不意打ち
砂の中から現れた謎憚獣を見下ろす2人。
もし、まだあの場にいたら……。
そう考えると背筋に冷たいものが走った。
あの場にまだいたとしても、ダークさんが逃げてくれるだろうけど。
ただじゃ済まなかったかもしれない。
「あっぶね~……。お前がちゃんと【覚えてた】おかげで助かったな~。」
また空中に足場を作り、下を見下ろしながら呟くダーク。
「さぁ、逃げたいわけだがどうする?
この見渡す限りの砂漠じゃ奴の独壇場だぜ?」
また下に降りるのは危険過ぎる。いつ下から不意打ちを食らうか分からない。
けれどこのまま空中を歩くのはダークさんのエネルギー的に難しい。
どのみち降りなきゃいけないな……。
降りるなら……
「瓦礫の上に降りれますか?
瓦礫の上なら下からこられても、出てくるまで多少時間差があるでしょう?」
砂の上よりかはいくらか有利だと言うルーエン。
「いいけど、他の瓦礫まで巻き上げられて吹っ飛んでくるぞ?」
「ダークさんが避けてくれるでしょう?」
さらっとダークが、助けてくれる前提で話しをする。
「俺が頑張れってか?」
「ダークさんを信頼してるから提案してるんですよ?」
さらっと至極当然のように話す。
「……そんなこと言ったって何も出ないぞ~?」
少し呆れ気味に、でも少し嬉しさを滲ませて笑う。
まんざらでもないらしい。
「行きましょうか」
主の言葉にダークは軽くうなずくと足場から跳んだ。
足場は彼らが離れると同時に崩れ落ち、霧散する。
目標の瓦礫目掛けて落下する二人。
「瓦礫についたあとは近場の壁を強行突破するってことでいいか?」
「はい。体を痛めないように壊してくださいね?」
「そんなヘマしねーよ。」
いいながら、瓦礫に着地する。
そのまま瓦礫を踏みつけながら、一番近い左の壁を目指す。
と、後ろから砂が大量に流れ落ちる音が響いた。
あの謎憚獣がまたこの砂の海に潜ったらしい。
「潜ったか……用心しろよ……」
瓦礫を渡りながらルーエンに注意を促す。
ダークもなるべく、居場所を知られまいと音と立てぬように走り、瓦礫を渡っていく。
が、瓦礫が大きく軋みミシミシと音を立てた。
オマケにヒビが入るものまである。
軋む音にダークは苦々しい顔をした。
「せめて俺がもうちょい軽かったらなぁ……」
機械人形はほぼ鋼、体重はゆうに100キロを越える。
しかも子供と言えど人一人を抱えた状態で走っているのだ。
瓦礫が彼らの重さに耐えかねて悲鳴をあげるのも仕方ない。
「金属ですから仕方ありません。」
「プラスチックじゃだめなのか?」
その言葉を受けて、作れなくはないですけど。と呟き言った。
「耐久性に問題があるでしょう。
それに金属の方が何かと都合がいいですからね。」
「こういうとき不便だろうが」
不満を漏らしながら、瓦礫を鳴かせ走る。
と、次の瓦礫を踏んだ瞬間
「!」
彼はすぐ走る勢いを殺し、【真横】に飛び退いた。
「うわっ……たっ!ダークさん!?」
刹那、瓦礫を吹き飛ばし、謎憚獣の2つの頭が二人のいた場所を挟むように前と後ろに現れたのだ。
あと数瞬ダークの動きが遅かったら、完全に詰んでいただろう。
「小賢しい真似しやがって……」
あとちょっとで壁だったつーのに……
あの2つ頭め……
砂の上に軽く着地し、瓦礫の中で2つの頭を出す謎憚獣を睨むダーク。
ん……?頭……?
その時ダークは気づいた。
地表には2つの【頭しか】出ていないのだ。
しまった!
まだ危機は去っていなかった。
ダークの目が足元の砂が僅かに動くのを捉えた。
もう二人で逃げるには無理だ。
そう悟った。
主だけでも守らなければ……
機械人形のAI(本能)が働き、ルーエンの襟首を掴む。
「受け身、後は逃げろ。」
「え?」
2つの指示をルーエンに出すと、彼はルーエンをこの謎憚獣から離れた場所に即座に投げ飛ばした。
「えっ!?うわわわわぁああああっっ!?」
手荒い移動に驚きの悲鳴を上げるルーエン。
ルーエンがダークの手から離れた瞬間、突如地中から謎憚獣の鱗だらけの尾がダークに振るわれた。
避ける時間(余裕)がない彼は、まともに攻撃をくらい吹っ飛ばされる。
尾が機械人形体に当たった瞬間、鋼の体が傷み、軋み、千切れ、折れる。
あー、やっぱ壊れるよな。
腹部の不具合を感じながらそんなことを思った。
壊れるのは想定内だ。
少しくらい腹が壊れても大丈夫。
すぐにルーエンのとこに戻んねぇと。
砂の山にぶつかり、少々体が砂に埋まる。
早く主の元に帰り、外に逃げなければ……。
主を守る。その強い意思を胸に、砂から出ようと足を動かすが、足が動かない。
なんda……!?
動かないことに戸惑ったのもつかの間。
彼の身体がズシッと重くなり、脳内に、怒涛のごとく体の至る所からエラーが報告されてきた。
手、腕、肩、胸、腹、腰、太腿、膝、足首等々の人工筋肉や骨がダメになっていく。
【甘かった】ってのか!
ふざけんなよ化け物が……!
そう、たった一回の攻撃を受けただけで、身体のほとんどが破壊されてしまったのだ。
対謎憚獣用に作られた身体がこうも容易く壊れるなんて通常有り得ないのだ。
この謎憚獣は普通じゃない。
ダークもそれは分かっていた。
分かっていた上で動いたというのに身体が壊された。
実際のこの獣(化け物)の力と、機械人形のAIが導き出した力量差が違った。
読みが【甘かった】のだ。
くそっ……どうすりゃ……
この最悪な状況の打開策を考えていると、彼のAIが壊れゆく身体に指令をだした。
機械的な声の紡ぐ言葉はまるで死刑宣告のようで……。
【type8 戦闘機械人形 個体名称ダーク 機体に問題発生 稼働不能 機械人形システムを保護するため強制終了します】
おい、待て待て待て待て待て!!
ルーエンのとこに戻んねぇと!
あいつだけじゃ逃げ切れないンだよ!
動け!動けったら、この足!
機械人形システム保護プログラムが告げる強制終了の声を合図に、ダークの身体はあらゆる機能が停止していく。
まだ動けるだろ!このポンコツAI!
戻ろうと腕を伸ばして砂を掴み、体を動かそうとする。
だが所詮は無駄な抵抗。
砂を触る感覚が消え、砂の臭いも味も消え、砂の色が消える。
ふざ、ケ……ん………な……
砂の音が消え、最後に自分の声が消えた。
後は動かない彼の身体が砂の中に倒れ、残されているのみだった。