Escape11:階段ワルツ
彼は――生きているだろうか?
彼は、今も戦っているだろうか?
俺は――追いつけるのだろうか?
『いいや、追いかないといけない』
あんたがいないと――俺は、挫けてしまう。
「レイザ、やっと落ち着いたね!」
「……ああ」
「あたいらがここを越えるからもう用がないってことじゃないかい?」
あれだけレイザたちを追いかけていた敵の勢いに衰えが見えてきて、暗い塔内を難なく歩けるようになってきた。
「意外と臆病なのかね~」
「あたしたちが予想以上に強くて怖気ついちゃったんじゃないの?」
「どうしてそこまでポジティブなの? 見習いたいよ」
ガッツポーズで自画自賛する姉妹に呆れるディールの傍らで、レイザは確信を持っていた。
(彼が、塔を解放した)
塔の何かを開放し、先へ進んだと言うことなのだろう。
だから、この塔がどことなく明るくなったのだ。
「あ、見て」
頂上に辿り着いて、見える悪魔の巨象をディールは指差した。
何気なく床を歩いていると。
パリン……。
ガラスのようなものを踏んだ音がしたので下を見ると、黒いガラスの破片が飛び散っている。
「もしかして……」
ルイズは破片を拾い、そして一つの結論を導き出した。
「リデルはここに捕らえられていたんじゃないか」
「本当か!?」
レイザは身を乗り出し、ルイズに問う。
「ああ、リデル――あたいにとって恩人でもあるんだ。きっとゼーウェルが彼を助けたんじゃないかな」
「じゃあ、ゼーウェル様は」
「ああ、多分」
そこで四人は悪魔の巨象の向こう――悪魔の色と言われる紫がふんだんに使われた巨大な扉。
扉は口を開き、行く人を待っている。
きっと、この先にも道が広がっていて。
「行ったんじゃないかな」
リデルと共に――ダークの元へ。
ルイズの、希望の持てる言葉を聞いてレイザは益々決意を熱く固めた。
「俺達も行くしかないだろ」
「そうだね!」
彼の行く道へ――彼に追いつくために――彼を、救うために。
敵の意図など、思惑など、彼らにはどうでもよかった。
どんなことがあっても、彼らにはやり遂げなければならない思いがある。
――彼を助けるため。
曇りのない純粋な思いを胸に抱き、四人は先へと進んだのであった。
****
扉の先に進むと、ありとあらゆる場所から殺気が漂う。
獣の唸り声がどこからともなく響き中へ招かれた者を歓迎していた。
その一欠片、複数の目と長い舌を持つ異形の存在が鋭い牙をむき出しにして襲いかかった。
「その生き血こそ、我らの力となる」
「レイザ、気をつけて、あの体液には多分毒がある」
口からこぼれた体液が落ちて、床に錆をつけていた。
生身の人間が浴びれば一溜まりもないだろう。
だが、悪の意思を持って生まれた存在だ。
「邪悪なる魂よ、天へ還れ――ターンクロス!」
ルイズが念を押し、十字をぶつけると異形のものの姿が霞み、消えていく。
「悪趣味だねえ……魂を改造してしまうなんてさ」
投げやりに答えながらも、僅かに哀愁が漂うのは何故だろう。
「なんだい、そんな神妙な顔をして。あんたには似合わないだろってこの前も言ったよ」
「ああ、そうだったな」
心配そうに見つめるレイザに、ルイズは軽快に笑って彼を励まして見せたが、僅かに見せる影がどうしても気になってしまう。
彼女は、この状況を憂いている――この状況を引き起こすヴァンのことを憂いている。
躊躇いや悲しみを振り払うようにしながら進む彼女の後ろ姿が、どこか痛々しく映る。
この心配事が杞憂であればいいし、彼女はそのような事を積極的に話す性質ではないこともレイザには理解していたが。
「レイザ……」
ディールが珍しく小声で話しかけてくる
「ん?」と気の抜けた返事をしてやると、彼はルイズの背中を見つめながらぽつりと話した。
「ルイズ……無理してない?」
「ん……そうだな」
闇雲に戦っているように見える。
魔力も無限ではない、それどころか聖なる力は遮られている。
当然、反動は自分に返ってくる。
僅かにルイズが苦しそうな息を吐いているのが聞こえているが、彼女は三人に悟られないよう必死に隠していた。
「でも、無理矢理探って聞いても、よくない気がするんだよなあ」
「それはそうなんだけど……」
ルイズはなかなか弱音を話さない。
そこで二人は後ろにいる人物の胸を借りることにした。
「アイーダ」
彼女なら、こう言う時、きっとルイズに対して最もベストな気遣いをしてくれるだろう。
そう、彼女は姉妹だ。
一方の彼女も、二人が何を言わんとしていることには素早く察したのか、さり気なくルイズに話しかける。
「……相変わらずね。あんた達も姉さんも」
こんな小言ももうとっくに慣れた。
流石は姉妹である。彼女は何も言わずに一言だけ。
「ちょっと、休まない?」
と聞いてきた。
当然、ルイズの反応はといえば「え、んーなんで?」と、これまた気だるい返しである。
彼女の計画性の無さはどうやら体力を測れないほど深刻なようで、アイーダが呆れたように「長丁場なのよ」と叱咤する。
休める時は休まなければならないと彼女はルイズを諭すと、ルイズは渋々ながらも「そうだね……」と頷いた。
「やれやれ、困ったお姉さんを持ったものだわ……」
次のどこかへ続く部屋を歩きながら彼女は溜息をついた。
まだまだ苦労は絶えないようだ。
****
「切り裂け、エアスラッシュ!」
「ゆくぞ……サンダ―ショット!」
リデルとゼーウェルもダークが鎮座している最奥部を目指すため、塔の内部を突き進んでいた。
そして、道中で立ちはだかる敵を凪ぎ払う。
「ああ、ヴァン様……お許しを……」
二人の攻撃を受けて敵は倒れたが、所詮氷山の一角に過ぎない存在だ。
何より相手は此方の戦力を消費させるのが目的である。無駄な戦いは避けるべきだと考え直したが――。
「ゼーウェル様!」
「リデル………!?」
リデルの叫びを聞いてゼーウェルは咄嗟に後退した。
おかげで何もなかったが――彼が立っていた場所には、巨大な岩が落ちたような窪みが出来ていた。
バン!
どこからか発射音が響き、またしても物凄い速さで落下し――それはゼーウェルの立っていた場所に落とされた。
「ゼーウェル様、急ぎましょう。貴方は間違いなく狙われている……」
「わ、わかりました」
ここまで的確に攻撃を仕掛けることができるのは、何者かが常に自分たちを見張っているという証拠だ。
ゼーウェルが一人で歩いた塔内は彼らにとっては玄関に過ぎなかったということなのだろう。
「ゼーウェル様、伏せて!」
「!?」
リデルの怒号が聞こえ、反射的に身を屈めるとリデルがファイアーボールを放ち、彼を狙っていた追撃者を撃ち落とした。
騒ぎが収まったのを確認してゼーウェルが立ち上がると、無念を露にした苦悶の表情で睨む虹彩の鳥が粒となって消えていく様が見えた。
ここで魅せてくれる非現実で空想的で、統一感のない光景の数々はゼーウェルに一抹の不安を与える。
誰かの創り出した箱庭、誰かに導かれている自分。
そんなことが頭に浮かび始めた時、リデルがゼーウェルに話し掛ける。
「ゼーウェル様……貴方に話しておかなければならない」
それは、とても真剣な表情だった。
「何でしょう?」
ゼーウェルは反射的に一歩後ろへ下がり、逃げ出そうと動かんとしている両足に力を入れて踏ん張りながら問い返す。
やはり、彼の答は自分が恐れていた内容のようである。
「ヴァンの目的ですよ」
――自分に刃を向け、憎しみに身を焦がす者の名前。
別の名前を語った彼の望みも、リデルの話の中にはあるのだろう。
それは、何が何でも聞いておかなければならない――分かっている筈なのに。
一方のリデルもゼーウェルを案じていたが、彼が懸命に耐えているのに気付き、意を決して語った。
「ヴァンの目的は……自分の世界を作り出すことです」
支配するよりも、破壊するよりも、もっと遠く、最も恐ろしい目的。
「多くの人間に慕われたとしても、たった一人に拒絶されただけでどうしようもない虚無感に襲われる……それが人間という生き物でしょうか」
その言葉はどこか遠い器官が甲高い悲鳴を上げている感覚を思い起こさせた。
ヴァンの憎しみはずっと昔から続いているような気がすると思ったのは、いったい何故だろう。
ヴァンに対する恐れは、どこから来ているのだろう。
『ゼーウェル』
耳元で幽かに聞こえる――可憐な声に名前を呼ばれ、思わず顔を上げたが――やはりそこにはリデル以外は誰も見当たらない。
一瞬だけ聞こえた声は、幻聴なのか。
「ゼーウェル様!」
リデルの悲鳴が聞こえ、何事かと彼の方へ振り向くと。
『舞い上がれ、フラージュドライブ!』
炎の花びらが光となり、ゼーウェル達を包み込む。
「炎を消し去れ……アクアフォール!」
視界を遮られた中でリデルは水を放ち、自分達を包む炎を消し去った。
自分たちに向けられる敵意が炎に込められている――敵意を示した人物は、すぐに現れた。
「リデル、凄いな……」
大人になりきれていない声がリデルを称賛し、前に向かう彼等に迫って来る。
「ルディアス……」
悪魔に手を伸ばしてでも生きたいと言った青年。
ヴァンに健気に従う、青年。
人を思いやる――優しい青年。
「水に炎は勝てない。勿論、上位に君臨する闇とは勝負にすらならない、そうだろ、リデル」
「……」
ルディアスは槍を構え、リデルを真っ直ぐと見据えて口を真一文に結ぶ。
戦うことを宣誓するような凛とした立ち姿を目の当たりにして、リデルは悲しげな表情を浮かべていた。
「それでも俺はいきたい――だから……勝負だ、リデル……!」
「……ルディアス……」
リデルの声には耳を塞いだ。
何もかも振り切り、炎と稲妻を交ぜた煌めく円を作り出して――解き放たれる。
「フレイムダーライド!」
****
リデルは今の現実から逃げ出しそうになる両足に力を入れて何とか踏ん張った。
戦いたくなかったのだ――例え、敵対することが運命であったとしても……。
だから、一手を出すことを躊躇った。
「リデル、どうして戦わない?」
戦いを決意したのに、抵抗しないリデルを見てルディアスは不満を露にするが、それでもリデルはルディアスの問には答えず、ただ一心に彼の攻撃を防いでいるだけだった。
「ファイアサークル!」
「……アクアフォール」
淡々とバリアを作って。
ルディアスを眼中に入れないようにしながら。
――火は水には勝てない。
水の渦巻きに簡単に呑まれ、かき消されてしまう。
それでも懸命に、憐れみさえ誘うくらいに攻撃の手を緩めないルディアスにリデルは顔を伏せたまま静かに語る。
「……ルディアス、やめておくんだ」
一連の流れをおろおろしながら見守るゼーウェルは一刻も早くこの戦いが終わるのを祈っていた。
こんなのは間違っているのにと思うが、ルディアスは止めないだろう。
リデルの言葉が届けばいいのに――。
その時だった、リデルの瞳がルディアスを諌めたのは。
「目的はお前を倒すことじゃない……目的は……ヴァンを止めることだ!」
今まで一方的に圧していたルディアスを見据え、彼は迫る。
「アクアショット!」
水飛沫がルディアス目掛けて飛散する。
火を司るルディアスには、ただ少しの水飛沫も痛手になる。
肉体に刻まれる傷。
呻き声を聞かないようにリデルは次々と攻撃の言葉を鮮やかに紡ぐ。
「ウォーターライド!」
真上から水を放ち、ルディアスに浴びせる。
「シェルブレイド!」
水で作り出された剣がルディアスを切りつける。
水がすべて蒸発した頃、ルディアスは耐えきれず膝をついた。
「強いよ……リデル……」
悔しそうにも、憧れにも聞こえた複雑な声色が小さく響いた。
これが、戦いなのか。
これが、運命なのか。
「……ルディアス、ごめんな」
――手を伸ばす資格など、自分にはない……。
リデルはルディアスに近付こうとせず、彼を通り越して先に行った。
「リデルさん……」
彼にもルディアスにも話しかけられずゼーウェルは狼狽しながらも後をついていく。
この場で口を開く者は誰もいなかった。
「……俺は、ただ」
ルディアスは二人の背中を見つめ、力なく吐き出してから倒れ込んだ。
****
「リデルさん……」
「何ですか?」
険しい顔で沈黙するリデルに話しかけられないでいたが、幾分か雰囲気も和らいだように見えて漸く話し掛けることができたゼーウェルは彼にルディアスのことを聞こうと思ったが。
「頂上につけば終わらせられるのでしょうか?」
気がつけば、全然別のことを聞いていた。
ルディアスとの関係は知らない、けれど、彼らは敵対する前までお互いを信じていた親友だと思う。
こんな悲しいことは早く終わらせたいと思ったが、リデルは力なく笑って答える。
「今の私や貴方に、ヴァンを止められる力はありません……まず、ヴァンの前にダークをどうにかしなければなりませんが……」
ダークの力は強大だ。
リデルの絶望的な呟きにゼーウェルの脳裏を掠めたのは、高笑いした彼の表情。
それから、まだ見たこともないのに、自分を軽々と追い詰める彼の姿を描き出した。
「ダークは何物も受け付けない力で護られている。私たちでは、手も足も出ません……」
ゼーウェルは無意識に身体を震わせて、助けを求めるような視線をリデルに向けた。
塔内は相変わらず薄暗い蝋燭がぽつぽつと置かれていて、蝋燭台に白い蝋がこびりついている。
蝋の匂いが鼻を掠めて不快そうに眉間に皺を寄せながら下を見ると――角を生やし、牙を剥き出しにした獣の絵がぼんやりと浮ぶ床の上を歩いている現実に戻された。
「……行きましょう、リデルさん」
「ゼーウェル様……」
床をじっと見つめるゼーウェルの瞳から感情は伺えなかった。
しかし、前に行くことを決意した言葉に対してリデルは安堵にも悲しみにも似た息を吐いて後に続いた。
****
未だ最奥部の障りに過ぎない道を歩くレイザ達四人は銅像や花瓶を目に入れながらしずしずと歩く。
「この花瓶高そうだよなあ」
赤い薔薇をちりばめさせ、金を施した大きな花瓶を指差しながらディールは口をだらしなく緩ませた。
「こんなとこで欲望丸出しにするなよ……」
「でもレイザ、たくさんの札束があったらいいと思わない?」
珍しい置物に興味を示し、挙げ句の果てには勝手に値踏みし出すディールに呆れて物も言えないレイザではあったが。
札束が並べばそれこそ欲しいものは何でも手に入るだろうか……。
気付けばレイザも欲望剥き出しにして壺に手を伸ばそうとしたところ。
「スパーク」
淡々とした詠唱が二人に落とされる。
「寄り道しないでさっさと進みましょ?」
「はい……」
にこりと笑うアイーダを敵に回してはいけないという学習を再度したところで、レイザが辺りを見回して呟いた。
「でもさ、敵の数が少ないな」
ぽつぽつと死神や黒魔術を扱う魔術師、兵士の亡骸には襲われたが大量の死霊に囲まれる機会は前よりもずっと少ない。
気配がないのかと言われたら、怨念や殺気といった負の力が凝縮され全体に染み渡っている。
だから、敵がいないわけではないだろう。
「……レイザ!」
またしても高そうな壺に釣られて前を歩いていたディールが金切り声をあげて後ずさる。
「どうした?」
「あ、あ、あれ、あれ……」
次の階段を登るところを指差しながらディールが抜け腰になっている。
そこを見やれば――上空から飛来した鳥が、無差別に炎を撒き散らしていた。
「燃えろ、燃えろ燃えろ、ヴァン様に従わないやつは焼き殺せ!」
「レイザ、来るわ!」
「分かってるよ!」
アイーダは詠唱を始め、レイザとディールはその間にじりじりと飛舞する鳥に迫る。
「ディール……羽だ、羽を切らない限り魔法なんか当たらないぞ」
「どうやって……!」
「低空飛行になった時だ!」
「無理だよー!」
火の粉を被るだけではないかとディールはレイザに突っ込むが彼は至って真面目にじりじりと近づき、羽を折るチャンスを狙っている。
「アイーダ、ルイズも近付かないと!」
縦横無尽に動く鳥に魔法を当てるのは無理そうだと察し、レイザが無茶振りをアイーダ達にも要求したが当然ルイズは反論する。
「何無茶言ってんだい!」
「姉さんグズグズしない早く行くわよ!」
「私まだ死にたくないんだけど!」
意外にもレイザの無茶振りに応じたアイーダが嫌がるルイズを引き摺って階段を登っていく。
ぶわっと、火の粉が無数に散らばり、火の玉が不規則に落下する……何個も何個も。
「アクアフォールアクアフォール!」
「慌てて二回も唱えなくていいわよ……きゃあああ焼け死にたくないわよおお!」
挙動不審から無意味に二重のバリアを張るルイズに突っ込みを入れ始めるアイーダにも敵意が向けられ、火の玉が落下する。
すぐに避けることはできたがあまりの熱に悲鳴をあげながら水飛沫を発生させて鎮火する。
「レーザーただでさえ熱いのにあんなのに低空飛行されたら灰になっちまうよお!」
「俺の名前を伸ばすなクソガキ! 男なら泣き言言わずにさっさと歩け!」
「無茶苦茶だよー!!」
ボンボン!
「うわああああ何か落ちたじゃないかよ!」
「レーザーだって怖がってんじゃんか!」
「二人はまだ来ないのかよ!」
囮で引き付け、ルイズとアイーダの術を命中させるように前線に出たわけなのだが、炎の勢いが強すぎて近づくこともかなわない様である。
「二段ぐらいしか登ってないんだけど!」
「ええい埒が空かない……烈風殺!」
「隣の人のことも考えてええええ!」
ディールが直ぐ隣にいることも構わず鋭利に切り刻む風を起こすレイザにディールはただただ悲鳴をあげるだけだった。
「燃えろ、燃えろ、全て燃えろ。この世界がヴァン様によって変わるまで」
放たれる炎は浄化する聖火の如く鮮やかで、眩しくてきらきらする光は曇りのない感情。
下の階段から悲鳴が上がったのはそんな時だ。
「アイーダ、危ない!」
「!?」
漸く鳥の羽ばたく領域まで近付いた時、ルイズがアイーダを抱き寄せて倒れ込んだ。
「…………?」
――一瞬、何が起きたのだろう……。
暗闇に囲まれ、弱々しく脈打つ生きた音が聞こえるけれど……。
「姉さん……?」
暗闇から解放された時、ルイズは息を荒くして踞っていた。
「アイーダ……早く行きな……」
もう限界だと言わんばかりに、ルイズは階段で意識を手放した。
「姉さん……?」
炎の勢いは止まらない。
それでも。
「起きて、姉さん……姉さんってば!!」
アイーダは必死にルイズを起こそうと呼び掛けた、何度も何度も。
「ど、どういうわけ?」
音がよく響く空間。無邪気なディールの声がしてアイーダは涙に濡れた顔を上げた。
「ディール……」
「アイーダ? ……ルイズ!」
彼女の異変に気付いたディールが階段を下り、レイザも慌てて階段を下りた。
座り込んでいるアイーダの傍らには意識を手放したルイズが横たわっていた。
全てを焼き尽くそうとした鳥は――もう、そこにはいなかった。
「最初から狙いはルイズだったのか?」
レイザはそんなことを考えながら彼女の前まで来て心音を確認するとまだ微かに動いていた。
「アイーダ、傷を治した方がいいよ」
「……うん、分かった……」
取り乱していたばかりの自分が恥ずかしくなりながらもアイーダは倒れたルイズの右につき、ディールが左についてルイズを支えた。
『許さない』
四文字で憎悪を表す言葉が空間で鳴ったのは、彼等が消え去った後だった。
****
かの人を囲むように炎が燃えている。
決して消えることのない聖火は、邪悪なものを浄化するに相応しい眩しさだ。
ゆらゆらと揺れる炎をぼんやり見つめるヴァンの元へ、革靴の音を立てながらある人がやって来た。
「ゼーウェルは凄いね」
何物にも染まらない、それでいて何事も諦めていない厄介な人物――諸刃の剣。
「……ダーク」
「でも、彼と俺は分かり合えない、だって、あいつは変化を望んでいないから」
黒を司る人に与えられた称号を持つダーク。
ヴァンは無言でかの人をじっと見つめていたが、ダークは笑顔を崩さない。
「貴方はいったい何がしたいのです?」
世界創造から比べたらゼーウェルの存在など取るに足らない存在なのに、ダークは執拗に狙っている。
彼の意図が分からなくて問い質すと、ダークは悦に浸りながらあっさりと答える。
「俺はね、ゼーウェルさえこの手で倒せたらいいんだよ。あとのことは考えていないんだよ、実はね」
「……本当に?」
「さあね、どうだろうか」
あっさりと答えたのはあくまでも表向きな目的だろう。
油断ならない存在だ、恐ろしい存在だ。
それなのに自分と共にしているのは何故だろうか。
彼の意図はよくわからないが、本人が答えてくれる筈もなかった。
――さあ、彼等はいつ来るだろう。
すると、ダークが、まるで歌い出すように楽しげな声色で告げる。
「俺が今度は戦わないといけないね」
本当に楽しそうに、戦いの意思を言うと、深淵から離れて行った。
まだ少しだけ時間がある――それまで楽しむのも悪くないだろう。
一瞬一瞬を精いっぱい楽しむことが第一だと考えている彼らしい態度と笑顔。素直に受け止めてヴァンも笑う。
――何れ、彼は自分から離れていくだろうと予想しながらも、彼といるこの空気に酔うのも悪くはない。
「だって君は──ゼーウェルの半身だから」
この世界に同じ人間は存在する――何千の一という奇跡的な確率で。
だから、お互いの力によって引き寄せられ、相まみえることは必然。
今この時のために設定された舞台は彼の独壇場だ。
ヴァンは悠然と笑って別の場所に行く。
今は、道を分けた者達が同じ舞台に上がる前段階。
それまで――自分は待っていよう。
──永遠と呼べる程に長い時間が此処にはあるのだから。
ヴァンが姿を消し、ダークが舞台に立った時、炎はよりいっそう高々と燃えていた。




