告書の事を転生派遣課のみんなは人世記と呼んでいる。文字通り、その人の人世を記された書類と言う意味である。
「なになに? 婚約していた男に借金を押し付けられ、その後……」
あまりにも悲惨な人生に視線を反らしてしまう。
こんな見目麗しい女性が不幸のどん底に叩き落とされた事に、言い知れない怒りを感じるところだが、感情に浸っているほど時間は多くない。
「ん? 希望はイケメンの王子様を捕まえて、優雅な豪邸暮らしをしてみたい……?」
……ふむ。
この人、どっちかと言うとエリーゼ様の担当と言うより、別の方の方がいいんじゃないか?
エリーゼ様はどっちかと言うと、剣と魔法やSFの世界を担当する事が多い。
あの女神様、恋愛経験とかあるのか? どんな世界でも男と女がいれば恋愛をする事が可能だけど、あの人に任せたら最適な環境を提供できるだろうか。
転生は生まれたばかりの赤子に魂を映すのが主な手法である。別の魂を問題なく体に定着させるにはそれ相応の時間が必要である。まだ、生まれたばかりの赤子ならばその子の魂と問題なく融和し、体を定着させることが出来るらしい。
さて、話しを戻す事にして……。この転生者、エリーゼ様に任せてよいものやら。
「……あのお方に相談してみるか」
少しばかり考えて、自分だけでは判断が付きそうにもなかったので、ある人にアドバイスをもらうことにした。
「コール。ルル・べクルックス・エルナトハマル・ドゥテルテ」
「コールします。コールします。コールします……」
『……はい、ルル・べクルックス・エルナトハマル・ドゥテルテでございますわ』
「おはようございます、ルル様。神成・アストレイア・瀬刃澄でございます」
『まあ、セバス様。あなた様から連絡をいただけるとは珍しいですね、何かわたくしに御用でも?』
「はい、実は一つご相談がありまして……」
俺は今回の案件について、彼女慈愛の女神様ことルル・べクルックス・エルナトハマル・ドゥテルテ様に話す。彼女は俺と同じで神様の気まぐれで神族となった一人である。
生前と言うか、神族になる前のルル様はキューピット族と言う種族だったと聞く。恋する男女の橋渡しをする種族であった彼女は生前の業績を讃えられ、今では転生派遣課恋愛部担当として勤しんでいる立場にある。
『まあ、そうでしたの……。それはお辛い人生を送られたようですね』
「はい。それで、彼女に転生する権利が与えられたようなのですが、ほら……。うちの女神様はエリーゼ様でしょ? こう言ったらなんですが、あのお方に恋愛のジャンルは荷が重すぎる気がするのですよ」
『ふふ。そんな事を言ったらエリーゼ様に失礼ですよ。けど、おおむね理解致しました。そのお方の担当をこちらで受け持てばよろしいのですね?』
「できればお願いいたします。このお礼は日を改めて必ず致しますので」
『それでしたら、今度一緒に行ってほしいところがあるのですが』
「それぐらいお安い御用です。是非ともご同行させてください」
『本当ですか! よかったぁ』
なんか滅茶苦茶瞳を輝かせているんだけど……。
背景に桜の花びらが舞い踊っている幻覚が見えるほど喜んでくれるなんて、あまり見ない光景だな。一体、どんなところに連れていかれるのやら。
「ちなみに、どちらをご所望なんですか?」
『はい。少し前にオープンした神様喫茶のゴッドパフェが食べたかったんですよ』
……なにそれ、ツッコミ所満載なんだが。
この世界は神族、つまり神様しかいないはず。
どこの神様か知らないが、神界で神様喫茶店なんて……。何てひどいネーミングセンスだ。
恐らくメイド喫茶を真似て始めたんだろうな。ここの神様達は娯楽を求める傾向が強いから。従業員は神様なのかな?
「ルル様は確か甘党でしたね。……分かりました、それぐらい幾らでも付き合いますよ」
『ありがとうございます! 男の人と一緒じゃないと食べられないみたいですから、正直諦めていたのですよ』
……ん?
「あの、ルル様。ちなみにそのゴッドパフェって――」
『はい。カップル限定パフェなんですよ!』
この神様、確か非公式だったけどファンクラブなるものが存在しなかったっけ?
確か数は四ケタを超えたとか……。
あれ? もしかして俺、死亡フラグ立ったんじゃない?