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戦闘舞踏 第二部 ー悪の咆哮ー  作者: 真北理奈
第三:相見える者たち
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Change3:崩れゆく幸福

「燃えろ、燃えろ、燃えろ! 全てを焼き尽くせ! 我が炎がこの世界を浄化する」

 狂ったように笑いながら敵も味方も区別せず襲い掛かる姿は獣のようた。虚ろな瞳には怯える顔も映していないだろう。空ろな耳には悲痛な叫びも怒りの唸りも聞こえていないのだろう。

 どこまでも落ちて、枯れ果てた姿を見た時、どこかが痛んだ。

「ヴァン!」

 カツカツと歩み寄り、食い止めようとするのは──闇を抱き、闇を映した筈の者だった。

 曖昧な茶色が、キラリと光る。深い闇を裂くように光る色は、徐々に輝きを増して蜜色に変わる。神々しい光を放っているのも知らない闇は、必死の思いで立ちはだかる。

「……邪魔をしないでください、ダーク」

 発せられたのは静かな声だった。高低差の激しい声が、より不安定な心境を抱かせる。本当は目を背けたい。見たくなかった。

 それでも向かい合うのは──切実な表情を見たせいだろう。

 僅かでも違えば共にはいられないと、互いに思っていた。けれど、いざ、その時が来たら、目の前が真っ暗になる。何も認識できなくなるのだ。

 どこかで違うはずがないと、思っていたからだ。だから、目の前にいる人に期待していた。それなのに裏切られた。あっさりと裏切られて、邪魔をされて。

「貴方は私を裏切るのか」

「そんなことはしない。ヴァン……やり過ぎだと言いたいだけだ」

「いずれ、こうなるのですよっ!」

 唸りを上げてパチパチと弾けるように燃える炎は鎮まることを知らない。持ち主と同じく、激しく燃えていく。荒れる炎を前にして、拒絶されたも同然だった。

「ヴァン……もう変わってしまったのか」

「変わる?」

 嘆き、憂いの叫びをあげるダークにヴァンは素早く目を向ける。射るような光を携えて。

 どうしてそんなことを言うのだ。どうしてこんなことをするのか。分からない、わからない。あなたこそ私を裏切ったのではないか。ヴァンは怒りに身を任せて叫んだ。

「変わらない、私は変わりませんよ。ずっと前から、唯一つ。私の大切な存在を──ユリウスを奪ったエルヴィスと、エルヴィスの愛した世界や仲間を抹殺することです! 私が泣けばあっさり協力してくれたローレン──いや、セティにエルヴィスが刺された時、どれだけ幸せだっただろう!」

「……ヴァン」

「聞かせてあげたかった……エルヴィスが大切にしているディールに。セティは、エルヴィスを憎むことはできたが、ディールは憎めなかった。何度言っても、悩むばかりでディールに手を下すことは出来なかった──何故?」

 顔を歪めながら怒りに震えている。その姿は悲しみに彩られ、目を離せない。悪魔的な魅力でもあるのだろうか。逸らさないといけないということは頭では分かっていながらも、目が離せないでいる。

 エルヴィスへの憎悪を露にし、息子であるディールにも容赦なく向ける底沼の感情は静まる気配を一向に見せない。

 だが、大きな壁が──荒れる炎が、この声を拒絶している事実。もう、誰の声も聞かない。

 強固な姿勢を目の当たりにして痛感させられた。

「ヴァン……」

 結局は届かない声だった。枯れてしまう思いだった。実らない花だった。実るのを、聞かせるのを待っていた思いだったのに。

 くやしい、くやしい、悔しいと泣き叫ぶ心は止まらない。それでも。

「よく見てくれないか」

 その目で、その瞳で。

 何をしたのか、どうなっているのか。せめて、見てほしかった。そして、認めてほしかった。

 これで、最後にしよう。いつまでも足を止めてはいけないはずだ、やるべきことはまだたくさんある。

 ──闇を抱いているだけの頃を終わらせようと思った。そして……走り出す。

「助け、出さなければ」

 闇に囚われた全てを、助けるのだ。この手で、必ず。

 この手にだって、光を持つ資格はあるはずだ。絶対にできるはずだ。光が──自分の証がどうしてもほしかった。

 目的を持って歩み始めた足。今度は止まらなかった。

 去る人の後ろ姿を睨み付ける瞳には気づかぬ振りをして去っていく。


****


「──どうして……」

 暗黒犇めく砦から出た先に広がるのは──焼け爛れた人々と、崩れ落ちた家の数々。

 先ほどまで朗らかな笑みを、幸せな笑みを、家族の元へ帰る達成感に満ち溢れた幸せは、突如として壊された。

 信じがたい光景が目の前に広がる。あんなに幸せそうな風景がどうしたらこんな惨状になるのか。別のところではないのかと思ってしまうほど、豪奢な街は壊され、無惨な有り様に成り果てていた。

「さっきまで、何ともなかったのに、どうしてこんなことに?」

 炎が暴走していたのは知っていた。だが、あの砦だけだと思っていたのだ。でも、よく考えてみればヴァンは全てを憎んでいる。この町だって、憎しみの対象になっているはずだ。

 惨状を前にして、どうすることもできず迷っていた……そんな時だった。

「……旅の者か?」

 唖然としながらも歩いていた彼等を呼び止める声を聞いたのは──声をかけたのは、一人の老父だった。

 瓦礫と化した家をまだ捨てきれない悲しみを、その瞳に讃えながらも、ありのままを話そうと声をかけてきてくれたのだ。

「そうよ……何があったの?」

 老父と同じく悲しみを抱きながらユリウスは静かに答えた。優しさに触れて安心したのか、老父は嗚咽混じりに啜り泣く。

「──ヴァン様は、何故、我々まで不幸にするのか、もう分からない……エルヴィス様が正しかったのか、ヴァン様が正しかったのか、それすらも、もう分からないのじゃ……」

 戸惑いとやり場のない怒りに、込み上げるものがある。だが、怒りをただぶつけるだけではもうどうにもならないことを誰もが知っていた。だからやりきれないのだ。

「……ヴァンが暴走したのか?」

 今まで固く沈黙していたゼーウェルが口を開くと、老父が少しだけ笑って……いや、これも幻かもしれない。けれど、笑っているように見えた。そう思うことにした。

「おお……ゼーウェル様……生きていらしたとは……そうじゃ、ヴァン様が暴走したのです……」

「……そう、か……」

 ゼーウェルに気付いた老父が顔を輝かせている。だが、ゼーウェルは受け止めようとして、惑う。

 感情を隠しきれない姿だから、惹かれるのだろうか。彼の事情を知るリデルやルイズは頷き、まだ知らないレイザやディールはポカンとしながらも納得した。

 ヴァンが執拗にゼーウェルを妬み狙っていたのは、この人望の厚さもあるのだろう。

 確かにヴァンのように先導する力は不足しているが、助けてやりたくなるような何かが彼にはあった。きっと、真面目な人柄からだろうと考え付いたわけだが。

 懇願するように老父は、惑うゼーウェルにすがる。

「ゼーウェル様……エルヴィス様もヴァン様も見失っている……何を目指していたのか、何を求めていたのか……フィリカという存在が狂わせたのか、我々の要求がいけなかったのか……」

「……私にもわからない」

「いや、これからだ……ヴァン様は至高のお力を手に入れたと宣誓していた……何もなければよいのだが」

「……!」

 誰の声もまだ受け止めきれないでいる老父が虚ろに囁いたのはリデルとユリウスが共に目を見開く。そして、再びユリウスが彼等を先導しようとする。

「みんな、止めにいくわよ!」

 まだ事情も聞けていないのに、と、不満を露にするレイザ。だが、ヴァンはすぐに災いを起こすだろう。ふと、街の向こうに視線を変えると黒い物体が弧を描いているのが見えた。

「まだ終わってないのか!」

「走るわよ!」

「分かった!」

 彼らは走り出す──これ以上の悲しみを広げないために。


****


 アエタイトより北方。整備された道は違う町へ誘われるようにできていたが、あちこちで既に火が上がっていた。

「……ルディアス!」

 駆け出したのは──紅の髪を持つ青年。

「セティ……いや、レディン、来たのか……だけど、無駄だ」

 火の元は槍を構えながら詠唱を続ける、濁った赤を持つ青年ルディアス。同じ『あか』を持つ者が対面していた。

 だが、紅の髪を持つ青年は、炎に呑まれることなく、凛として呼び掛ける。

「ルディアス、何故気付かないんだ! アエタイトは崩壊している、君たちの願いがエルヴィスへの恨みを果たしたなら、もう充分じゃないか! アエタイトは壊され、エルヴィスはとうの昔に死んだ。エルヴィスへの悪評を広めた。もう目的は果たしただろう! やめてくれ!」

 切実な叫びを響かせる。だが、濁った赤の髪の青年──ルディアスは焦点の定まらない瞳をセティ──レディンに向け、ゾッとするほど陰鬱に笑ってみせた。もう、どこに向かうのか、方向性を見失い始めている。

 しかし、心の中にある鬱積した感情はルディアスを捕らえて放さない。

「まだだ……エルヴィスが愛したのはろくでもない世界だ……こんなろくでもない世界だ……フィリカ等と言うおとぎ話の世界の、力だ。その為に駆り出された……アルディという国を豊かにするために……ただ、それだけのためになっ!」

 目をカッと見開き、叫ぶ声にレディンは思わずすくみあがる。だが、どうしてこんなことをしなければならないのか、レディンにはもう分からなくなっていた。

「だから……消滅させるのか」

「黙れ! エルヴィスは、自分達を豊かにするアエタイトを発展させるためだけに力を求めた。他の街が不自由で不便を極めても見向きすらしなかったのに、アエタイトの不平不満には敏感だった……だから、壊してやるんだ……エルヴィスの愛したアエタイトを、エルヴィスの築き上げた地位も名誉も……歴史も……そして……」

「ルディアス……」

 叫び終えたルディアスの瞳には無色透明の雫が溜まっていた。でも、溢さなかった。大地に落ちたところで、実らない思いだ。だが、レディンは目を背けなかった。彼の声を聞いて、彼を受け止めることが助けることだと信じていた。だから、ここにいるのだ。

「ルディアス……エルヴィスのやり方には俺も反対していた、でも、怖かったんだ」

 心の中にある恐怖。それが、ルディアスを追い詰めたなら……。それでもレディンは話さなければならないと思っていた。だが、ルディアスは違った。

「何を……エルヴィスの下に付いて、豊かに暮らしていたのに……」

「……ルディアス、聞いて、くれ」

「お前の言うことなんて聞けない……俺たちはフィリカの深淵に向かう。そして、手にいれるんだ……カイザーを。フィリカに眠る帝王を手にいれて、世界を消し去る。それが、俺たちの願いなんだ」

「ルディアス……」

 彼はレディンの声を聞かなかった。聞けないとはっきり言ってのけたのだ。だが、一方でルディアスは拒絶とは対照的な呼び掛けを残す。

「……追いかけてこいよ、レディン。俺たちを突き放してでも成し遂げたいことを、是非聞かせてほしいな。俺たち、サッグを離れてでも成し遂げたいことって言うのを」

 ルディアスは陰鬱に微笑み、燃える炎をそのままにして背を向ける。そして、傍らに眠る糸目の竜の背に乗って、空に向かう。

 火の粉が空へと舞い上がるのを見届けて、凍りつくような笑みを浮かべながら、止めにきたレディンを視界に捉えていた。

 ルディアスは来いと言った。

 聞けないとはっきり言ったルディアスが、レディンが来るのを待ち望んでいた。

 期待しても、いいのだろうか。

 まだ、捨てなくてもいいのだろうか。

 捨てなければならないと覚悟を決めていたものを、まだ持っていてもいいのだろうか。許されるのだろうか。

「……ルディアス、俺は君ともう一度」

 ずっと大切にしていた繋がりを捨てることなんてできない。だから迷っていた。これで最後にしようと、今になってやっと覚悟を決めていたのに。

 でも、まだ捨てなくていいと言うのなら、ずっと大切にしていたかった。

 そして、彼は歩み始めた。

 もう一度、輝かしい日々を取り戻すために。

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