1人で……
ダークの手を離れてルーエンの目に入ってきたのは、謎憚獣の尻尾に飛ばされる彼の姿。
尾がダークに当たった瞬間に、バツンッという音が聞こえた。
人工筋肉が切れたんだ!
機械人形を何度も整備しているルーエンは、彼の身体がどんなに丈夫か知っている。
それ故に、音の正体が分かったルーエンは恐怖した。
「ダークさんっ!!」
金切り声に近い叫びをあげる。
あの時点で筋肉が切れてしまったなら、他の場所もドミノ倒し式に壊れてしまう!
「ダークさ……うぐっ!」
受け身の体制をとることを忘れていた彼は、体が砂の山に当たると苦しそうな声を漏らして倒れてしまった。
砂が衝撃を緩和してくれたのだろうが、案外背中が痛い。
「うぅ……」
呻き声を上げながら、体を起こしダークのいた場所に目をやるが、巻き上がる砂で全く見えない。
大丈夫……なわけない。
あのまま他の部位まで壊れたら、よくても足は動かないだろうし、悪かったら……
「強制終了……」
そうなったら打つ手がない。
直す時間も、道具もここにはない。
何より……
不意に巨大な影が差し、後ろを振り向く。
そこに在るは破壊の獣。
コレを何とかしなきゃいけない!
何とかする?
どうやって?
真っ二つにしても死ななかった相手を前に、非力な僕に何ができる?
……それでも
グっと手を握り、謎憚獣の顔を見上げて睨みつける。
何かしなくちゃ……!
ルーエンは拳銃を取り出し構えた。
両手でグリップを握り、銃口を謎憚獣に向ける。
片目を瞑り、腕を上にあげていき右の頭の左目の少し下辺りに照準を合わせる。
『お前のは弾が上にそれやすいんだなー、撃つときは目標より少し下の方狙うといいかもな。』
銃の撃ち方をダークに教わったとき、言われたことを思い出しながら、撃鉄を起こす。
すると謎憚獣が首を伸ばしてこちらに迫ってきた。
だがルーエンは逃げない。
『謎憚獣相手に撃つときは、あいつらの熱が感じられる辺りで撃つのが目安だぞ』
もう少し……
逃げたくなる足を押さえつけ、指を引き金に添える。
もう少し、もう少し、もう少し……
ふっと暖かい風が頬を撫でた。
いまだ!
一気に引き金を引いた。
銃声と共に弾が飛ぶ。
撃った衝撃で腕が鈍く痛む中、謎憚獣の悲鳴が響いた。
謎憚獣が空中で身をよじると風が渦巻き、熱がまき散らされる。
当たったんだ!
弾が命中したと確信したルーエンは身を翻し瓦礫の上へ走った。
ただ時間を稼いで逃げている訳ではない。
ルーエンが目指すのは武器庫があった場所だ。
「電撃シールが……あったはずっ……」
少し息を乱しながら呟く。
電撃シールは、シールを貼ったものに「ショック」というと電気が流れるというもの。
何枚か貼って一気に電気を流せば気絶させられるはずだ。
シール銃がセットで一緒にあるはずだからそれを使えば貼ることは簡単なはず……
……問題は
シールがあの謎憚獣の熱に耐えられるかどうかだ。
耐火性のはずだけど、普通じゃない謎憚獣の熱に耐えられるかな…。
シールが機能しなかったらそれまでだ。
とりあえずシールを見つけないと……。
不安定な瓦礫の足場と、風で踊る砂に苦戦しながら武器庫跡を探す。
影と太陽の位置からしてこっちが東だから……
確か、この先だったはず……。
ルーエンが瓦礫を渡っているころ、瓦礫下で静かに光る物があった。
ちょうど瓦礫同士の隙間に入っているそれは、ダークが真空庫から見つけた禁書だ。
禁書は青白く発光しながらひとりでに【立ち上がった】
足が生えた訳ではなく、横になっていた本が縦になったのだ。
そのまま本は上に浮かぶ。
そして瓦礫にぶつかった……と思いきや本は瓦礫を【通り抜けて】上へ上へと浮かんでいく。
禁書は太陽の光を求め芽を出す種のように、時々進む向きを変えながら浮かんでいった……。
地平線に沈み始めた太陽。
大きな瓦礫をよじ登って越えながら、太陽を横目に捉えてルーエンは顔をしかめた。
あぁ、まずい。
夜になったら僕は動けない。
夜目なんて持っていない僕は謎憚獣にパクリとやられてしまう。
まだ光があるうちになんとかこの状況を打開しないと……
……あとまだ僕の体力が残っているうちに……。
瓦礫の頂上につき、降り始めるルーエン。
一番近い出っ張りに足をかけて……
よし、大丈夫そ……
体重をかけた途端にボロッと崩れる凹凸。
「うわあああ!!」
盛大な悲鳴をあげ下に落ちた。
衣服があちこちの突起に引っ掛かり、破れたり、裂けたりする。
結果、しりもちをついたような体制で着地した。
さほど高い所から落ちた訳ではないが痛い。
「いっ…うぅ……」
ダークなら、降りる手間省けてラッキー!というだろう。
行かなくちゃ。
立ち上がろうと右足を曲げて体重を乗せようとすると、鋭い痛みが足に走った。
痛みに表情を歪め、恐る恐る右足首を触る。
触って痛くはない。
もう一度体重を乗せようとすると痛みが走った。
「最悪だ……」
挫いてしまった。
足を踏み外した時にやってしまったんだろう。
自分の不用心さに腹が立つ。
痛みを我慢するして進むしかない。
そう決めて、進む予定の目の前をみたルーエンを絶望が襲った。
「どうしろっていうんだ……」
前にあったのは瓦礫の壁。
ルーエンが居るのは大きな瓦礫と瓦礫の間だ。
登って見ろよと嘲笑うように壁には足をかける所は沢山ある。
けれど挫いた足で壁をのぼる?
無理だ……。
絶望の海で溺れそうになる。
その時、ルーエンの足元が淡く光った。
光って、る……?
光に気づき足元を見つめる。
光は徐々に強くなり、やがて光っていた本体が瓦礫をすり抜け姿を現した。
四角く少し大きい分厚い本。
本?何で、本が光ってるんだ……?
いや、そもそも本は光らないはず……これは夢?
もしかしたら自分はすでに気を失っていて、夢を見ているんだろうか。
だが足の痛みが夢ではないと教えてくる。
この不可思議な出来事は現実だ、と。
本はルーエンの顔の高さまでくるとピタッと止まった。
どうするべきだろう。
本は相変わらず光をこぼしながら発光している。
ルーエンはどうするか悩んでいたが、もう心の半分以上はどうするべきか決まっていた。
本に慎重にゆっくり右手を伸ばす。
指先が光に入り、そして本に触れたその瞬間。
「!?」
いきなり本が開き、ページが捲れだす。
同時に右腕全体に今まで経験したことのない痛みが走った。
あまりの痛みに声がでず、腕を引っ込め、腕を胸に押しつけ悶える。
だがそれはほんの数瞬のことで、すぐにその痛みは引いた。
変わりに疼くような鈍い痛みが残る。
本の光は少しづつ弱まり、ページも捲り終わって普通の状態に戻った。
いや、普通ではないか、まだ本は浮いているのだから。
な…に……?
訳の分からないことが続き頭は大混乱していた。
そんな中、熱気と巨大な影がさす。
振り向かなくとも分かる。
あの謎憚獣だ。
もう銃のダメージがなくなったのだ。
ならもう一発。と銃を構える。
が、鈍痛の残る右腕では震えてろくに狙いが定まらない。
すぐに銃を下ろした、銃は使えない。
「くっ……」
ルーエンは焦る中、何かないか両手で地面を探った。
周りにあるのは瓦礫と砂のみだがそれでも探る。
と、右手が瓦礫の間に見える砂に触れた。
「うわぁっ!?」
砂漠がズンッと揺れた。