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目が覚めると、窓から見える景色は闇だった。時計を見ればもう夕食の時間だ。汗をかいた服を取り替え、洗面台で顔を洗う。まだ身体がふらついている。熱もあるようだ。
昨日の大雨で私は風邪を引いた。一緒にいた冥奈はどうだろうか。
おぼろげな意識のまま、部屋を出る。みんな夕食をとっているのだろう。いつも以上に静まり返った廊下に、私の不安定な足音がこだましては消える。
冥奈の部屋のドアをノックする。返事はない。ドアには鍵がかかっていた。もう食堂に行っているのかも知れない。
食堂は一階だ。そう遠くはない。体調は悪いけれど、それでも何かを食べておかなくてはならない。夜間訓練はお休みさせて貰おう。そんなことを、回らない頭で考えていると、突然爆音が響き渡った。遅れて振動が襲ってくる。たまらず床に座り込む。がたがたと地震でもあったかのように『施設』の壁が揺れる。窓硝子にひびが入った。やがて揺れがおさまると、階下で悲鳴が聞こえた。食堂にみんないるのだ。そこで何かが起こっているに違いない。
なんとか階段まで辿りつくが、思うように足が動かない。
どうすればいいのだろう。
またも、音と振動が轟く。
冥奈は……。
大丈夫だろうか。彼女もきっと体調がよくないはずだ。
ふと紗奏のことを思い出した。
死んでしまった、私の妹のことを。
私と紗奏は、姉と妹という関係だけれど、双子なのでそれほど意識もない。ただ、姉としてしっかりしなくては、といつも思っていたけれど、紗奏は妹という立場に甘んじているわけでもなかった。
詩が好きだった紗奏はよく勉強机に座って、ノートに文字を書き込んでいた。彼女の好きなオレンジペコーの匂いが脳裏に浮かぶ。詩や小説を日々書き綴っていた紗奏。その腕は徐々に伸びていって、そこそこ有名な賞も貰ったことがある。
私とは違うのだ。紅茶なんてお洒落なものなんて飲まない。せいぜいコーヒー牛乳が関の山だ。姉のくせに、紗奏よりもお子様だった。
回想は甘くて優しいけれど、それは本当にただの現実逃避でしかなかった。
再び訪れる爆音に、身体が震えだす。
紗奏は死ぬとき何を思ったのだろう。今の私みたいに、爆発と振動に何もできずにへたりこんでしまっただろうか。
それとも、果敢に立ち向かったのだろうか。
ダメだ。
こんなんじゃ、ダメだ。
前にも思ったはずだ。もっと、もっと強くならなくては。紗奏の分まで生きるんだ。
足に力を込めて立ち上がる。必死の思いで、一階へと降りる。煙が辺りに立ち込めていて、何も見えない。
食堂のある場所へ一歩踏み出す。瓦礫に躓いて、転んだ。
変な声が腹の奥から出て、恥ずかしい。幸い、周りには誰もいないようで、
「――だ、誰」
いた。
すぐ近くに短い髪の少女が立っていた。背は私よりも低い。薄明かりに照らされて、茶髪だと分かる。なかなか可愛らしい顔をしている。
「大丈夫、あなたの味方よ」
そう言うと、彼女はほっと安堵したようだ。
「ごめんなさい。さっきまで寝ていたから、状況が分からないのだけど」
説明を求めると、少女は食堂の近くで爆発が起こったことを告げた。そして、衝撃から逃れようと周りの人々と一緒に逃げ惑ったのだそうだ。
他の人たちは散り散りに逃げたのだろう。
「人を探しているんです」
少女は切実な顔で言った。
「大事な、人なんです……」
言葉が終わるか終わらないかのうちに、再度の爆発が起きた。近い。咄嗟に身を低くする。粉塵が烈風となって襲ってくる。壁に背中を打ちつけて、視界がちらつく。
呻く少女に手を差し伸べる。
なんとかふたりで立ち上がる。
冥奈は大丈夫だろうか。
紗奏のいない今、私の知り合いは冥奈だけだ。彼女は今どこで何をしているだろうか。ちゃんと、生きているのだろうか。
「行こう」
力強く、彼女の手を引く。それで何かのスイッチが入ったのか、彼女もしっかりとした足取りで歩きだす。
「あなた、名前は」
暗がりを、瓦礫を避けるように歩く。私の質問に、茶髪の彼女は答える。
「水菊です。水に、お花の菊という字で」
途中、月明かりが差しこむ場所で座りこむ。今日は満月だった。月は不思議な魔力を秘めている。だからだろうか。だから、今日こんなことが起こっているのだろうか。
「ふたり……大事な人なんです。ひとりは大事な先輩……そして、もうひとりは……」
水菊はそこで言葉を区切った。
どこか言いにくそうに、けれども言わなくてはならないような複雑な表情で、
「私、あの子のことをどう思っているのか、分からないんです。いつも邪険に扱ってしまうんです。でも、本当は……」
その先は彼女自身にも分からなさそうで、私も何も訊かずにただ月を見上げた。
月は、等しく私と水菊を照らす。
「ごめんなさい、いきなりこんなこと、言って……」
「ううん、あなたにとってはすごく大事な友達なのよね」
「はい……」
そう頷く水菊は、決意でみなぎっていて、私もなんだか気持ちがぴしっと締まってくるのを感じた。
「ところで、まだ名前を訊いていませんでしたね」
水菊は思い出したように、私を見る。そうだった。私も気が動転していたんだな、とそう思う。
「私の名前は――」
途中で、私を呼ぶ声が遮った。
「紗乱!」
その声は冥奈だった。
「さ、みだれ……」
水菊は驚いた顔で私を見る。
どうしたのだろう。
尋ねようとして、またもや近くで爆発が起きた。
壁が崩れ、ひとりの少女が姿を現す。
それは、私のよく知る人物だった。




