表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/7

星に願いを

 セージがアマテラスの屋上に出た時には、既に空気は、ロボ子のナノマシンによって浄化され、防護服も必要なくなっていた。

 空はどこまでも蒼く広がっている。

 初めて見る空は、こんなにも綺麗で広いものなのかと思う。

 そう、空は美しく、それでいてどこか悲しい。

 セージは、ロボ子の体を空が見えやすいようにと寝かせてやると、自分も空を眺める。何もする気が起きない。ただただ茫然と見つめていた。

「空はこんなにも青かったんだね」

 ロボ子に話しかけるけれど、彼女のライトのような大きな瞳は、何の反応も見せてはくれない。

 それは、どんなに待ってもだ。

 次第に日は傾き、沈んで行ったが、やはり、ロボ子は反応することはない。

 最初の星が瞬くのに気が付く。

「ロボ子。星だよ。君が追い求めた星だ。願いを伝えるんだろ? 人にして貰うんだろ? なら、いつまでも寝ているなよ。……ねぇ、ロボ子」

 ……やはり、返事は無かった。

 段々と星が増えて行く。

 夜空に輝く星達はまるで、宝石を空に散りばめたようで、吸い込まれそうな奥深さを感じる。

 空はどこまでも広大だ。

 それに比べ、なんて自分は、ちっぽけなんだろう。

 セージは、自らが涙を流していることに気付く。

 果たしてロボ子は、ナノマシンに意思を分けた状態でも、夜空を眺めることはできているのだろうか?

 どちらにしてもセージには何の慰めにもならなかった。

 空は綺麗になり、世界は再生へと向かっている。

 けれど、セージは思う。

 綺麗な夜空なんていらない。

 世界の再生だって必要ない。

 ……ロボ子が居てくれさえすれば。

 失ってから、その大きさがどれほどだったかがわかる。

 セージは声を上げて泣き出した。

 戻ってきて欲しかった、ロボ子に。

 また、話したかった、ロボ子と。

 そして、いつまでも一緒に居て欲しかった。

 もしロボ子の言うように、星が願いを叶えてくれるというのなら、ロボ子を元に戻して欲しい。

 セージは願わずにはいられなかった。

 どれだけ泣いただろう。

 思いっきり泣いたことで、悲しさは依然として心の中にあったが、落ち着きを取り戻してきていた。

 それがなんだか、薄情な気がして、腹立たしくもある。

 それでも、落ち着いた心で、考える。

 泣いていても仕方ない。泣いた所でロボ子は帰ってこないのだと。

 ならば、ロボ子が蘇る方法を探すだけ。

 ロボ子の意思はナノマシンにある。消えたわけではない。元に戻す方法だってあるはずだ。

 諦めて堪るかと、セージは心に決める。

 ロボ子を取り戻すんだ、絶対に。

 決意するように空を見上げると、セージはおかしな青緑色の光の粒が生まれるのを見て取る。

 最初は星かと思った。

 けれど、その光はどんどんと数を増し、星に負けない程の光の粒となっていた。

「……何だ? あれ」

 セージは怪訝そうに見る。

 光の粒達は、何かを探すように上空をグルグルと回り始める。

 そして、どれだけ回っただろうか。

 目標を見つけたように動きを止め、セージの方へと、降り注いで来る。

「うわっ」

 あまりの眩しさに、セージは思わず目を瞑る。しかし、体には、何の衝撃も襲いかかりはしなかった。

 恐る恐る目を開けると、光はどこかに消失していた。

「な、何だったんだ? いったい」

 状況が飲み込めず、セージは呟く。

「あれが、星なのね」

 いきなり背後から、セージのものでは無い声がして、驚いて振り返る。

 そして、セージは目を丸くする。

 人型のロボットが立っていた。

 涙形的な頭に、ライトのような青緑色の目。全体を覆う装甲は白銀に輝き、関節部分は黒いコードに包まれている。華奢そうな体に、全体のフォルムが丸みを帯びているので、なんとなく、少女のように見える。

 今ではすっかり、見慣れた姿。

 ロボ子が空を見上げていたのだ。

「……ロ、ロボ子?」

 セージは中々信じられず、茫然と呟く。

 ロボ子は鷹揚に頷く。

「ふむ。いかにもロボ子よ。……どうしたのセージ? 逆立ちして歩く猫でも見た顔をして」

「……いや、どういう表情だよ、それ」

 セージは、涙を流しながらも突っ込みを入れる。

「それは、信じられないものを見た表情ね」

「……そうか。そうかもしれないな」

 セージは頷かざるをえなかった。信じられない。今動いているロボ子は、自らの見ている幻覚じゃないかとすら、まだ思える。

「どうして? ナノマシンに意思を分けたんじゃ?」

 尋ねると、ロボ子は思考するように顎に手を当てる。

「ふむ、そうね。私はナノマシンによって、意思が広がったわ。けれど、あることに気付いた」

「あることに?」

「そう。ナノマシンはつまらないわ」

「……つまらないって」

 ロボ子の物言いに、セージは苦笑してしまう。

「そして、浄化するのに飽きたわ」

「えぇ~。世界を救うって大切な役割なんだけどな」

 セージは嘆くように言いながらも、笑みが浮かぶのを抑えることはできない。ロボ子が帰って来た。それが嬉しくて仕方ない。

「……でも、どうやって戻って来たの? ナノマシンになると、意思が細分化されるんじゃ」

「そうよ。人で言うところの、本能で行動する状態ね。私の本能は、大気の毒を浄化させること。……そして、セージと一緒に、星を探すこと」

「……本能なんだ」

「そうよ。そして、セージと一緒に居るには、元の体に戻らなくちゃいけない。だから、私は元の体に戻ったのよ。私の意志である、ナノマシンを集めてね」

 セージは理解する。

 先程降って来た光。あれは、ナノマシンの光だったのだと。

 空気を浄化する。

 それはロボ子のプログラムの根幹にある物だ。

 ロボ子の言った通り、彼女にとっての本能だろう。

 しかしロボ子は、その根幹のプログラムと同じように。細分化されても、セージと一緒に痛いと思ってくれたのだ。

 ロボ子が動けるようになったのは、彼女の思いが生んだ奇跡なんだろう。

 セージは嬉しくて、涙が流れる。

 ロボ子に見られるのが恥ずかしくて、セージは慌てて顔を拭う。誤魔化す為に、ついつい仏頂面になってしまう。

「大丈夫。大気の毒素は、どこまでも揺るぎなく、白い鳩の純白の翼のように、綺麗になった。つまり、これから汚さない限りは、大気は大丈夫」

 どうも、仏頂面をしたことにより、浄化作業を疎かにしたのではないかと、懸念しているとでも思われたようだ。

「白い鳩の翼のようにって、見た目だけ綺麗で雑菌だらけっぽいな。……まぁ、そっちの心配はしてないさ。……また、ロボ子と話せて嬉しいよ」

「私が居なくなって泣いたのね」

「泣いてないよ。……いや、泣いてないよ。……というか、泣いてないよ」

 わざとらしい位に否定するセージ。泣いていたことをロボ子に知られるのは、なんとも気恥ずかしい。

「それは残念。人の流す、涙と言う名の水。あれは星のように輝いて、綺麗だと思うのよ」

 さっきまで、人の泣き顔を散々見ていたのに、そんなことを言ってくる。

「……本物の星なら、上にあるだろ」

「そうだったわ」

 ロボ子は思い出したように空を見上げると、両腕を天に向かって差し上げる。

「……何してんの?」

「願いを叶えて貰うのよ。私が星を探すのは、それが理由よ」

「人になる事だっけ?」

 星に祈っただけで、願いが叶うわけがない。そう思うが、あることに思い至り、首を横に振る。

「僕は願いが叶ったよ」

「そうなの?」

「ああ」

 そう、願いは叶った。

 ロボ子に戻ってきて欲しい。心の底から願った思いは今、叶えられている。

「ふ~む。なら、私の願いが叶わないのは、セージの性なのね」

「え? 何で僕の性?」

「星は夜空さえ見えれば常に見えているものだもの。常に願えば、願いが叶うなんて、正に、願いのバーゲンセールよ」

「……まぁ、そうだね」

 願って叶うなんて事が常にあれば、人は努力の必要もないし、何よりも、こんな荒廃した世の中になんてならなかっただろう。

「だから、毎日早いもの勝ちね」

「早いもの勝ちなんだ」

「そうよ。バーゲンセールですら数量限定」

「確かに」

 セージは頷きながらも苦笑する。

 けれど、星に願えば、願いは叶う。それはとても素敵なことだとも思う。少なくとも、今までは願うことすらできなかったが、これからは毎日、願い放題だ。

 例えそれが叶わなくとも、空気は澄み渡り、星空が無くなることはない。

 これからの世には、夢や希望はあり続ける。

「なぁ、ロボ子」

「何?」

「星は見られるようになったけれど、これからはどうする?」

「そうね。星は見えるけれど、私の願いは叶っていないわ。私は、私の願いを叶えてくれる星を探す。……出来ればセージにも、一緒に来て欲しいわ」

 セージは笑みを浮かべて頷く。

「良いよ。僕も今まで通り、一緒に行くよ。大気は綺麗になった。けれど、この星を完全に治すには、まだまだだ。セージは他の方法も探すつもりだからね。こちらこそ、よろしく」

「良し来た」

 ロボ子は嬉しそうに頷く。表情は鉄面皮なので変わらないが、嬉しそうだと今のセージは、苦もなくわかる。

 セージは大地を見る。

 例え、大気が綺麗になったところで、それはプラントの外に出易くなっただけの話。世界はまだまだ、戦前の、人の住んでいた世界には程遠い。

 毒の沼。汚染された土壌。生き物を育めない海。治したいものは、山のようにある。

 けれど、セージは楽しみだと思う。昔の一人で模索していた頃とは違う。今は、ロボ子が居てくれるから。

 おそらく、ロボ子は自分にとっての星なのだろう。

 セージはそう思って、ロボ子を眩しそうに見つめ続けた。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

楽しんでいただければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ