epilogue:世界は廻る
空が青々と輝いている。眩しいほどの太陽の輝き。静かに聞こえる波の音が心地よい。
「ルイズ姉さん、大丈夫?」
晴れ晴れとした空を窓から眺めながらアイーダはベッドに伏せる姉と、傷だらけのディールの手当てに回っていた。
「……あんたを癒すのに、力を使いすぎたのかもね……」
「いつも怠けてるからこうなるのよ」
苦笑するルイズにアイーダが叱咤を飛ばす。
「ふたりとも……相変わらずだね」
ディールは苦笑しながら天井を仰いだ。
過酷で悲しい戦いは終わった。何もかも光に包まれて──気がつけば大都市の隅にある彼女たちの住まいで床に伏せていた。
あの空間も悲しげな悲鳴も──信じていた友との別れも、もしかすれば夢だったのではないかと思った。父が出迎えてくれて、友がそばにいて。
だが、身体中に走る痛みが夢ではないことを物語っていた。
結局、何もかも消えたのだ。何もかも失って、戻ってきたのだ。開かれた未開の地に何もかも奪われて、得るものもなく戻ってきたのだ。
それならば、自分たちは何故、あの場所に導かれたのだろう。
「ねえ、アイーダ……」
「なあに、ディール」
身体を起こして、ディールはアイーダに問う。
「ちょっと、外に出てくるよ」
「もう動いて大丈夫なの?」
「まあね」
心配そうにするアイーダを置いて、ディールはゆっくりと歩き出した。
****
結局、全て失ったまま。
外に出たディールは溜息をついた。
終わったはずなのに、悲しい。
レイザは──恐らくは核心まで迫ったレイザはどうしているのだろう。
床に伏せた時、その場にいたのはルイズとアイーダだけだった。リデルもユリウスもいない。
一人離れたゼーウェルは──。
二人の姿も見当たらないまま時間だけが過ぎた。
流れる時間は穏やかなのに、空白が寂しく感じた。
「おう、ディール」
「……?」
突然投げかけられた言葉にディールが顔を上げると──。
「……レイザ! ゼーウェルさんも!」
傷だらけの姿で立つ勝気な男──レイザと、冷淡な男──ゼーウェルが立っていた。身につけていた衣服は変わっていたが紛れもなくふたりだった。
「久し振りだな、アイーダ達は?」
ゼーウェルの問にディールは感極まったものを抱きながら答えた。
「無事だよ! 俺はそんなふたりに介抱されていたところ」
「まだまだ目の離せないやんちゃ坊主って感じか」
「レイザ、何となく大人っぽくなった?」
「はあ? お前よりはずっと大人だよ」
「まあまあ……」
言い合うふたりをゼーウェルが宥める。
このやり取りを、もう何度も見てきた。しかし、戦いが激化するときらきらしたやり取りはなりを潜めたので懐かしい気持ちにもさせられた。
「ところで、ゼーウェルさんたちは何をしていたの?」
「ああ、それは、なあ……」
曖昧な返事をして、レイザはゼーウェルと顔を見合わせる。ディールは特に急かすわけでもなく、ふたりが言葉を発するのを待っていた。
「多分、ダークが助けてくれたんだ」
程なくして言ったゼーウェルの台詞にディールは信じられないと言わんばかりに目を見開く。
自分達を阻んでいたダークが、ふたりを助けてくれたというのか。
****
ゼーウェルへの激情を吐き出したダークが、刃を振り下ろす。
彼は自分を求めていた。その事実にゼーウェルは驚きを覚えながらもどこか納得したようにダークの顔を見上げる。
自分はダークを独りにしたくなかった。虚無の空間で孤独に震えながら生きていくダークを思うと胸が冷える。
身を起こそうと身体に力を入れていたが、楽な姿勢を取る。
痛みは、きっと一瞬だ。
「ごめんな、何もしてやれなくて」
自分は彼の求めるものを与えられない。彼は自分の求めたものを手にしていない。結局、傷つけ合うだけに生まれてきたのだ。
誰よりも大切な筈なのに、誰よりも傷つけ合う関係。何も生み出さない関係に、意味などあったのか。
「……ゼーウェル……俺は、お前の唯一になりたかった……」
振り下ろされた刃は花のように煌びやかに舞い、彼の涙は宝石のように美しく散る。
手を伸ばそうとするが、煌めく光に呑まれて彼は消えていく。
架空世界で作り出された存在は、現実で生きる事はできない。
互いに、交わり合う事はないのだ。
それならば、それならば、何故お互いを生み出したのか。何故出会ったのか。同じ世界に立ったのか。
「……ダーク……私はお前と並びたかったのに」
もう、この声は聞こえないだろう。胸を疼かせる想いを伝えることも叶わないのだろう。
それでも。
それでも、自分は生きていきたかった。与えられたものが全て変わってしまったとしても、全て受け入れて生きていきたかった。
新たに与えられた存在と共に。
そして、眩いばかりの光に自分も包まれる。
『生きて、必ず』
****
「それでさ、俺もゼーウェルも海辺に倒れていたんだよな」
レイザが苦笑気味に答えたので、その後の状況はディールも何となく把握した。
ゼーウェルは純粋なためか、レイザの補佐がなければここまでたどり着かなかったのだろう。
「でも、ますます疑問だよ。ダークが助けてくれたって何で分かるのさ」
確証はない。それに、ダークはゼーウェルを道連れにしようとした。そんな彼が助けてくれたなんて、ますます彼の行動に矛盾が生じるではないか。
ゼーウェルは穏やかに笑って答えた。
「ダークの、声を聞いたから、かな」
意識が途切れる前に、誰かの声が聞こえたのだ。
「生きて、必ず、って、誰かが言ってくれた。あの声はダークの声だと思う。だから、間違いはない」
ゼーウェルが言うなら、そうなのだろう。
一息ついたふたりに、今まで蚊帳の外だったレイザが急かした。
「まあ、積もる話はアイーダ達のところでしようぜ。アイーダ達、今頃お前の帰りが遅いから怒ってるんじゃないか?」
「あっ! わすれてた……どうしよ……」
「知らないなあ、自分で解決しろよ」
「うわああん! レイザの鬼! 悪魔!」
ディールの泣き言をばっさりと切り捨て走り出すレイザ。
そんなふたりを見守りながら、ゼーウェルは目を閉じる。
『必ず生きるよ。この世界で』
この世界はいつも変わっている。悲しみも喜びも抱擁しながら移り変わっている。
生きている限り、きっと自由にゆける。何もかも変えるのは自分自身と時の流れだ。
空は青々と澄んで、太陽はキラキラと輝いている。自分達のいる地上に恵みを与えるために。
きっと、彼もここにいる。
ゼーウェルはダークの面影を描きながら、ふたりの後を追うように歩き始めた。
END
皆さん、こんにちは。または、はじめまして。真北理奈です。
無事、第一部から続いた戦闘舞踏が完結致しました。まずはここまで完走できたことを嬉しく思います。
さて、この作品は昔『緋の剣士に捧ぐ交響曲』という魔法も冒険も出ない思惑ばかりが入り交じる重たい群像劇を異世界冒険ファンタジーにしたらどうなるかというコンセプトのもと、書き始めました。
最初は軽い気持ちで書いていましたが、気付けばどんどん真剣に書き始め、壮大なスケールでの話になりました。
緋の剣士に捧ぐ交響曲をお読みの方は何となく繋がりがある部分も見えてくるのではないでしょうか。
既存の人物を使いながらもこの作品らしい軽やかさとキラキラした輝きを放つ人物としてなったのではないかなと思います。
逆に戦闘舞踏のキャラから全編書き直しした緋の剣士に捧ぐ交響曲で登場することになったキャラが数名います。
ディールはエレザとして、ユリウスはティア、リデルに至ってはポジションも名前もそのまま登場しました。
ひとつの作品が繋がる瞬間は書いていて楽しかったです。
この作品を完結させるまで実は7年掛かっています。2010年から書き上げて7年。何だか感慨深いものがあります。
成長もしたなあと自分を褒めてます。
ひとえにここまで走ることができたのは皆さんのおかげです。本当にありがとうございます。
緋の剣士に捧ぐ交響曲第二番も今年七月から連載スタートします。よろしければ彼らの本来の姿も見ていただけると幸せです。
長々と語りましたが、このお話が少しでも皆さんの心に残るものになるよう願って、筆を置きます。
追伸:約一年後ではありますが、加筆修正したものを再投稿するつもりです。その時にはお知らせ致しますのでよろしければ加筆修正版もご覧頂けると幸いです。
2017.4.1 真北理奈 拝




