涙でパソコンのモニターが見えない
色々へこむことがあって、完全にやる気を無くしてしまった山田
山田一郎は寝床にもぐりこんでぼんやりとパソコンのモニターを眺めていた。最近はじめた小説投稿サイトへの投稿も放置されたままだ。自分のツイッターにリツイートしてくださった皆様には悪いと思いながら、リプライできないでいた。
ツイッターに触れるのも怖かった。
山田は1年ほどから先輩の宮内に誘われて社会人対象の小説学校に週一で通うようになっていた。
漫画家の阿保神やる夫の事務所に通い続けるうち、自分も作品を書きたくなったのだ。でも、漫画はかけない。
そういう安易な理由で、ライトノベル科を選考した。
そして必死の思いで夜寝る時間を削って原稿用紙100枚ほどの小説を書き上げた。生まれてはじめて、100枚もの原稿を書いた。それを集団批評会に提出したら先輩方からボロカスに叩かれた。
よく漫画とかで「ダサイクル」とか言って、身内での批評会は甘甘だって聞いていたが、現実はそうではなかった。
実際は、ものすごく手厳しく批判されて、入学から数ヶ月でボロボロと人がやめていく。それでも、また雨後の竹の子のごとく新入生は入ってくるので、小説スクールの経営には支障がないようだった。
とにかく、「ご都合主義」「ひとりよがり」「文章になってない」といわれる。
そこでも山田は頑張って小説を書いた。
必死に頑張って300枚の小説を書き上げて、投稿。一次落ち。その時、一緒に通ってる先輩の宮内に言われた。
「えーラノベの一次審査って日本語がちゃんと書けてたら誰でも通るよね」
それで心が折れてしまった。
それでも、山田は心の中で『こんな人の事ボロカスに言う人にかぎって自分ではちゃんとした小説は書けないもんだって。どうせ、俺のほうが先にデビューするんだ。頑張るぞ!』と思って必死に小説を書いた。
しかし、それからしばらくして、宮内が小説学校の講師をやっておられる出版社の編集者に認められ、ライトノベルを
出版することになっている事実が明らかになった。いわゆる小説学校がスポンサーとして出資しているライトノベル新人賞のスポンサー枠である。
宮内が強気でガンガン他人を批判する理由が分かった。みんな、相手がプロになると分かると、怖気づいて批評できない。言いたいほうだいだ。
相手は先生だ。かないっこない。
「自分は何やってるんだろう」そう思うと山田の心はぽっきりと折れてしまった。
しかも、ものすごい有名なベストセラー漫画家の方月祭童先生に表紙イラストを書いてもらえるらしい。
山田は自分がデビューしたら方月先生に表紙を描いてほしいと夢みていた。その憧れの先生に宮内は表紙を描いてもらえる。うらやましかった。それに比べて自分は一次も通らない。送られてくる評価シートはオールD。Eは日本語として判別できないレベルだから、日本語として読めるレベルとしては最低ランクだ。
山田の心はひしゃげた。
それでも、生活のために、阿保神やる夫の事務所には行かなくてはならない。
砂を噛むような気持で毎日通う事務所。家に帰ると、何もしないでひきっぱなしの布団の上につっぷした。
パソコンを起動しても、ツイッターを開けるのが怖い。ただ、漫然とオンラインゲームを起動して、
レベル上げの反復運動を繰り返した。何も考えたくない。何もしていないと気が狂いそうになる。
だから、何の益にもならないオンラインゲームのレベル上げの単純作業に没頭した。
そして、時間をつぶしてそのまま、布団の上につっぷして泥のように寝た。
そして、朝起きる。
パソコンの画面が真っ黒になっている。ピンとマウスを指ではじくと、パソコンの画面が出て来る。
戦闘終了の告知の画面が出て来る。モニターが涙でにじんだ。
一生懸命やってるのに、何で俺ってダメなんだろうと思った。
それでも、生きるために、また今日も仕事場にいかなきゃいけない。
小説学校なんて行かなきゃよかった。とか、山田はそんな事を思った。
「おい」
山田がツイッターのリプライ作業をしてる後ろで声する。
「おいって言ってんだよ!」
怒鳴り声がした。
驚いて山田は振り返る。阿保神やる夫が憤怒の表情で山田の後ろに立っていた。
「ど、どうしましたか。作業はきっちり進めていますが」
「そんな事言ってんじゃねえよ。何ふぬけた顔で作業してんだ、なにか不満があるのか」
「いえ、そんな。ちゃんと作業は続けてますから」
「そうじゃねえよ、最初の頃は楽しそうにしてたじゃねえか、今は目が死んでる。何があった?ここの人間関係で何かイヤな事でもあんのか。俺に言いにくかったら、俺がいない時に朝比奈にでも言っとけ」
「いや、そういうことじゃなくて」
「じゃあ、なんだ」
「あの……あの…」
山田の目から涙がポロポロと流れだした。
「あなたには分からないことですよ」
「言ってみろよ、なんだよ」
「才能がないんです、ボクには」
「そんなことお前が判断することじゃねえ、見た人が判断するんだ」
「だって、何度小説賞に出しても一時落ちだし、酷評だし、もう本当に、死にたい気分です」
「なんだ、それなら俺だって何ども「落ちてるよ」
「でも、今はものすごいヒットメーカーじゃないですか」
「何言ってんだ、今でも、匿名でラノベの賞に出してっけど、俺、毎回一次落ちだぜ」
「は?」
山田の目が点になる。
「え?阿保神先生、ものすごく売れてますよね」
「おう」
「なんでそんなヒットメーカーが一次落ちなんですか」
「知るか」
やる夫はそっけない顔で言った。
「はあ……」
山田は何か気が抜けてしまった。
「賞に通らねえ作品でも、読者は認めてくれることもある。ネットに投稿サイトとかあんだろ。そこにいっぺん出してみろよ」
「は……、はい」
「でも、雑誌とかに編集者の人のインタビューとか掲載してて、ネットの評価はあてにならないって」
「じゃあ、お前は、そいつが死ねって言ったら死ぬのか」
「いえ」
「じゃあ、もっと色々な場所で自分の可能性をためせ。俺は焼きそばパンが好きだ。でも、世の中には焼きそばパンが大嫌いな奴もいる。焼きそばパンが大嫌いな奴んとこに、毎回、焼きそばパンもっていったらぶち切れられんだろ。そういう時は、焼きそばパンがすきそうな奴を探すんだよ。分かったか」
「……はい」
その時、ゴトッと山田の後ろで音がする。
驚いて山田が振り返る。そこには、出版社の編集の松平武士さんが立っていた。
「先生、そんな処でアシスタントいじめてないで、早く原稿描いてくださいよ」
「いじめてねえよ」
「だって、泣いてるじゃないですか、この子」
「こいつは、新人賞で落ちまくってうるから泣いてんだよ、お前ら出版社が泣かしたんだよ」
「えー、それって、自分に実力がないからじゃないんですかー」
「こいつに何か助言してやれ」
「えーいやですよ、素人に何言っても理解できないだけですから」
「助言してやらねえと、もう原稿かかねえ」
「しょうがないなあ、一つだけですよ、一つだけ質問していいですよ」
編集者の松平は柔和な笑顔を浮かべて少し困惑したような表情で山田を見た。
「あの……」
「はい」
「何で、阿保神先生はラノベの賞に投稿しても落選するんですか!こんなベストセラー作家なのに!何ども、何ども、重版してるのに!」
「あ、てめえ、ばらしてんじゃねえぞ!」
やる夫が怒鳴る。
山田の言葉を聞いて松平の顔から笑みが消えた。
「うーん、君は、阿保神先生がラノベの賞で一次落ちしたから、それを自分にかぶせてみてるんだね、つまり、出版社の下読みは見る目がないと」
「いえ、そんな」
「いや、そう言ってるんだよ、君は。ボクも下読みさせてもらってるけどね、新人賞の」
「あの、いや、違うんです、それは」
「いいよ、質問に答えよう。たしかに阿保神先生は一流の漫画作家だ。しかし、漫画と小説ではメディアが違う」
「何が違うんですか」
「漫画には絵がある。小説にはない」
「当たり前じゃないですか」
「小説は絵がないぶん、読者は想像力をはたらかさねばならない。そんな読者にとって、漫画のような次々と視点が変わるような場面転換は大きな負担を招く。絵がないだけに、自分が今どこにいるのかわからなくなるんだ。漫画は、絵によって莫大な情報を読者に目で認識させる。その作業を小説では読者が自分の頭で想像しなくてはならないんだ。だから、小説では、基本的に視点は主人公に固定すべきだ。もし、視点がずれれば、読者は自分がどこにいるのかわからなくなるリスクがある。読者が混乱すれば、そこで読むのがわずらわしくなって本をなげすてる。漫画やアニメのように、絵が序動的に状況を見せてくれるものではないからね。これは、時間軸でも同じだ。時間が過去にもどったりすると、小説の場合は読者に負担がかかるから、できるだけ、時間の逆行はやってはならない。阿保神先生は人気作家なだけに面白いストリーを作ることはできる。しかし、漫画的場面展開に慣れているので、小説というメディアには不向きだ。だから、小説では通用しない。君の場合は見ていないから分からないけど、最初からストーリーがオモシロイかどうかすら分からない。そんな状況で、自分の作品が落ちるのを出版社のせいにするなんて不遜だよ」
「じゃあ、もう一つだけ」
「質問は一つだけだよ」
「いいじゃねえか、今のは俺のぶんだ、こいつの分、1つ答えてやれ」
「やれやれ、あと一つだけですよ、こちらも忙しいのでね」
「これは、言わないでおこうと思っていたんですが、プロの作家が書いた作品でも面白くないと感じる事があります。素人の投稿作のほうが面白いと感じることがあります。しかし、その面白いと感じた投稿作は落選したもので、ウエブで公開されています。この差はなんでしょうか」
「これも、典型的な素人考えだね。そんな考え方をしているうちは、いつまでたってもプロにはなれない。いいかい、プロには実績がある。今まで面白いものを書き続けてきた実績がね。それがほんの一瞬のミスで失敗することもある。それでも、素人が書くよりコンスタントに面白いものが書ける確率が高い。そして、なにより、同じレベルの作品であれば、出版社はかならず有名な作家先生の作品を選び、素人の作品を捨てる。何故だか分かるかい」
「わかりません」
「知名度だよ。出版社も、目をつけた作家さんにはコマーシャルをして、資本を投下して、知名度をあげている。金をかけて新人賞で大金を支払うのも実は何千人の中から選ばれた一人というハクをつけるため、イベントをして知名度をあげるためだ。それだけ資本を投下して知名度を上げることによって、作家は売れる。同じレベルの作品なら、必ずデビューしているプロのほうが売れる。それだけ、知名度ってものは有益なものなんだ。君は、そんな事も何もわかっていない。自分の努力のなさ、実力のなさを他人のせい、出版社のせいにしようとしている。そうしたほうが楽だからね」
「おい、それ以上言うなよ!」
阿保神やる夫が怒鳴る。
「はいはい、先生はおやさしい。でも、その優しさがこの子たちワナビにとって本当に必要なものかどうかはわかりませんよ。作家は厳しい世界だ。もし、まかりまちがって作家になってしまったために、この子は不幸になるかもしれない。ならば、この子に現実を知らせておいてあげないと。少なくとも、自分が落選するのが、選者の見る目がないとか、責任転嫁しているようじゃ、一生作家にはなれませんね」
「分かったから、それ以上言ってやるな」
「はいはい、わかりましたよ、それじゃ、またきます。全然原稿描けてないみたいですしね。ふう」
松平武士は短くため息をついて部屋を出て行った。
「おーし、編集を追い出したな、グッジョブだぜ!」
やる夫は満面の笑みを浮かべた。
山田はなんだか、すくわれた気がした。
自分の作品、自分の才能に向き合うのは怖い。怖すぎて気が狂いそうになる。
でも、その作業からにげて、自分の作品が認められないのは、選者が悪いんだと責任転嫁してしまえば、自分は成長する機会を永遠に失う。
狂いそうになりながらも、プライドをズタズタに切り刻まれても、血反吐を吐いて書き続けるしかないのだ。