屍鬼
京都府某市のお洒落もへったくれもないような古びた景観の喫茶店の隅。
まるで埃が積もる為にあるとでも言わんばかりに埃が積もっている席にて一組の男女の姿があった。
一人は遠目からだと未だ十に満たっているのかもわからない少女。
腰くらいまであるであろう長い髪をツインテールで纏めている少女は少し大人への願望があるのだろうか着ているものは子供服などでなく立派な大人用であった。
サイズがあっていないのか若干袖が余っている黒のパーカーに薄桃色のミニスカート。
そして服装に対し明らかに似つかわしくないナイフホルダーが太ももへと取り付けられていた。
どうやら、少女は何かのゲーム機を弄っている最中らしい。
仕切りに目を動かしながら十字キーを操作してゲームの中の敵を倒していた。
ゲームの中の敵を一体倒すごとに嬉しそうに可愛らしく笑いながらゲームを続ける。
もう一人は少年。
人の良さそうな優しい顔立ちに少し長めの髪を掻き揚げ髪留めで留めた髪型。
二十歳くらいに見えるが多分実年齢はもう少し下であろう。
こちらも少女と同じように黒いパーカーに紺色のジーパンを着ていた。
一応お洒落には興味があるのか腕には装飾品が少なからず見られる。
なんともあべこべな二人だった。
『ねえ、榛名。鈴達ってなんでこんな汚なくて空気の悪い喫茶店にいるんだっけ?』
店主が聞いたら顔を真っ赤にして怒りそうなことをサラリと言いながら少女はゲームを弄りながら少年に尋ねる。
『んー、一応依頼の為なんだけど…来ないね。不道さん』
少年は少女の物言いに苦笑しながら待ち人の名前を呟く。
不道遊人。
この市の警察官であるがまあそれは別の話としよう。
今はこの二人の事だ。
若干無理矢理設定感があって申し訳ない限りなのだがこの二人にはとある異名があった。
《皆殺し》と言う名の物騒な異名が。
誰が思うだろうか。
このあまりにあべこべなこの二人が世界的には有名人などと。
だが、しかし当然表向きの世界でではない。
裏の世界でだ。
世界には様々な世界がある。
《一之瀬》から《九夜》までの九家が収める財政の世界。
《火葬》から《涼風》までの五家が収める権力の世界。
そして、殺人教会が収める暴力と殺しの世界。
公には知られていないこの三つの世界によって世界は成り立っていた。
その中の一つ。
殺人教会が収める暴力と殺しの世界にて彼ら二人は有名なのだ。
《皆殺し》などと言う異名が付くほどに。
『また、《屍鬼》の討伐かな?鈴、もう飽きちゃったよ。あいつら脆いんだもん』
『多分、そうだと思うよ。まあ、でも仕方ないんじゃない?それがボク達…いや、教会のお仕事なんだから』
少年は店員が出してくれた安っぽいコーヒーを飲みながら少女に肯定する。
どうせ、不道さんからの依頼なんてそれ以外はないのだから。
そんなことを思いながら。
先程から会話に度々出ていてなにも説明していないのが心残りなのでここいらで説明させていただこう。
この世には現代人である我々の知らない事がたくさんある。
いや、知らないではないか。
知ってはならない事がたくさんあるのだ。
ここでは世界の真理とでも言おうか。
その一つが先程の会話で出てきた《屍鬼》である。
名前から察せられるとおり屍の鬼である。
小野不由美氏の小説である《屍鬼》が一番いい例となるだろうか。
作中の人間達は死後蘇り屍の鬼となる。
彼らはどんな事をしても死なないし凄まじい繁殖能力で仲間を増やしていく。
しかし、日の下には出られない。
そんな制約のある鬼だった。
しかし、現実の屍の鬼は小説の設定など知らぬ存ぜぬとばかりに人の血を吸い殺していく。
それを止め屍の鬼達と戦うのが暴力と殺しの世界を収める機関・殺人教会と言うわけである。
『解説ご苦労様でした』
『…なに言ってるの?』
『いや、なんでも』
少年ーー涼風榛名は少女ーー九夜鈴に苦笑しながらもう一度コーヒーを飲もうとして止まった。
明らかに店の周りに人の気配がないのだ。
こんな真昼間だというのに。
微かにも人の気配がなくなっていた。
『鈴。来るよ…』
鈴も気付いていたのか榛名の声掛けの前に既にゲーム機をしまいナイフホルダーから一振りのナイフを引き抜いていた。
その数瞬後。
店に物凄い勢いで何かが飛び込んできた。
榛名はそれをゆったりと受け流しながら飛び込んできたそれを見据える。
それは先程自分達にコーヒーを運んで来てくれたウェイターの女の子だった。
なにか強い力で引き千切られたのか腹部の半分がなくなっており臓器の半分とおびただしい量の血液が流れ出していた。
『…ごめんなさい』
榛名はその女の子に謝罪し前方を見据える。
入口にいるのはまるで御伽噺の中に出てきそうな紅く筋肉で包まれたような姿をしている異形の生物。
《屍鬼》だった。
『行くよ。鈴』
『ノルマは?』
鈴の乾いた声を聞きながら榛名は《屍鬼》の数を数える。
『んー、一人二十かな』
そう呟き榛名は駆け出した。
左手には赤黒い…まるで死を体現したような色をしたナイフ。
榛名はそのナイフを振りかぶり前方の鬼に…
振りおろした。