水に映る獣
「まだ余裕かな…」
ディスプレイに表示された時刻をみて呟く。
ダークさんはいつも大体三時間ほどで探索を終えてくる。
帰ってくるまでまだ1時間弱、余裕がある。
「…僕もお風呂入ろうかな。」
1時間もあれば充分に入れる。
着替えは……白衣辺りを借りようかな…。
ダークさんが戻ってきたら服を持ってくるだろうし…。
そう考えて、ダークが使った風呂がある部屋まで歩いていく。
その部屋について扉を開け、赤いノズルを回してバスタブにお湯を張る。
そのノズルの隣のつまみで温度を調節する。
「こんな感じでいいかな……。」
と、その時背後から視線を感じた。
「……っ!?」
バッと背後を振り返る。
「ダークさん…?」
返事はない……。
彼が戻るにはまだ早い時間だ。
謎憚獣…?
謎憚獣が近くに来たならセンサーが感知してアラームがなるはず……。
いや、仮にセンサーが反応しなかったとしても、謎憚獣だったら強烈な熱で気づくはず。
なら、今の視線は…?
視線の元を考えるが分からない。
「……おばけ?」
当然返答はない。
「……か、仮にいたとしても、怖くありませんから。
こないで下さいよ?怖くはありません。
……こ、ここはバスルームですよ?プライバシーの問題です。断じて怖くありません。」
説得力のない震えた声で怖くありません。を連発する。
本人は警告のつもりだろうが、おばけに来るなと警告しているのか、こないでくださいと頼んでいるのか分からない口調だ。
「はぁ……」
暫くしてため息をついた。
ちょっと神経質になってるのかもしれない……。
そう考え直して、手早く服を脱いで体を洗う。
シャワーで頭のシャンプーを流しているとき、目を瞑っていた。
目を瞑っているともっと視線を感じて落ち着かない。
視線から逃れるように、バスタブにたまった湯につかる。
暖かいお湯に体を浸らせると幾分落ち着いた。
息をつき、体の力を抜く。
バシャッとお湯を顔にかける。
うん、僕が少し神経質だったんだ。
そう納得して、タオルで顔を拭いた。
そしてふと水面に視線を落とす。
その瞬間、体が硬直した。
自分がだけが映っているはずの水面
そこには自分と、ここにいるはずのない獣が映っていた。
それも僕のすぐ隣に。
白い狼らしい姿の獣は、蒼い鋭い眼で僕をジッと見つめてくる。
[神経質になって見た幻覚]ではすまされない目。
え!?え!?
いるはずのない獣がいる。
思考回路が途切れ、絡まりパニックになる。
それの影響で、予定より大分早くダークが帰ってきたことにも、全く気付かなかった。
「んだよ、ルーエン!風呂にいたのかぁ?」
勢いよくドアがひらき、ダークが声をかけてきた。
このとき、通常のルーエンなら怒っただろうが、今はそれどころではない。
「っ!?」
ルーエンはまぁビックリして、声も出せないまま湯船から勢い良く立ち上がってしまった。
「……どうした?」
いつもなら「いきなり開けないでくださいっ!!」と怒号が響くところ。
だがルーエンの反応は全く違った。
ダークはルーエンらしからぬ反応に、ポカンとしてしまう。
1、2拍置いてルーエンは我にかえり、あわてて水面を見た。
揺らぐ水面にはもう自分しか居ない。
先程の獣は幻だったかのように姿を消していた。
気のせい?
でもさっきの目は…
「おーい?」
ダークに目の前で手を振られて、ようやく状況を把握出来る思考が戻ってきた。
「だ、大丈夫です…」
視線も水面の獣も消えた。
安堵のあまり大丈夫という声はふにゃふにゃになってしまうが、脱力しなかっただけ良かったとルーエンは思った。
「ならいいけどよ。
…ていうか、上がるなら早く服きろよ?
風邪引くから…。」
ダークの台詞の妙に楽しそうな間に首を傾げる。
が、すぐに自分が湯船に入ってた状態で立ち上がっていることに気付いた。
その瞬間ルーエンは顔を真っ赤にして、すぐさま湯船に逃げ込んだ。
それをみてダークはおかしそうにクククッと笑った。
「なにも男同士だし、機械に見られてるだけなんだから気にしなくていいのに~。」
ケラケラ笑ってそういう。
「僕は恥ずかしいんです!!」
「何がそんなに恥ずかしいんだ?お前、見るのも見られるのも恥ずかしいっていうよな。」
「恥ずかしいものは恥ずかしいんです!」
少し語気を強めて言ってみるが彼はケロッとして、言葉を返してきた。
「大体裸なんて俺のメンテの時にいくらでも見てるだろ?なれろよなー。」
「それとこれとは違います!!」
「あははっ!そう、怒るなって!」
僕の髪をクシャクシャっとする。
不満げな僕の顔を見てダークさんはまた笑った。
「お前はホント面白いな!ま、ゆっくりしてろよ。
先に奥いってるからな~」
クククッと笑いながら部屋から出ていく彼。
見送りながら彼の悪ふざけをどうにかできないかとため息をついた。
(誰だろうが見られるのは恥ずかしいんですよ…もう……。)
子供といえどルーエンだってもう13、そういうことを気にする難しい年頃だ。
まだ若干顔が赤いまま、湯から上がろうとする。
その時もう一度水面を見た。
なにもいない。
部屋を見回す。
もちろん部屋にもなにもいない。
「でもさっきはなにかいた。」
あの目は幻覚なんかじゃない。
けれど今はもう居ない。
なんだったんだろう……。
「あとで、ダークさんに話しておこうかな…」
忘れちゃうかもだけれど…。
ザパッと湯からあがってバスタオルで体をふく。
着替えようと机の上に置いた着替えに手を伸ばす。
「あ……」
自分が持ってきた白衣の隣に、藍色のフード付きパーカーと、白い服、黒い半ズボンがあった。
床には黒いショートブーツがある。
ダークさん、見つけてきてくれたんだ
さわってみると、柔らかく手触りのいい服だった。
少し引っ張るとある程度伸び縮みする。
肌に優しくて動きやすい。
僕が肌が弱いのを考慮して見つけてきてくれたんだ…。
やっぱりやさしいなぁ…。
体を拭いて服を着ながらそうしみじみ思った。
機械人形からすれば主人の体を気遣うのは当たり前なこと。
でも、ルーエンからすればそれは優しさでとても嬉しかった。
服もズボンも着終わり、パーカーを着る。
パーカーは着てみてわかったが少し長めだ。
恐らく砂除けを兼ねて長めなんだろう。
これで砂の中を歩くのも楽になる
ショートブーツをはいて紐をしっかり結ぶ。
「よし……!」
そしてルーエンは部屋の外へ出て、ダークの待つ電脳中枢に急いだ。