Escape6:繋がる燈
「我ら闇に仇なす光を消したまえ」
人を成さぬ黒衣から覗かれて見えたのは朽ちた人骨のようなものであった。
既に肉は全て削ぎ落とされており、嘗ては生きていた人間であることを物語る。
ただ、主によって蘇り、主のためにと戦うだけの紛い物へ、七色に光る刃が降り注ぐ。
安らかに眠らせるように命を瞬間に奪う刃は壁を抉り床に深い穴をつけた。
「切り裂け、サンダー」
戦いは果てしなく、終わりが見えない。
進むべき階段の前に立ち塞がる魔術師らしき者が無慈悲に銅像を破壊しながらゼーウェルに攻撃している。
一方の彼も四方を破壊する一直線の刃を断つように波を描く金の波を垂直に走らせる。
彼の足元に、主を守るように命を睹して立ち向かった精霊たちはキラリと光る小さな石になって床に落ちていた。
ただの石に命を宿し、人間を生み出せる主の力は底知れず。
「フィリカは死者の国、死者の楽園、死者の住まう安らかな地。汝は生を捨てよ。生を捨てぬ者、選ぶ者は裁きを受けるべきだ」
ゆらりと黒き渦が表せぬ禍々しいものが不規則に形作られ、数知れぬ断末魔の叫びともいえる声が身体を揺さぶる。
「負けない、負けるわけにはいかない……!」
離れているだけでは決定打にはならない。
武器は持てないが金色の光を持って黒に迫ると渦がバリバリと電気を走らせながら徐々に形そのものが消えていく。
「──我は死者の端くれ」
煙のように黒衣は消え、漸く次なる場所に繋がる階段への道は開かれた。
肩で息をしながら歩く。
魔法はやはりまだ自由に使えないようだ……何かが弾いているのだろうか。
疑問には思いながらもゼーウェルは階段を駆け走り、待ち受ける守護者をエネルギーボルトで凪ぎ払う。
不気味なドクロが壁に描かれ、蝋燭の火が灯る通路を足音も立てず歩きながら敵の気配を伺う。
羽を生やした者が動き回り、敵を逃がさないと言わんばかりの鋭い視線を放っている。
出来れば力を消費したくない彼はやり過ごそうと思ったが迂回する道は見当たらない。
案の定、敵は此方を振り向き、形成された矢を撃った。
矢はフォーンダード。
狩人の能力を引き継いだ女の作り出す鋭利で正確に狙う魔性の武器だ。
「仕方ない、スタースラッシュ」
魔力に依存せざるを得ない彼にとってはまたしても武器を作り出して斬る。
身体に命中し、断末魔の叫びをあげて姿を消した。
「……まずいな」
魔力に力を頼らざるを得ない彼に、一人で頂上まで辿り着くのは正直困難であった。
レイザのように体一つで戦えたらどれ程良いのだろう。
敵に見つからないよう、僅かな隙間に身を隠して思いを馳せるのは自分を庇って落ちたレイザのことである。
──無事であれば良い。
一人になり、よもや挫けそうになる心を、疲労感を拭って再び歩いた。
塔の内部は広々としていて蝋燭だけが灯る暗い道で敵の瞳が射抜くように輝く。それが不安を煽るのだ。
息を殺し、忍び足で広間を進むと十字路に遭遇する。
どこにいっても次の階段に繋がるのか、それとも行き止まりでまた魔力を使うのか。
だが、彼は迷わず直線を選んだ。
自分の進むべき道は前だけ、左右に反れる筈はないと固く思ったからだ。
「レイザさん──……」
必ず、追い付いてみせる。
未だ行方の知れない片割れの身を案じ、ゼーウェルは塔の内部を踏み締めながら歩く。
****
塔の最奥部……ここまでを繋ぐフロアは自分に大きく関係している場所だと知ったのは、もう一人の、自分の幻影を見た後だった。
しかし、襲いかかるもう一人の幻影に打ち勝ったレイザは最奥部に向かって走り出した。
嘗ての弱い自分、躊躇いもなく殺意を向けた強さ。簡単には退けられない自分自身にも勝ったということは、もう進んでもいいということだ。
どうしてだろう、彼の表情は晴れやかで活気に満ち溢れていた。
最早、守られるだけの自分ではない。
「……ゼーウェル」
今もハーディストタワーで戦う彼──ゼーウェルは独りでダーク達の所を目指しているだろう。
憎悪のままに力を奮うダークと、表現できぬ力を持つヴァンが彼を待っている。
どちらも単純にはいかない相手だ。
そして、それを知らないで愚かにも自分は何でもできるという傲慢さを持っていた。
「俺は、馬鹿だ。何でも出来ると思っていたから、ゼーウェルを探し出せばそれでいいと思ったから……」
傲慢さと過信が災いしてゼーウェルを助けられなかった。
辛うじてゼーウェルの命は無事だったものの、彼が労して築き上げたものを失わせてしまうなんて、思いもしなかった。
また、後悔に苛まされそうになるけれど、彼はぞんな自分を叱咤した。
「……駄目だよな。俺のできること、できることをしなきゃいけないんだ」
何度も何度も過ぎ去った後悔に止まりそうになる身体に鞭打って駆けると、仄かな光で照らされる小さな部屋に辿り着いた。
そこには魔方陣が描かれ、薄く色づいた巨大な水晶が安置されていた。
その水晶から反れることなく光が一直線に真上を貫いていた。
「──レイザ!」
「……ディール!?」
巨大な水晶の中にうっすらと人影が見え、聞き覚えのある声に驚愕した。
そこに閉じ込められていたのは──無謀にもフィリカへ行こうと自分を誘い出したディールだ。
「ディール! よかった……てっきり俺は……」
水晶越しから彼は安堵したようにディールに話しかける。
ハーディストタワーまでずっと一緒に切り抜けてきた仲間だ。
素直に再会を喜ぶレイザを見れて、ディールにはそれがとても嬉しかった。
しかし、やっぱり彼に言うべきものは一つしか思い浮かばない。
「レイザ……いつからそんなになったの? やんなっちゃうなあ、俺があんな奴等に簡単にやられるわけないから」
「いや、そんなことは分かってるけどさ……」
お前、危なっかしいから? と、飽くまで保護者口調で注意をするレイザにディールは笑いながら「絶対負けないし!」と強気に言ってのける。
ふと、ポケットの中に手を入れると何かが潰れていたことにに気付き、無意識に取り出た。
「あ、忘れてた。頼まれてたんだよ」
それはメーデルから受け取った花だ。
花と言えば挿し瓶があるはずだ。
軽く周りを見回すと白い瓶が置いてある。
だが、よく見たらその瓶は銀色に輝いていた。
にこりと笑顔を見せ、託された花を一輪挿す。
「あ、ああ……鍵だったのか……」
ディールを追い詰め、囲っていた水晶は静かに消えていく。
「レイザ!」
「ディール!」
解放され、自由に動けるようになったディールは改めてレイザに泣き付く。
ヴァンが彼に与えた恐怖は計り知れないが、同時に彼が自分を信じて待っていてくれたことに感謝している。
勢いを取り戻したディールが闇色で飾られた小部屋には似つかわしくない空々しい叫びと笑顔を向ける。
「行くぜ、レイザ!」
「目的は?」
敢えて聞いてみるが答えは一つしか思い浮かばない。
「助けに!」
二人の声が見事に重なると今度は一直線に伸びる光が道となっている。
再び出会った二人の戦いを励ますように道は優しく照っていた。
****
光の道をずっと登っていくと、床が突き抜け、灰色の蔦が彫られた扉があり、大きな階段が目の前に広がっていた。
「この先にゼーウェルさんがいるんだよね」
「ああ、頂上にはダークと、ヴァンも待っている」
まだ入り口だけに敵の気配を感じないが、殺気の帯びた空気が辺り中に漂う。
「ディール、大丈夫か?」
「うん……あ、そうだ」
何かを思い出したようにディールはレイザに告げる。
「ヴァンが俺を此処に連れてくる前、リデルさんと会ったんだ。アイーダもいたんだけど。そうしたら、よくわかんないけど赤髪の人が三人は別の場所にいるって言ってくれた」
アイーダもリデルもいるなら、ルイズもいるのだろう。
だが、レイザが来た時はディール一人だけだった。
「精神と肉体が離れていた……?」
そうでなければ別の場所にいるという意味が通じない。
肉体は別の場所にいて、精神内で三人は繋がったのだろう。
三人の団結力が繋がりを持たせたのかもしれないと思うとディールは嬉しくなったが喜んでばかりはいられない。
ディールだけはすんなりと助け出せたということは彼はあまり重要ではなかったのか、放しておいても取るに足らない存在なのだろう。
しかし、あとの三人は?
それにレイザには気になる点がいくつも今此処で沸き上がった。
ディールの言う赤髪とは何者なのだろうか。
「あ、あの人だよ!」
レイザが考え込んでいるとディールが声をあげる。
釣られて顔を上げると確かに赤髪の人が二人の前に立っている。
「行ってみようよ」
「お、おい」
「いいから」
迂闊に行動するのは危険だと言いかけたが自分も気になっていたから結局ついていくしかない。
「……二人とも、よくぞここまで」
階段前まで来ると、赤髪の旅人らしき男が静かに話し、降りてきた。
「ゼーウェルは真っ直ぐとダークのいる道を目指して走っています。でも、今のままでは勝ち目はありません」
「……何故、お前がそれを知っているんだ」
ゼーウェルの行く末を言い当てた人物にレイザは内心腹を立てていたのだが彼には妙な説得力がある。
それは何故だろう。
疑いと探りの表情でレディンを見るレイザに対し、彼は哀しげに笑った。
「私の名はレディン──代行者だからです。未来を見通し、未来を変える力があります。だけど、その力はヴァンの憎悪に阻まれている」
「代行者……本当にいたんだ」
ディールはその言葉を聞いたことがあるようでレディンを見て目を何度もパチパチとさせて話を聞いてきた。
「……聞いたことがあるのですね、なら、話は早い。私はゼーウェルの代わりにダークを倒そうとしました。私がゼーウェルの代行者だからです。ダークを倒すのは本来ならばゼーウェルであるべき。でも、彼は絶対にダークには勝てないのです」
レイザは徐々にレディンを真っ直ぐと見つめるようになった。
真剣に話を聞いていたのだ。今だよく分からないが聞かなければならないと言う強迫観念が真剣にさせていたのかもしれない。
それに──彼が、どこかゼーウェルと似ている部分があったからなのだろうか。
途中で噛みつくのをやめたレイザへ答えともヒントとも言えるものを提示する。
「ダークはゼーウェルの憧れるべき存在なのです。絶対的な力を持ち、巧みに人を動かし、そして何があろうとも揺らがない。憧れに現実は叶わない」
確かにそうだろう。
どれ程努力しても追い付かないもの、自分には持てないものがある。
それが自分にとって喉から手が出るものであれば悔しくて眩しい、それほど焦がれる尊い財産だ。
「……ゼーウェル」
「……ダークはゼーウェルを我が物にしようとしています。何故ならば、ダークにとってもゼーウェルの持つものは喉から手が出る程欲しいものでしょう」
鏡合わせだとレイザは結論付けた。
つまり、ゼーウェルとダークの間にある絆を絶たなければならない。
代行者であるレディンももう動けないなら尚更だ。
「リデルさんやルイズ、アイーダが捕まったのは……」
ディールはその瞬間、身震いした。
恐るべき答を見出だしたディールの言いたいことがレディンには手に取るようにわかるらしい。
「彼らはゼーウェルと繋がりがあった。だからヴァンには逆らえない。特にリデルは下手したらゼーウェルを救い出せる。ダークにとっては邪魔でしかない」
レイザもそれには同感せざるを得なかった。
よく分からないがリデルのゼーウェルを思う気持ちは強い。
対するゼーウェルもリデルには何か不思議な信頼感を寄せていた。
彼がそれを進んで言う性格ではないにしろ。
「どうしたらいいんだよ」
「……まずはアイーダを助け出しましょう……この階段を登り、通路を右に。その先に植物の描かれた扉があります。しかし油断はなさらぬよう。迷宮です……この塔は。ダークの憎悪が深い限りどこまでも広がる──……」
次に行くべき道標を二人に示すとレディンはいなくなった。
「レイザ……」
いよいよ、本格的な戦いだ。
だが、レイザは恐れずに前を行く。
「心配するな、ディール。お前と俺がいたら大丈夫だよ、あ、最後は俺がやるからな」
「最後の一言絶対要らないと思うよ……」
「なんだその顔」
「まあいいや、だってその方がレイザらしいなあって」
「お前が誉めるなんて、明日絶対雨降るな」
呆れ顔に呆れ声で返し合う二人だが勇ましく階段を登り、戦いの第一歩を踏み出す姿は正しく救世主といえる。
離れ離れになっていた絆を取り戻し、今も悲劇を繰り返す輪廻を止めようと二人は歩きだした。