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 どうしてこうなってしまったのだろうか。

 休日に見ればさぞかし綺麗な青空に、数機の戦闘機が――少女たちを乗せた戦闘機が――ひっかき傷をつける練習をするみたいに、縦横無尽に走っている。今はそれが、嫌でも私に現実をつきつける。生温く吹きつける風が頬を撫でて、少しだけほっとする。

 真昼の太陽は、鬼コーチのようにぎりぎりと照りつけている。

 空はどこまでも続いているらしい。それが私には信じられない。遠い国の人々も、同じ空を見上げているのだと思うと、なんだか怖い。どうして怖いのか、それすら分からないけれど。恐らく、スケールが大きすぎるから、不安定な気持ちになるのだろう。どこか遠い国の人たちにも、私たちと同じように現実があって、生活があって、そして、戦争がある。

 今日は爆音が聞こえないので、平和だ。柱に一本印をつける。冥奈との賭けで、爆弾が降らない平和な日と、そうじゃない日のどちらが多いか、というものだ。私は平和な日が多いことを願って、冥奈との勝負に乗ったのだ。今のところ、冥奈の圧勝だ。平和な日は勝負を初めてから両手の指で数えられる程度しかないのだ。

 毎日のように、爆弾は降った。轟音と衝撃波を撒き散らして、街を破壊した。

 私だって戦わなくてはならない。

 でも。

 ふと、不安になる。

 こうして見えない敵と戦うことの意義を考えると、不安になるのだ。私たちはいったい何の為に戦っているのか。自分の為か、国の為か。それとも、大切な、誰かの為……。

 脳裏に紗奏のことを思い浮かべる。

 もう、戻っては来ない紗奏。

 姉として、私は何かをできただろうか。

 その答えを知っているものは、もうこの世にはいない。



 一昨日の【星降夜】の所為で、なんだか気持ちがふらふらする。

 紗奏。

 彼女は死の間際に何を思ったのだろうか。そして、流星となって地球に還ってきて、今はどこにいるのだろうか。

 ぼんやりと、視界を見るともなしに見続けていた所為で、目の前に冥奈がいたことに気がつかなかった。

 少し疲れた表情をしている。連日の猛暑は私たちの身体を蝕む。額の汗を拭い、彼女に近寄る。

 どうやら、彼女も演習中にそっと抜け出して、サボタージュしている最中らしい。

「なんだかなあ」

 思わず言葉が漏れる。私の声は、木漏れ日に溶かされるように消えていった。

「これだけ暑かったら、サボりたくもなるよね」

 冥奈はこくこくと頷くと、私の名を呼んだ。

「なに」

 短く返事をする。喉が渇いてきた。上を見上げても、雲ひとつない青空が堂々と広がっているだけで、雨なんて一滴たりとも降る気配はない。

「人が死んだら、どうなると思う」

 雨の降り始めた直後のような声で、冥奈は言った。その目はどこか遠くを見ている。

 矢継ぎ早に、彼女は口を開く。

「私たちだって、いつ死ぬか分からないわ。ねえ、そうしたら……死んでしまったら……私たちはどうなってしまうの」

 どこか泣き出しそうな顔で、冥奈は言う。さっきまで快晴だった空に、重たい雲が垂れ込めてきた。森の中では太陽が見えなければ、方角が分からない。帰り道が探せないな、と冷静な心の部分が考える。

「死んだら、さ」

 けれど、口は無意識に動く。いや、意識はしているのだ。でもそれは頭で考えている言葉ではない。心が、否、私自身から滲みだした“声”を、私が発しているのだ。

「死んだら、それまでだよ」

 何にもなりはしないよ。

 紗奏は星になどなってはいない。人は死んだら星になるなんて、真っ赤の嘘だ。

 人は死んだらそれまで。死、しかないのだ。

 だから、紗奏は死んだままだし、私や冥奈が死ねば、死んだまま、それだけなのだ。

 ぽつぽつ、羽ばたくのに疲れた小鳥のような音を立てて、雨が降り出した。大きめの粒は、まるで誰かの涙のようにも見えた。

「ねえ」

 冥奈が私を見る。雨粒に濡れた顔は泣いているようでもあって、どきんとした。

「冥奈」

 冥奈が次の言葉を言う前に、私が彼女の名前を呼ぶ。

「大丈夫。私も冥奈も、死なないわ」

 これは昔、母に言われた言葉だ。大丈夫、貴女たちはしなないわ。

「だからね、何も心配することはないの」

 濡れ始めた彼女の頭を撫でる。黒い河のような髪の毛は、湿っていながらも私の掌を心地よく受け入れる。

 ありがとう、と一言、冥奈は言って、空を見上げた。大きな彼女の瞳から、大粒の雨が垂れ始める。

 空は黒々とした雲で覆われ、帰り道も分からない。

 でも、それで良いと思った。それでも良いと思ったのだ。

 帰れなくても、ここには冥奈がいる。星になれなかった紗奏はもういないけれど、なにより、私がこうして生きているのだ。

 だから、今だけは――。

「冥奈」

 彼女のほっそりとした掌を握る。細い、細い指が、とても暖かい。

 今だけは、こうして雨に打たれていようと思うのだ。


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