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三題話「孤独の青色」

作者: 津島真一朗

 部屋には薄い青色と静寂が満ちている。まるで、海の底にいるようだな、なんて彼女は思った。温かくて、優しい光は海の月と呼ばれる特別な宝石が放つもので、優しい青を放ちながらキラキラと自身も輝いている。その宝石を見つめていると彼女は穏やかな気持ちになり、なんだか懐かしいような気持ちにすらなる。

「ねえ、そんなに怖がらないで」

 声を掛けたのは、髪を整えてくれている美容師にだ。きっと普段は明るくいい人なのだろう。笑顔の似合いそうな快活な顔をした中年の女性だ。

 けれどいまは顔をひきつらせ、黙々と作業を進めている。それが少し悲しくて、つい声を掛けてしまう。

「せめて、笑顔でいてほしいの」

 返事はないけれど、鏡の中の彼女は笑顔を作ろうとして口角を上げたが、ひきつった笑顔にしかならず、諦める。ほんのすこし、戸惑うように、申し訳なさそうに眉根を寄せた。

 やはり、彼女はいい人だと思う。そんな彼女に迷惑を掛けてしまった事を少し、反省する。

「ごめんなさい。でも、私にとっては幸せなことなの、だから・・・」

 言っている間に美容師は仕事を終わらせて立ち去ろうとする。けれど、その前にペンを取り、紙になにかを走り書きした。

『ごめんなさい、お幸せに』

 美容師はそれだけを残すと逃げるように部屋から立ち去った。その横顔になにか光るものが見えた気がしたのは勘違いだろうか。

「ありがとう、優しい人ね・・・」


 結婚式というと想像するのは明るく華やかで祝福に包まれたものだと思う。私も幼い頃から憧れていたのはそういう幸せで素敵な結婚式だった。なんでこんな事になっちゃったかな、なんて一人呟こうとするけれど、まわりに聞こえたら大変だ。

 祝福されていない結婚式、本人達の気持ちすら離れていると思われればすぐにでも中止だ。それはいやだ。なぜなら私は、彼を愛しているのだから。


 車いすに乗せられて、式場へ向かう。いすに取り付けられた小さなランプの中では、海の月が優しい青色で輝き続けている。車いすを押してくれているのは、彼の幼なじみで数少ない理解者のアイシャだ。赤い髪がきれいで、よく彼と一緒に居るのをみた。最初はきっと彼女のことを好きなんだと勘違いして、嫉妬して泣いていたこともあった。

「ステラ、今更だけれど、ほんとうにいいの?」

 車いすを押しながらアイシャが話しかけてくる。

「もちろんよ、何度も話したじゃない」

「でも、心配よ。私はもう、あなたの友人でもあるんだから」

 そうだ、彼女はこういう人間だ。だから彼の大事な友人でもあったんだ。

「それでも、仕方ないの。それと、ごめんなさい、彼の事とったみたいで・・・」

「とったなんてそんな・・・そういう関係じゃなかったのは知ってるでしょ?」

「そういう意味じゃなくて・・・わかるでしょ?」

 振り向き、彼女を見つめる。優しい彼女はわかっていて誤魔化そうとしている。何度も話した事だけれど、せめて今日だけは忘れていようと。

「さあ、新婦の入場よ」

 結局、優しい彼女は笑顔のまま話を終わらせてしまった。


 式場は閑散としていた。私と、彼と彼の友人が二人だけ。彼は似合わない燕尾服なんか着ていて、まさに着られている、といった風情だけれど、それでもにこにこと笑うその姿にはいまこの時でも胸がときめく。短く切った黒髪も、毎日の仕事で鍛えられた肉体も全てが愛おしい。けれど、それよりなにより、彼が笑顔であることが嬉しい、悲壮な決意などではなく、ただこのときの幸せを願う彼の、故郷の海のように広く暖かい心が愛おしい。

「よあ、人魚姫さん」

 笑いながら彼が手を挙げる、初めて会ったときと同じように。無造作に。車いすを押すアイシャはため息をつきながら車いすを進める。彼が居るだけでその場が安らぐ。

「リト、神聖な結婚式の最中だぞ、静粛にしろ」

 神父役のジャンがいさめる、まじめなジャンはこんなおままごとみたいな結婚式でもきちんと形式に則ったやり方でやりたがる。それがおかしくて少し笑ってしまう。

「ねぇアイシャ、こんな結婚式で静粛にだって笑っちゃうわね」

「やめなさいよステラ、ちゃんとした式場を借りたジャンに悪いじゃない」

 いいながらアイシャも笑い続けていて、ジャンは怒り続けるやる気をなくしたようで、俺だけでもちゃんとやるさ、なんて呟いている。

「ジャン、済まないが俺は好きにやらせてもらうぜ」

 リトはいいながらこちらに駆けてくる。近づくにつれて彼にも青いランプの光があたり、青く染め上げていく。優しい青、不思議な青、海と陸とを繋ぐ青。いまは私とリトの事も繋いでくれる魔法の青。

「失礼します、花嫁さん」

 いいながら彼は私に触れ、引き締まった肉体が私を持ち上げる。背中と鱗に覆われた下半身に手を添えて抱き上げられた私は彼の顔が間近にあることが嬉しくなる。


 普通の人間は呪われると言って話しかけることすらしない人魚。その鱗に躊躇無く触れてくれるのは彼くらいのものだった。バカな私は昔、陸に打ち上げられてしまった。その時助けを求めても誰も言葉を交わしてくれなかった恐怖、同じ言葉を使うのに、聞こえているはずなのにどうしてという絶望はいまでも夢に見る。

 人魚は呪いを受けた人間、この地域に昔からある言い伝え。私を海に帰してから、彼が説明してくれたのは人魚と関わると呪われると皆が本気で信じているということ、それも言葉を交わすだけで呪いが移るというほどに。リトは命の恩人なのに、それを自分の事のようにずっと、必死に、謝ってくれた。それで私はもういいから、なんて言ってたのにずっと謝っているからどうしたら謝るのを止めてくれるかなんて考えていた。


「ねえ、なんで私を助けてくれたんですか?」

 昔を思い出していて、あのときと同じ質問をする。

「それはな、君が素敵だったからだよ」

「呪われちゃいますよ」

「君からのプレゼントなら歓迎だな」

「バカですね、旦那様は」

 この軽口ばかりのお気楽者が私の旦那様、周りの反対も古い言い伝えも、全部全部はねのけて、一笑に付してしまう最高の旦那様。私がバカにされれば本気で怒ってくれる素敵な旦那様。

「ねぇ、ジャン。早く式を進めてちょうだい。時間はないわよ」

 アイシャに急かされてジャンが式を始める。挨拶、幸福と旅立ちの祈り、神様への祈りと正式な手順で進める。

「リト、神様っているのかしら」

 この呪われた世界に祈る価値のある神様はいるのだろうか。

「居たとしても、俺達は異端者だから関係ないな」

「なら・・・もういいわよね」

 おもいっきり不敵に笑ってやる。

「うん、そうだな」

 祭文を読み上げ続ける声を無視して、二人で誓いのキスをする。聖書を投げだして、いい加減にしろよと叫ぶ声が聞こえるけれど、元々祝福されない愛なのだ。冒涜的だろうがどうでもいい。

 いつまで続くかもわからないけれど、この命が在る限り、全力で彼を愛し続けるなんて、当然のこと、神様に誓う必要もない。

 海の青の中でだけ生きていられるこの体は本当に呪われているのかも知れないけれど、それでも愛してくれる彼のために、笑顔でいるのだ。

 海の月の淡い青色が、一際優しく私たちを照らしていた。

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