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 どしゃぶりの雨がようやくやんだ。最近、空の様子がおかしい。さっきまで晴れていたかと思えば、数分後には嵐がやってくる、なんてこともざらだ。それが演習の最中にくるのだからたまったものではない。『施設』に来てからもうどれだけ経ったのか。暦の上では今が夏なのか、秋なのか、それさえ分からない。

 死んでしまったみたいに、ぴったりと目を閉じて眠る冥奈先輩を見つつ、そんなことを思う。窓の外には、綿菓子を千切って並べたような、大きな雲の塊がいくつも浮かんでいて、その合間を縫うように、真昼の太陽が大地を照らしている。風はほとんどないようだ。

 冷たい水でタオルを濡らし、しっかりと絞って、先輩の小さなおでこに乗せる。

 ぴくんと瞼が震えたように見えたが、まだ眠ったままだ。

 先輩は昨日の演習時に降った大雨の所為で風邪をひいてしまった。一緒にいた女の子も体調を崩して寝込んでいると聞いた。名前を教えて貰ったけど、知り合いの少ない私には分からなかった。先日起きた戦艦誤爆事件でなくなった子のお姉さんだということは分かった。

 ここにいる私たちにとって、死はリアルだ。今こうして目の前にいる先輩だって、いつ死ぬか分からない。そして、私も……。



 夕食時、白波と一緒にご飯を食べていると、冥奈先輩が食堂に入ってきた。

「心配かけてごめん。もうだいぶ良いのよ」

 そう笑う彼女は、それでも疲れた表情でそう言った。

 隣の白波はじっと私たちを見つめたまま。言葉を話せない白波は、何を考えているか時折分からない。

 きょろきょろと冥奈先輩は、辺りを見回す。

「なにかお探しですか」

 尋ねてみると、一緒に風邪を引いた子を探しているらしい。私もつられて首を回すけれど、もとよりどんな顔かも知らないのだ。見つかるわけがない。

 ひとつ溜息をついて、

「いないみたい」

 冥奈先輩は肩を落とした。その人はまだよくなっていないのだろうか。

 なぜだか私の気持ちまで沈んでいく。深い海の底へと潜っていく潜水艦のように、ひっそりと、音もなく。

 どうしてだろう。

 どうして、だろう。

 知り合いでもない人の体調なんて、気にしたって仕方ないじゃないか。それとも、落ち込む先輩の顔が辛そうだからなのか。

 いや、違う。

 きっと、これは……。この醜い感情は、嫉妬だ。

 冥奈先輩が心配しているその少女への、嫉妬だ。

 嫌だ。そう思う。自分はなんて醜いのだろう。

「ご飯、貰ってくるね」

 先輩は配膳コーナーへと歩いて行った。いつもの私なら、体調の悪い彼女になど行かせなかったのに。

 冷静になろうとすればするほど、心の中の黒い気持ちはむくむくと鎌首をもたげてくる。

 憎い。

 冥奈先輩の、友達が、憎い。

 戦争に身を置いてきて、敵軍のこともひどいことをする奴らだって思ってきたけれど、それと同じくらいに、今の私は憎悪で満たされている。

 『戦線』に来た頃、私は阿修羅になろうと思った。敵が憎かったし、なにより戦争なんてものが大嫌いだった。はやく終われば良いと、そう思った。そのためには、私が終わらせてやるって、そう思った。阿修羅になれば、それができるとさえ、思ったのだ。

 ふと、袖を引く力に気づいて、隣を見れば、泣き出しそうな白波がそこにはいた。セミショートの黒髪が、震えるように揺れている。

 目は口ほどにものを言う、というけれど、白波の真っ黒な瞳は、私の心を見透かされているようで思わずたじろぐ。さっきまであらぶっていた気持ちが、静かになっていく。

 椅子に腰を下ろすと、白波も袖を握った手を放した。

 遠くから冥奈先輩がやってくるのが見える。

 どうすれば良いのだろう。

 私には阿修羅になるなんて、無理だったのか。

 冥奈先輩の大事な友達に、暗い感情を抱いて、自分が何でもできると思い込んで……。

「どうしたの、二人とも」

 私と白波の微妙な空気を感じ取ったのか、先輩が訊いてくる。

「水菊が何かしたんでしょ」

 白波を見てから、私に視線を合わせる。からかうように、先輩が私の名前を呼んだ。それがなんだか嬉しくて、本当は腹を立てるところなのだろうけど、笑うように私は言う。

「どうでしょうね」

 今はこれで良いのだと、少しだけ思えた。


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