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戦闘舞踏 第二部 ー悪の咆哮ー  作者: 真北理奈
第二:迷える子
14/32

Escape13:絶望に孕む想い

 いつもそうだった。

 手が届く距離で、君が必死になっているのに、自分は見ているだけで何もできなかった。

 ただ逃げることしかできなかった。

 こんなのは――もう、嫌だった。

 力が、力があれば、苦い想いをしなくて済んだのに。

 だから、受け入れた。

 それが──禁忌だとしても。

 恐るべき殺戮に繋がると、知りながら。

 ──誰かを守れる力が欲しかった。


****


 ゼーウェルはダークの前に立ち、懸命に食い下がった。

 此処が何処か、ダークの強さ……そんなこと、自分にとってはもうどうでもよかった。

「貴方の暴走を止められるなら、何だって構わない」

 傷なんて、どうでもよかった。

 何よりも、この痛みが諦めたくないと勇気を振り絞る。

 もう、二度と、こんな思いは御免だ。

 もう二度と、守られて終わるだけの自分は――御免だ。

「ゼーウェル……どうして戦う? 全部無駄になると分かっているのに、どうしてそんなことをする?」

「お前にとっては無駄なことかもしれない、でも私にはそうじゃない! やってみなければ分からない!」

「相変わらず強情だな。そういうの嫌いじゃないけど……目障りなんだよ」

 ダークは素早く歩み寄り、ゼーウェルに向かって斬りつける。

「……っ!」

 自らが持つエネルギーで生み出した刃が肉を切り裂く感覚をダークは味わった。

 自分に異を唱える人間が傷つく姿を見るのは至高の悦楽をもたらしてくれる。

 もっと、それを味わってみたかった。

 痛みに苦悶するゼーウェルにダークは一切の慈悲を見せる気配がない。

「あ……っ!」

 堪えていた悲鳴を上げてしまった。

 とても、とても悔しい。

 自分では――無理なのか。

 今の状況では無理なのか……ダークの、言う通りなのだろうか。

 そんなゼーウェルを見下ろし、彼の手を踏みつけながらダークは笑っていた。

「だから言ったじゃないか。無駄だって。もう魔法を使えるだけの力も残っていない」

「ぐっ……そ、れで、も……ああっ!」

「諦めなよ」

 グリッと、獲物の手を踏んだ足が動く。

 骨が折れるような音を聞いたゼーウェルは悲鳴を上げた。

 骨と肉が割れるような気味の悪い痛みが脳内で映像化される。

 一方のダークはそんな気味の悪ささえ悦楽として受け取っていたようだ。

「いつも凛々しいお前のそんな顔を見れるなんて楽しいよ。ヴァンに手渡すのは勿体ないなあ」

「……何、が、目的、だ……」

 それでもゼーウェルは強い視線をダークに向けることをやめなかった。

 ──私だって。

『ゼーウェル卿!』

 レイザの声が反芻する。

 必死に呼ぶ声が、胸を締め付ける。

『逃げてください、ゼーウェル卿!』

 自分は、何も出来ない。

 ――ああ、どうして。

 どうして、傍にいなかったのだろう。

「前もそうだった、ね? レイザはお前を庇い俺と戦った」

 ゼーウェルが痛みに呻く様を楽しんで、ダークはクスクスと笑いながら話し始めた。

「そう……レイザはあの時死んだ」

「……!」

 その一言を発せられたゼーウェルがもがき、ダークに抗った。

 ──悲しかった。

 自分を恩人だと言ったレイザ──レイザが、ダークに敗れて……その先は……。

「ああああ!」

 嘆いて、嘆いて、悲しんで。

 もう息のしない彼を──漸く思い出した。

「そして、お前は俺に懇願した」

『レイザを助けてくれ!』

 レイザを――彼を殺したダークに懇願した自分がいた。

 自分の置かれた身があまりにも情けなくて、屈辱と喪失に泣きながら。

 ダークは気まぐれな性格だが、どうしてか分からずゼーウェルの懇願を一先ずは受け入れてはくれたのだ。

 力なく天を仰ぐゼーウェルにダークは冷たい視線を向けたまま。

「お前に言ったよね? レイザは助けてやる──その代わり、お前には」

 ダークは足を退けて、ゼーウェルの耳元で囁いた。

「……俺の手足となれ、と」

 願いを叶えた代償をダークは要求した。

 聞いてやったのに、応えたのに。

 だけど、彼はダークの理想には反対を示し、彼の命令を守らなかった。

 ダークの理想──フィリカという生死のない楽園の完成と、願えば必ず叶う、実現する世界にすること。

 素晴らしい世界が手に入る筈なのに、ゼーウェルは――人々が思い通りに容易く夢を実現する世界にするのを反対し、ダークに刃向かった。

「誰もが賛成したというのに」

 サッグの仲間をダークは噛み締めるようにゼーウェルに聞かせる。

「ルディアス、ルキリス、ユリウス、セティ、ラルク──途中で離反したルイズとリデル。なのにお前だけは賛同しなかった。協力すら応じなかった、レイザを助けてやったのに」

 最後は憎しみを込めて、ダークはゼーウェルを睨んだ。

 ゼーウェルが協力すれば実現したのに――してくれなかった。

 積もり積もった怨みを視線に宿して。

 ダークの視線が恐ろしくて、ゼーウェルは目を伏せた。

「……自分が……」

 ゼーウェルは自分を責めた。

 自分が――自分が、ダークに協力すれば――何もかも丸く収まったのだろうか……?

 だが、その部分だけはくっきりと抜け落ちていて反論できない。

 ダークの言われるがままだった。

 それでも従わなかった理由は何だろう?

 それが分かれば反撃も出来たのに、言い返したくても言い返せない。

 ダークに勝てない事実を突き付けられ、ゼーウェルは己の無力さを責めた。

 ――どうすれば……。


****


 轟音とともに魔方陣を描いた床に空いた穴。

 ひしめき、足組みに絡む蔦を伝って降りた。

 ハーディストタワーにこんなところがあったなんて知らなかった――穴に降りた四人は揃いも揃って驚きの声を上げる。

「何なんだよ、この岩場は。それにゼーウェルとダークはどこに……!?」

「おっそろしいな……えっと……あ、あれは?」

 そこを覗き込んでいると岩場を幾度か下った先、悠々と立つダークと追い詰められているゼーウェルが見える。

「あんなところに……ちっ」

「彼処まで行くの、かなりの距離があるよ!」

 駆けようとするレイザを諫めるディールの声と同時に何者かが高らかに笑う。

「此処で君たちにも死んでいただこう!」

「!?」

 四人が振り向いた先には──勝利を確信したと笑みを浮かべる男の姿。

「……ヴァン!」

 ルイズにとっては絶対に忘れられない彼の姿。

 何故、怯えるのか。ヴァンは苛立ちも含めながらルイズを牽制する。

「ルイズ、どうして私を見て怯えるのです?」

「ルイズ、聞いちゃダメだ!」

 震える彼女の前にディールが立ち、ヴァンが紡ぐ狂気を遮った。

「……ヴァン、今度こそ、終わりにしてくれる」

 リデルも身構え、ヴァンを見据えた。

 ただならぬ因縁で結ばれた二人の対峙。

 レイザは不安だった――しかし、何とかしてヴァンを退けなければゼーウェルを助けられないことも彼には分かっている。

 焦りを見せるレイザを見たディールが、そっとレイザの傍に近寄った。

「レイザ」

 覚悟を決めた、静かな声だ。

「……ディール?」

「レイザはゼーウェルさんのところに行かないと。大丈夫だよ、ヴァンは俺達が止めるから」

「ディール……」

「早く、早く行くんだ!」

 ヴァンの魔法が放たれる前にリデルがバリアを張ってかき消した。

「ヴァン、お前の相手は俺達だ。レイザではない──レイザ殿、ゼーウェル様を、必ず!」

 レイザは四人の言葉を聞いて泣きたくなった。

 自分の為に、ヴァンを止めてくれている。

 それがとても嬉しかった――だから。

「……ごめんな、じゃあ、俺は!」

 前に向かって走り出す――今度こそ、必ず。

 レイザはゼーウェルの元へ走り出していく……。

「逃がしはしない」

「お前なんかにレイザの邪魔はさせない!」

 レイザを追おうとするヴァンの前にディールが立ちはだかり、身構える。

 仲間を思う子、人を信じる子……。

「そうか……それほどまで……レイザのために。健気な子だ……私もその強い思いに応えなくては――」

 ヴァンはレイザを追いかけるのをやめ、道を塞ぐディール達四人に向き直った。

 きらりと光る双眼が血を求め、鮮やかに舞う。

 紛れもなく、彼もまたダークと同じように今の状況を楽しんでいた。

「この高揚した思いのままに、君たちにも聞かせたいな――無念の声を」

 絶対的な勝利を確信した強気な姿勢そのままに、ヴァンは四人に襲い掛かった。


****


 不安定な岩場でバランスを崩さないように立つディール達とは対照的にヴァンは鮮やかなステップでディールに近付き、持っている槍を思いのままに振るった。

「さあ、そこの奈落に落ちて、我々の生け贄になるといい、光栄だと思え」

「冗談じゃないよ! あんな奴等の食い物にされるなんて絶対にいやだよ」

 ディールはヴァンの持つ槍を警戒しながら、不安定な足場を使って攻撃する隙を狙っていたが、柄の長い槍にはかなわなかった。

「はははは、いいぞいいぞ、そのまま落ちてくれ!」

 槍を華麗に回転させ、目にも止まらぬ速さで四人の間を駆け抜ける。

「くっ……かわしたとはいえ……相変わらず凄まじいね……」

「ルイズ、あなたも大概ですよ。こんな状況で強がるとは」

 余裕綽々で立つヴァンは笑いながらルイズの足元目掛けて槍を突き刺した。

「わわわ、本当に容赦しないね! あたいのことを気遣ってくれないか!」

「そうしたいのは山々ですが、生憎できそうにありません」

「ルイズ!」

 ヴァンの追撃を予測したディールが駆け寄り、餌食になりそうなルイズを引き寄せたため事なきを得た。

 もし、あと一歩遅ければ間違いなく落下していただろう。

 無意識に空洞を覗き込んでいたのか、その末路を想像してゾッとする。

 最も、ヴァンにとってこれほど美味しいことはないのだが。

「さあて、見せてやるさ。これでも喰らえ!」

「真空裂旋!」

「おおっと、危ない危ない。最近の子は野蛮ですね、ルイズ、教育がなっていませんよ」

「ちいっ、効かないか!」

 リデルが距離を詰め、風の力を借りて飛距離を上げてヴァンに迫るが、ヴァンはさらりとかわした。

 にっちもさっちもいかない状況に焦れたのは、宣戦布告をしたディールである。

「手のつけようがないよ、どうすりゃいいんだよー!」

「そこで爆発、フレイムボマー!」

「あわわわ、こんなところで堪ったもんじゃないよ!」

 この状況に焦ったのはアイーダも同じで咄嗟に爆発を起こした。目の前で起こる火花と耳が潰れそうな轟音。

 流石にヴァンもこれには耐え切れず倒れ、近くに迫っていたディールも巻き添えとなってバランスを崩す。

「おいおい、これじゃ落ちるじゃないか……トルネード!」

 足場の少なくなった二人をルイズが突風を起こして掬い上げ、場所を移動する。

「逃がすものか」

「逃げるつもりなんてないさ!」

 ヴァンの執念にルイズが堂々と言い返す。

 軽やかなステップを刻みながら足場のよいところにヴァンを誘き寄せていた。そうでなくては自分たちが不利だからだ。

「待て、ファイアーストーム!」

「挑発しないでよ!」

 アイーダとルイズを庇いながら進むディールが情けない悲鳴を上げるが、それはルイズには聞き入れて貰えなかったようだ。

「ダメだわ、いつ焼かれても可笑しくない……アクアシェイド!」

 ヴァンの執拗な追撃に痺れを切らしたアイーダがアクアシェイドを放つ。

 水流をダイレクトに相手にぶつける豪快かつ洗練された魔法だ。

「何と、水ですか……ふふふふ、楽しくなってきた」

「益々悪化してるんだけど!」

 ヴァンの含み笑いを聞いて背筋に寒気が走る。

 彼は――自分に痛手を与える攻撃ですら、楽しみを見出だしていたようである。

「効果的です……ふふふふ、これでお前たちを確実に消去デリートできる口実が出来たわけだ──フォースレイダ!」

 白い球体に――人の目が描かれた不気味な物体が生み出され、ディールたちを追い掛ける。

「やばい、触れたら爆発とかしてしまうやつだろ!」

「ご名答。頭がいいですね。それは君たちに近づくと爆発を起こしますよ」

「やっぱり!」

「しつこい奴だね……とにかく足場のいいとこまで上がるんだ。追い付かれちゃいけないよ!」

 ルイズは後ろにいる二人に叫びながらヴァンの追撃を避け、足場から足場へと移る。

 ヴァンの笑い声が足元まで迫るような感覚は背筋に寒気が走るわけだが、それでも何とか有利になるところまで移らなければ勝負にすらならない。

 敵を倒す為なら手段を選ばないのが――ヴァンだ。

「彼処だ!」

 先頭を走り、アイーダを護衛するディールが叫ぶ。

 およそ数歩先に足場には最適な岩場があった。

「フェアな戦いに持っていくわけですか……どうせ無駄だ」

「やってみなきゃわからないだろ?」

 先に足場についたディールがアイーダを引き上げ、リデルとルイズが同時に辿り着く。

「待たせたね……ヴァン。望み通り戦ってやるよ……あんたは戦いを望んでる。そうだろ?」

「……ヴァン」

 肩で息をしながらもルイズはヴァンに向かって宣戦布告し、リデルが険しい顔で素気なく、名前だけを呼んだ。

 ヴァンにはこれで十分だ。

「ルイズ殿、威勢がいいですね……フォースジェット!」

 執拗に追いかけていた玉が物凄い振動と爆発音を上げて、四人に襲い掛かった。

「ルイズ姉さん!」

 ルイズが弾き飛ばされ、地面に叩きつけられる。

 それを見たアイーダが悲鳴をあげるが、ルイズは緩慢とした動作で起き上がった。

「……いたたた……もうちょっと加減できないのかい」

 いつもの口調で話しているのでどうやら大した怪我はしていないようだ。

 いつぞやの階段での情景を思い起こされたアイーダは激昂のあまりルイズを叱りつける。

「もう、ビックリさせないで!」

「あ、ああ……」

「……ルイズ」

 何となく気まずくなってアイーダに返そうとしたルイズはいきなりヴァンに名前を呼ばれ、戸惑いを覚えてヴァンを見る。

「まだ、思い出されないのですか? それとも、忘れている振りをしたのですか?」

「……ヴァン」

「貴方は私を裏切ったこと」

「……」

 ルイズが口を固く閉ざしたところを見てヴァンは続ける。

「彼女を愛する私を──彼女を貴方は裏切ったじゃないですか」

 ルイズの前に立ち、ヴァンは冷酷に笑う。

 捉え方によっては憤怒とも取れる光が瞳の奥でごうごうと燃えている。

 ヴァンと再会してから、ルイズは彼の瞳から目を逸らし続けていた。

 逃げでもあった。それに、奥底で燃える憤怒が本能的に恐怖を煽ったからだ。

 だが、もうそれは出来ない。

 ルイズは一歩前に出て、ヴァンに話し掛けた。

「……ヴァン、あんたは変わったよ」

「ほう?」

 もう、昔の勤勉な彼はいない。

 憎悪で歪みきった目の前の青年は、ただ殺戮を繰り返す化け物へと変わってしまった。

 終わらせなければ、永遠に殺戮は止まらない。

「あたしが解放してやらないと」

 彼女は短剣を取り出し、ヴァンに向ける。

「あたしは負けないよ」

 何もかも振り切った覚悟を露にする瞳と憎悪が真っ向からぶつかる。

「分かりました、ルイズ殿。あなたのその覚悟、全力で応えてやるさ」

 真っ直ぐ立つ彼女を見てもヴァンは相変わらず悠然と笑っていた。


****


 昔、まだ子供だった頃。

 三人がそれぞれの夢を抱きながら都市の真ん中で、それは優雅に過ごしていた時代。

 フィリカの話はお伽噺だと信じ、固執はおろか見向きもせず、ただ歴史や計算を習い、集団生活を過ごす中で培われた知識を積んでいた時代。

 そう──アルディの大都市アエタイトは子供が商店街やら港やらを自由に駆け回り、時折訪れる箱形の遊園地が一番の楽しみだったろうか。

 どこにでもある日常の中で普通に生きていた。

「ねえ、今度フィランから僧侶さんが来てくれるんですって」

 自分に向かって無邪気に話す少女の声は今でも忘れられない。

「人の役に立つ仕事がやりたいなあ。一瞬で誰かの傷を治せるなんて神秘的じゃない?」

「相変わらずお人好しだねえ、悪い人に騙されないようにしなよ──ユリウス」

「まあ、私が世間知らずみたく言うのね。酷いわ」

「本当のことじゃないか……メーデルも心配していたよ」

「姉さんは過保護なのよ」

「それならユリウスは生意気だね……あ、メーデル、ヴァン」

 アエタイトの船着き場で待っていた二人の面影を見つけて快活な口調で呼ぶ。

 遅くなるから帰ろうとルイズは言ったが、ユリウスは二人を待つと言って聞かなかった。

 そして、放っておくこともできず、彼女に付き合わされる羽目になるのが毎回の決まりだった。

 メーデルとヴァンがユリウスのところへ戻ってきたところで、メーデルがルイズに微笑んだ。

「ルイズ、いつもありがと。そうだわ、ヴァン」

「何ですか?」

「ユリウスを家まで送ってくれない?」

「勿論構いませんよ。ルイズ殿と話されるのですか?」

「ちょっとね。じゃあ、お願いね」

 ヴァンが快く承諾し、ユリウスを送る背中を見送って、メーデルはルイズに向き直る。

「ルイズ、エルヴィス様の研究、止めないの?」

「……あれか、召喚という技術を使って精霊を呼び寄せて豊かな大地にしようという研究かい?」

「アエタイトは過ごしやすいわ。他も多分そう。それなのにまだ広げるの?」

「……私はただの助手だよ。しかも雑用係。ちっぽけな私には無理だよ」

「……でも、エルヴィス様はあなたを信頼しているわ。ほかの――ゼーウェルに兼ね合ったりはできないの? ともかく何とかしなきゃ。最近のエルヴィス様は何を考えているか分からないの。はっきり言って――怖いのよ」

「……メーデル。……そうだな……ちょっと考えさせてくれないか」

 メーデルに説得され、ルイズは迷っていた。

 今、大都市アエタイト含むアルディは爆発的に発展を遂げ、制度も何もかも発展に追い付いていなかったからだ。

 やって来た人々が口々に住みやすいと言い、人を招き入れるので此処に移り住む者が絶えないわけだが、エルヴィスのやり方も考え方もこの状況を加味してみても合致しないところがある。

「エルヴィス様は極端すぎるわ。何を考えているのかしら?」

「……でも、あたしにできることは、そんなに無いかも知れないよ……?」

 メーデルは、彼女はどうして自分にそんなことを言うのだろう。

 どうして、ここまで、自分を信じられるのだろう。

 彼女の言葉が重みになって、無言で佇むルイズにメーデルは、やはり微笑んで軽く肩を叩いた。

「ルイズ、あなたならできるわ。何となく、そんな気がするの」

「……メーデル」

 自分にできることは、何だろう?

 彼女はずっと考えていた――メーデルに言われた時から。

『……ユリウス!』

 研究の果てに犠牲になって、カプセルに入れられた彼女を見た時も──今も、ずっと。


****


「ヴァン、エルヴィス様の理想は『今よりずっといい国を創ろう』としたことだった。あたしはそれがいいとは思っていなかったよ、でも」

「……」

「止める術が無かった。いや……怖かったんだ。ユリウスみたいになるのが」

「……」

「だけど、何百人といた塔を爆破して殺戮を起こしたあんたのやり方も私は賛同できなかったんだ」

「……姉さん!」

 アイーダは驚いて姉の顔を見る。

 忘れもしない事件――研究者を招集した塔『ウェルダー』が火事になり多くの者が犠牲になった。

 原因も分からぬまま、いつしかエルヴィスの理想をも風化していったけれど、あの惨劇だけは誰も忘れられなかった。

 原因――即ち首謀者がヴァンであることをはっきりと言ってみせた彼女。

 だが、目の前にいるヴァンは表情を変えないまま、口を開いた。

「……まだ、知らないのでしょう──ディールは」

「……」

「災いは芽のうちに摘む。良い言葉を生み出したものですよ。死人に口無し……君たち四人を葬れば惨劇を知られることもない──」

 ゆったりした口調で語りながらヴァンはディールに向かって凪ぎ払いを放つ。

「……っ!」

「真実を知るのは怖いでしょう。何も知らないうちに楽にさせるのが一番いい」

 悠々と語る彼なりの慈悲ともとれる持論が展開されていく。

「ディール君、そうは思わないか──火炎殺!」

 唸りを上げる炎の渦が熱とともに発車され、まるで獰猛な肉食獣に食い殺される悪夢が目の前で表現される。

 ──もう、終わりかな。

 奇妙な浮遊感とともに沈んでいくような。

 凛と研ぎ澄まされた戦意と意識が明々と輝く赤に交じり、混濁していく。

 けれど──諦めたくない。

 僅かに残る負けん気が混濁する意識を研いでいく。

「……まだ、諦めないよ……」

 荒く大きく息を吐いて、ディールは自分よりも少しだけ前に出たルイズの肩にもたれながら炭だらけの自分の服を視界に入れつつ、はっきりとヴァンに告げた。

「……へぇ」

 応えた感嘆の声には憐れみも含まれていた。

「どうしてそこまで出来るんだ」

「そんなの決まってるだろ!」

「ディール!」

 ディールが走り出したのとアイーダの悲鳴が上がったのはほぼ同じタイミングだった。

 危険を承知で懐に何とか飛び込もうと足掻くディールを止める──いや、一緒に。

「ヴァン、負けられないの。貴方と同じように、私も──照らせ、シャインスロー!」

 私は──君にとっての光になりたかった。

 空間を照らす光、空に咲く大輪の花。

 どんなことがあったって無邪気な君の役に立ちたかった……。

「ヴァン!」

 咄嗟にリデルが鋼の糸を奮うが微かに肉を切る感じがしたが、視界が開けた時には、もう、遮る人の姿はない。

 しかし、足元に落ちた赤い点は、確かにヴァンが流した血の跡だった。


****


「ディール……」

「えへへ……なんにもできなかった……」

 ぐったりした様子でアイーダの肩に預けながら、心に引っ掛かっていた悔しさを吐き出すディール。

 アイーダは半ば泣きながら首を横に振る。

「アイーダは優しいね……でも、なんにもできなかったんだ……俺って本当、馬鹿だったよ……セティが俺に愛想尽かすのも無理、ないかな……」

 自分を邪魔だと言って狙ってきたセティを思い出しながら、ディールは自嘲気味に話した。

 父が凄い人だと信じて疑っていなかった頃を。

「ちゃんと向き合っていなかった……父さんのやっていることは正しいって信じてた」

 ──この研究が成功すれば私は認められ、この国は広がる。いいかい、幸せになるには犠牲はやむを得ない。

 生前語っていた父の戯言。

 父はアルディをより良い国にするため、より多くの人を住まわすため、いつしか息子のことも部下も全部、利用できる道具として見なした――自分自身のことさえも。

「セティが……父さんを殺したのを見た時、悲しかったんだ。裏切られた気がして」

 父がいない中、自分の面倒を見るよう命令されてやって来たセティが心の拠り所だったのに。

 父のやっていたことが凄いと、感動しながら言って回った自分を見て、セティはどれほど苦悩しただろうか。

 そんなこと、きっと考えもしなかった。

「俺、セティやルイズ──アイーダにつらい思いばかりさせてたね、本当にごめん」

「ディール……」

「だから、今度はね」

 ディールが立ち上がり、アイーダの肩を抱く。

「逃げないよ、絶対に戦って……元の世界に帰ろうよ」

 共に歩きながら、ルイズ達のところへ戻る二人はもう泣いていなかった。

「二人とも早く脱出しましょう」

 隣り合わせの二人を微笑ましく思いながらも、一刻も早く脱出しなければならない状況を伝える。

「この先に外に出るワープ盤があります。魔力を注げば動かすことができる──こちらです」

 リデルに続き、足場のところからひっそりと佇む羅針盤のようなものの片鱗。

 この塔を駆けるにはこれが必要だ。

 僅かな希望を胸に四人は走り出した──ゼーウェルを追うレイザに早く辿り着くために。


****


 力も尽き、声も枯れて、もう限界だと思ったのに――まだ、自分は抗っていた。

 手は奮い、足は素早く動き、目の前にいる敵を霞むことなく視界の中に入れて。

 咄嗟に口が短い言葉を紡ぎ、細い閃光が煌めいた。

「どうして戦うんだい?」

 今度は自分に暗い光が鮮やかに刻まれる。

「……貴方こそどうしてこのようなことを」

「今更聞くのかい?」

 相手も苦し気に息を吐いている。

 鮮やかで煌めく光がぶつかる中、堂々巡りを繰り返すことしか出来ない悲しみ、打破する切っ掛けも見出せない虚しさ。

 ──彼には自分がどう映っているだろうか。

「ゼーウェル……君は、変わっていないね」

 一旦距離を取り、ダークは明確に自分の名前を呼んだ。

 冷たく低い声の中から、僅かではあるが暖かな響きを含んでいたような気がする。だから、戸惑いを覚えた。

 だが、敵意は滲ませたまま。

「だけどもう……遅いんだ。そして、この塔に用はなくなった。もう、俺の求めるものが手に入ったから……」

「!?」

 地の底から遠吠えを上げるように地響きを轟かせ、ゼーウェルは崩れる。

「これで、これで、もうすぐ……フィリカは現実に……発展の礎になれることを喜んでほしいな」

 ダークは微笑み、静かに空気の中へ溶け込んだ。

 轟音の中、塔を形成していた瓦礫が崩れ落ちる中。

「どうしたら止められるんだ……!」

 右往左往に動く空間を見ながらも、嘆くしか出来ないゼーウェルは悔恨を混じらせながら、必死に蔦にしがみついた。

 彼は――ダークは新しい世界を求めていたのに──世界を創る理由を知ることもできず、仮初の塔とともに瓦礫の中で沈むのは耐え難い。

「まだ……まだ、会えていないのに……!」

 そうだ、何のためにここまで来たのだろう。

 ずっと、消えることのない頼もしい笑顔にも、まだ会えていないのに。

「……逃げたくないんだ、避けたくない……だから、今度こそ」

 他人の手に寄りかかって生きていくだけの弱くて汚い卑怯な自分には戻りたくなかった。

 レイザに頼りきりになって結果、レイザを失ってしまったことも忘れてしまいたかった

 その後、ダークにすがってしまったことも忘れてしまいたかった。

 ──忘れたら、強くなれると思っていた。

 がらがらと崩れる瓦礫を見ながら、どうしても諦めたくなくて地を這った。

 自分はこんなに醜かっただろうか──こんなに──……。

「ゼーウェル!」

 崩れる瓦礫の中で声が聞こえたのは、きっと都合のいい夢かもしれない。

「起きろ、早く起きろ!」

「……レイザ…………?」

 どうしてここに?

 聞きたいと願ってやまない声だ。

 聞き間違うわけがない。

「あんたがダークと戦ってるのを見たら放って置けなくて来てやったんだ……夢じゃないからな」

 照れ臭そうに、どこか怒りも含ませて引っ張る力を強くする。

 さすがに大の男を背負って歩ける程超人的な力を持っているわけではない。

「レイザ……本当に?」

 本当にここまで来てくれたのか。

 まだ信じられないでいるゼーウェルにレイザはムッとして頬をつねった。

「夢じゃないって。馬鹿だね、あんたは」

「……レイザ」

「どうせまたやってしまったとか思ってるだろ、本当に大真面目だなぁ。あのさ、赤の他人を助けるために死に目に遭うような真似するほど俺って優しくないんだよ」

 崩れ落ちそうな足場でも歩けるのは多分レイザがいるからだろう。彼の言葉を聞きながら歩く。

「……あんたが俺を助けてくれたんだよ……」

 路頭にさ迷う哀れな自分を、自分に力の在り方を教えてくれたこと、すべて。

「一度しか言わないからな……あんたのためなら何だってできる」

「……」

「あ、今の忘れてくれよ……って……」

 感謝の思いと、秘めた想いを照れ臭そうに伝えたのに彼の反応がないことに気づいて振り向いてみれば。

 両手で顔を覆い、声を出さないように努めながら隠しきれない涙を流していた。

 レイザは困ったように笑う。

 ──いつもは、あんたが宥めてくれたんだっけな。

「……しょうがないなあ……」

 止まる気配のない涙に戸惑いつつ、生きていることを確かめられた。

 ──もう、其処に在れば他には何もいらないよ……。

 レイザは立ち止まり、静かに泣いているゼーウェルを宥める。

「おーい、ゼーウェルさーん、レイザー!」

「!!」

「ゼーウェル様! レイザ殿!」

 二人のもとへ集うディール、アイーダ、ルイズ、リデル……。

 お互いを見ながら、生きていたことに安堵と感動のあまり、また泣きそうになったけれど。

 ダークによって創られた塔がどんどん崩れていっている。

 早く、ここから逃れなければ。

「フィリカの封印は解かれたようですね。ここにいる者や力が現実世界に侵略するのも時間の問題ですよお」

 起動した羅針盤に乗りながらリデルは世界に危機が迫るのを簡潔に説明した。

 早く止めなければこの世界が災いになってしまう。

 この世界にいた住人も、フィリカ自体、それは望んでいないだろう。

 自分たちの考えをフィリカに押し付けかもしれないが、最初に来た時に見た美しい自然が変わらずにあるのなら、平和を望んでいることを信じている。

「……ダーク」

 暗闇から徐々に光が見えてきた。

 ゼーウェルは光を見つめながら、何処かで未だ暗躍する闇の存在を思い起こしていた。

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