Escape12:闇夜の決勝戦
『過去とは、心が永遠に守り続ける宝石――未来とは、心が求め続ける原石――現在は――心が疲弊する岩石……』
どこからともなく、声が聞こえる……。
『君が戦うのは何の為?』
高い声が問うのは、未来か希望か。
私が君たちに敢えて、僅かな灯りだけを与えるのは――より深い傷を負わせるため。
それでも、君は進むのだろうか……?
ならば――私の選ぶべき答えは……。
「戦うことだ!」
打ち上げた花は紅色を創り、憂いを添える。
これで、自分の望む舞台を飾ることができた。
あとは、本番をイメージするだけだ。
最高の舞台にするために――自分の描く美しさを求めるために。
醜さは不要の産物――排除しなければならない。
****
無限に続く黒一色の空間をゼーウェルとリデルはひたすら歩いていた。
この道中、節々で見えた扉。何処かへ繋がるだろうが、何故か開ける気にはならなかった。
もしかしたら、新たな可能性を孕むかもしれないその場所が怖くて近付けないのかも知れない。
黒だけの空間に目が慣れてしまって、何の変哲もない筈の扉が異物に映るのか。
最も、不安で揺らぐ己の心境を彼は察していたのか、心配そうに声を掛けてくれたけれど。
「ゼーウェル様、どうしたのですか?」
「……リデル、さん」
途切れ途切れの息とともに名前を吐いて、分岐路を自然な足取りで左に曲がる。
ここが正しいと自信を持って言えるものは何も持ち合わせていない。言うなれば、ただの直感だ。
「顔色が悪いですよ? ここに因縁でもあるのですか?」
「……分かりません、分からないけど」
「ゼーウェル様、私も不思議なのです」
妙な確信を抱いているのはリデルと同じようで、尚且つこの場所は今まで通って来たどの場所よりも心に直接語りかけるものがある。
「そうだ、リデルさん。此処を行けばいいのかもしれないって、思うのです……」
ぎこちない答えを示す言葉と同時に、気付けば扉に手が触れていた。
開かれた扉の先には――本棚と机が薄明るい桃色のカーテンに覆われて輪郭がぼやける隠し部屋。
誰も知らないような寂れた雰囲気が、ほんの少しだけ懐かしさを誘った。
脳裏に浮かぶ鮮明な部屋の構図――知るはずもないのに。
反対側には机があって、タイトルのない本が数冊立て掛けられていてそこにも窓があって……事細やかに説明し始める脳内は間違いなく侵されている。
「此処に、何かがある」
断言して見せるゼーウェルに、リデルは首を傾げながらも特に反論はしなかった。
それに……リデルもこの扉には興味があった。
甘酸っぱくてほんの少し悲しくて、懐かしい感情をそこには抱かせる。
「引いてみてください……先に何があるのでしょうか」
「気になりますか?」
「ええ、一緒に引いてみてもいいですか?」
「勿論」
新しい場所へいくのは勇気がいる。
その勇気をわけてくれる存在に少しだけ救われ、ドアノブに互いの手を添える。
恐る恐る、壊れ物を触るように扉を引く。
ギィィ……。
古びた音が響き、静かに彼らは中へと入った。
彼らの予想とは裏腹にまたしても部屋だ。本棚が並んでいる隠れ家的な。
「本棚に箪笥、小窓に机」
ゼーウェルは驚きのあまり、心臓が止まったかのように動けないでいた。
――自分が脳内で思い描いていた風景がそこにあるのは何故だろう。
そこで彼はますます分からなくなってくる。
「……ゼーウェル様」
リデルは困惑する彼に何と話しかければ良いか分からないでいた。
――もしも此処が彼にとって……そう考えたらやはり問い掛けるに相応しい言葉はたったひとつ。
「貴方は本当はこの場所をご存知なのでは?」
ハーディストタワーという名ではなく、もっと別の名前がある。
そして、彼は何となくこの場所が何なのかわかっていたのではないか?
そんな気がしてならないとリデルは内心思っていたわけだが。
「……多分」
リデルの言わんとする内容を読み取ったゼーウェルは答えるようにゆっくりと口を開いた。
脳裏に掠めるヴァンの憎しみが、今更になって心に突き刺さる。
「ヴァンは私のことをこう呼んだのです──『セイシェル・ハイブライト』と」
それまでは、レイザが最初に呼んでいた「ゼーウェル」が自分の名前だと思っていたのに、あっさりと塗り替えられて。
彼は、自分が今まで進んできた塔の内部を思い返し、その道中で抱いた疑問と、疑問に対する回答の限りを、リデルにそっと打ち明ける。
「多分……この場所はこんな薄暗く不気味な塔ではなかった」
塔に入って直ぐ迫った――幸せそうな男女が仲睦まじく談笑している華やかな映像。
それとは対照的である黒い空間が狂い無く重なる。
間違いない――此処は自分の記憶の在り所だ。
「リデルさん……」
「何ですか?」
自分の中にあった記憶が、目で見られるものとして散りばめられているこの場所で。
「私はできるでしょうか?」
全てを知った時――それでも自分は信じる場所へ戻ることができるのだろうか。
拒絶や恐怖に負けて、呑まれたりはしないだろうか。
不安の源はいつも、思い出すことへの恐怖心だった。
多くを語らないゼーウェルが出した本音を初めて聞いたリデルは苦笑を交えて答えてみせる。
「あなたが呑まれたとしても、直ぐ引き戻されますよ」
『彼』はとても強引だから、きっと大丈夫だと。
敢えて名前を出さないところが、却って強烈に勇敢な姿を思い起こさせた。
「……そうだと嬉しいのですが」
彼──今は自分より後ろを進む――レイザ。
不意に、無性に会いたいと思った。
それはきっと、憧れと羨望の入り交じった複雑な感情からくる産物だ。
****
突如、階段下で炎の衝撃を受けたルイズを支え、三人はひとまず避難し、襲撃を受けないようやり過ごしていた。
「……どうして姉さんだけが狙われるの?」
いつだってそう――ヴァンの狂気は常にルイズに向けられ、彼女に注がれている。
「そう言えば、口数が少なかった」
いつもの、やる気の無さそうな口調でアイーダに突っ掛かる彼女の姿を拝むことは稀になってきた。
代わりに、やる瀬無さと罪悪感に苛まされ、今の状況に憤怒を覚える、激しい感情が表情を彩っているのをよく見るようになった。
ヴァンから、何を言われたのだろうか?
だが、根掘り葉掘り聞くことは、ルイズの痛々しい姿を見てしまったらとてもではないができなかった。
どうすれば──と、思案していたらルイズが一息吐いてレイザに向き直る。
「今まで隠してきて、ごめんな」
「……ルイズ」
覚悟を決めたように、真剣さを滲ませながらルイズは静かに話し始めた。
「ヴァンが、何をしたか……話さないとと思ったけど……怖くてね」
「……話してくれるの?」
何も知らないまま戦って、数歩先に進むゼーウェルを闇雲に追いかけて、ヴァンやダークの狂気に身震いしながらフィリカの骨格だけをやっと理解した三人だったが。
「前、話したっけな、ヴァンが世界を作り変えようとしていること」」
「ああ」
「もうひとつ、理由があるんだよ」
「姉さん、起きても構わないの?」
「ああ、もう平気さ」
アイーダに支えながらルイズは身を起こす。
「……ユリウスのこと、だろ?」
「鋭いね……そうさ、ユリウスのこと、さ」
ヴァンの執着心は根深い。
執拗にルイズを狙うことからも感じられた気味悪さ。
ユリウスにも同様の――或いはそれ以上の感情を持っていることは何ら不思議ではない。
「ヴァンは――ユリウスのことが好きだった。でも彼女はさ、博愛主義者みたいな感じで……良くも悪くもお人よしだから……」
誰に対しても誠実で優しいが、一人だけを想うことはない、ということなのだろうか。
すると――ルイズが俯き加減で先を付け加えた。
「ただ、彼女がかなり親しみを覚えた人がいてね。それが──リデル」
レイザはハッとしてルイズを見る――リデルとヴァンにそんな因縁があったとは。
「まあ、私もね。二人のことを応援していたんだよ。ユリウスは献身的だけど疎いし、リデルは口下手な上に鈍感だし」
ヴァンからすれば敵意とも受け取れる行動を無意識に取ったと言えるが、ここまで根深くなる理由はそれだけではない筈だ。
もっと先を聞きたいと話を促そうとした時だった。
「レイザ!」
ディールが話を制止し、前を見据える。
空間が揺れ、小さな結晶が舞っている。
「──待っていたわよ」
氷のように冷たく、感情の見えない抑揚のない声。
「ル、キリ、ス……」
いきなりのことで動揺するレイザを余所に、ルキリスは射るようにルイズを睨む。
「いい気なものね。刺客を配置しなかったらお喋りするなんて──ルイズ」
「全く、可愛くない物言いだねえ」
彼女がこのあたりを取り仕切っているとも言える内容にルイズは苦笑気味に肩を竦めた。
ただ、彼女の双眼はルキリスを複雑な感情を向けていたが、当のルキリスは気付かないでいた。
「ルイズ、余計なお喋りは身を滅ぼすわ……貴方の妹のように……ダイアモンドスラッシュ!」
三日月のような一閃が放たれ、破片が広がり、彼等を威嚇する。
「……ちいっ、氷を操れるのかい。マジックバリアが効かないからねえ……この前は何とか持たせたけど」
鋭い刃はバリアをも切り裂く。
ルイズは己の無力さに腹を立てた様子でルキリスを見るが、彼女は無表情のまま見据え、剣を構える。
「誉めてくださるかしら──エルヴィスの右腕さん?」
「えっ」
ディールは素っ頓狂な叫びを上げて、レイザは何とも言えない気持ちでルイズを見つめる――アイーダも、だ。
ここまで詳細を語れるのは、エルヴィスという人物が起こした壮大な悲劇に深く関わっているからだろうと、きっとどこかで彼女をそんな風に見ていた。
まさか、深く関わっているどころか二番目に権力を持っているとは想定外だったわけだが。
レイザがそれほど大きな驚きを見せないことが可笑しいのかどうなのか、ルキリスは薄く笑いながら指摘する。
「驚かないのね。それとも、最初から知っていたの?」
敵意を剥き出しにする一方で、余裕の表情を見せる彼女にレイザは何も反応せず、静かに立っていた。
「酷いわ、レイザ。親友なのに、敵と通じていたなんてね」
彼女からすれば、ルイズに味方をするレイザの行動は裏切り行為に等しい。だから、自分を貶すのだろう。
だが、ゼーウェルを助けると決めた以上、避けられない戦いだ――苦しくても、今は戦わなければ。
――苦しみを背負いながら己の道を進むルキリスも、自分たちと同じだから。
「ごめんなさい……無駄話が過ぎたようね。戦いに言葉は要らない。さあ──消えてもらうわ」
凍てつく冷気を纏わせた剣と、戦いに対する真剣な瞳が四人を捉える。
「氷か……バリアをしても砕けそうね」
「ふふ、よく分かっているじゃない……舞い降りよ、美しき宝石の刃よ、切り裂け──ダイアモンドカッター!」
「ちいっ、離れるんだ!」
「ディール……!」
高速で飛ぶ羽を防ぎながら、レイザは咄嗟にディールの名前を呼んだ。
「ルキリス、今はお前を倒さなければ……上流旋風!」
「な、なんですって……」
「追撃せよ……サンダーストーム!」
叩きつけられた直後、ルイズが嵐を作り出し、真っ直ぐと撃ち抜いた。
「負けないわ……私の邪魔をするな!」
剣を大きく凪ぎ、至近距離で止めていたレイザを撥ね飛ばす。
「うぐっ……まだまだこんなものじゃ」
「切り裂け、アイスブラウンド!」
氷の塊がレイザの前に幾つも落とされる。
「負けない、垂直烈火!」
「後ろもちゃんと見なくちゃ……颯竜刃!」
「二人とも無茶しちゃダメよ、フォースヒール!」
ルキリスの攻撃を徐々に読み取ることができるようになっていた――レイザは氷を打ち払いつつ強力な一撃を何度も打ち付ける。
彼女の放つ反撃が手痛いことを知るディールは、反撃の隙を与えないよう背後に回り込んで打撃を与える。
「止めだ、発剄!」
最後の一撃が……彼女の懐に決まる、そして。
「……手も足も出ないなんて……」
ルキリスは悲しげに膝をついた。
****
最早彼女に闘うだけの力が残っていないと判断したレイザは、膝をつくルキリスに攻撃を加えなかったが。
「どうして、どうして、私の……私は元の世界に帰りたいだけなのよ……」
嘗ての過去に思いを馳せながらルキリスはやり場のない怒りを呟く。
幸せだったあの日々。
まだ、あのときは夢ばかりを見ていた愚かな子どもだけど。
「死ぬなんて、思いもしなかった……忘れもしないあの日……」
傷ついても尚、怒りに震える彼女からは強い憎しみを感じ取れた。
──そして、その憎しみはルイズに注がれた。
「あの塔の爆発さえなければ、みんな幸せだったのよ!」
「……」
「……! うう……」
無言で彼女の悲鳴を受け止めるルイズの傍らで、レイザは突如痛みに顔を歪めた。
「な、なんなんだ、な、ぜ……」
「レイザさん!」
レイザの様子が可笑しいことに気付いたアイーダが彼の元へ駆けつける。
彼を見た限りでは傷はなさそうで安堵するが、それなら一体どこから……。
「レイザ……貴方がゼーウェルに関わらなければ……でも無理かしら」
傷を受けた筈のルキリスは、いつの間にか立ち上がり――そして、高らかに言い放つ。
「貴方たちもこの世界で生きるのよ……永遠にね!」
「ま、待ちな!」
「しまった!」
二人が叫んだ時、ルキリスの姿は既にこの場には無かった。
「レイザ……大丈夫?」
取り敢えず敵がいなくなったのは事実なので一旦安心し、ディールはレイザの元へ駆け寄る。
「大丈夫みたい、だ。しかし、あれは」
「レイザ?」
ディールの質問には答えず、レイザは遠くを見つめる――あの痛みは、どこから来るのだろう。
「あそこだ! 追え!」
「い、いくよ、レイザ! 早くしないと追い付かれちゃう!」
「あ、ああ、分かった!」
どうやら安心するのは早い。追撃者に追われながら四人は目的地に向かって走り出した。
****
未だ、レイザ達の数歩先。僅かな灯りだけを頼りにしながらゼーウェルとリデルは敵襲の驚異に曝されていた。
「現れましたね……サンダーストーム!」
雷と嵐を巻き起こし、撃破していく。
「……リデル、どうも数が多くなって来ていませんか?」
「ええ、明らかに。間違いない――近いうちに会えるでしょう……」
撃破しても現れる怨念、放つ黒は暗に「この先に進むな」と威嚇している。
黒い靄が掛かり始め、視界は悪くなる一方だった――間違いない、この先にダークが待っている。
「ゼーウェル様……!?」
リデルが何かを話そうとした瞬間、突如至近距離で二つの光が瞬く。
「……!?」
徐々に露になる赤と黒のローブ、顔こそは見えないが先程までに表れた闇の使者とは明らかに一線を画していた。
襲撃者を指揮していた者だろう。
「ふふ、とうとうここまでやって来たか……ゼーウェル、リデル」
「なぜ、名前を?」
「……リデル、私を覚えていないとは言わせない……」
「!! ハワード!」
「そう、ご名答……私を倒したお前のこと、忘れはしなかった――お前に傷つけられた後、リーフグリーンに逃れ……レイザとかいう小賢しい奴に負けたことも……」
リーフグリーン──幻影を見せる鬱蒼とした森の名前。
「そこにいたのか!」
「ふふふ……ずっと、この時を待っていたぞ――ゼーウェル、お前の部下には随分世話になった。だが、ダーク様の邪魔はさせぬ……何としてもこの世界を完全なものにし、そして……知らしめるのだ」
ハワードの双眼の光が紅くなっていく。
二人を見据える──明確な敵意を示すように。
「如何に死ぬ運命にある生命が弱いのか……。そして、その概念を無くし、生死のない、永遠に願いの叶う理想郷──思い通りになる世界を作り上げる!」
キラリと光る朱は焔を作り出す前のもの――無念が詰め込まれた負の財産だった。
「ゼーウェル、リデル、まずは貴様らをその礎にしてやろうではないか!」
「……冗談じゃない!」
リデルはハワードを真っ直ぐ見据え、叫んだ。
「そんなの、生きる意味もないじゃないか……邪な動機で作り替えられるなんて御免だ! 帰るんだ、元の世界に!」
「リデルさん!」
ゼーウェルはハワードに警戒しながら詠唱を始める。
戦いの火蓋は切って落とされた。
ここを乗り切らなければ――ダークには会えない。
「ダーク様、あなたが出るまでもない……私が貴様らを倒すのだから!」
****
「我が魔法を受けよ──ダークフォース!」
漆黒の空間の中で光る曲線が二人を凪ぐ。
見えない刃が執拗に追いかけ、切り刻もうとしている。。
「ゼーウェル様……奴は謂わばアンデッドです……貴方はお下がりください」
「な、どうして!」
「……此処は私が仕留めます」
リデルはハワードの力を振り払いながらゼーウェルにはっきりと言った。
彼の強い決意から何かの意図を感じることはできたが、ゼーウェルはどこか納得いかなかった。
思えば――レイザにも、リデルにも、今まで守られてばかりだった……。
だが、今度のリデルはゼーウェルにある事を要請した。
「……ゼーウェル様、支援をお願いします」
「わ、分かりました」
ハワードがダークを守る最後の壁なら、一筋縄ではいかない。
相手も全力で攻撃する――とどめを刺すことに専念すれば、守りが手薄になるのは火を見るより明らかだ。
「フロイトエンブラス!」
「何の──ライトクロス!」
沫立つ煙の中から一閃が降り下ろされるのを光で照らし砕いた。
「ふふふ、まだまだ──ブラッドレイン!」
「遮れ、レジスト!」
鮮血の雨がリデルを捌こう降り注ぐ……が、それをゼーウェルが遮った。
「やはり小賢しい……レイザと、同じだ……」
「何を! サンダーサークル!」
追い込まれるハワードには――食い下がるゼーウェルが、一心不乱に進み続けるレイザと重なって見えた……。
僅かな隙が出来たところで雷を周囲に放ち、ハワードの詠唱を防止し、続けて放つ。
「ライトアップ!」
光がハワードの体を照らし、包み込む。
闇に依存するハワードに光は効果絶大だ。手痛い打撃を受け、呻いている。
「この先に行かなければならない──セイントアロー!」
聖なる矢がハワードの中心を射止め、彼の息の根を止めた。
「うぐ……理想の、りそう、の、り、そう、の、せ、かいを…………」
――儚い理想を夢見る呟きを残し、ハワードの肉体は砂となって静かに消え去っていく……。
器を与えられた魂だったのか……。
戦いを終えたリデルがゼーウェルの元へ駆け寄る。
「……ゼーウェル様、大丈夫ですか?」
「私は何とも。でも、リデルさん……」
ゼーウェルの心配を余所にリデルは真っ直ぐと道を見つめる。
ハワードが消え去ったことで、消えるどころか益々深まる殺気。
押し潰されそうになる――気概を奮い立たせて耐え、声を発した。
「感じますか……いるだけで苦しくなる空気を」
リデルはどこか悲しみをちらつかせながら、ゼーウェルに話し掛けた。
「ええ……もしかして、この先に?」
足元が崩れ落ちそうな、頑丈で美しい石を無数に敷き詰めた強固な床のはずなのに。
この不安定さが、恐怖感を煽るばかりである。
「……行きましょう」
恐怖を掻き消そうともがきながら、ついている足を動かして先に進んだ。
****
煌々と輝くシャンデリア、際奥にあるのは炎に包まれた赤子の壁画。
蝋燭と豪華な食事を並べた空間の奥に人影が見える──黒い羽織を背負った若い男の影が。
「もうすぐやって来る……そう思っていたよ」
やや澄んだ高い声色が歓喜に震えるように言葉を発した。
その声は男のいる空間全体に渡り、存在感を如何なく発揮していた。
「……リデル──ゼーウェル」
男が振り向いた先には──高い塔を登り切って頂上にたどり着いた二人の姿。
待ちわびていた客人が、そこにいる。
「……ダーク」
リデルは一歩ずつ歩み、塔の支配者を呼んだ。
名前を、噛み締めるように。
「やあ、リデル。ラルクではお前を止められなかったか……いや、ラルクがお前に託したのか」
「……ああ、ラルクが俺を生かしてくれた」
そこでゼーウェルは塔に着く前、ラルクがリデルを連れ去る光景を思い起こした。
「ラルクが言ったんだ……解放してほしい、と」
殺戮を繰り返し、嘗て信じていた者とも殺し合わなければならない中で苦悩した青年。
もう、彼はここには存在しないけれど――。
「ラルクは消えた──だけど、ラルクの想いは此処に……俺の中にある」
「ふうん……だから俺を倒すのかい?」
「そうだ!」
リデルは決意を示し、ダークへの戦意を掲げた。
しかし、ダークはリデルの決意を嘲笑い、彼を見下ろした。
「無駄なことを……どんなことをしてもお前は勝てないよ」
「……ダーク」
二人の間に入り、ゼーウェルがダークを制した。
「貴方の都合のよいように改編された者がどれだけいるか……貴方の理想のために」
「綺麗事を言うね。お前だってそうじゃないか、お前は力を望んだ。無力な自分を責め、俺にすがった」
ダークがゼーウェルに見せる表情は、リデルの時とは違っていた。
嘲笑だけではなく、怒りと憎悪を交えた視線が突き刺さる。
「俺はそれに応えたのに……お前は俺を裏切った」
「それは……」
責めるように言われても確かな面影を掴むことすらままならなかった。だから、ダークの言葉に答えようがないのだ。
「ゼーウェル!」
一瞬の戸惑いを見せるゼーウェルにリデルが強い口調で呼び掛けた。
「貴方の考えは、正しいかどうかは分からない……ですが、俺は貴方を信じてる!」
信じてる──信頼を示す単語がゼーウェルを奮い起たせた。
戦わなければ、いけない。
そうでなくては、きっと。
「先に進めない、停まったままだ」
出来れば戦いたくない、痛いのは御免だ。
然し、ダークを止めなければ迷ったままだ。何も得られない。
「そう……戦わないといけないのか、かなしいな」
高揚感から生き生きとした表情を見せるダークとは対照的にゼーウェルは緊張感から強張った表情を浮かべる。
ダークは本気だ、容赦しない。
「魅せてあげるよ──壮大な美術を。悪夢をね」
壁画が輝く──二人を地獄へ誘うように。
****
「喰らえ……レジェンドエターナル!」
狂気に満ちた妖しい光が放たれ──瞬間、爆発を起こす。
「レジス──何故!」
「この光は加護を無力にし、絶望を与える──そんなもの、俺の前では効かない」
作りかけていたバリアは目の前で砕け散り、煌めく破片がゼーウェルを逆に切りつけた。
それでも彼は怯まず、ダークの懐に飛び込んで彼に切りつけた。
「引き裂け──シャドーグロー!」
黒い直線が輝き、確実に命中しているのだと実感したがダークは何事もないように立ち、ゼーウェルに向かって斬りつける。
無から生み出した刃を降り下ろし、何とかそれは避けたが、雷が落とされた。
「……っ」
「どうしたんだ、ゼーウェル。それくらいで呻いているようじゃ勝てないよ?」
小さく痛みに呻く息遣いを発するとダークは悠々と笑って囁いた。
リデルのことにはまるで興味を示さずゼーウェルに執拗に攻撃し続けた。
「どう? 褒めてくれるか、美しいだろう?」
問いかけながらも攻撃の手は緩むことなく、赤い十字を描き、妖しく光らせる。
「逆らう者に裁きを──シャドウクロス!」
「……なに!」
悲鳴を上げ、思わずバランスを崩した。直撃を受けることはなくなったがゼーウェルは立ち上がれなくなってしまっていた。
体が重い。
腕が動かない。
──声が、出せない……。
敗北感だけが胸に重く落とされる。
今の自分では、ダークには勝てない。
手も足も出なかった。
「ここまでよく戦ってくれたね……でもここまでだ。嘆いてくれ──ディザスピランス!」
降り注ぐ水のような透明な雫。
「……ゼーウェル……すまない……」
リデルもその場に倒れた。
ゼーウェルは動かない。
やがて、止んだ雨の中で倒れた二人を見て微笑んだ。
「刃向かった罰だよ……」
僅かに残った意識で確かめられたのは、ダークが笑う姿だけだった。
****
一方のレイザ達も息苦しい殺気を浴びながら走り出していた。
この先にきっとゼーウェルがいるはずだと、直感でレイザは察していた。
ダーク。彼がこの先にいるのだろう。
初めてダークと対峙した時も、彼が持つ鋭い殺気に足が動かなくなりそうだった。
今回も何か嫌な予感を隠しきれない。
「ああ、客人が来たようだよ」
突如聞こえた声は一度聞いたら忘れられない、耳にこびりついて離れない、誘惑するような甘い声色。
「ダーク!」
「やあレイザ、一足遅かったね」
「!?」
彼の前にいるのは――踞り、苦し気に息を吐きながらダークに抗うゼーウェルとリデルだった。
「ゼーウェル、リデル……何で」
「何でって、戦ったんだよ、俺と……動くな」
ゼーウェルがレイザに何か言おうとしたところを見たダークは静かに牽制する。
「今から見せて差し上げよう。この世界を現実にするための礎を作り出し、そして報復してやる」
レイザと、傍らにいるディール、ルイズを見やり、ダークは詠唱を始める。
「さあ、我が世界よ、今ある全ての生命を枯らし、聖なる概念を実現させよ!」
「……ゼーウェル!」
必死に足掻くゼーウェルに駆け寄ろうとするが、幾重にも張り巡らせた見えない糸で近寄ることもできなかった。
「俺、俺はあんたが……あんたにはもう」
刻まれる直線に怯まず、懸命に駆け寄ろうともがいた。
それよりも先にゼーウェルが、ダークに向き合って抗っていた。
レイザが傷付いている。
それを見るのが、どうしてこんなにも……。
「……私は、二度とこんな思いはしたくない!」
ダークの詠唱を遮り彼は立ち上がった。
「ゼーウェル!?」
驚いたのはダークだ。
血を流し負傷しながらも、そんなことをものともせず立ち上がるゼーウェル。
背後に見えるのは──青い光。
「ちっ……何故だ、何故だ」
あの青い光は彼を彼たる存在を示すもの。
どうして――いつも。
心の中に巣くう感情を堪えきれない。
「なぜだ!!」
叫び声とともに壁画と床は崩れ落ち、ゼーウェルとダークは共に落下する。
「ゼーウェル!」
レイザたちも慌てて追い掛け、巨大な空洞の中へ飛び込んだ。
あの、青い光は何だろう?
ダークが異様に脅え、牙を剥く光……あれは、いったい?




