Escape7:陽光の銀騎士
代行者レディンの言う通り階段を上り、通路を右伝いに歩くと確かに蔦が彫られた扉が見えた。
彼らが扉の前にやって来ると開かれ、中に入れと言わんばかりの空気が流れる。
レイザがディールの顔を見ると、ディールもまた同じように見ており、互いに頷くと扉の向こう側に足を踏み入れる。
「……わあ、眩しい」
「……嘘だろ……」
呆然と立ち尽くす二人。驚愕するのも無理はない。
騎士の銅像が両端に安置されていて、青空が上一面に広がる。
大地は一面の菫が咲き誇り、邪悪な気配を感じさせない。
一体、この先に何があると言うのだろう。
安らぎさえ覚えるこの空間を歩き出すと、両端に置かれた騎士が突如血の気を甦らせ、二人に剣を奮い出した。
「侵入者よ、我が主、灰銀の君と陽光の君に何用か!」
「……その先にアイーダという女性がいると聞いたが」
レイザが様子見に答えると騎士は攻撃を始めた。
「紫音の乙女か。あれは消すべき存在。貴様らには死んでもらう」
そこで二人はすぐに主がアイーダを捕らえていることに気付き、素早くかわしてレイザは拳を真っ直ぐと突き出し、ディールは身に付けた雷撃による蹴りを浴びせた。
「ディール、気を付けろ。ここから先は敵の領域だ」
「分かってる。アイーダをダークの好きにはさせないよ」
倒した騎士の欠片が空に向かって舞う。
それが辿り着く場所が何なのかはまだわからないが彼らは今までと違い、意思を持ち合わせていた。
青い旗が下ろされ、薄く色付いた城が彼らの前に堂々と聳える。
この奥に待つ敵を倒すために二人は警戒しながら城内に潜入する。
****
「侵入者だ、迎撃準備!」
先程の騎士が倒れたことが切欠でレイザ達を手荒く歓迎していた。
ある者は矢を放ち、ある者は剣を奮い、ある者は魔法を撃つ。
「流星拳!」
素早く背後に忍び、叩きつけた。
ディールがそれに雷撃を浴びせたため、前線を張る騎士がいなくなり後方の部隊に直接打撃を与えることができる。
雷撃や灯りを放ち、目を眩ませている間にレイザが攻撃を仕掛けた。二人の連携が上手くいき、比較的難なく切り抜けられる。
「無駄な足掻き」
壁に身を隠していた魔術師が前に立ちはだかって来ては風の刃を放つ。
「何でもありかよ……」
力を込めて手刀を水平に奮うようにして凪ぎ払う。
通路を行く度に魔術師が壁から、あるときは壁画から現れては刃や石を降らせる。
「俺に任せて、砕撃刃」
念じれば地面から衝撃波が放たれ、敵を斬る技だ。どこで覚えたのだろう。
地に足をつけていた魔術師は悲鳴をあげて跡形もなく消えていった。
通路を警戒しながら歩くと部屋に続く扉が左右にある。
「入ってみるか」
「うん!」
先ずは右から調べようとレイザは右の扉を押して開けた。
そこには騎士の銅像と城の刻印が描かれたプレートが壁に貼られている。
その真正面に扉がある。どうやらこのルートが正解らしいと喜んでいたのだが。
レイザが扉に近付いた途端、扉はバタンと大きな音を立てて彼等を拒絶した。
「何でだよ」
「まあまあレイザ……多分触れると閉まるんだと思う」
「だよな、そうならないためのスイッチがあるんだよな」
そこで彼は魔術師達が通路で襲撃していたことを思い出した。
彼らは物に成り済まし、通るものを撃破していたのだ。
「ディール、あのプレートを触ってみよう。俺が触るから、お前は準備しておくんだぞ」
一体だけ置かれた騎士の銅像を目で示し、ディールに伝えた。
「なるほど……スイッチを押したら起動するわけね。分かった」
息を吸うと、レイザはプレートのすぐそばまで歩き、おそるおそるプレートの中心にある刻印に触れた。
カチリと音を立てる。
「侵入者か!」
やはり騎士は息を潜めていたのだ。そのことを把握していたディールが雷撃を浴びせ、怯ませる。
「大回転!」
身体を回転させ、鋭い蹴りを放つと騎士は膝をついて倒れるとやはり砂のように崩れて消えていく。
何もないことが確認されるとレイザは扉の向こう側に踏み込んだ。
ここから先は長い長い階段だ。蝋燭で飾られ、青と赤、端に金が刻まれた美しい装飾の施された階段である。
「通路とかエントランスとか見渡せるよ」
床が透明だからと思ったがそうではなく、床にエントランスや通路を刻んでいるのである。
階段を上がるとまたしても次の部屋に続く道があり、迷わずそこに行く。
そのあとは両側にある階段を上がるとまた入り口があり、細い通路を進む。
バサバサと羽音を立てるのは女性の姿に羽根を生やした所謂妖精族だ。
見つからないようにして歩くと入口に妖精がしっかりと守っている。
「雷撃光」
「遮断拳」
凄まじい波と光を同時に浴びせると扉の前に立ちはだかる妖精は消え、奥に進むことが出来た。
「……女神像?」
温かな光が部屋全体を照らしていて、心が洗われていく。
「ここで休むか」
この光が邪悪な力を寄せ付けないのだろう。
二人は一旦、ここで休むことにした。
****
「なあ、ディール」
警戒心を解き、足をだらしなく伸ばしたレイザがディールに話し掛ける。
「何、レイザ。神妙な顔になってどうしたのさ」
ディールが笑いながらレイザに返すと彼は重たい口調で語り出した。
「お前に会う前、俺と同じ姿をしたやつと会ってさ、戦ったんだ。そいつ、物凄く強くて近寄ることもできなかった」
剣を巧みに扱うもう一人の自分。
凛としていて、華麗な剣捌きを披露していた。
殺意と復讐で得た力に、屈する時もあったのだが。
「もしかしたらダークとゼーウェルみたいになってたら、どうしようって」
悪と善がすぐ近くにあって、力を求めていたら?
事実、自分は力を求めていた。
ゼーウェルの役に立つ為の力が。
不安を抱くレイザにディールは励ますように力強く笑った。
「でもさ、何で俺のとこまでレイザは来れたの?」
圧倒するほどの力を上回って今の彼がここにいる。
それだけで十分だとディールは思う。
「それってさ、レイザがゼーウェルさんや俺を大事に思う気持ちが力をほしいって思う願いに勝ったからだよ」
「べ、別にお前が泣くから仕方なく助けてやろうと思ったんだよ。勘違いするなよ!」
「ハイハイ」
相変わらず憎まれ口を叩くレイザだが、彼が血を流す戦いを嫌っているのはディールにはしっかりと伝わっていたのだ。
彼は自分を大切にしてくれた人を決して裏切らない。圧倒的な力を使ってまで人を守ろうとも考えなかった。
強大すぎる力は人を傷つけるだけだと、ハーディストタワーでダークと戦った時に思い知ったのだろう。
ダークの力が暴走した時、ゼーウェルが自分を犠牲にしてレイザを庇ったことは彼の心に深い傷を負わせた。
──もしも、いなくなったら?
もしも、を、考えたら悲しくなってしまう。
ゼーウェルは多分レイザを大切に思っている。だから彼を越える力が欲しいのだ。
自分を犠牲にしてでもレイザを守りたいとも考えているのだろうか。
だが、彼の力を欲しいという願いは結果的にダークのような禍々しいものを生み出しただけだった。
彼はどうしようもなく絶望したに違いない。
そばにいてくれるだけで充分なのに。
「子の心親知らずって感じなのかな。そばにいてくれたら十分なんだけどね。守ろうとするんだよ」
「……ゼーウェルを、俺は救えるのかな」
「そんなのやってみなきゃわかんない」
「……だよな」
「ゼーウェルさんに会ったらどうするの?」
「……殴る」
レイザらしい答えにディールはおかしくて笑いたくなった。
「心配させてどうしてくれるんだって殴る」
彼は何時だって素直に気持ちを表現すると思う。何だかんだ、ディールはレイザのことを一番に信頼していた。
「さあて、行きますか、レイザ」
「ああ、ディール」
「負けないよね」
「俺がいるだろ? 何だよ、疑ってるのかよ」
「ううん、聞いてみただけ」
強気な彼の言葉を聞いてみたかった。それが、この暗闇の中を切り抜ける力になるから。
ディールはにっこりとレイザに向かって笑い、次へ続く扉を開け放った。
****
「侵入者よ、成敗致す」
やはり重厚な鎧を身につけた騎士が、二つの剣を構えて迎撃の体勢を整えていた。
「発勁!」
鎧を砕く光を真っ直ぐと打ち付け、剣を砕いた。
「あとは任せて、風旋落下!」
勢いよく高く舞い上がり、見えない速さで落下した。重力と体と風を利用した攻撃だ。
「ディール、急げ!」
床を揺さぶるほどの音、耳につく甲高い笑い声。
後ろを振り返れば騎士と妖精が勝ち誇った笑みを浮かべ、迫っている。
「レイザ、伏せて!」
ディールの叫び声と同時に雨が彼の身体を濡らそうとした。
水も術者によっては刃に代わる。ディールはすぐそこに迫る敵に攻撃を浴びせ、倒した。
「俺を囮にしてないか?」
「レイザが前に出てるから仕方ないよ」
サポートを受けていた騎士を同じく攻撃を浴びせて打破したレイザが文句を言う。
いつもいつも攻撃の標的はレイザなのだ。彼からすれば面白くないのは当然なのだが。
「早く行くよ」
「分かったよ……」
レイザの文句は受け流され、納得のいかない顔をしていた。
そんなことなど知る由もない敵に矢を放たれながら走り抜け、次なる場所に足を運んだ。
「ここは通さぬぞ!」
扉を開けようとした瞬間、宵闇の長い羽織と杖を前に出し、魔法を唱えていた。
「我は光ある聖域の境を守るべき者。秩序を乱す汝等を見過ごすわけにはいかぬ──クロスシャドウ!」
黒と蒼が混じる十字が描かれ、砕けると剣の刃が狙い済まして降る。
「邪悪なる剣を弾け──飛零乱打!」
「あわわ、カウントバード!」
気を集中し、颯爽と舞うレイザにすかさずディールが焔の盾を作り出す。
守護者から薄らと見えたのは赤く燃える炎。近づいたものを焼き尽くす盾。
肉を抉る音、目映い光が同時に襲い、目眩を覚えたディールは足元が覚束ない。
「シャドウスティール──その者の命を射よ」
よろけたディールに向かって魔術師は血濡れの矢を作り、放つ。
「させない、飛零乱打!」
もう一度勢いよく駆け抜け、止めを刺す。
意思と力が作り出した強大な攻撃の前に守護者も歯が立たないのか、観念したように俯くと跡形もなく消え去った。
「銀の主人よ、美しき者よ」
この先にいる、恐らくは闘うことになろう名前を残して。
「ディール」
「うん」
二人は互いに肩を並べ、顔を見合わせ、扉を開く。
****
扉を開いた先には、黒く輝く水晶が浮かんでいた。
「アイーダ!」
「閉じ込められている……?」
中心にはアイーダが眠るように中に閉じ込められていた。
生気のない、魂が抜き取られたような形でじっとしている。
「レイザ、アイーダの足元、見て」
水晶が安置されている足元に、水晶を作り出している魔方陣が描かれている。
「あれを絶てば……」
「ああ」
その魔方陣を打ち消せば水晶は壊れ、魂を解放できるのではないかと考えた。
魔方陣を消そうと近付いた二人に影が覆う。
「我等の聖域を侵す者に罰を」
絹のように透き通る髪が靡いたかと思うと赤い剣を抜き、勢いよく二人を凪ぎ払った。
「発勁!」
「砕撃刃!」
剣の範囲から逃れ、同時に攻撃を繰り出した。
どうやら命中はしたようだが大したものではなく何食わぬ顔で赤い剣を降り下ろした。
「……ちっ!」
範囲が長く、一旦後退して体勢を整える。
「──どうしました」
冷たい声がレイザに問う。
「その手には乗らない」
銀の主人──大地を模した双眼が光を喪いながらも確かな意思を以て話す。
「貫け、闇を引き裂け──双光波!」
目を閉じて念じ、両手を主人に向ける。
迷いのない直線が銀を貫くが、彼の必死の攻撃も大した傷にはならないようだ。
「血を浴び、強き意思を喰らう私には何も通じません……」
無慈悲に剣を振るい、溜め込んだ赤の液体が飛散する。
魔方陣が安置されているその場所には、恐らく幾多もの血と無念が流れているのだろう。
「私の生きる糧となれ、血を流すのだ」
剣を降り下ろし、振り上げて、凪ぎ払い、斬りつける。
その度に血が舞い、悲鳴が轟いた。
「俺はお前のために血を流すわけにはいかない」
迫る剣に怯むことなく応戦するレイザに、彼を支援すべくひたすら術を唱えるディール。
「ディール、止せ!」
後退して、気がついた。
銀の主の剣と悲鳴が通じなかったのはディールがレイザを守るように盾を作り、形を維持していたからだ。
魔法を使えば遮断されて肉体を切り裂かれる。
ディールは手にも足にも邪悪な力に阻まれた傷が幾つも刻まれ、血を流していた。
「レイザ、俺のことはいいから! 俺が何とかするから、あいつを止めなくちゃ!」
迷うレイザを叱咤し、盾を作り出す。
「──ディール」
「……あんまり持たないから、早く決着つけてねっ……」
口の端から血を流し、それでも倒れまいと耐えた。
「退け、侵略者。命を犠牲にしてまで私と闘うか」
高らかな声がレイザを容赦なく責めるが、彼はディールの、行こうと言った時の笑顔を思い出した。
彼を信じようと思った。
「俺は、誰の命も犠牲にしない!」
降り下ろす剣をかわし、光を玉にしてぶつける。
それは、新たな決意。
「誰の血を流すこともしない!」
距離を詰め、その剣を勢いよく凪ぎ払う。
それは、改めて誓った意思。
「俺は、助けてみせる!」
意思と決意と行動を併せ、防御することも構わず真っ直ぐと神々しい光を表して貫いた。
「ま、魔方陣が!」
漆黒の地に刻まれた契約を縛る魔方陣が消えていく。
忌まわしき黒が、派手な音を立てて砕け散った。
****
「……こ、ここは?」
水晶から解放され、目を開いたアイーダが二人を見て、呟いた。
「アイーダ!」
真っ先に駆け寄るディールにアイーダは苦笑しつつ受け止めた。
それからちょっと距離をおいて、彼の顔を見てみると傷だらけ。
ここまで必死に来てくれたんだなと嬉しくなって泣きそうになりつつ、無事であることを讃える。
「ディール、無事だったのね……レイザさんも」
「ああ、何とかな」
相変わらず余裕なレイザに安心した。
「私、生きているのね」
飛び付いたまま離れないディールの頭を撫でながら、率直な感情を言葉にした。
ヴァンが来て、連れていかれてからは何もない空間に押し込められ、緩やかに温かさを失いつつあったからだ。
だが、一瞬だけ、負けないという気持ちが沸き上がったことを思い出す。
「ディールと、リデルさんに、会えたのよね」
ヴァンによって三人は囚われてから別々に引き離された筈なのに。
ディールがヴァンに怯まず自分を庇おうとした時、三人と話してから。
アイーダは解放された喜びを胸に抱きつつも自分を勇気づけていた残り二人の安否を心配する。
「行きましょう、レイザ、ディール」
「うん」
争いの爪痕は跡形もなく消え、ただ静かに広がる青空と柔らかな光をもたらす太陽の空間を後にした。
****
静かに歩いているとまた巨大な黒塔の入り口に辿り着く。
そして、アイーダの居場所を告げた代行者──レディンが待っていた……戦闘の痕跡を残した姿で。
「アイーダを助け出したのですね、レイザ」
「レディン? どうしたんだ。その傷……」
前に会った時は傷一つなく凛とした出で立ちで彼らの前に現れていたからだ。
自分達がいなかった時間に何があったのだろう。
だが、レイザの質問に明確な答えが返ってくることはなかった。
「……何でもありません。ですが急いだ方がいい。ゼーウェルは確実にダークに迫っている」
そう言って彼は階段を見上げ、以前とは反対の方向を指差した。
「……ルイズはこの先、地上ではなく底無しの水の中に囚われている。アイーダがいればきっと突破できるはずですが……気を付けてください」
彼は痛みに顔を歪めながらも新たな道標を示すと音一つ立てずに立ち去った。
誰もいなくなった階段をぼんやりと見上げながらアイーダはぽつりと呟いた。
「……あの人、大丈夫かしら? それに、どこかで会ったような気がするわ」
「アイーダ……レディンを知っているのか?」
消えたレディンの正体に何度も首を傾げるアイーダにレイザは問い掛ける。
喋り方といい、雰囲気といい、誰かに似ていると考えてみるが決定的なものが見つからない。
「……兎に角行こうぜ。ルイズなら分かるかもしれないぞ」
「そう、そうよね」
三人集まれば知恵を結集できる。そんな言葉を思い出しながらレイザは迷うことなく階段を登った。
「あ、待って」
「ぐずぐずしていると置いていくぞー」
「相変わらず酷いなレイザは!」
悔しそうにしながらもディールは大きな足音を立てて前と同じように階段を駆け上がる。
戦いの傷はいつの間にか癒されていた。
生気に満ちた声を響かせ、三人は囚われのルイズを助けに向かった。
血を流す戦いを恐れることもなく。