表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自想砲部隊  作者: フィッシャー
カイエン
4/6

要再特化首都東京直下 迷宮要塞 東京地下街


有史以前。

人類は天候等の影響を受ける地上建築よりさきに、安定した環境の地下建築に住居を定めた。

天然の洞窟や崖下の窪地に始まり、丘を削り台地を削り地面を削った。

そして文明が花開いた時、大都市の下に鏡像のように複雑な地下都市を形成するにいたった。

ここ東京の地下も例外ではない。

前世紀の遺産を利用したより複雑なトンネル群。

合法、非合法なものを含めるとその全容を把握している者はいない。

正規の道を一歩踏み外すとそこは酸欠、毒霧、水没、陥没等が牙をむく死の魔窟と化すのである。

その水没エリアを行く2着の自想式強化服がいた。

エージーの装着するバーク、そしてマークの装着するディーディーである。

地底湖へと流れ込む大小無数の支流その1つを迷いなく進んでいく。

ほどなくして道は行き止りになった。

「ディーディー、出番だ」

ディーディーが壁に手を当てると地盤が裂け、新たな道ができていく。

2着が先へと進むと地盤はもとのように閉じてしまった。

そのようにしていくつもの秘密通路を通過していくと少し開けた場所に出る。

天井は高く、一筋の滝がある。

天然の光源となる苔が繁茂していて空気もきれいだ。

その滝壺の底から朱塗りの社が浮上してきた。

注意深く見ると社の土台が亀の甲羅であることに気づく。

バイオテクノロジーによって産み出された象よりも大きな亀だ。

水陸を自在に移動する秘密拠点、本殿の正体である。

荘厳な滝の音が響く中、2着は社の中へと消えていった。


「ここは」

暗黒が支配する世界に晄は覚醒した。

「そうか。死んだのか」

道化師に胸を抉られる最期のシーンがフラッシュバックする。

「花さんは無事だろうか」

近くにはみんながいたのだから案ずることはないだろうと晄は思い直す。

「結局、守るということはどういうことなんだろうか」

「そう。難しいテーマね」

死後の世界で耳に響く懐かしい声。

「母さん」

振り向けばあのときの姿そのままの母がいた。

「でもただのひっかけ問題よ。答えは単純。ただ過程が厳しく険しいだけ」

「母さん、僕だ。晄だよ」

「まだあなたはやり直せる。辛い思いをさせて、側にいてあげられなくてごめんなさい」

晄の母は笑顔で晄の額を弾いた。

「でも次は母さんみたいな、いい女の子を守りなさい」


「意識レベル上がってきました。覚醒します」

今度は知らぬ声が聞こえる。

晄は体を起こそうとするも激痛でひどく噎せた。

「動くな。本当だッたらとッくに死んでるんだ」

エージーがゆっくりと晄の肩に手を置く。

「エージーさん。ここは?」

「本殿ッて言ッてな。まあ8課の隠れ家みたいなもんだ」

「そうですね」

先程の声が近くで聞こえる。

よくよく見ると腕の輸血針の先に繋がっているのは青色の髪の幼い少女の腕だ。

「わたしや姫様みたいに人目を避ける必要がある人にはうってつけの場所です」

「まッ、そういうことだ。道化師も始末したしあの子も無事。だからお前ェはもう休め」

「エージーさん、優しいですね」

「あァん?」

「何が起きてるんですか?本当のことを教えてください」

「やっぱり兄さんは嘘をつくなんて柄じゃないね」

「うるせェな。分かッてるよ」

「それではそなたの問いにはわらわが答えましょう」

晄は体を起こす。

その声は床の間の奥から聞こえてきた。

1段下の座敷には褐色銀髪の見知った顔が目を閉じて控えている。

いやアネットと瓜二つであるがこちらは髪が短い。

「君は?」

「彼の名前はアブツ。アネットの双子の兄です」

涼やかな声が澄みわたる。

「彼ら双子はテレパシーによって五感や思考を共有できるのです。傍受される心配もありません。本部と本殿を結ぶ貴重な架け橋となってくれています」

アブツは嬉しそうに少し頬を緩めた。

「そしてそなたの命を救ったのは彼女、皆葉紗代です。肉体的に死に至ったそなたを救うことができたのは特殊な体質の彼女しかいませんでした」

「こんなわたしでもお役に立ててよかったです」

「そんな悲しいことを言わないで。そなたはわらわたちの心臓そのものなのですよ」

ありがとうございます、と皆葉は笑顔で言った。

「そしてわらわが白鶴黎。みなからは姫と呼ばれています」

御簾の奥にやや憔悴した様子の女性がいた。

「何が起きているのか。その問いには限定的にしか答えられません。順立てて説明しましょう」

白鶴はアブツに視線を送る。

アブツは厳しい表情をしてうつむいた。

「まず、あなたが意識を失った後8課は新手の襲撃を受けました。あなたのお父上は一人でその場に残りほかのメンバーを避難させました、その後の動向は不明です。他のメンバーも避難途中に敵の総攻撃を受け、多くが負傷しています」

晄は苦々しい顔をしながら話を聞く。

握りしめた拳には真っ赤に血が滲んでいた。

「そして、黒白花は拉致されました。急いで救出しなければ命が危ういでしょう」

我慢できずに立ちあがろうとする晄をエージーが制した。

「おめェの気持ちもわかるがここはこらえるんだ。俺もありったけ我慢してんだ」

「黒白花に関して一つ気がかりなことがあります。黒白花は今回の堕悪獣と深いかかわりを持っています。それもかなり影の濃いつながりでした」

「それは、一体どういう意味でしょうか?」

「具体的なことは分かりません。ただ心にとどめておく必要があるとわらわは思います」


晄が覚醒する数刻前。

炎上する警視庁ビルを背景に暁美の装着する凪と兎田の装着する冑は防戦を強いられていた。

敵の数は9人。

それを相手にしながら3人の非戦闘員をかばう。

趨勢はあっさりと決まった。

泉に襲いかかる対自想式強化服歩兵4名を凪が弾き飛ばす。

液化ヘリウムは強力な武装であるがゆえにうかつには使えないのであった。

そこに生じた隙にヴズルィーフが鉄拳を振り下ろす。

「あっあぁ!」

【暁美、しっかりせんか。奴も爆筒を使えん】

凪は前方に氷結水砲を放つ。

しかし苦し紛れの攻撃は読まれやすい。

凪の必殺技もヴズルィーフをかすめただけに終わった

ヴズルィーフ部隊は左右に展開し挟撃する。

3名のうち守れるのは2名だけ。

凪が逡巡する。

永遠とも思える一瞬の中で凪は泉と目があった。

言葉よりも多くを物語る目であった。

凪は言葉をのんで黒白をかばうために手を伸ばす。

ヴズルィーフが泉に迫りくる。

「ほう。これはこれは」

凪の手は空を掴んだ。

ヴズルィーフの前に立ちはだかったのは黒白である。

「わたしを生け捕りにするつもりでしょう。だったらわたしはみんなの盾になるわ」

「その通りです。少しおしゃべりが過ぎましたね」

自想式強化服たちはそれぞれ1人ずつの非戦闘員を抱えて距離をとった。

「さて。これで状況はほぼ五分五分」

「いいや。そちらは自想式強化服1着、こちらは2着。非戦闘員はそれぞれ1名ずつ。こちらが有利だね」

泉が自分を勘定に入れずに言った。

「それならばこの辺でお終いですね」

「凪、冑。黒白を取り返せ」

「おっと、今度はこちらが彼女を盾にする番ですよ」

ヴズルィーフが黒白を片腕で締めあげる。

「あなた方を仕留めるのはまた今度になりそうです。それでは」

闇へと消えていくヴズルィーフを泉たちはなすすべなく見つめていた。


黒白拉致の顛末を聞きながら晄は胸が締め付けられる思いだった。

(またしても。彼女は強い)

「現在、8課は離散しています。こちらから連絡が取れるのもアネットだけ。新たな犠牲者が出るのは時間の問題でしょう」

「でも何か策はないのですか?エージーさんやマークさんが救援に駆けつけることもできるはずです」

「俺もアブツを通して泉課長にそう言ッたよ。そしたら本殿を最重要拠点として警護しろとさ。泉課長の潜伏場所はアブツが分かってるのにだ」

エージーは白鶴の手前に腰を下ろす。

「なァ、姫さんよ。隊長が戦っている見鶴来ッてやつはそんなに強いのかい」

「わらわは彼のことをよく知っています。彼に勝てる人間は恐らく存在しません。彼を倒すには途方もない数の手練れの犠牲が必要でしょう」

「では父は」

「いいえ。まだお父上は亡くなっておりません。見鶴来から逃げながら戦っています」

晄は胸をなで下ろすとともに違和感を感じた。

「先ほど父の動向は不明とおっしゃったことと矛盾していませんか。父の現在の状況が把握できるんですか」

「ええ。その問いに答えるにはわらわがここにいることの理由を説明せねばなりませんね」

御簾があがりやつれながらも美しさを残す白鶴が現れた。

その瞳に光はなかった。

「もしや目が」

「その通りです。わらわには視力がありません。その代わり別のものが見えます。ちこう寄って手を出してください」

晄は白鶴の白磁のような手に触れた。

次の瞬間、晄の意識は遠く事象地平の彼方へと飛ばされる。

目の前にはまばゆい光がきらめいている。

「もっとよく目を凝らして光のもとを見てください」

白鶴の声が聞こえる。

光の中でも強弱があるのが分かった。

それは無数の光の筋によって成り立つ束である。

精神を集中して光の筋を辿っていくとそれはときに絡み合いときに離れながらやがて巨大な光の柱へと続いていた。

意識が急速に引き戻され晄は膝をつく。

晄の息は荒く精神の消耗が激しかった。

「わらわがそなたに見せたもの、それは古代から人類がさまざまな名前で呼んでいるもの。曰く、生命の樹、宇宙樹、天上の樹。人類はそこに宇宙の真理を見出そうとしてきました」

白鶴もまた息を荒げていた。

「光の一筋は1人の人間、物質、すなわち宇宙そのもの。わらわはそれを詳細に見ることで過去から現在までの因果を見定めることができます。そなたのお父上の光は未だ途切れてはいません。それがまだ亡くなっていないと分かる理由です」

アブツが床の間に上がり白鶴の汗をぬぐう。

「私の一族に代々受け継がれてきたこの力は常に政争のもととなりました。一族の生き残りもわらわ一人です。未だ人の手に余る力、しかしわらわはこの力で救える命を救いたい。だから8課に匿ってもらい犯罪抑止のために生きているのです」

白鶴は自嘲気味な笑みを浮かべた。

「最後の方は余計でしたね。とにかくお父上は生きています。ですので泉課長の指示に従って今はこの場で堪えてください」

(父さんの力になりたい。黒白花を守りたい。だけれどもどうすることもできないのか?)

「分かりました。ただあと一つだけ教えてください。道化師はどうなりましたか」

白鶴の表情が曇った。

「堕悪獣はまだ動いています。堕悪獣の歪んだ光は未だにほかの光を飲みこもうとしています」

今度はエージーが気色ばんだ。

「あいつは俺がやッたはず。どうなッてやがる。アブツ、泉課長はそのこと知ッてんのか」

アブツは首を縦に振った。

「話が違ェぞ。大勢を守るためにあの女の子か8課の誰かを犠牲にする、その最悪の条件を俺は必死こいて飲み下したんだ。なのに堕悪獣は五体満足でうろついてて仲間は殺される、それを指くわえて見てろッてのか」

「兄さん、落ち着いて」

「これが落ち着いて」

アブツが目を閉じたまま二人の間に割り込む。

「泉課長からです。『我々は負けたのだ。今は代わりのきかない本殿を全力で守ること、本殿は8課存続のための最終防衛線である』」

「そんなこたァ分かッてる。姫と皆葉は代わりがいないのも、俺たちは代わりがきくのも。だがよゥ8課のために大勢を犠牲にするのは、そんなのは本末転倒だろう」

「『ではどうする。闇雲に動いてこれ以上事態を混乱させるのか』」

重い沈黙が全員の肩にのしかかった。

それを破ったのは晄の一言である。

「できるだけのことはしましょう。例えそれが机上の空論で終わるものだとしても」

「『そう、そうだな。晄の言うとおりだ。我々は負けた。だがまだ死んでいない』」

「よしッ。で、その机上の空論ッてのはなんだ」

「兄さん」

「ん?なんだ」

場の空気がわずかに和んだ。

「『まずは状況の整理だ。敵勢力は確認されているだけで3つ。堕悪獣、ヴズルィーフ、見鶴来。堕悪獣は黒白を標的としていた。ヴズルィーフはそのために黒白を標的にしていた。見鶴来はなんだ?』」

「見鶴来の標的はわらわです。彼の目的はただそれのみ」

「姫さんが言うのなら間違いねェな」

「では見鶴来は単独行動をしていると」

「『厳密には単独行動をしているのは堕悪獣と見鶴来だが。ほぼマークの言うとおりだろう』」

「でもよォ、姫さんの存在を知ッてるのは8課のメンバーぐらいじャねえか。なんで見鶴来が隊長を襲ッてるんだ」

「それは……、父さんから白鶴さんの情報を聞き出すため?」

「『多少願望が混じっているがその線が濃厚だ』」

「だッたらこのままここに籠ッていても隊長が捕まッたら意味がねェ」

「『そうなるか。姫、見鶴来は勇大を生け捕りにできますか』」

「できます。勇大隊長といえど彼には抗えません」

「泉課長ッ!」

「『よし、分かった。全員に作戦を伝える』」


8課のメンバーが泉の作戦を実行に移すために行動を始めた時、泉は人知れず呟いた。

「わたしはずるい女だ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ