就活
アニメ専門学校の就職事情
阿保神は今日もアニメ専門学校の講師として教室に赴く。
専門学校の講師の謝礼はすごく安く、金儲けがしたいならマンガを描いていたほうがずっと儲かる。
それでも、阿保神は学校に行った。
学校の授業では、かなり優秀な生徒が集まるライトノベル科で悪態をついて、悪い態度をとった阿保神であったが、それでも売れっ子ということもあって、皆、それを許していた。
しかし、気をつかった学校側はライトノベル科の講師から阿保神をはずし、阿保神はマンガ職業コースに
配属になった。
ライトノベル科の生徒は皆非常に真面目で熱心であったが、マンガ職業コースの中には、授業中、
寝ている子がいた。これは阿保神が激怒するだろうなと思って山田は見ていたが、阿保神はまったく
怒らなかった。
「おい、起きろ、出席簿の自分のところにボールペンで丸を入れるんだ。」
阿保神は寝ている男の子の肩を揺する。
「あ?」
不機嫌そうに男の子は顔をあげる。
「うっせえなあ、お前がいれとけや」
「自分で入れなきゃ出席にならねえんだよ」
「ちっ、だりいなあ」
男の子は舌打ちをしてボールペンで出席簿に丸を入れる。しかし、ボールペンの芯を出していなかったので、丸く白いへこみが紙にできただけで、インクがでていない。
「おい、芯が出てなかったから字がかけてない。もう一度、丸を入れろ」
「はあ?なめてんのか?お前、ボールペンの芯を出せっていわなかったよな!なんで言わないんだよ!
あやまれよ!」
「すまん、悪かった。字を書く時はボールペンの上の突起を押して、芯を出してから書いてくれ」
「ちっ、まったくよお、これから気をつけろよな」
男の子は阿保神を睨み付けて丸を書くと、また寝てしまった。
あの気が短い阿保神がよくも怒らないものだなと山田は冷や冷やした。
そして授業が終わる。
「先生、よく怒りませんでしたね」
山田がそう言うと阿保神は何の事かわからない風でキョトンとして山田を見た。
「何がだ」
「いや、さっきの子、先生にすごく横柄な態度をとってたじゃないですか」
「ああ、あの子は発達障害の子でな。絵の専門家には高校を卒業せずにこちらに入学してくる子もいる。
そういう子が、社会に適応できなくても、絵の世界で、アシスタントとして少しでも手に職をつけることができるなら、俺はそれで満足だ。そういう障害がある子はサポートが必要だから、専門学校では、
入学時に障害があるかどうか、素行はどうであったか、徹底的に面接を行うんだ。」
「でも、あんな寝てるんじゃ、テストで単位とれないでしょ」
「いや、出席してたら単位はやる」
「は?それでいいんですか?」
「いいんだよ、国語や算数ができなくても、絵さえ描ければいいんだから。最低、三十二枚原稿に消しゴムかけて綺麗にする。デジタル映像のノイズを綺麗に全部とる。それだけできるだけでアシスタントのフォロイーはできる。俺も、朝比奈に差配は任せているが在宅の障害のある子に一部、サポートをまかせている」
「そうだったんですか」
「専門学校は、勉強ができなくてもいい。しかし、出席だけはちゃんとしてないと卒業はできないようになっているんだ」
「そうなんですね」
山田は感心した。
阿保神はそのあとすぐ職場に残ったが、山田は専門学校に授業の報告書を書いて提出するために残った。
ノートパソコンで報告書を書き、事務局に持って行くとき、前の授業で授業を熱心に受けていた生徒が頭をかかえて自動販売機前の椅子に座り込んでいるのが見えた。
「どうしたんですか?具合でも悪いんですか?」
山田は心配して声をかける。
「あ、先生」
「いや、僕は先生じゃないよ、ただの使い走りだから。それで、何かあったの?」
「いやその、ライトノベルの投稿でいつまでたっても一次落ちなんで、俺って才能ないのかなって思って。この前の授業、あれ、プロ養成コースなんですよ、俺、自信があったからプロを目指してたんですけど、どうしようかなって迷ってて、就職科に転科しようかなって……」
「そうだねえ、プロもなかなか難しいし、仕事をすれば、その時の経験が作品に反映されたりするし、就職もわるくないと思うよ」
「ですよね~」
その子は苦笑いをした。
山田はいいことをしたと思った。
作家という職業はなかなかなれるものではない。就職をしたほうが確実に生活ができるようになる。
そのほうが、人としてマトモな人生を送れると山田は思ったからだ。
そして、学校の事務局に行く。
すると、いつもはニコヤカな事務局の人達の雰囲気が悪い。
「え?」
山田は自分が何かやらかしてしまったのか不安になり周囲を見回した。
「あ、山田さん、ちょっとちょっと」
事務局の偉い地位のおじさんが山田を手招きする。
「あのね山田さん、さっき、君はプロ養成コースの生徒に就職コースをすすめたそうだね」
「はい、そうですけど、作家なんてそんな簡単になれるものじゃないですよ」
「二度と、そういう事しないでもらえるかな」
「え?」
山田は意外に思った。この学校の先生や事務局の人たちも、本当は作家を目指すより、
就職させたほうが本人たちのためになると思っていると山田は勝手に思っていた。
「一人の生徒を就職させるのに、どれだけの労力がかかるか分かっているのか」
偉いおじさんは吐き出すように言った。その表情には苦悶の色が滲んでいた。
「え、あ、はい、わかりません」
「我々は、就職科の子供たちにはできうるかぎり就職率100%を目指している。そのために、
漫画家の先生の所に挨拶回りをしに行き、出版社に頭をさげ、必死になって年のはじめから動いているんだ。こんな中途半端な時期に勝手に転科してもらっちゃ、こまるんだよ。こっちも対処できない。
君のやったことがどれだけ無責任なことか分かっているのかね」
「いえ、そこまで考えていませんでした。すいません」
若者の就職はなんだかんだいって、まだ厳しいのだなあと山田は痛感した。
たしかに、何でも職をえらばなければ就職はできるのだろう。でも、人は自分の好きな職につきたいもんだ。山田自身も、学校の先生から説教され、どこでもいいから就職しろと言われた。でも、
どうしても、辛くて苦しくて、イヤになって転職してしまった。人は辛くても好きな道は続けられる。
でも、好きでもないことは我慢できないもんだ。
山田は落ち込んで阿保神の事務所に行った。
「よう!やーまだー!」
陽気な声で朝比奈が声をかけてきた。
「ただいま帰りました。朝比奈さん、ちょっとお話したいことが」
「ああ、学校の件だろ、阿保神っちが電話に出てさ、ふひひ」
「え!先生に直接つたわっちゃいましたか!どうしよう。首になったらどうしよう!」
「ふへへ」
朝比奈はうすら笑いをうかべた。
「人ごとだから楽しそうですね、そんなに俺の不幸が楽しいですか」
憔悴しきった表情で山田は朝比奈を見た。
「よばれてとびでてじゃじゃじゃじゃーん!」
朝比奈は山田の目の前に一万円札を出した。
「何ですかこれ、まさか退職金一万円?」
「ちげーよ、阿保神っちがさ、これで山田に何かうまいもんでも食べさせてやれってさ」
「え?それって、首にならないってことですか!?」
山田は目を見張った。
「いいなー、何食べに行くんですかー?しゃぶしゃぶとか?」
横からユーベルトートが首をつっこんでくる。
「おい、ユーベル、焼きそばパン買ってこいや!」
部屋の奥から阿保神が怒鳴る。
「はーい」
ユーベルトートはひっこんだ。
「さ、いこ、いこ」
朝比奈は山田の手を引っ張った。
「あ、はい」
山田は朝比奈に手を引かれ、鉄板焼きの店でサイコロステーキを食べた。
食べている途中で朝比奈の携帯電話が鳴る。
「ありゃりゃん、こりゃりゃん、おなかのねーじが、こりゃまたびっくりゆるんでる」
何の曲だこれ?
朝比奈が電話に出る。
「あ、何、Pウオーリー?誰それ?あ?中漏純一郎?ああ、アニメーターやめてエロゲの会社作った子だね。はいはい、覚えてるよ。何?前籐計児がばっくれた?しらねえよ、有名原画家の名前でエロゲで商売すんのもうやめろよ。最初はみんなご祝儀でやってくれたんだよ。お前が描けよ、おまえも腐ってもアニメーターだったろ?日頃、ブログでアニメーター自慢してんじゃん。私はアニメーターやめたんだよ、私までひっぱりだしてくんなよ」
朝比奈は電話を切った。
「何だったんですか?」
「うんにゃ、何でもねえよ」
朝比奈は笑顔でサイコロステーキをほおばった。
朝比奈の前職は有名アニメーターなのであった。