Charge14:ソルフェージュ
既に何度も見てきた黒水晶の前で、レイザと彼女は待っていた。
「此処で貴方達には倒れてもらう!」
彼女──フレアは短剣の切先を向け、高らかに叫んだ。その瞳には明確な敵意が溢れている。だが、怯むわけにはいかなかった。
「……フレア、ヴァンの居場所を知っているんだろう?」
彼女の心の核心には触れず、ゼーウェルは淡々とフレアに問う。目的を果たすために。
彼女は鼻で笑いながら回答する。
「教えるとでも思ったの? ふふ、私とレイザに勝てたら教えてあげる」
フレアを守ろうと剣を抜いて構えるレイザにディールが呼び掛ける。
「レイザ、フレアに協力するなんて嘘だよね!? ねえ、嘘だよね……?」
震える声で問うディールに、レイザは苦々しい表情を浮かべながら言葉を紡いだ。
「ディール、俺は、フレアを守るためにここにいるんだよ、フレアの願いを叶えるために……」
言い掛けた言葉は否定の言葉でかき消される。
「間違ってるぜ、レイザ。それじゃあヴァンの思うがままだ」
「ルディアス……すまない……でも、俺は」
彼らはレイザを心配してくれている。例え敵対しても思ってくれている。そのことを嬉しく思いながら今の状況を後ろめたく感じ、彼らから顔を背けるレイザ。そんな彼を後目に、フレアが叫ぶ。
「ヴァンの協力なんてごめんよ! 私の願いはただ一つ。ハイブライトを復活させ、最愛の人を復活させ、誰にも脅かされないよう平和に暮らすこと。それだけよ。邪魔をするなら誰だろうと許さない」
きらりと光る短剣と同じように、彼女の瞳は凛と輝く。
「……イリア、か」
心の中にあった忘れ得ぬ名前を呟くと、フレアは短剣の切先をゼーウェルに向き変えて叫ぶ。
「そうよ。貴方の血のつながった妹……ああ、ここでは違うわね。メーデル・ナナキ。そもそも、あなたが、あなたが、エルヴィスに逆らっていれば、メーデルも、ユリウスも、レディンも……犠牲になることはなかったのよ! あなたさえ、エルヴィスに従わなければ……」
秩序を求めるあまり自我を崩壊したエルヴィスを尚信じたゼーウェルに対する憎しみがそこには込められていた。
だが、どうすることが出来ようか。ゼーウェルは生前のエルヴィスの瞳を思い起こしながら小さく答えた。
「……私は、エルヴィスを見捨てることができなかった」
だが、フレアは彼を否定する。
「それで闇雲に従ったというの? あなたの優しさなんて見掛けだけよ。意気地無し、臆病者! あなたなんか、あなたなんか、いなければよかったのよ。あなたがいなければ、みんな幸せになれたのよ」
ゼーウェルを否定するフレアに苛立ちを覚えるのは近くにいたルイズであった。
「……だから、レイザを利用するのかい? だから、ゼーウェルを恨むのかい?」
煮えたぎる感情のままに今まで黙っていたルイズがフレアに向かって問いかける。
「確かにゼーウェルの選択は間違っていたのかもしれないさ。だけど、あんたの願いが本当に幸せになるという保証はあるのかい? あんたの願いもゼーウェルと同じく身勝手なものかもしれないよ」
「……外側にいた人間らしい言い分だな。身勝手で、欲深くて、無知で……」
リデルとルイズがフレアに対抗するように身構える。どうやっても戦うしかない。それを察したのだが。
「やめるんだ!」
二人を制止したのは、レイザだった。彼の行動に二人が目を見開く。
「レイザ、本気かい?」
本気で戦うのだろうか。すると、レイザは苦々しく答える。
「……言っただろう。俺は、フレアを……フレア姉さんを守る、と。もう決めたんだ。フレア姉さんの願いを叶えるのが俺の役目……フレア姉さんを見捨てた俺が今出来る償いなんだ……」
「レイザ……!」
「ディール、俺は本気だよ。フレア姉さんのためなら何でもする。ゼーウェルを妨害するのが願いなら、応えるしかない……。あなたをこの先に行かせるわけにはいかない……!」
彼らと対峙したレイザが剣を抜く。
「あなたと刺し違えてでも、俺は使命を果たす!」
「いけない、ゼーウェルさん!」
迫るレイザからゼーウェルを庇うようにディールが前に出る。
「……ディール、心配はいらない」
彼と対峙する覚悟はできている。自分ができることは彼を、レイザを止めることだろう。
できないのではない、しなければならない。
「私はお前を止めてみせる」
「ゼーウェルさん!」
「いくぞ、ディール」
「……分かった!」
ゼーウェルが先陣を切ってレイザの元に向かう。その後を追うようにディールが走り出した。
「そうはさせないわ! いでよ……っ!」
フレアの号令はルイズとリデル、アイーダに阻まれる。
「悪く思わないでください、貴方にゼーウェル様たちの邪魔はさせません!」
「あんたの相手は私たちだよ」
リデル達がフレアの行く手を阻んだ。
「ルイズ、アイーダ、後方からお願いします」
「頼りにしてるよ、リデル」
先陣を切るのはリデルだ。ルイズたちは素早く支援する体制に移る。
「姉さんだけじゃ頼りないから私もやるわね」
ルイズの支援は荒っぽいのだ。それを知るアイーダが更に詠唱する。
「……仕方ないわ。まずは......」
フレアが詠唱を始めると同時に短剣を振りかざした。雷が振り注ごうとしているのに気づいたルイズが素早く掌を翳す。
「リデルを守れ、バリア!」
「リデルさん、援護します! フォールミスト!」
二人の支援は完璧だった。リデルは難を逃れ、フレアに向かって剣技を放つ。
「風よ、雷雲を切り裂け! エアスレイド!」
空を切る音とともにフレアの懐に飛び込む。
「負けないわ、ライトアロー!」
妨害しようと雷の雨が降り注ぐ。
「弾け、ライトガード!」
バリアを素早く張ったがフレアの攻撃の方が一歩早くリデルに直撃する。
「くっ……!」
「リデル!」
リデルの呻き声を聞いたルイズが駆けつけようとするも、リデルはそれを制した。
「……ルイズ、まだ大丈夫です。引き続きバリアを。彼女は雷と光を操れる。バリア無しではまともに近づけないのです」
「わ、わかった。すまないね……バリア!」
「逃がさないわ」
フレアが短剣でリデルの攻撃を薙ぎ払いながら雷の粒子を撒き散らす。
「射抜け! ウィンドスラッシュ!」
リデルが再び攻勢に出るが感触はなかった。
「残念ながら、ここよ」
いつの間に背後にいたフレアがリデルを切りつける。
「見抜けないとでも?」
リデルがフレアから間合いを空けたと同時に炎が放たれる。
「炎よ、風よ、向かえ! フレイムスラッシュ!」
轟音とともに緋が彼女を襲う。勢いを増した炎から逃れる術はない。
「止めだ、ウィンドカッター!」
彼女の手にあった短剣が弾かれる。キィンと音が鳴ったところを見ると、ルイズの足元にそれは転がっていた。
「ウォーターフォール!」
フレアの身体を水が覆う。もうこれで、彼女が攻撃を仕掛けることは出来ないだろう。
「レイザ……イリア……ごめんね、敗けちゃった……」
水から解放されたフレアが観念したように項垂れ、膝をついた。
「リデル、怪我はないかい?」
ルイズが一目散にリデルに駆け寄る。常に前線に立ち戦っていた彼だ。怪我をしているのではないかと思うとハラハラしてしまう。ルイズの表情は強ばっていた。
「杞憂ですよ。それより、今はフレアを見張りましょう。水のバリアが無いのですよ」
ルイズの優しさを有り難く思うが、リデルは冷静に対応する。彼の言う事は最もだ。ルイズは頷き、定位置に戻る。念のため、フレアが拾わないよう、短剣に向かって炎を放つ。
キラキラキラ……。
炎によって焼かれた刃が煌を放ちながら空を舞った。
****
「ゼーウェル……あなたと戦うなんて……」
彼らと対峙したレイザは未だに実感として抱けなかった。二人と道を違え、袂を分かつことになるなんて。
最も、それは二人も同じだった。だが、彼は、戦うしかない。ならば、自分たちも彼に打ち勝つしかないのだ。
「私もレイザと戦うとは思わなかった……だが、心配するな」
「レイザ、いくよ! 垂直刃斬!」
レイザが剣で切り払うと同時にディールが攻撃を仕掛ける。
「槍刃撃!」
彼の攻撃をかわすようにしてレイザが垂直線を放ち、ディールの行く手を遮断する。
「真空双刃!」
風と雷が混ざった渦を発生し二人を追撃する。
それを知ったゼーウェルがすかさず闇の力を解放する。
「ダークレイン! 闇よ、彼の刃を弾け!」
確かに、要所要所では力を酷使することはあったが加減できていた。だが、今はどうだろう。
ゼーウェルの唇から一筋の血が流れ落ちていく。
「ゼーウェル……どうしてもそれを……使うのか?」
レイザを阻んだ攻撃には負の力が込められている。負の力は体を蝕む。そのことを彼自身が忌み嫌い、力を避け続けた結果、一度は力を失った要因にもなった闇。
敵として戦うことを決めたのに、彼が傷つく姿を見るのはどうしても耐え難いものがある。
だが、ゼーウェルにはもう迷いがなかった。
「もう、ここまで来て迷うことはしない。言っただろう、お前を止めると。その為なら、どんな力だって使う……ブラックパワー!」
身体を痛めつけることを承知で詠んだ闇の力。一瞬にして黒き霧が天を覆う。
「剣を払え、黒翔雨!」
霧から生み出される霧雨がレイザの身体を攻める。この霧雨には意志の力を奪う効力がある。彼が剣を置くことをゼーウェルは願っているのだろう。
これは何だろう。
悲しい戦いのはずなのに、喜びを覚えた。
彼が力を解放したということは、自分を認めてくれたという証なのだ。
「あなたが本気なら、俺も本気を出さないと……シャインブレード!」
霧を払うように光が空を切る。すると、無数に降り注いでいた雨も跳ね返す。
「シャドーボルト!」
「スラッシュアロー!」
二人の放つ刃がレイザを追い詰める。彼が後退した瞬間だった。
『レイザ! 直ぐにフレアを止めろ!』
彼を止める声が、したのは。
「……誰だ」
その瞬間にも、ゼーウェルたちは迫る。右往左往するレイザに声がすかさず助けを入れる。
『俺だ、待っていろ……止めてやる』
カチリ。
何かが動く音がして、声に導かれるようにレイザは振り向いた。
『よう、また会ったな』
「……お前は、ハーディストタワーの!」
振り向いた先には、ハーディストタワーでディール幽閉していた青年剣士の姿。そう、彼曰く自分は彼の半身だと言っていた。
長き道を歩き続けた結果なのだろうか、彼の言葉を漸く理解できた。
「……お前も、レイザって言うんだろ?」
『物分りがいいな。そう、俺の名前はレイザだ。今ならちゃんと理解できるか?』
「……ああ、お前は、俺を守るために来たんだろう?」
いつか、彼は言っていた。必要になれば力を貸す、と。最初はその言葉の意味がよくわからなかった。だが、彼と出会ってから、映像が頭の中に流れるようになった。
恐らく、自分は彼──レイザの願った姿なのだろう、と。
もうひとりの自分の視線を浴びながら、半身である男は静かに話し始める。
『レイザ……ここにいる奴らは皆、己の願いによって集まった者達だ。リデルも、ルイズも、アイーダも……それから、ゼーウェルもだ』
「ゼーウェル……」
『ルイズとアイーダはお前達をフィリカにつながる地点に届けた後、病気にかかった。勿論、ただの病気ではない。レディンがフィリカに呼び寄せた。現実のふたりは眠ったまま、目を覚まさない』
「リデルたちは……?」
『エルヴィスは全知全能の神、カイザーを呼ぶために塔を作った。だが、儀式の途中で側近であったヴァンがエルヴィスを刺し、火を放って塔を燃やした。サッグと呼ばれる者達はここで死んだ。ただ、ひとりを除いては、ね』
「ゼーウェル!」
ただ一人、その言葉にレイザは反応する。もうひとりの自分もレイザの言葉に頷いた。
『ゼーウェルは、ヴァンを食い止めようとした。その時に、エルヴィスの唱えた呪文が不可抗力で発動し……ダークが生まれた。エルヴィスは自身をもうひとり生成して、政治を動かそうとしていたからな。ダークはゼーウェルの願いによって作られた。ゼーウェルの強くなりたいという意志がダークを生み出した』
ならば、自分のすべき事は?
分からなくなってきた。フレアの願いを叶えるだけではダメなのか。罪滅ぼしには、ならないのか。
「俺は、どうしたらいい?」
彼ならば答えてくれるだろうと、レイザは彼に縋る。すると彼はあっさりと答えを提示してくれた。
『フレアを説得するんだ。大丈夫、お前なら出来るさ』
擦れた声で彼はレイザを励ました。確かに、フレアからは膨大なエネルギーを感じる。
いやな予感がする。
「フレア……フレア、姉さん!」
再び、時間が進み出す。レイザは彼の励ましを受けながらフレアの元へと駆け出した。
「……レイザ?」
フレアの方を向いたレイザが彼女の元へ走る。
「レイザ、どこへ。ま、まさか……!」
フレアは何を考えているのか分からない。彼女の元へ行かすのは危険過ぎる。彼を止めるべくゼーウェルも走り出した。
****
「どうして、どうしてなの」
フレアは立ち上がり、歩き出す。
「待て、何をするつもりだ」
リデルが後を追うも、黒い衝撃波が襲い彼女を止めることはおろか近づくことも出来なかった。
「レイザ、待っててね。すぐに、すぐにでも……」
フレアは祈るように目を閉じて、呟いた。それに呼応するように黒水晶が光を放ち始める。
「やめろ! やめてくれ!」
フレアの前に立ちはだかる彼──ゼーウェルがフレアの行く手を阻み、波動を送って詠唱を妨害する。
「……ゼーウェル! どうして、どうして、いつもいつも……!」
有りっ丈の声でフレアは叫んだ。
「レイザを巻き込むつもりだろう。そんな事はさせない。させるわけには行かない!」
仮に、それが、レイザを幸せに導くものであっても。
「あなたに……あなたに何が分かると言うの! レイザを、レイザを見捨てたあなたに何が出来るというのよ!」
慟哭し、フレアはゼーウェルに短剣を向ける。
「……もう二度と」
彼に言えていなかった。それゆえに彼との間に隔たりが出来てしまった。それゆえに彼はフレアと自分の間で苦悩したのだ。だから、そんな事はさせない。させるわけにはいかないのだ。
「もう二度と、レイザを失いたくない! 失いたくないんだ! 例え身勝手だと断罪されても構わない……レイザを私から奪わないでくれ!」
「……ゼーウェル」
それを聞いたレイザが目を見開いて口元を覆う。流石のフレアも沈黙した。それを皮切りにゼーウェルは話し始める。
「……ゆるしてくれ、フレア。私は何も出来なかった。何もしてやれなかった。認めたくなかった。レイザに助けられていることを認めたくなかった。認めたら、弱い人間になってしまうと恐れて……ゆるしてくれ、あなたからレイザを奪うことをゆるしてくれ。でも、私はもう……レイザがいなければ生きていけないかもしれない……ゆるしてくれ、どうか、どうか……私を身代わりにしても構わないから……」
ゼーウェルは許しを乞うように跪き、フレアに罪を告白する。彼を認めなかったのが自分の罪、彼を守れなかったのが自分の罪、彼に──打ち明けられなかったのが自分の罪だ。
許されない事は知っていた。だが、彼を失えば自分は生きていけないかもしれない。自分がどうなるかよりも彼を失うことの方が恐ろしくなってしまったのだ。
「……レイザ……あなたは」
ゼーウェルの告白を聞いたフレアはレイザに向き直り問いかける。
「あなたは、ゼーウェルのそばにいたいの?」
我に返ったような穏やかな声でフレアはレイザに問う。どの選択をしても彼女はきっと見守ってくれるだろう。レイザは頷いた。答えはただひとつしかないのだ。
「俺は、俺がいないと、この人はだめだから……ゼーウェルのそばにいなきゃ、ダメなんだ」
迷うことなく、レイザは答えた。レイザは続けてフレアに話し始める。
「あなたが、フレアがいたから、俺は、自分の気持ちに気づけた。あなたが俺を守ってくれたこと、とても嬉しかった。あなたがいたから、過去を精算できたのだと思う」
「レイザ……」
「俺は、ゼーウェルもフレアも大事だ。だから、犠牲になって欲しくない。俺はね、綺麗事だと笑われるかもしれないけど、俺の身近な人が笑っていられるような世界にしたいんだ。そのためにここまで来て、過去と向き合ってきた。今更、楽な選択肢はしたくないんだ」
分かってもらえるだろうか。自分がどんな大変な道を歩いているのか理解は重々承知しているつもりだが、フレアには伝わるだろうか。
「……あなたが言うなら、私は止められないわ……一度言い出したら聞かないもの」
そう言って彼女は短剣を下ろした。
「私を守ってくれて嬉しかった……レイザ」
そう言って彼女は黒水晶に近付く。
ガシャン!
短剣を黒水晶に突き刺した。
「これで、ヴァンの元に行けるわ」
重苦しい空気が浄化されていくのを感じ、胸を撫で下ろす。
黒水晶はすっかり輝きを失っている。
「ヴァンはこれで自分の身を守っていたの。だけど今はもう何も彼にはない。だけどヴァンは強い……私達ではまともに戦えない……」
黒水晶の礎となった者は、一度はヴァンに対抗した者たち。だが、彼の持つ力の前では無力だった。
「強くなって。ヴァンの持つ力を打ち砕いて。あなたならできるわ……レイザ」
彼女の身体が光に覆われていく。だが、これで良かったのだ。もう、彼女はヴァンに利用されずに済むのだから。
「俺は、強くなる。そして必ず皆を連れて元の世界に帰る。だから」
レイザはフレアに向き直り、誓を立てる。
「見ていて、フレア。俺達がいれば成せないことはないのだから」
彼女に届いているだろうか?
不安げに彼女の顔を見ると、彼女は笑っていた。
彼女が見守ってくれている。
「さあ、行くぞ! ヴァンの元に」
最早、妨害するものは何も無い。
ただ、前に進むだけだ。




