夢の獣 現実のケモノ
ここは…どこだろう…
ほんのり光る白い木が並ぶ小道の真ん中に僕は立っていた。
なぜか服は、上下ともに真っ白の長袖長ズボン。
夜なのか辺りは真っ暗で、周りを淡く照らす木以外、灯りはない。
「ダークさん?」
彼からの返事はなく、ただ僕の声だけがこだまし、響いていく。
ここには何も居ない、僕だけしか居ない。
段々目も慣れてきて、空を見上げてみる…というか空かどうか怪しい。
闇が広がるのみで、月の光も星の光も、雲もない。
例え新月の夜だとしてもなんだかおかしい。
闇がゆっくり時計回りに渦巻いてるのだ。
夜空はこんな風に渦巻かないはず……。
こんなところ…来たことがあったっけ…?
記憶の糸を辿るけれど覚えがない。
自分で言うのもなんだけれど、僕の記憶にないのだからここには本当に来たことがないんだと思う。
知らない場所で動き回るのは危ないかな。
……かといってこのまま止まっていても仕方ない。
そう思って足を踏み出す。
道は白い。粉が積もったようでもないのに、粉を踏みしめているような感覚だ。
周りの木は風が吹いているわけでもないのに、葉が揺れて囁きあっている。
木々の隙間から見える小道の外側は、闇のみが立ち込めている。
不思議と怖いとは思わなかった。
2、30m程歩いた頃、道の先になにか見えた。
【なにか】は僕を見ていた。
目を凝らしてみると、なんとなく狼に見える。色も白。
「……あれ?君は……」
似ていた。
水に映っていた獣に。
それはついてこいと言わんばかりに奥へと歩いていく。
「あ、待って!」
自然と足が前に出て走り出した。
歩いていく狼を追いかける。
僕は走って、あちらは歩いているのに距離は縮まない。
かといって間隔は開くでもなく、一定の距離のまま進んでいく。
「待って!!」
走る靴音と僕の声だけが虚しく響いていく。
いくら僕がスピードをあげても追い付けない。
いつもならバテるのに何故か全く疲れない。
「ルーエン」
急に僕を呼ぶ声が聞こえた。
自然に立ち止まる。
僕が立ち止まると前を歩いていた者も立ち止まる。
「君が呼んだの?」
道の先のなにかは問いかけに答えない。
それはただ、立ち止まっただけ。
「ルーエン」
どこから聞こえてくるんだろう…
周りを見渡すが誰も居ない。
「ルーエン!」
段々声が大きくなる。
声と一緒に甲高い音も聞こえてくる。
「ルーエン!」
声に焦りが滲む。
一定のリズムで響いてくる音。
「ルーエン!!」
ハッと目が覚めた。
僕の顔を覗き混んでいるダークさん。
耳障りな警戒アラームの電子音。
さっきのは夢…?
周りには、白く発光する木立も小道もない。
あの道の先にいた獣も居ない。
ここは砂漠の街の電脳中枢。
光と闇しかない不思議な場所じゃない。
「やっと起きたか…」
ふぅと息をついてダークさんは体を起こす。
ダークさんが視界から消えて、天井が目に入る。
天井には赤い非常灯の光が点滅しながら踊っている。
「何回呼んでも起きねぇから心配したぞ?」
「すみません…夢を見ていて…。」
さっきの夢の呼ぶ声はダークさんの声……。
定期的に聞こえてきた音はこの警戒アラームの音……。
…あれ?
このアラームはなんの警戒だっけ
「あの、この警戒音は……何が起きたんですか……?」
少し考えればわかることだけれど、寝起きの頭は使い勝手が悪いもので、全く頭が回らない。
「お客さんだ」
一言で簡潔にダークは言った。
ダークの言葉にルーエンの頭は覚醒し、苦虫を噛んだような顔をした。
こんな物々しい警報を作動させるお客なんて、一人しかいない。
「謎憚獣」
その名を呟く。
「そうだ。」
ダークはコクッと頷いた。
この世界のほとんどを掌握した異形の怪物。
この怪物について分かっていることは少ない。
元は普通の動物だったということ
大きく分けて種類は5つあるということ
突然人間を喰らいだしたこと
この3つが今ある情報だ。
なぜ動物が謎憚獣になったのか…
遺伝子の突然変異
未知のウィルス
動物実験の産物等々
様々な推測がされたがどれも外れ。
結局、誕生起源は分からず、加えて倒しかたについても詳しくは分からない。
謎憚獣のほとんどに共通しているのが脳をダメにすれば倒せるということ。
心臓を狙うのも有効だけれど、心臓がいくつもある謎憚獣もいるからこの倒しかたは面倒くさい…。
…中には何をしても死なない謎憚獣もいるらしい…
全く世の中どうかしてます。
「わわっ…」
突然足元が大きく揺れる。
パラパラと天井のタイルの欠片が落ちてきた。
「すげー揺れだな。
謎憚獣がぶつかったか何かしたか?」
謎憚獣がこの建物にぶつかったらしい。
建物が揺れるほどの大きさの謎憚獣。
「はぁ……。」
デタラメな大きさにため息が出る。
取りあえずはここにきた謎憚獣が、後者のものじゃないことを確認しないと…
なにもわからなかったらひどいことになる。
「ダークさん、どんな謎憚獣かわかりますか?」
ダークさんはあぁ、と頷いて話す。
「形は蛇みたいなもんだ……普通の蛇と違うのは翼があるのと頭が二つあることくらいか…。
セオリー通りに首落とせば倒せそうだ。
ただ…」
いいかけて言葉を切る。
なにか不都合なことがあるときにするダークさんの癖だ。
「…5~10匹ならまだいいけど、10匹以上一気にこられたらちょっとキツいな」
10匹以上……ということは…
「群れなんですか…?」
ダークさんは少し険しい顔で頷いた。
「結構な群れみたいだ。」
なんて運が悪い。
「具体的な数はわかりませんか?」
ちらっとディスプレイに目をやる彼。
続いて僕も目をやる。
ディスプレイには謎憚獣の生命反応が赤い点で映し出されていた。
その点は数十なんてものの数じゃない。
「軽~く、100以上は居るかな♪」
「……」
茶化す彼に呆れるしかない。
「あははっ!笑えるなっ!」
「笑えません。」
間髪入れず言い放つ。
僕はまた息をフゥと吐いた。
「逃げるにしても、100体以上じゃダークさんに内蔵されてる武器だけじゃ無理ですね…」
戦闘機械人形のダークさんには対謎憚獣用の武器が搭載されている。
2、3体くらいならダークさん1人でも対応できる。
ただ群れの場合、機械人形は何人かのグループで戦う。
故に機械人形一体で群れに対応できるような武器は持っていない。
ダークさんはそうなんだよなー。と頭をかいた。
「制限解除とか、そこらへんのプログラムを使っても、群れを相手取るのはきついな」
このままじゃ負ける。
だったら武器を備えていくしかない。
「…武器庫に行きましょう。
電脳中枢のデータに武器庫がありましたからこの建物内にあるはずです。」
たいていのシェルターには武器庫があり、武器庫には謎憚獣に対抗するためのものが保管されている。
大砲からナイフまで様々、武器庫になら子供の僕でも扱えるものがあるかもしれない。
「よし、善は急げ!いくかっ!」
その言葉に頷き立ち上がる。
「こっちです。」
いいながら廊下に出て、ダークさんも僕に続く。
そして二人で武器庫に向かった。