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青空求めて

 車を走らせること数日。

 セージは霧の向こう側に、アマテラスの塔を見つける。

 他の遺跡とは違って、地下ではなく、空に向かって伸びる塔。百年以上の時が経っているというのに、崩れることなく、しっかりとそこにある。

 セージはその塔を見て、ツクヨミの塔に似ていると思っていた。しかし、近付いてみれば違うのだとわかる。

 アマテラスの塔の外壁は、ガラスのように透明だった。

 今では土や苔で随分と汚れているが、もしも、この塔が造られたばかりで、空は青空だったなら、この塔は光を反射し、眩く輝いていたかもしれない。

 透明な壁の向こう側、アマテラスの中心部分には、支柱のような塔も見える。おそらくその中央の塔に、アマテラスの主要な装置などがあるのだろう。

 車から降りて、塔の入り口へ行くと、ロボ子が扉横にあるコントロールパネルを操作し、簡単に開けてくれる。

 ここはロボ子にとって、来るべき場所だ。拒まれることはないのだろう。

 塔の内部はそれなりに広い。

 セージらは早速、中央塔へと入る。

「ロボ子。アマテラスの計画を実行する装置って、どの辺りにあるんだ?」

「最上階にあるわ。偉い奴と魔王は、最上階か最下層に決まっているのよ」

「……ロボ子はどっち?」

 とりあえず聞いてみる。

「魔王よ」

「ならば、成敗しないとな」

 ユナが剣を構える。

「ふはは、勇者よ。よくぞ参った。我は最上階で待っているぞ」

 ロボ子は駆け出し、エレベーターのボタンを押す。けれど、反応はしない。

「むぅ。壊れているわ」

「うわ。本当に?」

 セージも駆け寄って、エレベーターを調べる。

 見た所、動力は来ているようなのだが、どこかの回路が切断されているのか、まともに動いてはくれない。本格的に調べれば、原因を見つけることもできるだろうけれど、それこそ、どれだけ時間がかかることか。

「颯爽と、最上階へと行くはずだったのに、とんだ赤っ恥」

「まぁ、仕方ない。歩いて上るしかないだろう」

 ユナはエレベーターの選択肢を早々に切り捨てる。

「ロボ子。階段とかあるの?」

「中央塔と外壁の間は、螺旋階段になっているわ」

「へぇ」

 セージらは中央塔を出る。

 ロボ子の言っていた階段は、中央塔の入り口の丁度、反対側にあった。外壁から中央塔までの、十メートル近くの距離が、階段の横幅となる馬鹿でかい階段だ。中央塔の周りをグルグルと回る螺旋階段となっている。

 セージは上を見るが、階段の下の部分が見えるだけだった。それでも、近くで見た、塔の高さを想像するに、最上階まで上がるのは、かなり骨が折れることだろう。

 うんざりした気持ちになる。


「はぁ、はぁ、疲れた」

 セージは何度目になるかわからない弱音を吐く。

 この階段を上る作業は、予想以上にきつかった。

 螺旋階段では、自分がどのくらい上っているのかわかり難い。偶に踊り場があり、何階に来たという表示があるけれど、最上階が何階なのかわからないので何の目安にもならず、いつ終わるかわからない拷問でも受けているような気分になる。

「ロボ子はともかく、ユナさんはよく平気だね」

 疲れた様子を一向に見せないユナに、セージは改めて感心する。

「セージに合わせて休み休み上っているからな。……まぁ、大人と子供の差というのもあるかもな」

「うぅ。どうせ僕は子供だよ」

 セージは拗ねるようにそっぽを向いて、外壁の外を見る。

 かなりの高さだ。プラントにあったビルなんて、比較にならない、

 生まれてこの方、ここまで高い所に上ったことはないので、感動よりも怖さを感じる。

 素直に感動できない理由としては他に、外は湿度が高く、靄が薄っすらと立ち込めている為、地上がぼんやりとしか見えない。なので、見ていても、あまり面白くもないというのもあるだろう。

 しかし、セージはそんな霧の中に、あるものを見つける。

 車だ。

「ねぇ、ユナさん。あれって、誰の車かな?」

 はっきりと見えないので、もしかしたら、セージらが乗って来た車だという可能性も十分にある。けれど、セージは気になったので、ユナに尋ねる。

「ん?」

 ユナは目を細めてジッと見つめた。そして、何かに気付いたように、眉を寄せる。

 その時だった。

 背後から声をかけられる。

「追い付いたぞ。お前達」

 驚いて振り向けば、現れたのはクノーとナツキ。

「……やはり、あの車はクノー達のだったんだな」

 ユナは顔を顰めた。

 きっと、セージも同じように顰めていただろう。

 今からセージらがやろうとしていることを、彼らが黙って見過ごしてくれるとは考えにくい。

「クノー。邪魔をするな。私達はアマテラスを動かす」

 ユナは強い口調で言う。対して、クノーさんは静かに問うてくる。

「それがどういうことかわかっているのか? 今、大気を穢し、人に害をなしているのは、アマテラスによって散布されたナノマシンだ。お前はこの世界を、更に穢す気か?」

「違う。私達は、アマテラス本来の使い方をするんだ」

 クノーは、鼻で笑う。

「世界を浄化するという奴か。笑わせる。所詮、夢物語。失敗するのがオチだ。事実、この塔を造った当時の人々は、失敗したじゃないか。我々よりも、遥かに技術力があるにも関わらずな」

 アマテラスは、一度世界を穢した。それはどうしようもない事実だ。クノーさんが信じられないのは仕方ないかもしれない。それでも、セージ達がやろうとしていることを、わかって欲しかった。

「……それは、ちゃんとした使われ方をしていなかったからだよ。当時の研究者は、ロボ子を失うことを恐れ、彼女を使わなかった。だから、失敗したんだ」

 セージはそう言って、ロボ子の生まれと役割を説明した。今回は失敗しない。そうわかってもらえれば、争わなくて済むはずだから。

 説明を聞いたクノーは頷く。

「……そうか。だが、それがどうした」

 セージは、その返答に目を丸くする。

「……それがどうしたって、どういうことさ?」

「お前の言う通り、昔の研究者は、間違いを犯したのだろう。だがそれでも、ある程度成功する可能性があったからこそ、実行したはずだ。しかし結果は、お前達の知っての通りだ」

「……つまり、ロボ子を使ったからと言って、上手く行くとは限らないってこと?」

「そうだ。そして、その失敗は、今度こそ、世界の滅亡かもしれない。リスクが多過ぎる」

 そう言って、クノーは剣を構える。それを見たユナは、ため息を吐き、決意するように構える。

「……全く。意見は平行線か。この頑固者が。……悪いけれどクノー。私は今回に限って本気だ。お前達二人を殺してでも、先には行かせない」

 セージは、ユナが放つ殺気に驚いて、目を丸くする。

 ユナにとって、クノーさんもナツキも大切な人だ。だからこそ、どんなに戦ったところで、殺そうという意思はないはずだった。それでも、今のユナは、正真正銘、殺そうとしている。

 少なくとも、躊躇う気はない。

 さすがにクノーも眉を寄せる。

「セージ、ロボ子。先に行け」

 ユナが鋭く言う。

「あ、うん」

 セージは返事を返して、慌てて階段を上る。

「あ。待ちなさい」

 今まで、事の成り行きを見守っていたナツキが、セージを追おうとする。

 もしかしたら、彼女ではユナに勝てないので、セージを捕まえるように、事前に相談してあったのかもしれない。

 しかし、ナツキが踏み出そうとした階段を、光が穿つ。

 眩い光に、セージは思わず立ち止まり、振り返ってしまう。

 今の光は、ユナの放ったビームだ。

 階段の表面が溶け、熱で赤く光っている。もし、当たっていれば、ナツキはただでは済まなかっただろう。

 それを離れて見ていただけのセージが、思わず生唾を飲み込んでしまう。それ程の恐怖。直接その威力を向けられたナツキは震え上がって、動けなくなっていた。

 ユナは、早く行けと言うように、再度、こちらに視線を向けたので、セージは今度こそ、階段を上る。


「……ね、姉さん」

 ナツキは思わず昔の呼び方をして、ユナに投げかけるような視線を向けてくる。

 どうして? というように。

 しかし、それに対して、ユナはできるだけ、冷徹な目をする。

「言ったはずだ。邪魔をするなら殺すと。……ナツキ。今のは警告だが、今度は当てる」

 セージは、大切な存在を失う覚悟を持って、この計画を行おうとしている。

 だから、大人であるユナがその覚悟で劣り、クノー達を通してしまっては、あの子に顔向けできない。

 ユナはそう思うのだ。

 クノーは険しい目をする。しかし、その瞳には、諦めがあるわけではない。

「俺も、死が怖いからと引く気はない」

 クノーは怯むことなく突進してくる。

 ユナは、彼に向ってビームを放つ。今度は当たるように。本当に殺しても構わないという気持ちで。

 しかし、カグツチの攻撃はどんなに速くとも、直線故に、発射の瞬間を見られれば読まれ易い。

 クノーは服を掠めながらも、距離を詰めて来る。

 ユナは後ろに下がって、距離を取ろうとするけれど、階段故に思うように下がれない。

 肉薄する。

 剣と剣を打ち鳴らす。

「これだけ近付けば、そのビームは使えまい」

「だからと言って、負けたわけではない」

 ユナはカグツチを振るう。

 鍔迫り合いになると、白煙を上げ、クノーの刃が、ゆっくりと溶けて行く。

「ちっ。ナツキ。あの少年を追え」

 クノーの叫びに、恐怖から我を取り戻したナツキは、急いで階段を上って行く。

「くぅ」

 ユナはなんとか止めようとするけれど、クノーに肉薄されてしまった今、止めることはできなかった。



「待ちなさい」

 声に振り向けば、ナツキが追って来ていた。

 どうやらユナは、止め切ることはできなかったらしい。それでも、クノーを止める為、今も必死で戦ってくれているはずだ。

「邪魔をしないでくれないかな、ナツキ」

「そういうわけにはいかない」

 ナツキは銃を構える。

 ロボ子がセージを助ける為に前に出ようとするけれど、セージはそれを手で制す。ナツキが相手なら、話し合いだけでなんとかする自信があった。

「ナツキ。セージはこのアマテラスを動かすことに、全てを懸けている」

「でも、失敗すれば今度こそ、世界は滅びるかもしれない」

「そうだね。でも、そんなものは推測だ。失敗しても、世界は変わらないと僕は思っている。ナノマシンの脅威という意味では、今までと変わらないからね」

「……変わらない?」

「ああ、そうだ」

 セージは頷く。

 ナツキはきっと、変わることを恐れている。

 彼女の今まで体験した変化は、辛いものばかりだ。

 ロボットの暴走という事故によって、家族や友人を失うという、今までの生活が一変するという変化。

 ユナの、スサノオへの裏切りによって、姉を失い、憎まなければならないという変化。

 彼女にとって、変化とは望べきものではないのだろう。

 だからこそ、失敗しても世界は変わらないのだと、ナツキの心を揺さぶる。

「……それでも、変わるかもしれない。今のままが一番良いのよ」

 ナツキは苦しそうに悩みながらも、銃口を下ろそうとはしない。

「……良いわけがないよ。……今のままでは、人間はゆっくりとでも、滅んでしまう。……僕は、壊れたプラントを見たよ。僕の住んでいたプラントが壊れてしまったら、ああなってしまうのだと、嫌でも考えさせられた。人が生きて行く為に、これは必要なことなんだ」

 セージはそう言って、ナツキの前に立つ。

 彼女の銃口はロボ子を向いていた。でも、セージは自身の体で、それを遮る。

 ナツキは戸惑い、その銃口を震わせる。セージはその銃を掴み、自分の額に向けさせた。

「な、何を」

「僕は、現状の維持なんかよりも、希望のある選択をしたんだ。もし、その選択を止めたいというのなら、僕を殺してでも止めるんだね。……さぁ、ナツキ。選ぶんだ。僕を殺してでも現状を維持し、ゆっくりとした滅びに身を委ねるのか、それとも、僕を止めることを諦めて、希望があるかもしれない世界を待つのかを」

 ナツキは、銃口をなんとかセージの額からずらそうとするけれど、できるだけの力を持って、ずらさせない。正直、暴発でもしたらどうしようかとヒヤヒヤだけれど、これはもう、我慢比べだ。

「……私は、……選べない」

「なら、そんな中途半端な気持ちで、僕の邪魔をするな。僕は言ったはずだ。アマテラスの計画に、全てを懸けていると。そう、僕の命だけでなく、大切なもの全てをだ」

 そう言って、ロボ子の顔が浮かぶ。

「何かを選ぶだけの決意がないのなら、黙って、僕のやろうとしていることを、受け入れろ」

 セージは強い調子でそう言うと、力の弛んだナツキの手から、銃を奪い取る。

 彼女は銃を取り上げられると、崩れるように座りこむ。

「……私は、……私は」

 ナツキは良い人だと思う。けれど、どうしようもなく、今の大人と一緒なのだ。

 変化を恐れるあまり、自身で選択ができない。ただ、周囲の流れに任せてしまう。自分の意思を貫けない。

 だから、初めて会った時、ロボットへの憎しみが深いにもかかわらず、セージの説得にロボ子を許す選択をしてしまったのだ。

 衝動的な感情のままに動けなければ、他者の強い意志に逆らえない。

 それが、ナツキだ。

 出会った後、クノーさんがロボ子を捕まえようとした時に、セージを助けようかクノーさんを手伝うか、選べずに何もできなかった彼女の姿を見て、セージはそのことを知ってしまった。

 そして、今回も彼女は選べなかった。

 セージを殺そうとしてまで、現状を維持する選択を。

 ナツキのそういう生き方を悪だとは言わない。皆で生きる為には、彼女のように、選ばず、他者に合わせることも必要なのだ。そういうことができない者は、セージやユナのように孤立する。

 けれどセージは、例え孤立しようとも、自身で選び取りたい。

「行こう、ロボ子」

 セージはロボ子にそう言うと、ナツキを置いて、先を急ぐ。


 ロボ子の言っていた最上階。

 壁から伸びる数え切れないほど多くのケーブルが、中央の円筒状のカプセルに繋がっている。そのカプセルの前には、コントロールパネルがポツリと置かれていて、天井近くには外を映し出す小さなモニターがある。それ以外に物はなく、大きな部屋だということも相まって、簡素な部屋だという印象がする。

 中央のカプセルを見ると、ロボ子との出会いを思い出した。

 プラントの地下で、彼女は同じようなカプセルに眠っていたのだ。

 今までの事を、自然と振り返ってしまう。

 ロボ子と居る世界が、どんなに楽しかったか。

 あの頃は、こんなにも早く、外の世界に出るとは考えていなかった。

 けれど、セージはもう、ここまでやって来たのだ。

 アマテラスを動かせば、大気の毒は浄化される。

 地球を治すという夢の、大きな一歩。

 嬉しいはずなのに、セージの心は、不安ばかりが付き纏う。

 本当に上手く行くのか?

 ロボ子を失わずに済むのか?

 自身の心の声が問うてくる。

 けれど、セージは首を振って、打ち消す。

 セージは既に選んだのだ。今更、止まる気はない。

「……ロボ子」

 セージは、ロボ子に声を掛ける。

「ん。私は頑張る。セージの住む、世界の為に」

「はは。……まるで、正義の味方みたいなことを言うね。……でもそうか。ロボ子は本当に、世界を救うんだ。どんな正義の味方よりも、正義の味方らしい」

「違うわ、セージ。私は正義ではなく、セージの味方」

 ロボ子は否定して、そう言ってくれた。

 セージは涙が出そうになるのを、必死で堪える。ここで泣いたら、本当にお別れになりそうだから。

「はは。なんか、ダジャレみたいだ。……でも、……ありがとう」

「ん。じゃあ、行ってくるわ」

 ロボ子はそう言って、カプセルの方へと歩いて行く。

「ああ。またね、ロボ子」

 セージは、絶対にさよならとは言わない。

「ん。またね。セージ」

 ロボ子は、また会うことを約束してくれた。


 ロボ子が円筒状のカプセルの中に入って行く。それを近くのコントロールパネルから、セージは見守っていた。

 正直な所、止めたいという思いが浮かばないわけではなかった。

 でも、セージは歯を食いしばって我慢する。

 ロボ子が入ったことで、アマテラスが動きだす。

 このままだったら、彼女は確実に消えてしまうだろう。

 けれどセージは、彼女を失ってしまうことを、諦めているわけじゃない。

 自分のパソコンを、アマテラスのコンピューターに繋げて操作する。

 アマテラスの起動には、ロボ子の人工知能のデータが必要だ。ロボ子の意思が、空気中に存在するナノマシン達の上位意思として全てを統制し、支配する。

 しかしそれは、ロボ子の意思はそれだけ細かく砕かれると言うことでもある。機能としては働くかもしれないが、今までのような明確な意志は残らないだろう。

 それが、アマテラスとロボ子を造った研究者達の見解だ。

 そんなことが認められるわけがない。自分にとって、ロボ子は既に大切な存在。ロボ子を封印した、マイカという研究者と同じように。

 だから、セージも模索したのだ。ロボ子を救う方法を。

 ロボ子は機械だ。彼女の人工知能をコピーとして、バックアップを取っておけば、アマテラスに転送されてしまった後でも、復活させることが出来る。

 それがセージの思い描く、ロボ子を失わない方法。

セージがなけなしの知恵を絞って得た方法だ。

 けれど、問題があった。

 最初に出会った時もそうだけれど、意思を持った機械と言うのが珍しく、ロボ子を調べようとしたことも、何度となくあった。

 上辺にある、ロボ子の人格形成には、さして関わることのない、どうでもいいプログラムには接触できた。

 けれど、重要なプログラムにアクセスしたと同時に、幾重にも張り巡らされた防壁プログラムが邪魔をし、ロボ子意思の端にも引っ掛かることができなくなってしまうのだ。

 過去の記録にもあった、進化する防御プログラムというやつなのだろう。

 そんな状態では、コピーなど不可能と言って良い。

 それでも、セージには希望があったのだ。

 アマテラスが、ロボ子の人工知能データをナノマシンに転送しようとする時、それは、アマテラスとロボ子の人工知能は、防御プログラムを通り過ぎて接触していると言うことでもある。

 その間なら、アマテラスを介してロボ子の意思に辿り着き、コピーすることが出来るかもしれない。

 それが、セージが狙う、ただ一つの希望だった。



「……動き出したか」

 クノーはユナから距離を取ると、動き出すアマテラスの塔を見て、憎々しげに言う。

「退け、ユナ。このままでは、世界は更なる災厄に見舞われるぞ。過去、アマテラスは不完全な形で発動した。それによって生まれたのは、俺達にとっての死の星だ。完全に発動したら、今度こそ、俺達は滅ぶかもしれないんだぞ」

 脅すようなクノーの言葉。けれど、彼の言葉は酷く今更な言葉だ。ユナの意思は既に決まっている。

「退きはしないよ、クノー。彼らは世界を救いに行ったんだ」

「ふざけるなよ、ユナ。機械は世界を滅ぼす。ましてや、世界を救うなんて出来やしない。この世界を見ろ。人はまともに外を歩くこともできない。こうなったのは全て、機械の性だ。それはお前だってわかっているだろう」

 クノーは怒りに満ちた表情で、そう叫ぶ。

 ユナはゆっくりと、首を横に振る。

「この世界がこんな風になったのは、その時存在した大人達の性だ。彼らの過ちがこんな世界にした」

「なら、あの子供が同じ過ちを繰り返そうとしているんだ。それは、今を背負って立つ大人として、止めるべきだろう」

「違う。あの子たちは前に進もうとしているんだ。私達大人が、今を背負っていると言うのなら、彼のような子供は、未来を背負っている。未来への選択は彼がするべきだ。私達大人は、それを見守るべきなんだ」

「……どうしても、退く気はないということか」

 クノーの視線の中に殺気が混ざる。初めて向けられる殺気だ。けれど、ユナは自然に笑みを浮かべていた。

 本当に、彼の選択は遅すぎる。

 ユナには既に、殺すことも、殺されることも、受け入れるだけの覚悟があるのだ。今更、その程度で怯むことなどない。

「私は、あの子達を信じているからな」

 ユナは構え直す。

「なら、貴様を殺してでも、進むだけだ」

 剣を振りかざし突進してくるクノー。

「私の命に変えても、進ませはしない」

 ユナは、セージを守る為に応戦する。



「何でだ。何でだよ」

 セージは焦っていた。

 ロボ子の中枢への侵入。コピーの開始。それは、予想以上にすんなり行うことが出来た。神を信じない自分が、神に感謝してしまう程に、良い結果が出ていた。

 しかし、問題がでたのはその後の事だった。

 コピーの速度が、アマテラスが行っているロボ子の情報転送よりも遥かに遅いのだ。バックアップとして使っている自らのコンピューターの処理速度が、アマテラスの処理速度と比べると、絶望的に遅い。だが、だからと言って、自分のコンピューター以上に処理速度の高い物は持ってはいない。

 それに比べアマテラスは、ロボ子と繋がり、塔全体を一つのコンピューターとしているのか、信じられない程の処理速度を見せている。

「クソ」

 セージは、アマテラスの処理速度を落とそうと、プログラムを組んで邪魔しようとする。けれど、焼け石に水をかけたように、プログラムはあっと言う間に蒸発し、ロボ子の意思はどんどんと消えて行く。

 それでもセージは、少しでも、少しでも多くのコピーを取ろうと、諦めることなく妨害プログラムを編んで行く。

 しかし、待っていたのは絶望。

 アマテラスの転送システムは貪欲だった。ロボ子の意思に接続していた為か、コピーしていたロボ子の意思までもが、転送されていく。

「ふ、ふざけるな」

 セージはアマテラスのコントロールパネルを叩き、なんとか、コピーできたデータだけでも守ろうと、アマテラスとの接続を切ろうとする。だが、それすらできない。

 自らのコンピューターが、アマテラスの支配下に入ってしまったかのように、操作を受け付けなくなったのだ。

「そ、そんな。これじゃあ、ロボ子が」

 消えてしまう。

 セージは絶望的な気分になり、ロボ子が入っている円筒状のカプセルに向かう。

 出て来て欲しかった。そして、変わらぬ姿を見せて欲しかった。

 カプセルに取りつき叩く。けれど、ロボ子の入ったカプセルはビクともせず、拳から激痛が伝わるだけだ。それでも、諦めきれずに叩き続ける。

「くそ。止まれ。止まってくれ。……僕は、……僕はただ、ロボ子と一緒に居たいだけなんだ」

 ロボ子を救いたくて必死だった。

 けれども、時は無情にも過ぎて行く。

『アマテラス。発動されます』

 機械的な音声が響く。

 ロボ子の意思が、転送し終わってしまったのだ。

 セージは力無く蹲る。拳がジクジクと痛んだ。もしかしたら、骨が折れてしまったのかもしれない。けれど、それも気にならない程に、茫然としていた。

 意思を失うと言うことは、事実上のロボ子の死。

 重々しく円筒状のカプセルが開いて行く。

 現れるロボ子の体。入る前と変わらぬ姿に、セージは、意思を無くしていないのではないかと、そんな可能性は限りなく低いとわかっていながらも、わずかな期待を持って話しかける。

「ロボ子。……ロボ子。……頼むよ。……返事をしてくれよ。なんだって良いんだ。君の、君の好きな星の話だって良いし、馬鹿みたいな冗談だって良い。……頼むよ。……本当に頼むから、何か話をしてくれよ」

 しかし、その僅かな期待も、すぐに潰える。どんなに話しかけても、ロボ子は反応を見せない。

 アマテラスの塔の外側を映す、外部モニターが目に入る。

 段々と、大気の中の霞が消えて行っているのが、目に見えてわかった。

 ロボ子はあそこに居るのだ。

 セージはロボ子の体を背負う。

 人としては重く、機械にしては軽い体。

 硬く冷たいロボ子の体。

 意志の無い体は、まるで死を連想させる。

 それでもセージはなんとか背負い込むと、ゆっくりと、一歩一歩と歩き出す。


「空が浄化されていく?」

 クノーが塔の外を見やり、信じられないと言うように呟く。

「これが、あの子達が行った結果だ」

「……これが? 機械が世界を救うと言うのか?」

「そうだ。機械は手段でしかない。重要なのは、そこに関わる意志なんだ。そして、あの子達は、この世の緩慢な滅びでは無く、希望ある未来を選び取ったんだ」

 ユナの言葉に、クノーは考え込むように、俯く。

「……俺は機械が嫌いだ。信じられない。だが、……そうだな。あのセージって子供は、信じてみるよ」

 クノーはそう言って剣を収めると、階段を降りて行く。

「行くのか?」

 ユナは声をかける。

「行く。……俺は邪魔をしたからな。正直、あの子達と、どんな顔して会えば良いのかわからないよ。……今回は借りだ。何か困ったことがあったら、返してやるって伝えてくれ」

「ああ、わかった。……というか、ナツキはどうするんだ? 置いて行くのか?」

 ユナは立ち去ろうとするクノーに問う。

 彼は振り返り、昔のように笑みを浮かべる。

「お前が連れて行け。ナツキは意志が弱くて、正直、スサノオには向かない」

「……まぁ、そうかもしれないな。……だが、ナツキは私を嫌っている。裏切り者として」

 ユナの言葉に、クノーは苦笑して、肩を竦める。

「裏切ったかもしれないが、この結果だ。皆も許してくれるさ。お前らは仲直りして、姉妹で親父さんの所に戻ってやれ。俺ができる限り、取りなしといてやるから」

 クノーはそう言うと、手をヒラヒラと振って、今度こそ振り返ることなく立ち去る。

 彼の心遣いが嬉しかった。

「ありがとう。クノー」

 立ち去るクノーの後ろ姿を見送ると、疲れ切ったユナはその場に座り込み、空を見る。

 広がる青空は本当に綺麗で、今までの苦労が報われた気がして、涙が溢れて来る。

 一頻り泣いた後、ユナはセージとロボ子の事を思い浮かべた。

 アマテラスが発動したと言うことは、ロボ子は消えてしまったのだろう。

 果たして、セージはどうしているだろうか?

 彼はロボ子を大切にしていた。

 悲しみに暮れているのかもしれない。

 だから、今はそっとしておくことにした。

 悲しい時に、一人で自らの心を見詰めることは、必要な事だと思うから。励ますのは、その後でも良い。

「……姉さん」

 声に振り返れば、ナツキがこちらを恐る恐ると窺うように見ていた。

 いつの間にか、戻ってきていたのだろう。

 彼女の体を見るが、怪我とかはしていないようだ。

 ユナはその姿に安心する。

「……ナツキ。話をしよう。……久しぶりに。……昔のように」

 ユナは、できるだけ優しく微笑んだ。


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