Twitter職人の朝は早い第一話
楽で楽しくて有名人に会える職場を探していた山田一郎。彼にうってつけの
職場があった。それはTwitter職人。
そして彼は有名漫画家の創作現場に足を踏み入れる。
山田一郎は久々にときめいた。
「まじかよ、こんな仕事あんのかよ」
ラノベ作家を目指して仕事のかたわらコツコツと小説を書いていた山田。でも、最近会社の業績が悪くて解雇された。
もう、生活資金もほとんど残っておらず、仕事の選り好みなんてやってられないと思っていた矢先、有名な漫画家やラノベ作家のサポートをする仕事の求人広告が目にとまった。
給料は歩合制で、正直いって高くないが、なんといっても有名な作家さんに会えるのが山田にとって魅力的だった。
阿保神やる夫、方月祭童、その名前を聞いただけで作品が頭をよぎる。
少年ランプの看板作家さんたちだ。
山田は絵が描けるわけでもないし、文才があるわけでもない。今までラノベの賞で一次を通過したことがない。
それでも、この職に就ける。「初心者、未経験者歓迎」の文字が広告におどっていた。
早速、山田はこの職に応募することにした。
事務所は東京の下町の入谷。山手線の鶯谷で降りる。なんか綺麗な名前の駅だ。ワクワクする。
駅を降りてみる。駅の後ろに高いコンクリートの壁がそそり立ち、その後ろに墓地がある。それとは反対側の出口から出ると、道端によっぱらいのゲロが落ちていた。ちょっと薄暗いビル郡を通っていく。どうもラブホテル街っぽい。
カップルの女のほうが、山田の顔をにらんでくる。なんか怖い。悪い予感がする。
そのラブホ街を抜けて北めぐりんという100円巡回バスに乗る。大きな楠がある神社の前の停留所でおりる。
近所をモバイルのマップで調べて俳諧する。あった!なんかつぶれかけの二階建ての木造民家だった。
ピンポンと呼び鈴を押すと、中からワンレンボブの美人のお姉さんが出てきた。
「ああ、いらっしゃい、山田君ね、私、学生で起業したんで、金が無くてさ、こんな場所に事務所借りてるけど、仕事はちゃんとしてるよ、私、浅井長子ね、よろしく」
「あ、はい、山田一郎です」
「じゃあ、山田君、今日は早速、阿保神先生のとこに行ってもらえるかな」
「え?自分、絵の才能とかないですよ、何するんですか?」
「ツイッター」
浅井はニンマリと笑った。うさんくさい。
「えーツイッターとか誰でもできるじゃないですか」
「それがさ、売れっ子作家さんだとそうもいかないのよ、ファンの子へのお礼とか、フロアーへのフォロバとか、ツイートへリツイートしてくれた人へのお礼のリツイートとかさ」
「え?そんなの10分くらいでおたっちゃいますよね」
「あはは、有名人のツイッターをなめちゃいかんぜよ、阿保神先生のフォロアー何万人いるとおもってんのよ」
「ま、万ですか?俺、フォロアー120人とかですけど」
「けっこうきついよ、ワンクリック0.1円だからね。でも、やり方しだいじゃいくらでもかせげるよ、頑張ってね!」
「あ、はい、頑張ります!」
はたして、ツイッターでリツイートするだけでお金がもらえるような楽な仕事が本当にあるのだろうか。
山田は半信半疑で教えられた住所に行った。
西麻布の高級マンション。
西麻布って人が住めるんだ……。
セキュリティー付きで中に入れないので、外から部屋番号を押して呼び鈴を押す。
「はーい」
ちょっと幼いおんなのこの声が向こうから聞こえてくる。
え?阿保神先生って実は女だったの?
ドキドキする山田。
「いまあけるねー」
自動ドアが開く。
山田はエレベーターに乗って13階の阿保神の部屋に行く。そして呼び鈴を押す。
「コーホー」
酸素マスクの呼吸音みたいなのが聞こえる。
え?なにこれ。
「はい、阿保神ですー」
ドアが開いて中からこげ茶色の鉄仮面がヌーっと顔をだす。
山田はビビッて後方に飛びのく。
「あ、あの、阿保神先生ですか?」
「ちがいます。アシスタントのユーベルトートです」
「何でヘルメットかぶってるんですか?」
「色々と事情がありまして」
「は、はあ……」
「どうぞ」
ユーベルトートさんに招かれて部屋の中に入る。
「おいこら、ユーベルトート!なんで指示したとおりにスクリーントーン重ね張りしねえんだ。」
「だから、前にも編集の松平武士さんに怒られたでしょ。スクリーントーンを重ね張りしたら印刷がつぶれて斑になるって。」
「その斑がおもむきがあっていいんじゃねえか!」
「どうせ週刊誌の質の悪い紙に印刷したらつぶれちゃうんだから一緒ですよ、ねえ、うちももう、デジタルにしましょうよ、メールで添付ファイル編集部に送るだけでいいから楽だし」
「ふざけた事いってんじゃねえー!」
インクビンが飛んできてユーベルトートさんの頭に当たってガチャンと音がして砕け散る。
「う、うわっ!」
山田はどんびきして後ずさる。そこいら中にコバルト色のインクが飛び散る。
「気にしなくていいから、いつものことだから」
ユーベルトートさんは焦げちゃ茶のヘルメットにラバー地にプロテクターのついた黒の服、それにマントを身につけていた。すべて撥水加工がほどこされており、とびちったインクをはじいている。
これで、ユーベルトートさんが仮面をかぶってる理由が分かった。
「あーあ、またこんなにしちゃってえ」
部屋の奥からオレンジ色の服を着た小さな子供がとことこと歩いてくる。
「え?子供?」
山田はその女の子を凝視する。
「ういーっす!私、チーフアシスタントの朝比奈。お前が山田?ぼけっとしてないで、すぐにツイッターしてよ、ファンのみんなが待ってるんだからさ」
「あ、はい」
「ユーベル、お前はお風呂で体あらっといで」
「はい」
大柄のユーベルトートさんが体をかがめて部屋の奥に歩いていく。
「遅いぞ朝比奈、何ってる!」
部屋の奥からGペンが飛んでくる。それを朝比奈はよそ見しながら受け止める。すごい運動神経だ。
「ぼけっと見てんなよ、早くしろってんだろ!」
朝比奈さんがいらだち気味に山田をにらむ。
「あ、はい」
山田が部屋に入ると、けっこうなイケメンが部屋の奥の机の上にペンをはしらせていた。
チラリと山田を見るが、すぐ作画に集中する。
最近はデジタルで原稿を描く漫画家さんがほとんどたというけど、阿保神先生は今でも紙の原稿に絵を描いてらっしゃる。どうりで、大型書店の柱に阿保神先生の原稿がよく展示しているわけだ。
山田はパソコンを与えられ、阿保神やる夫のフォロアーをチェックしていく。フォロバしていくのだ。
「ふー、やっとおわった」
1日で百人とかどれだけフォローされてんだよ。
「おい、新人、さぼってんじゃねえぞ」
朝比奈さんが声をあらげる。
「いや、フォロバは終りましたって。」
「半分も終ってねえだろうが」
「え?」
山田が振り返ると、すでにフォローしてないフォロアーが百人ほど増えてる。
「どんだけフォローされてんの!」
山田は必死にクリックを続ける。でもいつまでたっても終らない。
「おい、やまだーメシくうかー」
朝比奈さんが声をかけてくれる。
「いいえ、これが終るまで!」
「そんなの、いつまでたってもおわんねーよ、メシくえよ」
「いや、メシ食ってる時間にまた増えるのが怖いので!」
「あはは、いい根性してるね」
朝比奈さんが笑った。
「今日はもういいよー」
男の人の声が聞こえた。
「先生がいいっていってるから今日はもうやめなよ」
朝比奈さんが声をかける。
「いいえ、もう少し、きりがつくまで」
「きりなんてつかねえよ、やめろよ!」
大きな怒鳴り声が聞こえて、山田は驚いて手を止める。
気づくと、すでに外は暗くなっていた。朝来て、もう夜の7時だった。気がつかなかった。
「初日から無理すんなよ、みんな、それで壊れてやめていっちゃうから」
阿保神先生が机からはなれて、直々に山田までちかづいてきて頭をなでた。
「無理すんなよ、腹へっただろ、これでなにかうまいもんでも食えや」
そう言って阿保神先生は五千円札を山田にわたした。
「あざーっす!」
山田は深々と頭をさげた。
悪い職場じゃない。
山田は、わりとこの職場が気に入った。
Twitter職人はそんなに楽は仕事ではなかった。
しかし、やりがいのある仕事だった。
山田一郎はこの職場が気に入ったのだった。