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振動がやんではまた唸りを上げ、終わったかと安堵すれば再びその凶暴な顔を晒す。
耳が痛い。
言葉が話せなくなって、聴覚が敏感になったと喜んでいた。けれど今はそれが私を蝕む。
度重なる轟音と爆発と振動が、私の身体を壊していくのが分かる。隣をひた走る冥奈も、息を切らしている。
水菊はどこに行ったのだろう。
最初の爆発が食堂に起こって、粉塵と絶叫にかき消され、自分の身を守るのに精いっぱいで、水菊の姿を見失ってしまった。
彼女の役に立ちたい、とそう思ったのに。
私には何もできないのだろうか。
冥奈は走りながら、水菊の名前を呼んだ。それから、彼女の大切な友達の名前を。
「水菊はそこまで、遠くへは行ってないと思う」
冥奈が説明する。廊下は爆発の影響を受けていないらしく、電気が灯っていないこと以外はいつも通りだ。まるで夢の中にいるみたいだった。もしかするとこれが今日の夜間訓練なのでは、とさえ思ってしまう。しかし、これは夢ではなく現実で。訓練ではなく実戦なのだ。
「それより、紗乱は大丈夫かしら」
小さな声で、冥奈が呟く。紗乱というのは、先日亡くなった紗奏という女の子のお姉さんなのだそうだ。そして、冥奈の大切な友達。
水菊は……。
私の脳裏に浮かぶのは彼女のことだけだ。
もう誰も失いたくない。あの火事に包まれた街で、お母さんの残骸を目の当たりにした日を思い出す。
水菊が私を助けてくれたのだ。
どれだけ足手まといになったって良い。私は、私が良かれと思ったことをするだけだ。
水菊を守りたい。
ただ、それだけだ。
二階の比較的壊されていない廊下を、振動に負けじと走っていると、割れた窓ガラスから綺麗な満月が見えた。
漫画の世界の月みたいに真ん丸で、場違いにも笑いそうになる。
「どうしたの、白波」
怪訝そうに訊く冥奈に、私は首を横に振る。
伝えたいことがあっても、私にはそのすべがない。
首を横に振って、なんでもない、としか言えない自分が、非常にもどかしくなる。喉のあたりを掻き毟って、その奥にある『言葉』を引きずり出したくなる。
もちろん、そんなことはできないのは分かっている。
分かっているからこそ、悲しい。
その時、再びの爆発が起こった。大きな衝撃が足元に走る。
あっと思った時には、遅かった。
丈夫そうな石を組んで作られた床が、コメディ漫画のように崩れ去る。
咄嗟に手を伸ばすが、意味などなかった。全てが落ちていく。私と冥奈は二階の崩落に巻き込まれ、一階へと叩きつけられた。
途切れそうになる意識をなんとか保ち、必死に酸素を吸う。肺が苦しい。腕が痛い。もしかすると骨が折れてしまったのかも知れない。
上からの落下物がなくて助かった。冥奈がすぐに私を抱き起してくれた。
「白波、白波!」
こくこくと首を縦に振る。大丈夫です、と冥奈に告げる。
彼女は安心して、それと同時に顔をしかめて唸る。見ればお腹から真っ赤な血が溢れていた。思わず手を伸ばすと、左手に激痛が走る。普通ではありえない角度にひしゃげた腕を見て、頭がくらくらする。
どうして、こうなってしまったのだろう。
この世界にリセットボタンがないのは知っている。やり直しなんて効かない。
全て、全て。私にはそういったことの全てが分かってしまって、悲しい。つらい。どうせなら夢見る子供のままでいられれば。いつまでも楽天的に、現実から逃げて生きていければ、どれだけ幸せなことだろうか。
痛みに、思考が途切れる。
冥奈は自分で止血を始める。上着を脱いで、ぎゅっと縛る。時折、可愛らしい顔を歪めては、また、ぎゅっと縛っていく。どうやら血は止まったみたいだ。
辺りの暗闇に目が慣れてくると、ここはちょうど食堂前の廊下だということが分かった。
食堂へ通じる道は瓦礫に埋もれてしまって、戻ることなんてできないと暗示しているみたいだった。
その反対の道は、ぽっかりと暗闇に大きな口を開く化け物みたいに、こちらを見ているのだ。
遠くから風が吹いた。
あっちだ。
あっちに、何かがいる。
またしても妙な予感が私の身体を走る。
それは私だけではないようだった。
「あっち、だね」
冥奈にも分かったみたいだった。
痛む身体を引きずって、闇の奥底へと、進んでいく。
もう後ろを振り返る必要なんてなかった。戻れないのなら、前を見るしかないのだ。
暗闇の廊下を進んでいくと、月明かりに照らされて、ふたりの少女がいるのが分かった。
ひとりは白波で、私はひどく安心した。
隣にいるのは誰だろうか。整った顔立ちをしている。
と、冥奈が一歩前に出て、掠れる声で叫んだ。
「紗乱!」
今、なんと言ったのだ。
白波は愕然と、その隣の少女を見つめている。小さく唇が動く。
「さ、みだれ……」
信じられないといった顔だ。隣にいる少女、紗乱は、冥奈の大切な友達。水菊の憎む、女の子。
四人の沈黙を破るかのように、突然壁が爆発と共に吹き飛んだ。
細かな瓦礫が顔に当たる。
そこに現れたのは、満月をバックにした、綺麗な少女だった。
腰まで垂れた黒髪が、紗乱に似ている。
そこで、突然現れた彼女は、可愛らしい口調で言った。
「助けにきたよ、紗乱」
笑顔で、そう言ったのだ。




