機械は嫌われ者で
セージは目を覚ました。見慣れない天井が目に入る。味もそっけもない、白いパネルの張られた天井や壁。そう。遺跡の中の共有部屋に似ている。個人の個室として使われていた部屋ならば、もう少し面白味もあるのだけれど。
電灯がしっかりと動いているということは、かなり保存状態は良い遺跡だともわかる。
「い、生きてる」
喉がカラカラで、ガサガサとした声が出る。でも、体がだるいだけで前ほどの体調の悪さを感じない。今の状態を例えるのなら、大きな病気をした後の、病み上がりと言ったところだろうか?
それでも差し迫って、命の危険はなさそうだ。蛇の毒がそれほどでもなかったのか、もしくは、ロボ子が薬を持って来てくれたのかもしれない。
起き上がってみようとするが、あまり力が入らない。上半身だけならともかく、完全に立ち上がるとなるとかなり億劫なので、座り込むだけで済ませる。
気付けばセージは、毛布に包まっていたようだ。その毛布を見て首を傾げる。こんな毛布を、持っていたっけ?
もしかしたら、これもロボ子が研究所の中から見つけて持って来てくれたのかもしれない。
「起きた?」
「ロボ子?」
セージは声の方に、そう言って振り向くが、そこに居た者は、ロボ子とは全く似付かなかった。なんせ鉄板の体ではなく、小柄ではあっても、れっきとした人間の女性なのだから。
年はセージより二つか三つ、年上だろうか?
長い髪を後ろで軽く結び、小動物めいた大きな瞳を、可愛らしくパチクリと動かしている。
「ロボ子って何?」
その人は、セージの顔を覗き込むように膝を付き、水を差し出して聞いてくる。セージは水を促されるままに一口飲むと、体中に染みわたるような感覚を覚えた。
「……いや。僕の知り合い」
「そう。変な名前」
「まぁね」
ロボ子という名前が変であることには依存が無い。なんと言っても、ロボ子(仮)なのだから。
「えっと、あなたは?」
「それは私の方が聞きたいんだけどねぇ。まぁ、良いや。あんたも混乱しているだろうし。私はナツキ。スサノオよ」
「えっと、僕はセージ。……スサノオって?」
「ふ~ん。セージって言うんだ。しかし、セージ。スサノオを知らないのねぇ。田舎プラントの出身? ……まぁ、良いや。私達は遺跡に入って、役に立つ機械を発掘したり、危険な機械を破壊したりしているのよ。この研究所は拠点の一つでね。毒を受けて倒れているあんたを、偶々見つけたってわけ」
「……そうなんだ。助けてくれてありがとう」
セージはお礼を言っておく。すると、ナツキは顔を赤くし、別に礼なんていらないと、口をもごもごさせる。どうやら、照れているらしい。
それにしても、役に立つ機械の発掘。そして、危険な機械の破壊。他のプラントでは、そんな積極的な行動もしているのかと、感心してしまう。
「で? あんたはなんで、プラントの外になんか、出ているの?」
「あ、えっと、この世界を治す方法を探して、プラントから出たんだ」
「この世界を治す。あはは。子供だねぇ。そんなのできるわけないじゃん」
ナツキはさも面白そうに笑う。プラントの連中と同じだ。スサノオなんて活動をしているから、彼女もユナのように受け入れてくれるかと思ったが、違ったようだ。
「できるかできないかじゃないよ。セージにとって、それがしたいことだってことだし、できないと思って何もしなかったら、それこそできない」
「ふ~ん」
ナツキはニヤニヤとして、子供の言葉を聞いてあげていると言った態度を見せる。ムキになって答えた自分が馬鹿みたいだ。
「ああ、そうそう。あんたを助ける為に、医療用のナノマシンを使ったんだけど、仕方ないよね。機械を体に入れるって虫唾が走るかもしれないけれど、死ぬよりはマシでしょ?」
「虫唾が走る?」
セージはその表現に首を傾げる。
「ん? あはは。もちろん、別にそんな症状が出るわけじゃないよ。気持ち悪いって意味だからね」
「そうじゃなくて、もしかしてナツキは、機械が嫌いなの?」
そう尋ねると、ナツキは不思議そうに、キョトンとした顔をする。
「はぁ? そんなの決まってんじゃん。好きな奴なんて、頭のおかしな連中くらいしかいないでしょ」
「でもスサノオは、役に立ち機械は使うって」
「当然でしょ。私達の生きる世界は最低で最悪なんだ。そんな中で生きようとするなら、例え禁忌だとしても、利用しなくちゃ生きていけないもん」
口調は軽いものだったが、ナツキの表情は真剣だった。この厳しい世界を生きて来たからこその、言葉なのだろう。
セージの居たプラントの大人達は、機械を嫌っている。自分達が、プラントという機械に頼っている事実を無視して。しかし目の前にいるナツキは、機械が嫌いだという根本では一緒なのかもしれないが、それでも機械は必要なのだと現実をしっかりと見つめている。
現実逃避をしていない分、プラントの連中なんかよりも、好感が持てると思う。
しかしそうなると、ロボ子が心配になる。
彼女は薬を探しに行っている。自由意思で動くロボットなんて、スサノオにすれば脅威だろう。
出会えば戦いになる。
いや、もしかしたら、セージを助けに戻って来たロボ子と、ナツキは鉢合わせになり、戦い終わった後かもしれない。
「ねぇ。ナツキは、人型のロボットって見たことある?」
セージの問いに、ナツキは顔を強張らせる。
「……あるけど」
彼女はぶっきら棒に答えた。
セージはナツキの様子がおかしいのはわかっていたが、その人型ロボットが、ロボ子ではないかと心配だった。なので、あまり触れられたく無さそうには見えたが、尋ねてしまう。
「そうなの? いつ。どこで」
「……子供の頃よ。私の居たプラントで、地下遺跡のロボットが、……暴走したの」
ナツキの顔は悔しそうで、それでいて、今にも泣き出しそうに歪んでいた。その事件は、とても悲惨な出来事だったことが、語らずとも伝わってくる。
やはり、触れてはいけないことに触れてしまったみたいだ。
「……ごめん。嫌なことを聞いたね」
「別に良いよ。……ただ、私はあの出来事で、機械がどれだけ危険なものかを知ったし、もう二度と、誰にもあんな目に遭って欲しく無い。だから私は、スサノオに入って、悪しき機械を破壊し尽くそうと思うのよ。……そう。もう、両親や友達のような目に、遭わせない。……絶対に」
ナツキは自分の思いに熱くなり、拳を白くなるほど握り込んでいる。
その姿がなんだか痛々しく見えて、セージは思わず彼女の拳を取る。人の温もりは安心感を与えてくれると、ユナと接してわかったことだ。これで少しでも、ナツキが落ち着いてくれれば良いと、無意識にでも思ったのかもしれない。
「……セージ?」
ナツキは不思議そうな顔をする。
「うんとさ。……あんまり思いつめない方が良いよ。思いつめた所で、良い結果なんて産まれない。何より、楽しくないもの」
「別に、楽しみたいわけじゃない」
「そうかもしれないけれど、そんなの辛いだけさ。楽しくなければ、長続きなんてしないし」
それは、経験からの言葉だ。セージだって、両親が亡くなった時、自暴自棄になりもした。
両親に辛く当った人間を恨み、全てを拒絶して生きようとしたのだ。
結局の所、そんなものは一月と続かなかった。
恨みは続いても、ずっと思い続けているのは辛いだけで、何の生産性もない。何より、楽しくなかった。
あの時のことを思うと、良いことなんて、何一つなかった気がする。
「ん。ごめん。ありがとう。私は大丈夫。確かに思いつめ易いかもしれないけれど、私は一人じゃないから」
ナツキは優しい笑みを浮かべる。
「そっか」
一人じゃないんだなと、安心して頷く。
それにしても、この調子ならばロボ子にも会っていなさそうだ。
とりあえず、そっちにもホッとする。
なんなら、ロボ子は自分の物だと言えば良いのではと考える。脅威でなければ壊さないはずだ。
だが、機械嫌いは危険だと思えば、誰の所有物であろうと壊しにくる。そのことは既に、知っていることだ。そして、特にロボットを嫌っているナツキが、そうする可能性は高い。
ならばわざわざ、ロボ子の存在を知らせない方が良いだろう。
「そうそう。セージは世界を治すとか言っていたけど、ここには逆の物の情報があるのよ」
ナツキが意味深に言って来る。
彼女は、何かを教えるのが、楽しくて仕方ないという様子だ。
「逆?」
「そう、逆。ここには世界をこんなにした毒の塔。アマテラスの情報があるのよ」
「アマテラス?」
セージは驚く。
アマテラスは世界を浄化させる装置だと、ユナは言っていた。いや。セージの見た情報にしても、それで間違いないはずだった。
なのに何故、アマテラスは毒の塔なのだろうか?
「そう。アマテラスは世界に、毒性のナノマシンが世界を放った毒の塔。私達は、アマテラスを破壊する為その場所を探しているんだけど、残念ながら、地図情報までは得られていないのよね」
「……そうなんだ」
セージは答えながらも考える。
アマテラスの能力はナノマシンを空中に散布することだ。本来の使い方をすれば浄化できるが、悪用されれば確かに、ナツキの言う通り毒をばら撒いた塔になるだろう。
そして、現状がそれをどうしようもなく証明している。
この大気の汚れの一番の原因は、空中に存在する毒性のナノマシンなのだから。
確かに少し考えてみれば、アマテラスは本当に悪用されたとわかりそうなものだ。
「……ねぇ。僕にも、アマテラスの情報を見せてくれないかな」
悪用されたことがあるとはいえ、アマテラスは大気を浄化させることもできる塔でもある。それが悪い情報だろうと、同じ轍を踏まないという意味で、欲しい情報でもある。
「ん。良いよ」
ナツキはあっさり頷いた。
特に、彼女達にとっては、隠すべき情報でも無いのだろう。
水を飲んだことで、なんとか活力も湧いた。
立ち上がり、ナツキに付いて行くことにする。
「そういえば、スサノオを私達って言っていたけど、スサノオは、たくさんいるの?」
「結構いるよ。百人くらい」
「……百人」
思ったよりも多い。スサノオは、チンピラめいた集まりなのだろうと思っていたが、もしかしたら、しっかりとした組織になっているのかもしれない。
「この遺跡に皆居るの?」
そう尋ねると、ナツキは笑う。
「あはは、まっさかぁ。こんな遺跡に全員使っていたら、全部の遺跡を調べきることなんて、いつまで経っても終わらないよ。まぁ、だいたい、スサノオは二人か三人でグループを組んで、探索するんだよ」
「じゃあ、ナツキの他に、もう一人か二人、居るんだね」
「うん。クノーさんっていう、凄い先輩と一緒なんだ。ベテランの戦士だよぉ」
ナツキは嬉しそうに言う。
「……ナツキは、そのクノーって人が、好きなんだね」
セージがそう言うと、彼女は顔を赤く染める。
「な、何を言うかな、あんたは。私は憧れているだけだよぉ」
「本当にぃ?」
セージが意地悪い笑みを浮かべると、ナツキは不機嫌そうにそっぽを向いて、さっさと先を行こうとする。
ついつい、苦笑する。
今まで子供扱いをされたのだ。このくらいの反撃は許してもらいたい。
先を行くナツキを追いかけて、白い廊下を進んでいると、セージは不思議に思う。
ここは遺跡の中だと言うのに、彼女は特に警戒せずに歩いているのだ。
「ねぇ。ナツキ」
声を掛けるが無視された。まだ、腹を立てているらしい。面倒臭いな。
「ごめんよ。もう、からかわないから」
「全くよ。仮にも、私はあんたの命の恩人だぞ」
ナツキは恨みがましく言って来る。
「むぅ。恩を押し付けるのもどうかと思うけど。……まぁ、良いや。それよりも、ナツキは警戒してないみたいだけど、大丈夫なの?」
「警戒?」
ナツキは不思議そうに首を傾げる。そういう反応をされるとは思わなかった。
「いや、僕だってプラントにあった地下遺跡の探索をしたこともあるけれど、いつ警備ロボや変種の動物が襲ってくるか、わかったものじゃなかったよ」
「ああ、そっか。セージの言っているのは、戦前の遺跡だね」
「戦前?」
「そう、戦前に造られた遺跡。戦前の物は、戦争を乗り越えているから、罠やら警備やらが、やたら厳重で、危険が多いんだよ」
「じゃあ、ここは違うの?」
「違うねぇ。戦争が終わった後にも、なんとか人は外で行動が出来たのよ。そして、その時に造られたのが、この戦後の遺跡。特にその頃の遺跡には、人間同士争う余裕なんてないし、少しでも生き残りを大切にしなくちゃ絶滅しちゃうからって、あんまり攻撃的な防衛装置は使われてないんだよ」
「なるほどねぇ」
「それにしても、あんた。子供の癖に戦前の遺跡に潜るは、プラントの外に飛び出すは、……無謀も良い所よ」
「別に、……無謀なことはしてないさ。少しは、無茶な事をしたかもしれないけど」
セージはそっぽを向く。
確かに、今回のプラントの外での出来事を見れば、無謀に見られて仕方ないかもしれない。けれど、別に無策だったわけじゃないのだ。
十分に行けるだけの自信はあった。
今回は運が悪かっただけで、無茶ではあっても無謀だった訳ではない。セージは少なくともそう思っている。
「生意気言うねぇ」
ナツキはごしごしと髪の毛をグチャグチャにしてきた。
全く。
また、子供扱いをして来るのだから。
セージは嘆息する。
ユナに子供扱いをされるのは仕方ないとも思うのだけれど、何故かナツキにされるのは、少しばかり認めにくい。
……多分、年が近いからだろう。
思い返せば、セージは年の近い知人が居ない。
両親がジャンク屋だったので、ツクヨミが開いていた学び屋では常に孤立していたし、独り立ちしてからは、商売として、大人の相手しかしていないのだ。
同じ年頃を相手に、セージはどう接して良いのか迷っているのかもしれないなと思う。
いつも通り、子供扱いされることを良しとするか、もしくは対等だと反論するか。
まぁ、その内に、勝手に結論が出るだろうと、気楽に考えてナツキの後を歩く。
ロボ子の言う通り、ここには居住区があり、更には食糧生産の施設もあるようで、中々に大きな遺跡のようだ。やはり、この遺跡も地下に広がっているようで、何階か降り、階段から出ると、広いロビーのような所に出た。
「発見したわ」
聞き覚えのある声が、浴びせられる。どこから聞こえたのだろうと周囲を見ても、見当たらない。
「何?」
ナツキも警戒したように周囲を見回す。けれど、声の主は見つからない。
そして突如、目の前にロボ子が振って来た。
「うわっ」
物凄い勢いで降って来られれば、さすがに驚くというか、ビビる。
「セージ。下がる」
ナツキはロボ子の姿を見て取ると、鋭く叫んで、腰のポーチから銃を取り出して構える。
「ちょ、ちょっと待って」
セージは慌ててナツキとロボ子の間に割り込む。
「何をしているのセージ。危険よ」
ナツキは今にも銃を撃ちそうだ。
「だから待ってよ。この子は僕の友達なんだ」
「友達? その人型機械が?」
ナツキは疑わしげな顔をする。
「そうだ。……ナツキがロボットを憎むのはわかる。けど、ロボ子は違うんだ。人を意味もなく、傷付けたりなんかしない」
セージはロボ子を庇ってそういうが、ナツキは中々、銃口を降ろしてはくれない。
「私はロボ子。世界が私を愛している」
ロボ子は大きく頷いて、いきなりの自己紹介を始める。
「……なにそれ」
思わずといったように、ナツキは尋ね返していた。
「妄想してみました」
「……そう。それは良かったね」
セージは呆れて苦笑する。
いつものロボ子だと思った。けれど、ロボ子は首を横に振る。
「別に良くなかったわ。そこにセージはいなかったもの。だから、薬を必死で探したの」
その言葉に胸を詰まらせる。彼女は、セージを必要としてくれている。そのことが伝わってきたから。
「……で? ……見つかったの?」
「どれが蛇の毒に効くかわからないから、適当に飲ませようと思ったんだけど、セージが見つからなくなっていたの」
肝心なところでいい加減なロボ子らしいと、益々苦笑してしまう。
「……適当には、勘弁して欲しいよ。……でも、僕はもう大丈夫だよ」
「本当に?」
ロボ子がぺたぺたと、セージの顔を触る。そして、安心したように抱きしめて来る。正直、硬くて痛い。けれど、彼女のしたいようにさせる。
「死ななくて良かったよ」
例え、ロボ子の表情が鉄面皮で無感情だろうと、心底ホッとしてくれているのが伝わってくるから。
「うん。……ナツキのおかげで助かったんだ」
「ナツキ?」
そう言って、ロボ子がナツキに視線をむける。彼女は銃を構えたまま、どうしたものか、悩んでいるようだ。
「彼女がナツキ?」
「そう」
セージは頷いた。
「ありがとう、ナツキ。あなたのおかげで、セージは元気。私はとってもとっても、感謝するの」
銃口を向けられていても、ロボ子は気にすることなく、礼を言う。
「別に、お前の為に助けたわけじゃない」
ナツキは険悪な口調で言う。けれど、ロボ子はそれすら気にしない。
「当然ね。ナツキは私の事を知らなかったのだもの。ならば、私の為に何かしようだなんて、思えるはずが無いわ」
セージは苦笑してしまう。彼女の言う通りではあるだろう。ロボ子の事を知らない人間が、ロボ子の為に何かしたいなんて、思うはずが無い。というか、思えたら異常だ。けれど、ナツキが言いたいのは、そんなことではない。ロボ子に感謝される筋合いはないと言うことだ。
彼女は言うだけ無駄だと判断したようで、指摘することなく、不満そうに鼻を鳴らすだけだった。
「……まぁ、いいよ。そのロボ子とかいう馬鹿みたいな名前のロボットが、セージの友達だと言うことはわかったから。……でも、セージ。ロボットは害悪よ」
ナツキの言葉に、セージは悲しい気持ちになる。
彼女は、見ず知らずのセージを助けてくれたし、こうやって、遺跡の中を案内してくれてもいる。決して、悪い人ではないどころか、とても良い人だ。
それでも、機械嫌いの彼女にとっては、ロボットは何であれ、害悪な存在なのだろう。
「ロボ子は、害悪なんかじゃないよ」
彼は当然のように反論する。
「あんたは知らないのよ。機械の危険性をね」
彼女は過去にあったという、人型ロボットの暴走を思い出しているのだろう。唇を噛みしめるような表情をする。
確かにそれは、凄惨で悲惨な過去だったのかもしれない。しかしそれは、ロボットの全てではない。
ナツキは機械の怖さを知っているかもしれないけれど、素晴らしさを知らないのだ。
セージはそう言いかけて、口を噤む。言っても無駄だから。
「ナツキにとって、ロボ子は害悪なんだろう。僕は、それを否定する気はないよ。残念ながら、どんなに言葉を連ねた所で、人の考えを変えることができないことを、僕は嫌という程知ってしまっているからね。でも、それは僕にとっても同じだよ。どんなに言われたところで、ロボ子は、僕にとって大切な存在であることは変わらないんだ」
きっぱりと言い切ると、ナツキはジッとセージを見て、諦めたようにため息を吐いて、銃口を降ろす。
「……はぁ。まぁ、良いわよ。あんたがそう言うなら、もう何も言わない。そのロボ子とかいうのに関わって不幸になっても、自業自得だからね」
「うん。わかっているさ」
「……それなら、これ以上、何も言うことはないわ」
ナツキはそっぽを向いて、歩き出す。どうやら、ロボ子の事を受け入れる気はないけれど、見逃してはくれるようだ。
「ありがとう、ナツキ」
「ナツキは良い子」
ロボ子はそう言って、ナツキの頭を撫でようとするけれど、彼女はロボ子の腕を恐怖するように避けて、距離を取る。
「むぅ。照れ屋」
ロボ子はそう言うけれど、ナツキは明らかに照れてはいない。
「……なんか。このロボット、変じゃない?」
「変わり者であることは、否定しないわ」
何故かロボ子が、自信満々に答える。
「……否定して欲しいわね」
ナツキは苦虫を噛み潰したような表情をする。
「でも、悪い奴じゃないよ」
セージがフォローするように言うと、ナツキは嫌そうにロボ子を見る。
「……まぁ、そうなんだろうね。……不本意だけど、確かに悪さをするようには見えない。……けど、悪気もなく、問題を起こしそうにも見えるわ」
「いや、まぁ、……確かに」
セージは思わず肯定してしまう。ロボ子の性格は、面白く、セージ自身は好きではあるものの、マイペース過ぎて、どこかで空気を読まずに問題を起こしそうにも見える。
けれど、今までの事を考えれば、ロボ子も結構考えていることがわかる。
少なくとも、セージはロボ子に迷惑をかけられるよりも助けられたことの方が、遥かに多いのだから。
「そういえばロボ子。ここにはアマテラスの情報があるんだって」
「アマテラスの? ユナの言っていた救いの塔ね」
「……ユナ? ……そのユナってのは、剣みたいな形のビーム兵器を持った女のこと?」
ナツキは眉を顰めて聞いて来る。剣みたいな形のビーム兵器とは、カグツチのことを言っているのだろう。
「ん? ナツキはユナを知っているの?」
「……うん。それよりも、あんたたちとユナは、どう言う関係?」
「奴は強い。私はいつか、ユナを越えてみせる」
ロボ子がそんなことを言う。
「え? 何、その熱血思考」
「ライバル関係にしてみた」
「……ふざけてる?」
ナツキが頭痛でもするのか、頭を押さえて聞いて来る。
「いや。僕自身は、そんなつもりはないんだけど。……で、ユナさんのことだっけ? ユナさんは、僕の居たプラントの外から来た人で、プラントの遺跡で危なかった所を、助けてもらったんだ」
「……ていうか、セージ。あなたは助けてもらってばかりじゃない?」
「……いや。……そんなことは」
「あるわね」
ロボ子が答えた。そう。思ってみれば、ユナだけでなく、ロボ子にもナツキにも助けられている。
「……いいんだ。……どうせ僕なんて、頼りないし、弱いし、子供なんだ……」
「ナツキの性で、セージが鬱になったわ。対処法としてまず、頑張れと言ったら、死にそうになるわ」
「……なんの対処法よ。それに、止めを刺したのは間違いなく、あんたよね。……というか、このロボットと喋っていると、調子が狂う」
「面白いでしょ?」
すぐに立ち直ったセージが、ニヤニヤと笑みを浮かべて尋ねる。
「……別に」
ナツキはそっぽを向いた。
「はは。駄目か」
セージとしても、こんなに早く受け入れられるとは思っていなかったので、たいして気にしない。
「それより、ユナさんがどうしたの? 思ってみれば僕って、ユナさんがプラントに来る前の事って、知らないんだよねぇ」
プラントの外については聞いてはいたが、ユナが正確にどこからやって来たのかとか、過去については聞いたことがないことを思い出す。
彼女はとても優しかったので、出自を気にする必要性がなかったし、もしかしたら、ユナ自身が、それとなくその話題を避けていたのかもしれない。
「じゃあ、つまり、ユナの仲間ってわけでもないのね」
ナツキはホッとしたように言う。
「ユナさんが、なんだっていうのさ?」
彼女は悩むように眉を寄せる。
「……まぁ、良いか。ユナは私達スサノオの裏切り者で、敵なのよ」
「裏切り者?」
セージはユナの事を思い出す。
あの鋭く意志の強い瞳は、人を欺くようには見えなかった。そして、人として関わっても、彼女は強くそれでいて優しく、大人として、両親以外で初めて尊敬できる人でもある。
そんな彼女が裏切りを働くような人間には見えない。
「……スサノオはね。ある剣術道場の人達によって組織されたの。それが、今の私のパートナーであるクノーさんや、そのお師匠様達なんだ」
セージはナツキの話を聞いて、あることを思い出す。ユナが唯一言っていた自分の事。実家が剣術を教えていたということ。
「そして、ユナもその一員だった。けどね。その女は機械に対して肯定的だったのよ」
確かにそうだ。ユナは、機械を根底では認めていないスサノオの一員だったとは思えない程、あっさりとロボ子を受け入れた。
「ある日、スサノオはある発見をしたの」
「ある発見?」
「アマテラスよ。この世界の大気の穢れ。その元凶といえる毒の塔の情報。そして、その在り処」
「ん? でも、ナツキ達はアマテラスの場所を知らないんでしょ?」
その時に見つけたというのなら、今もアマテラスの情報を探し続けずに、すぐにでも壊しにいけるはずだ。
「そうよ。今の私達は知らない。ユナが、アマテラスの情報を持って、逃げ出したからね。あの人は、スサノオの創始者の娘で、クノーさんの幼馴染だというのに。……それなのに、それなのに、皆の信頼を裏切って。……私はあの人を許せない」
ナツキは怒りに満ちた眼をする。
「ねぇ。ユナさんはどうして、裏切ったりしたの?」
「……それは。……アマテラスは本来、空気を浄化する為に造られたそうよ。それでも、現実には、世界を穢した毒の塔。私達は即刻アマテラスを壊すべきだと主張したの。けれど、ユナはそれを否定した。世界を清浄化することができる可能性があるのなら、試してみるべきだとね」
「……そっか」
セージは嬉しい気持ちになった。
やっぱりユナは思った通りの人だった。
少なくとも、セージにとってユナは裏切り者だとは思えない。
彼女には仲間と慣れ合う優しい道があったのだ。
それでも彼女は、夢の為、目的の為、仲間と道を違え、孤独という苦しみを味わおうと、自らの思う、希望の道を突き進んでいるのだ。
セージはそんなユナを、心から尊敬する。
「ユナは立派」
ロボ子が言う。彼女もセージと同じことを思ってくれたのかもしれない。
しかし、ナツキはそんなロボ子を睨みつける。
「何が立派よ。ロボットにはわからないのよ。裏切られた者の気持ちが」
彼女の瞳には、憎しみさえも宿っている。
確かに、裏切られた者からすれば、心穏やかで居られるわけがない。
創始者の娘ということは、誰からでも信頼され易そうな立場だ。それも、ユナのように、強く優しい人格があるならば、実際に尊敬する人も多かっただろう。
だからこそ、違う道を歩まれた途端、尊敬していた者にとっては、今までの自分を馬鹿にされたようで、何よりも憎い存在になってしまうのだろう。
そしておそらくは、ナツキも尊敬していたのかもしれない。
ユナのことを。
「確かに世界を浄化させるなんてお題目は立派よ。でも昔の、私達よりももっと、ずっと、技術をしっかりと持っていた人達も上手くいかなかったの。今更、私達がどうしたって、上手く動くわけがない。むしろ、下手に動かして、より悪化することなんて目に見えているわ。……ユナは間違っている。勝算の低い賭けに、私達、今を生きる者を巻き込もうとしているのだから」
だからと言って、このまま待っていたところで、良くはならない。それは、悪化しているというロボ子の言葉が証明している。
だからこそ、世界には賭けが必要だ。
失敗すれば、世界は今度こそ滅びるかもしれない。けれど、細々と絶滅して行く世界から脱却する為ならば、失敗を恐れてばかりはいられない。
セージは、確信してそう思う。
言葉にまではしなかったが、セージがユナを批判的に見ていないのに、ナツキは気付いたのだろう。
少し腹立たしそうな顔をした。
それでも彼女は、遺跡の案内をしてくれる。
「この廊下を抜けた先には、また大きなロビーがあってね。そこから、それぞれの研究施設に行けるのよ。そして、アマテラスの情報は、ロビーに出て、右に進んだ道よ」
「そうなんだ」
「そこには、アマテラスがどれだけのことをしたかっていう記憶映像もあるからね。それを見れば、ユナがどれだけ危ない賭けをしているかって言うのも、わかるんだから」
「うん。自分の目で確かめて、判断するよ」
この遺跡には、アマテラスが毒を振り撒いた記憶があるらしい。それが人為的なのか、失敗なのかはわからない。けれど、ここには確かに情報がある。
セージは期待してもいた。
ナツキ達、スサノオの人達が見つけられていない情報が、まだまだあるのではないかと。
もし見つけられなかったとしても、アマテラスの情報に触れることで、前の風呂場での出来事のように、ロボ子の記憶を呼び覚ますことができるのではないかという、期待だってある。
今でも、何であの時、ロボ子の記憶を一時的にでも呼び覚ませたのかは、わからないけれど。
もう一度ロビーに出ると、そこに人がソファーに座って、何かの携帯端末を操作している。
精悍な顔立ちをした、二十代後半くらいの男性だ。こちらに気付き立ち上がるが、その動きは本当に自然で隙がない。ユナの動きを思い出させる。
ナツキに向ける視線は、とても優しい目をしていて、良い人なのだと直感的に思えた。
「クノーさん」
ナツキは嬉しそうに声を掛ける。
やっぱりこの人がクノーという人なんだとセージは思いながら、ナツキの後を付いて行く。
「ナツキに、倒れていた少年か。……むぅ」
クノーは何かに気付くと、目を厳しくさせて、クノーの身長ほどある、無骨な長剣を抜いて構える。その視線を追えば、ロボ子を見ていた。
「クノーさん。違うんです。そのロボットは、この子の物らしくて」
ナツキの言葉に、クノーさんは一瞬迷うように眉を寄せるが、すぐに首を横に振る。
「……悪いが、見逃すわけにはいかない」
クノーさんの申し訳なさそうな苦み走った言葉を聞いて、セージは慌てて、ロボ子とクノーの間に入る。
「……何故ですか、クノーさん」
ナツキは戸惑ったように聞く。
「決まっている。そのロボットは、ナナノだ」
「ナナノ?」
セージは眉を寄せる。聞いたことのない単語。何か、人の名前のようでもある。
もしかして、ロボ子の本来ある名前だろうか?
ロボ子を見れば、彼女の瞳が記憶を刺激されたように、青緑色に点滅している。どうやら、彼女の失った記憶に関係ありそうなのは間違いない。
とすると、ここにはロボ子の情報もあるのかもしれない。
ナツキは驚いたようにロボ子を見るが、セージの方に視線を移し、迷うように視線を彷徨わせる。
「……でも、……でも」
「ナツキ。ロボットは害悪だ。お前は、それがわかっているはずだ」
クノーの言葉に、ナツキはロボ子を見つめる。
彼女は、クノーを止めるべきか、もしくは、同じスサノオとして手伝うべきか迷い、そして結局、どちらも選べずにいた。
セージは、ナツキのそんな様子に軽く失望する。別に、助けてくれないことにじゃない。ナツキの優柔不断さにだ。
彼女はどうしようもなく、今の人なのだ。
セージは確信してそう思う。
とにかく、助けが期待できない今は、逃げなくてはならない。
セージにはナナノという存在がどんな物かもわからないのだ。
クノーを上手く説得できる自信もない。
しかし、そうなるとどこへ逃げるべきか。
目を覚ましてからというもの、セージは自分の持ち物を持っていない。もしかしたら、セージの倒れていた所に置いてあるのかもしれないが、悠長にそれを取りに戻って、装備するだけの時間を、作れはしないだろう。
少なくとも、クノーの実力がユナと同等くらいだと考えるならば。
そして、装備の無い今、まともに戦うことも論外。
たちまちやられるのが目に見えている。
クノーがツカツカと近付いて来る。セージらは距離を取ろうとするけれど、彼の足運びは巧みで、あっという間に距離を詰められる。
セージはなんとか割り込もうとする。
ロボ子は壊せても、人であるセージには滅多な事はできないはずだと思ったから。
「すまない」
クノーが言葉短くそう言うと、セージは殴り飛ばされる。その拳は重く、それでいて鋭い。セージは一発で、まともに立ち上がることもできなくなってしまった。
「セージ」
ロボ子はセージがやられるのを見て、プラントであった時のように、クノーを倒そうと動き出す。
背中に背負っていた鉄の杖を、剣に見立てて振るう。その様子に、クノーは少し驚いた顔をして受け止める。
「お前の剣の動きはまるで、我々の剣術に似ているな」
「ユナに教えてもらった」
「……そうか。……ユナに。お前達は、ユナの知り合いなのか」
クノーとユナは幼馴染だとナツキは言っていた。やはり、何かしら思う所があるのだろう。
「……では、ユナが教えたというその実力、見せてもらおうか」
そう言って、クノーは剣を振るう。その動きはやはり、鋭く速い。
ロボ子は応戦するけれども、次第に押されていっているのがわかる。
「なるほど。お前の動きはどこまでも基本通りで美しい。だが、だからこそ、動きが読み易い」
クノーが剣を振るうと、ロボ子は弾き飛ばされる。
「困った。勝てない」
ロボ子がポツリと呟く。
このままだと、壊されてしまう。
セージはその恐怖に、思うように動こうとしない体を引っ叩き、なんとか立ち上がる。
「ロボ子。逃げよう」
叫ぶと同時に、予めポケットに入って仕込んでおいた粉をクノーに投げつける。何の害もない粉末だ。一時的な、目くらまししかならない。
セージは、ロボ子が付いて来てくれると信じて、走り出す。少しして振り向けば、ロボ子は付いて来ていた。
後は逃げる場所だ。
いかに遺跡の中が広いとはいえ、地理は向こうの方が知っている。なので、下手に行き止まりにでも入れば、あっと言う間にセージらの負けは決まってしまう。だからセージは、立て籠ることを選んだ。
アマテラスの情報があるという方の廊下を走り、鍵の付いてそうな適当な部屋に飛び込んで、ドアをロックさせる。
いかにクノーの剣技が優れていようと、遺跡の防壁とも言える壁を打ち壊すには、それなりの武器が必要となる。
ユナの持つカグツチならば可能かもしれないが、見た所、普通の剣でしかなかったクノーの武器では、壁や扉を壊すことは難しいだろう。
外から、何度かロックを解除しようというプログラムの動きがあったが、セージはその度に施錠端末を直接操作し、開かせない。
何度かそれが続くと、諦めたようにプログラムの動きは止まる。
「ふぅ。なんとか、一時的には逃れられたかな」
「そうね。でも、危機的な状況であることに変わらない。私達は、籠の中に閉じ込められた可愛い小鳥のようなもの」
「……可愛いかどうかは、さておきね」
セージは苦笑しながら、部屋の中を見回す。
中々大きな部屋だ。壁の片側に、大きなコンピューターとモニターがあるだけの簡素な造りをしていて、真ん中には寝台のようなものが置かれている。寝台の上に天井から、何がしかのプラグが数本垂れている。おそらく、ここではロボットの研究でもされていたのだろう。寝台にロボットを寝かせ、上のプラグと接続させることで、ここのコンピューターに直結させて、内部のプログラム情報を見ていたのだろう。
何故か、寝台に早速といった感じで寝転がるロボ子を見ていたら、そうなんだろうなと思えた。
セージはとりあえず、コンピューターを起動させる。ちゃんと動いてくれた。
まずはホッとする。ここで動いてくれなければ、クノーを説得するだけの情報も集められない。
セージはまず、アマテラスについて検索をかける。
すると、確かに情報は、呼び出された。
隠されもせず、こうやってすぐに出て来るということは、ここの研究所は、セージの居たプラントよりもアマテラスと関わり深かったのだろう。
でも、たまたま逃げ込んだ遺跡に、優奈の探し求めているアマテラスの情報があるのは、できすぎている気がする。けれど、ここに来た経緯を思い出して、偶然ではないのだとも思えた。
ここに来たのは、ロボ子のマッピングを利用したためだ。ロボ子がアマテラスとかかわりが深いのなら、彼女の中の地図は自然と、アマテラスの情報がらみのものが多くなるだろう。
ユナは、ロボ子を連れていくべきだったのだ。
セージは、アマテラスの情報を見ていく。
そこに書かれていたアマテラスの情報は、セージがプラントで見た情報と対して変わらない。
アマテラスが浄化を目的として造られた塔であること。
世界中に ナノマシンを散布させて、大気に含まれる毒素を分解する。
ナノの女王と呼ばれる起動キーを用いて、ナノマシンに浄化プログラムの方向性を与えるということ。
そして、それ以上の情報となると、アマテラスの製作者がマイカという女性だということと、実験は失敗してしまったということだ。
失敗の記録映像もある。
セージはその記録映像にゾッとした。
研究者達が、アマテラスの塔の外で、上手くいくことを信じて疑わずに見守っていた。そして、アマテラスの塔が起動する。
アマテラスが青緑色に光輝く。
一向に変わらない大気に、誰もが訝しく思う者もいたけれど、すぐに世界は変わらないのだと考え、ジッと待っているようだ。
最初は、その変化に誰も気が付かなかった。しかし、段々と変化していく。
徐々に、異変に気付いた者も現れ始める。しかし、その頃には、既に手遅れになっていた。気づいたころには、動けない程の病に冒されていたのだ。
もちろん彼らは防護服を着ていたけれど、ナノマシンの病は、それすら突き抜けて襲いかかる。
研究者達が倒れて行く。そして、ゆっくりと亡くなっていった。
その記録映像は、ただ淡々と、その光景を映し出している。
血が流れるわけでもない。劇的に何かが起こるわけでもない。
だからこそ恐ろしい。
ゆっくりジワジワと、吐き気がするほど残酷に、人の命が奪われていく。
こんな映像を見れば、ナツキやクノーがアマテラスを嫌うのがわかる。
セージはその映像を切った。
そして、何故アマテラスが失敗したのかを調べる。
アマテラスを嫌悪し、破壊するのは簡単だろう。
だが、セージはそれをしない。
そんなものは、一歩も進まない選択だから。
しかし当然ながら、何故失敗したかなんて情報は見つからない。そんなものがわかっているのなら、昔の人はとっくに、手を打っているはずだ。
だからセージは、違う情報を探る。
ナナノについてだ。
クノーの言葉から想像するに、ナナノというのは、アマテラスに深くかかわっているはずだ。そして、その情報は簡単に提示された。
それは、アマテラスの起動キー。ナノの女王の設計図だった。
製作者はマイカ。
そして――。
――その設計図で描かれていた物は、どこをどう見ても、ロボ子だった。
「……ロボ子が。……ナナノが。……ナノの女王」
セージは驚き、目を見開く。
「そう。だから、アマテラスは正常には動かなかった」
振り返れば、ロボ子の瞳は赤色から青緑色へと変わっていた。
「……ロボ子? ……いや、ナナノか?」
「どちらも私。記憶があるかないかだけで、そこに変わりはない。例えるのなら、熱湯と氷の違い?」
「……凄い温度差だ」
「でも、同じ水。だから私は、セージには、ロボ子と呼ばれたい」
「……そっか。ロボ子としての記憶もちゃんとあるんだね」
「あるわ。セージがオネショしたこともしっかりと覚えている」
「いやいや。そんな記憶はないはずだからね。どさくさにまぎれて、恥の記憶を作らないでよ」
「むぅ、残念」
「……全く。油断も隙もない」
セージはそう言いながら微笑んだ。
記憶を取り戻そうと、やはり、ロボ子は変わらないのだ。まぁ、ふざけるロボ子に実感するというのも、微妙な話だが。
「それで、ロボ子がナノの女王だと、どうしてアマテラスは失敗するのさ」
「違う。ナノの女王がアマテラスに居ないということが、アマテラスの失敗」
「なっ」
セージはロボ子の言葉に絶句する。そして、その言葉の意味を口にする。
「……もしかして、アマテラスの起動に、ナノの女王は使われなかったの?」
「使われなかった。少なくとも、あの場で使われたのは、私と全く同じ姿をした、私の紛い物。でも、ナノの女王として必要なのは、私の体でなく、私の人工知能」
それはそうだ。
アマテラスの計画は、ナノマシンに指向性、つまり、意志を与えるようなもの。そこに、ロボ子自身の形なんて、関係はない。そしてそんなことは、アマテラスに関わった研究者ならばわかりそうなものだ。
「何で? 何でそんなことになった?」
「それは、失うことを恐れたマイカの選択だと思う」
「……失うこと?」
セージは、前にお風呂場で、ロボ子が言っていたことを思い出す。
「……前にもそんなことを言っていたけれど、それはどういうことなの? マイカって人は、何を選んだのさ」
「……ん」
ロボ子は迷うように顔を逸らし、コンピューターに近付いて操作し始める。
「私の設計図があるということは、これには、マイカの使っていた共有記憶もあるはず」
そう言ってロボ子が探しだしたのは、マイカという研究者の残した記録だった。
そこには、ナナノと呼ばれていた頃のロボ子とマイカの日々の映像があったり、文章として綴られたりしていた。
少しでも見ればわかる。マイカという研究者は、ナナノを本当の娘のように、大切にしていたことが。
マイカという研究者は、星が大好きだったようで、ナナノに良く、星の素晴らしさを語っている。ナナノが星を好きなのは、彼女の影響なのだろう。
ある日、ナナノはマイカに言う。
「私は、本当の星を見てみたい」
「そうね。私はいつか、あなたに空を見せてあげたい。ううん。見れるようにしてみせる」
「ん。マイカは魔法を使うのね」
「ふふ、そうね。機械を使った魔法をね。私はね。この汚れた世界を、私が生まれるずっとずっと前。戦争もなかった頃のように、綺麗にしたいの。それが、私の夢であり、目標であり、やるべきことなのよ」
セージは、その言葉を聞いて驚いた。
かつて、お風呂場でのロボ子との会話が思い出される。
それほどまでに似通ったことを、マイカは言ったのだ。だからだったのだろう。あの時、ロボ子が一瞬でも記憶を取り戻したのは。
同じ考えを持つマイカという女性に、セージは好感を覚える。
ナナノとロボ子は幸せそうで、こんな毎日がいつまでも続けば良いとすら思えるほどに、微笑ましい。
けれど、アマテラスのシステムが完成に近づき、ある欠点を見つけ出してからというもの、マイカは苦悩し、懺悔するような後悔を味わうことになる。
そして、その欠点は、今のセージにも関係があることだった。
ロボ子の言う、失うという意味。
セージは、その意味を理解し、失った時のことを考えて、胸に突き刺さるような痛みを感じた。