秘密の物語
『君はなぜ自らが世界を害していると知りつつもそこまで優雅に且つ堂々と生きていられるんだい?』
そんな相手によっては大変失礼にあたる。
いや、ボク以外が言われたら怒るんじゃないかと思うような暴言をそれこそなにも恥じることなく優雅に且つ堂々と櫟田はにこやかに笑いながら言った。
まるで、こちらの考えは読めているとでも言うかのように。
『それは君自身が一番よくわかっている筈だ』
ボクがなにも言わないのを確認すると櫟田はなにか念を押すかのように言葉を続ける。
まるでカードゲームで自らを鼓舞するディーラーのように。
だが、ボクはなにも話さない。
わかっているからだ。
目の前にいるこの無駄にキザったらしい男がボクを精神的に攻撃してきているということを。
『おやおや、無視かい?それともなにも言い返せないかな?』
櫟田は自らの絶対的な立ち位置を確信しながら更にこちらを挑発する。
こちらに心の隙間を生ませる為に。
その隙間からボクの精神を破壊する為に。
だから、ボクはなにも語らない。
『君は平和な世界をにこやかに笑いながら生きているくせにその裏では殺人鬼として熟練の殺し屋を彷彿とさせるかのように人を殺し続けている。まあ、あれを人と考える奴が何人いるかはわからないけれどね。だからこそボクは疑問に思うんだ』
そこで櫟田は目の前の高級そうなカップを掴みコーヒーを啜る。
まるで、こちらの全てを破壊する為の爆弾をしかけているかのようにゆっくりと。
そして音もなくカップを皿に置き直すとゆったりと椅子にもたれかかりながら続けた。
『なぜ君は自らの存在が異端と知りつつもそこまで楽しそうに笑えるのか。ボクには疑問で堪らない。君は二重人格かなにかなのかい?音楽家としての…いや、君と同じ殺人鬼としてのボクにも君は読めない。ボクだったら君のようには振る舞えない。君のように堂々とは生きて…』
ーーいけない。
そう呟いた櫟田の顔には疑問の表情がありありと見て取れた。
まるで、世界が反対に見えているかのような物言いだ。
笑えない。
『なあ、教えてくれよ。いいだろう?条件は対等だ。君の疑問を答える代わりに君もボクの疑問に答えてくれ』
ーーさあ。
こちらに促すように櫟田は笑いかける。
まるで、母親に疑問を答えてもらえると分かった時の子供のような目で。
だが、ボクは口を開かない。
言うべき答えが見つからないからだ。
自らがなんで生きているのかなど分かりやしない。
生きているから生きているんだ。
『生きているから生きている…ね。でも、その答えはあまりにも幼稚でつまらないね。答えろよ。涼風榛名。殺人教会序列第三位《皆殺し》。君は自らで分かっている筈だ。どうしてお前は生きている?』
ボクはーーー