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戦闘舞踏 第二部 ー悪の咆哮ー  作者: 真北理奈
第一:有るべき姿
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Escape8:残酷な審判者

 あれはまだ、何も知らなかった何年か前の幸せな日々。

 本を愛し、知識を得るための勉強を忠実にこなし、同じ思いを持つ仲間に囲まれた幸せな日常。

 自分を慕う後輩――魔術の才能に溢れながらも勉強を惜しまないヴァン……自分の出来を喜びながら報告するヴァン。

 彼の一途さに感動したものだ……。

『ルイズさん、私、この魔術書、読破したのです』

『えっ、それ、難しいやつじゃなかったか? 凄いじゃないか。再現できたら彼女、喜ぶよ』

『そうでしょうか?』

『きっとそうさ、応援してるよ──ヴァン』

 彼──ヴァンは若くして魔術の才を開花させ、魔術だけでなくその理を探求する夢を抱いていた。

 そんなひた向きな彼を応援していたものだ。

 ――彼が語る夢があくまで仮初であることに気付いていれば。

 本当は――禁忌を再現し、自身のものにすること、それを目的としていたことに、気付いていれば。

 あの時、ウェルダーに並んでいた本は殆ど使われることのない禁忌そのものと言われた魔術の理と歴史を連ねたもので、数々の研究者の解釈によって本にされていたものが飾られていた。

 だが、それはあくまでも歴史を深める為のものであり、誰も禁忌である魔術の存在を信用しなかった。

 ――僅かな人数を除けば。

『皆は夢物語というのです。禁忌の魔術なんて存在しない、と。けれど、私は信じてる――必ず魔術は理想の形になる、と』

 それから少し後、未開の地フィリカのことが書かれた本をエルヴィス・クラヴィアが発見し、フィリカを再現する方法も発見された。

 思えば、悲劇はもう始まっていたのだ。

 フィリカを再現するには――たくさんの血が必要だった。

 大地を潤す糧が、新たな生命を育む為の種が。

 そこで、先導者は研究員の中から無造作に生け贄を選び出した気がする。

「あれは、罰だったかもしれないね」

 魔術という未知なる力を求めた終止符は、研究が行われていた巨大で荘厳な建物が爆破し、瓦礫となって燃えたのだ。

 ──ウェルダー塔爆発事故。

 何百もの死者が出た悲惨な事故。

 ルイズは思う――フィリカに招かれたサッグという集団の全てが爆発事故に大なり小なりの関係がある。

 そして今、朧気な記憶を辿りウェルダーと酷似しているハーディストタワーの何処かでサッグのメンバーがヴァンの下僕になる形で幽閉されている。

 そんなことを、うつらうつらと考えた。

 水で作り出された透明なオブジェの中に幽閉されていても正気を失わずに済んだからなのかもしれない。

 自分をこんな目に遭わせたヴァンの良心がもうなくて、今の現状が全てなのかどうかは分からない。

(信じたいよ)

 元々ヴァンは自分の後輩で頼れる人だった。

 自分がエルヴィスの下につかなければ、もう少し何とか出来たかも知れないと思ったが、過ぎたことを考えても仕方ない。

「……くそっ、ヴァン、頼むからやめてくれ」

 彼女は憎しみのあまり摂理を外そうとしているヴァンへの思いを呟き、目を閉じた。

 彼女を潤す水は、時間をかけて残酷に命を吸い上げようとしていた──。


****


 ゆっくりと扉を開いた先はきらきらと輝く岩場と流れ落ちる滝。

 水の王国。

 息を呑むほどの美しい場所に見惚れつつ、不意に真横を振り向くと。

「……!?」

 見目麗しい人魚が、自分と同じ人魚の肌に牙を立て、肉を引き裂いていた。

「な、なんなの……」

 正に肉食と言うべきか、単なる捕食行為だが半身が人間だけに、驚きを隠せない。

 皮を剥ぎ、血肉を啜りながら肉塊と化した死骸を放置し、こちらを見る。

「あなたたちもこうなるのよ」

 声は歌うような優しいものだが残虐さが目や牙から放たれた。

「邪悪な魂を浄化せよ、サンダーボルト!」

 アイーダは素早く裁きの雷を作り出し、頭上に降らせる。

 急所を貫かれた人魚は三人の心を抉るような断末魔の雄叫びを上げ、血を吹き出し、水溜まりを赤に染めた。

「き、消えないのか?」

 いつもなら敵は粒子となって消えていくのだが、裂かれた死骸が足元に転がったままだ。

「……本来なら此処は彼女らの住処なのかもね」

 そして、彼女らは元は優しく慈悲深い存在だったが、今は塔から流れる力によって慈悲とは対照的な愛憎の心を持っているようだ。

「なるべく戦いたくないね」

「ああ、できればな。どうしてもなら仕方ないが倒さない方向で進もう」

 本物の、命ある存在なら殺戮は望まない。

 そもそも先程の悲鳴と血だけで目を背けたのだ、この先耐えられるはずがない、無理に決まっている。

 今までは形なき存在を相手に──一部の例外を除いては、戦ってきただけだ。

 それとも、ヴァンはこんな場面を見ても心を動かされなくなったのだろうか?

 淡々と、作業をするみたいになってしまったのだろうか。

 もし、彼が何も感じなくなったら本格的に人として踏み外してしまったのかもしれない。

 悲惨な光景に顔を歪める二人を気遣い、レイザは早々と歩く。

 さらさらと流れる川の音を聞きながら、時折跳ねる水飛沫によって淡く輝く岩場を歩きながら奥へと進む。

 敵地でなければ美しい光景に息を呑み、目に焼き付けていたのかもしれない。

 優雅に寛ぐ人魚に憧れを向けていたのかもしれない。

 だが、ここは敵地で、彼女らは悪しき力によって特有の憎悪だけを膨張した存在だ。

「私の邪魔をするからよ」

 悪びれもなく、透き通る肌を引きちぎり、糧とする。

 こんな風にしたのは誰か、誰なのか。

「見つけたわ、可愛い人」

 アイーダを見て、舌舐めずりをしながら迫る半魚の女には鮮血がついていた。

「美しさがあれば許される。そうでしょ!」

 望まぬ戦いを仕掛ける妖女にレイザは苛立ちを隠せない。

「早く行かなきゃ駄目なんだ、ごめんね」

 話しかけながら、周りに小さな花を咲かせる。

 きらめく粒子に見開いていた目は閉じ、妖女は何処かへ去っていった。

 戦意喪失を誘発したのだろうか。

「……ディール!」

「何……?」

 今のは魔法だろ?

 そう問おうとしたレイザに対し、ディールは笑って前を見た。

 ふと、天井を見上げる。

 時折細い電流のようなものが流れている気がしたのだ。

 ハーディストタワーには魔法を遮る結界がまだ張られている。

 レイザに負けた屈辱から力は益々強まっているのか、ディールの身体は傷ついていた。

 傷だらけの姿に悲鳴を上げたアイーダにディールは変わらず笑ったまま。

「どうしても限界になったら頼っていい?」

「勿論よ! 今も昔も無茶ばかりするんだから」

 呆れるアイーダにディールは少年らしい無邪気さで言い返した。

 ──こんな風に、言えたら。

 一人歩くゼーウェルを止められない不甲斐なさからレイザは悲しみに苛まされながら歩き続けた。

 川のせせらぎと足首に感じる冷たさに心地よさを抱きながら。


****


 未だ勢い劣らず足下を灯す青い炎。

 黒に染まるまでもう少しだ。

 掌に浮かぶ小さくも純粋な黒い水晶を恍惚と見つめながら気味悪い笑みを浮かべるヴァン。

 過る思い出と何もないという現実。

 欲しかったものは炎に焼かれ灰になったらしい。遺体はおろか、証さえも戻ることはなかった。

 華やかで夢に満ちていた日常の証だった巨塔は焼かれたのだ。

 今の己の姿は昔と同じように憎悪を糧にして巨塔を築き、立ち向かう存在全てを排除する姿勢。

 それは力を求めるあまり過ちを犯し悲惨な結末を迎えたエルヴィスと変わらない。

 再び、物言わぬまま石となったセティを遠目で見やり不敵に笑う。

 まるで、裏切りを咎めるように。

 裏切ったわけでもないはずなのに。

 日記をつけるように淡々と猟奇的行為を一言で表した。

「覚えている、この手でエルヴィスを刺したことをね」

 セティを親友という言葉で縛り、彼の目の前でセティを救った恩人の命を奪った。

 淡々とした口調には反省の色は微塵も感じない。

 感情すら希薄な、生きた死人のように。

「ディールさえいなければ」

 セティは、刃向かわなかったのに。

 彼の中にあるディールへの想いの深さを今尚責める。

「だから、ディールには直接手を下さないと」

 黒い水晶の中で穏やかに朽ち果てる。

 その様な緩やかな結末など許されない。

 親友を奪った彼には裁きを与えなければならない。

 拠り所を求めるヴァンの狂気を、果たしてセティは気付いていたのだろうか。

「……君には、まだ役に立って貰う」

 親友よ。

 恋人よ。

 求めるものは、手元に置いておきたいものは、跡形もなく消えていく。

 存在すらも、なくなってしまう。

 己が無くしていることにも気が付かず。

「……眠っている顔が、よく似合う」

 恍惚と、まるで死人のような白い肌に気味の悪い笑みを浮かべ物言わぬ親友を見つめていた。


****


 永遠と湧き出る水溜まりを歩く三人は徐々に水によって体温が奪われていくのを感じた。

「彼処は休めそうだよ」

 ディールが指を指したのは淡い光で覆われた岩場だ。

「聖なる光ね。これから先、何があるか分からないし、休みましょう。ちょっと……話したいこともあるし」

「話したいこと?」

「そうよ。ずっと隠していたこと……」

 レイザの問にアイーダは気まずそうな顔で答え、姿勢を正す。

「信用されてなかったんだな」

 もう昔のことだが、アイーダの知る情報があれば結末は違っていたかもしれないと思うと少しだけ恨めしくなる。

「ゼーウェルさんがミディアを連れていくし、セティがディールを裏切ったのもゼーウェルさんが切っ掛けだと思っていたの。エルヴィス様の下に着いていたし」

 アイーダはやはりゼーウェルに不信感を持っていたのかとレイザは苦笑する。

「……でも、違った。セティもミディアも自分の意思で行ったんだって、ヴァン達が来たとき、思ったの」

 セティとミディアとヴァンがどんな風に繋がっていたかはルイズが一番知っているだろう。

 でも、二人はヴァンをただ止めたかったのだろう。レイザやディールを庇ったのが何よりの証だ。

 そうしなくては二人ともダークまで辿り着けなかっただろう。

 レイザ達に希望を見出だしたからこそ、彼等は必死に食い止めた──力は及ばなかったが。

「さて、早くゼーウェルさんに追い付くわよ。多分もう少しで」

 周りを見渡し、天を仰げば明かりが薄くなっているのがわかる。

 冷たい水と水滴で仄かに光る岩場も夜の色をいっそう濃厚にしていた。

 生来から持つ本能だけを剥き出しにした者達が再び襲ってくるだろう。

 足でバシャバシャと軽く水で洗い、体温を下げたところで再び長い道を歩くことにした。


****


「侵入者たちよ、ようこそ。私たちの楽園へ──貴様らの死の墓場へ!」

 現れたのは半裸の美しい女性。

 水が産み出した精霊だった。

「精霊の巣窟ね……」

「精霊……そうよ、我らが主はもう一度封じられたフィリカを蘇らせ、永遠の楽園にするの。今ある汚れた島国よりフィリカは偉大なの」

 優越と憎悪を全面に押し出して話す精霊は恐らくこの場所の管理者なのか。

 緊張感の走る空間の中、主によって生み出された精霊はクスクスと笑う。

「私の名前はキューレ。喚び出された存在。私は凍てつく冷気。何人足りとも触れることは敵わない」

 自我のない主に忠実な笑みは作り物の象徴で、勇ましく優しげな空気と撒き散らす殺気が不気味さを醸し出していた。

「我が主の命令──侵入者を排除せよ、と」

 主だけに従う忠実な精霊は即座に光を作り出し、レイザ達に向かって降らせた。

 キューレとは正に冷気。

 身も凍えるような光が降り注ぐ様はまるで雨。

 殺気の中に垣間見るわずかな優しさは既視感をもたらしていく。

「!」

 鋭い光は、歩くのを阻む雨は、今いる三人にとって忘れられない雨だった。

 銀峰──吹雪が舞うあの場所で儚く散った命、何一つ、生きた証さえ返らなかったかの人。

「……ミディア!」

 ディールは悲鳴を上げ、顔を伏せて崩れ落ち、レイザは立ち尽くし、身動きすら取れなかった。


****


 ミディア・オールコット、身的で勇ましい女性。雪山で無念にも倒された哀れな魂。

「生かしてあげようとは思わないか、ルキリス」

 雪山に足を踏み入れたヴァンの一言にルキリスは戦慄し、振り返る。

「……貴方は、一体何者なの」

 自我なき物体を生み出し、死した魂を新たに作り変える力に間違いなく恐怖を示した彼女にヴァンは笑いながら答える。

「俺の昔話を聞いて楽しいのか?」

 昔話?

 ルキリスは首を傾げ、ヴァンを見る。

 頭の中で違和感が駆け巡るのを見たヴァンは相変わらず笑っていながらもどこか忌々しげに見えたのは気のせいだろうか。

「約束したらしいからな、手出しはしないと。今回はそれでいい……だが、次は従って貰うよ」

 統一性のない話し方は更に異様な空気を発したまま。

 ふと、考える。

 自分は──自分達は、とんでもないことに手を貸してしまっているのではないか、と。

 降る雪は粒子のまま、時間だけが無駄に刻まれていく。

「──どうしたらいいの?」

 戻れない。

 戻りたい──退きたい。

 本当は心の中にずっと芽吹いていて、ただ見て見ぬ振りをしてきただけの迷いが大きくなる。

「ルキリス」

 彼女たちを影から見守っていたルディアスは気遣うように声をかけた。

 どうしたら、いいのだろう。

 明確な方法など何処にも見当たらない。


****


 彼女が散った雪山の吹雪のように冷たさと鋭さを併せる冷気は刃にも似ていて、躊躇いと驚愕に苛まされ動けない。

 彼女に生きてきてほしい、戻ってほしいという思いがそうさせるのだろうか。

 流石のレイザも二人を鼓舞させるような言葉は掛けられないと迷いを見せる。

「凍てつく冷気を遮れ、ファイアーウォール」

 炎の壁を作り、吹雪を無効化することが精一杯で、それさえも罪悪感を覚えているようだ。

「──どうしたらいいんだよ!」

 彼女を苦しめず、二人の罪悪感を振り払う方法は、方法は、ないのか?

 ──あるよ。

「!!」

 誰かが答えてくれたのか。それは誰か。

 ──レイザ、聞こえる?

「……ミディア?」

 悔恨の思考に囚われない者だけに語り掛ける声。

 ──お願い。

「ああ」

 ──ヴァンから解放されたいの。

「俺に、できるのか?」

 ──出来るよ、ゼーウェルの部下だもの。

「……違うよ」

 ──知ってる。

「……もう二度と、戻れないぞ?」

 廻り続けている魂を壊すのだ。もしもの可能性さえ無くなる。

 ──構わないわ、ヴァンの駒になるよりは、ね。だから……。

「……分かった!」

 迷いなく答えを示したミディアの願いを叶えるのが今の自分の、精一杯出来ることだ。

「──二人とも、補助に回れ」

 だが、この二人に手を出させるのはあまりにも過酷すぎる。

 一息吐くと凍てつく冷気の中を進み始める。

「レイザ!?」

 攻撃を躊躇っていたレイザが走り出す──今や面影を残すのみの概念へ向かって。

「……俺も行く!」

「ディール!」

 堪らずアイーダが叫ぶがディールは悲しそうに呟いた。

「ヴァンの為だけに従う紛い物だなんてあんまりじゃないか……」

「……!」

「だから、行く!」

 ヴァンのため……彼の為だけに従う捨て駒。

 今のミディアはまさにそれだ。

「……姉さん」

 捨て駒なんてあまりにも酷すぎる。

 彼がどういう意図でこのようなことを起こしているかはまだはっきりと分からないが。

「姉さん、待ってて!」

 今まで迷っていた。

 ここに来るのを恐れていた。

 ミディアやルイズを駆り出したゼーウェルに恨みさえあった。

 だが、彼女達がもしも自分の意思で突き進んだ結果だとしたら。

 アイーダは今決めた。

 ──ヴァンの立つ所に辿り着く、と。

 吹き付ける雨は未だに鋭さを維持し、至るところに傷をつけていた。

「まだか、まだ、いけないのか……!」

 苛立ちを隠せないまま悔しがるレイザを笑うように一際大きな氷の刃を放つ。

「──ファイアーウォール!」

 氷の刃は厚い炎の壁の前で砕けた。

「破散連斬拳!」

 雨にも怯まず駆け抜けたディールが自身の体を回転させて勢いよく力をぶつける。

「発勁!」

 勢い良く拳に気を溜めて発散したが、荒れ狂う吹雪には届かない。

「ダメだよ、レイザ!」

 粉雪が姿を隠すように吹き付け、命中すら敵わない。

 体力も低下し、気力が尽きてきた頃だった。

「──吹雪を食い止めるのよ! スターライト!」

 彼等よりも一歩遅れて到着したアイーダが朱色の光を照らし出す。

「私はここを──あの精霊を照らすわ!」

 アイーダが点した光の先に──冷たく笑う冷気がそこに止まったまま笑っている。

「一気に駆けてやる……!」

 白銀に散った命が──最後まで戦った彼女が──勇ましい魂を利用するヴァンへの怒りが。

「フレイム……フレイムインフェルノ!」

 怒りがそのまま炎へと代わり、一帯を包み込んだ。

「レイザ、レイザ!」

「やめて……やめて、レイザ!」

 誰が制止しても止まらない。

 炎の渦が、波が、壁や吹雪を無に返す。


****


 あの力は何だったのだろうか。

 身を焦がすような、焼けつくような、兎に角体に力が湧き出て止まらなかった。

 どうなってしまうのだろう。

 焼かれてしまうのだろう。

 ──まだ、会えていないのに。

「しっかりしなよ……」

「……ん」

「何甘えた声出してるんだい」

「ねえ、さん……姉さん……」

 譫言のように姉を呼ぶ妹の声に彼女は涙を堪えながら呼び掛ける。

「アイーダ……アイーダ」

 抱き締めたい衝動に駈られたが一先ず彼女を起こすことが先決だと冷静に呼び続けた。

「アイーダ……」

「姉さん……姉さん!」

 叫びと同時にパッと目が覚めたアイーダは、自分の目線の直ぐ近くに気だるげな顔があることに気付く。

 きっと悪夢に魘されていたのだろう。

「アイーダ、無事だったかい?」

「……姉さん……姉さん……」

 落ち着きを取り戻したアイーダが彼女との再会を喜び、姉は──ルイズは温かく受け止める。

「来てくれたんだな……ああ、無理矢理連れて来られたの間違いだよね……」

 それでも嬉しかった。

 諦めずに来てくれたことが。

「喜んでばかりもいられないな」

 いつまでも一緒に分かち合いたかったがそうもいかない。

「起こしに行くよ」

 少し先で倒れた二人を助けに。


****


「全く、あんたたちには借りを作ってばかりだなあ」

「本当だよ、今度おねだりしちゃおうかなあ」

「ええっ、勘弁してくれよ……」

 情けなくも倒れてしまったレイザ達はルイズの介抱によって体力を取り戻し、安置された水晶の先の光を伝って再び入口に戻ってきた。

 ルイズの言うおねだりからは耳をそらして前を見る。

「ハーディストタワーの入口だな」

 今の居場所をレイザがにわかには信じがたいと思いながらのぼやきを発すると、ディールが「いるよ!」と、指を指す。

 その先には――重傷を負っている代行者、レディンの存在だった。

「れ……」

「あんた、レディンかい?」

 レイザが反応するより先にルイズが、入口の前にいる青年の名前を確信めいた声で呼びながら話し掛ける。

 そういえば……どうして代行者レディンは──こんなにも血塗れの状態でしゃがみ込んでいるのだろう。

 彼はどこか自嘲気味に笑いながら、レイザ達を見る。

「どうやら……」

 その言葉を遮ってルイズはレディンに向かって声をかけた。

「レディン、あんたはヴァンのところにいるんだろ? ――あんたはレディン──又の名を、セティ。そうだろ?」

「!?」

 ルイズが発した名前は三人にとって忘れられないものだったが、呼ばれた彼は何も答えないまま次の道標を示す。

「……次は、ゼーウェルを追ってください」

「待ちな、セティ!」

 セティと呼ばれたレディンは何も語らず、いつの間にか何処かへ消えていった。

「……あと一人、一人、残ってる」

「リデル、だな?」

「そうさ、ダークの狙いはリデルを消すことだからね。ゼーウェルを塔に残したのもそのためさ。集まられたら厄介だろ?」

 塵も積もれば山となる。

 ダークは、ヴァンは、塵だと思っていた存在が山となることを恐れて切り離したのだ。

「いよいよ、本拠地か……ハーディストタワー」

 敵の中心を行くゼーウェルを助けるために四人は遂に本拠地へ踏み入れた。

 ダークからゼーウェルを助けるために。

 ──独りで戦う彼を、追うために。

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