ダンジョンの床下は思っていたよりも暖かい
みなさん、こんにちは。ライル・ロードです。
私は帝都で爵位を持つロード家の次男として生を受け、何不自由ない生活を送っておりました。
寒い日は暖かい暖炉の前で優しい家族と過ごし、メイドの持ってきた紅茶を飲み、手を付けなければならない士官学校の宿題のことを考える。そんな日々です。
さて、私は現在、暖かさとは無縁なダンジョンの床下におります。
何故、このような場所にいるかと聞かれれば答えは一つです。
勇者アイリ様のおパンツを拝見するためです。
これまで幾度となく、私が開発した転写型魔石を使用して勇者様の未開の地を激写しようとしたのですが上手くいきませんでした。
数多くの失敗から原因は角度にあると考えた私は、勇者様が訪れるダンジョンに先回りして、床をくり抜き待機しております。
人が一人通れるくらいの道であれば間違いなく、勇者様は私の顔の上を通過されることでしょう。
真下からの確認、これが可能であれば今後は魔石の配置を変えていこうと思います。
おや、足音が近づいてきますね。
数は四、足音の重さと装備品同士が擦れる音から察するに、剣士タイプが二人、魔術師が一人、残る一人の軽装タイプの剣士の可能性が高いですね。
勇者様のパーティとは違う構成なので、私はこのまま待機を継続します。
何事もなく、私の上を四人が通過していきました。
この世界ではダンジョンの壁や床は破壊できないと考えられているため、このような場所に私がいるとは思いもしないことでしょう。
「うわぁ、骸骨ドラゴンの群れだー。ぎゃあああああ」
叫び声ですね。先ほどのパーティーでしょうか。
装備品からレベル50程度の上級冒険者のように思えましたが、装備ばかりで中身が伴っていなかったようですね。
このダンジョンは勇者様が訪れるだけあって、相当な実力者ではないとすぐに殺されてモンスターの養分となってしまいます。
三つぐらいのパーティーが合同で探索などを行うのが普通だと言われていますしね。
おや、また足音が近づいてきましたね。
私が潜んでいる狭き道があるのは地下15階、ここまで来れる冒険者は中々いないはずですが、早くも二組目です。
パーティーの構成は勇者様とはまったく違うので、これもさっさと通過して欲しいところです。
と、思っていたのですがどうやら今度のパーティーは女性のみのようですね。
私には勇者様という運命の人がいますが、他の女性にも興味津々なのです。
前衛の戦士職と思われる膨らんだ筋肉を纏った二人は私の趣味ではありませんね。
露出度の高い装備を身に着けていますが、体つきが下品過ぎます。
いきなりのゲテモノのせいで興味を失いかけていましたが、後ろを恐る恐る付いてきていた子が目に留まります。
魔法職のようで、大きな杖を抱え、頭には広い鍔の帽子を被っています。
ゲテモノに比べると装備が数段低いように見えますね。無理やり連れてこられたのでしょうか。
このまま進むと先ほどの方々と同じように殺されてしまいますね。
仕方がありません。
床下より抜け出て、彼女らの跡を追います。
全身黒ずくめなので薄暗いダンジョン内では見えないに等しいとは思いますが、念のために魔法で姿を消しておきます。
狭い道を抜けるとそこには大きな部屋のようになっていて、夥しい数の骸骨ドラゴンとそれらに殺された冒険者の亡骸が転がっていました。
「なんだ、この骸骨ドラゴンの群れは」
ゲテモノの一人が驚愕の声を上げます。もう一人は声も出ないようで立ちすくんでいます。魔法使いの子は、その場でへたり込んでしまいました。
このままでは抵抗もせず殺されるだけですね。
瞬く間にゲテモノが鋭く尖ったドラゴンの尻尾に突き刺されて絶命しました。
もう一人も別のドラゴンの鉤爪に引き裂かれて臓物をまき散らしながら倒れました。
頃合いですね。
私は腰に巻いているベルトから細く長い棒を引き抜いて、魔法使いに迫る骸骨ドラゴンに向かって投擲しました。
大きな破砕音がダンジョン内に響き、棒が当たったドラゴンとその後ろに別の個体ば粉々になっています。
少し力加減を間違えましたかね。
ダンジョンの壁に大きなクレーターが出来てしまいました。オーバーキルというやつです。
残った骸骨ドラゴンには手加減をして投げつけます。
棒が敵に接触するたび大きな音が鳴り響き、床に落ちる硬質な骨が終わりの音楽を奏でているようです。
ふふふ、詩的ですね。このセンスに勇者様も惚れ直すことでしょう。
ものの数分で部屋を埋め尽くすような骸骨ドラゴンはすべて骨に還りました。
私の姿が見えていない魔法使いの子は何が起きたのか分からないようで、その場に座り込んだまま失禁をしてしまったようです。
本日のディナーのカクテルが決まりました。
今朝、採れたばかりの王女の尿と迷いますが、新鮮なほうを選ぶことにしましょう。
それにしても、顔が泣き崩れて酷いことになっていますね。
私はそっと彼女の前に白いハンカチーフを置いておきました。
これで涙を拭って可愛い顔に戻ってください。
魔法使いの子は、私の落としたハンカチーフを手に取りましたが、顔を拭こうとはせず握りしめたまま、また泣き始めました。
どうしたものでしょう。ハンカチーフの使い方も知らないのでしょうか。
代わりに拭ってあげることもできるのですが、私は好みの女性には触れないことにしています。
また、対象者に私の存在を悟られたりしてもいけません。恐怖心を与えるようなことをしては、相手の本当の笑顔を見ることができませんからね。
私は見守り続けるものなのです。
これがストーカーとしての礼儀であり、私の信条です。
「誰かいるの?」
この声は……、麗しの勇者様の声に間違いありません。
どうやら、私がこちらに来ている間に狭き道を通り抜けてしまったようです。
私は気付かれないように、その場から去ります。
へたり込んでいる魔法使いの子に勇者様が駆け寄っていく姿が見えました。
なんと麗しいお姿なのでしょうか、まっさきに人を助けに向かうその光景はまさに勇者様!
永遠に見続けていたいですが、私も見つかるわけにはいきません。
ダンジョンからさっさと抜け出しましょう。
さて、今回の計画は失敗に終わったようです。
おパンツの撮影ができなかったのは非常に残念ですが、一人の少女の命を救うことはできました。
そして勇者様が駆け付けたおかげで、魔法使いの子の尿は持ってこれませんでしたが、勇ましいお姿を見れたことで良しとしましょう。
私の乾いた心と喉は、王女の尿で潤すこととしましょう。
それでは。
◆
助けられた魔法使いは、そのまま勇者のパーティーに加わることとなり、数年後、勇者と共に魔王を倒し大魔法使いとして名を馳せる。
後に書き記した自伝の中で彼女はこう語っていた。
「私の一番の装備は、この幸運のハンカチーフです」