診療所A ④
④
「かんぱーい」
午前十一時。待合室は患者さんたちの酒盛り、宴の場になっていた。
「緊急大量搬送とか言うから何かと思えばこれだよ」
「一応みんなちゃんと怪我人だし」
「どんちゃん騒ぎだけどな」
「元気でなにより」
「みなさんいつもより大勢でにぎやかですね」
「昨日はクラブの創立記念日特別バトルで全員出勤乱闘だったんだって」
包帯を巻かれ折れた骨を固定され傷口を縫われたばかりの女性たちが大量の酒と食べ物をおっぴろげている。お姉さんたちは全員、近くの決闘クラブでファイトしているプロの戦士たちである。赤、青、黄色、緑、紫、身にまとう服の色はそれぞれ所属するチームのカラー。各色チームは皆、クラブ内では敵対勢力で日夜殺し合っているが決闘場の外ではわりと仲良しだ。この宴は創立記念祭の打ち上げらしい。
「みんななかなか死なないねえ。強いよねえ」
「いつからうちはこんな非合法非常識なやつらの溜まり場に……」
「さいしょから?」
「だな。俺もなんか食い物もらお。食って寝る」
「おやすみい」
女性の輪に向かう同僚の背中を見送る。
「先生、」
もうひとりの同僚の彼女は、宴を遠くに見る僕の隣に座っていた。
「僕らもなんかたべたいね~」
明けた窓から質量のおおきな風が部屋ににぬるく吹き込む。
「庭で、日記をみつけました」
彼女はうつむいた。
「せんせえ、この子だれー!」
「すっごいいっけめーん」
「思ったー!ちょーかわいー、新人さあん?」
「そう!名子が忙しすぎて死ぬかもだから人手増やしちゃった。一昨日から来てもらってる後藤寺くんでーす」
「どうも後藤寺です」
「何歳?」
「身長いくつ?」
「なんでこんなきったない病院に?」
「えっと…二十六歳です、身長は百八十四センチで、ここにはまあいろいろあって」
「いろいろってなによう」
「かけおちとか!」
「そんなところです」
「きゃー!」
雇ったばかりの青年医がお姉さま方にいじられている。かわいいものだ。
「あの日記、木の下にあって。少し地面が盛り上がっていたので気になって。掘ったのです」
隣の彼女の視線は相変わらず足先だった。耳しか見えない。
「陽子さん」
「せんせい、ありがとうございます」
「ごめんね、陽子さん」
いつか謝らなくてはいけないと思っていた。僕は、彼女に謝らなくてはいけないことがたくさんある。
「あら!カオルちゃん帰っちゃうのー?」
「恭一が熱出したって、むかえに行く!ごめんね!」
「カオルさーん、恭一くんうちに連れてきなよ。後藤寺くん前の病院で小児科だったんだって」
「はい。おれ診ます」
「ありがと!」
「気を付けてねえ」
「先生」
「ごめんね、陽子さん」
彼女は首を振った、ふるふると。
「わたしの名前知っておられたのですね」
「いやだった?」
「いいえ」
「よかった」
「……もうちょっとだけこちらに置いてください」
「ちょっとと言わず、ずっと。いてください」
「…先生ってほんとうになんていうか……」
「んー?」
「なんでもありません、」
「ただいまー」
酒や食べ物を手に幾人かの屈強そうな男性たちが待合室に増えた。追加の買い出しに行っていた男戦士たちが戻ってきたようだ。宴はまだまだ終わらない。こちらに気を遣った戦士から甘口の酒とコップを受け取る。僕と彼女の分をそそいで、ふたり、宴の熱をたのしんだのだった。
つづく。