警視庁自想砲部隊
首都最終防衛警察 警視庁
警察年度予算の9分の8を費やして建てられた鏡面仕上げの巨大ビルは人々の希望の星となって夜の東京で輝きを放つ。
そのワンフロアに自想式強化服部隊、通称自想砲部隊が所属する首都警備第8課の本部がある。
「みなさんお疲れ様でした。お茶をどうぞ」
女性らしい温かさで一行を出迎えたのは豊満な胸に結いあげた髪が特徴の兎田悦子である。
「みんなよくやってくれたね。報告を聞こう」
「はっ、泉課長」
初老の女性とともに勇大は奥の部屋へ入っていく。
フロアに足を踏み入れた晄は強烈な視線を感じた。
褐色銀髪の少女が文字通りまばたき一つせずにこちらを凝視していた。
「こいつはアネット、ッてんだ。ちョッと変わりものだがいい奴だぜ」
「兄さんが言わないでよ。~~~!」
エージーがマークを締め落としたのは8秒後である。
「このフロアにいるのはこれで全員だ。二人は隅で座ッて待ッてな。課長から話がある」
晄と黒髪の少女は言われたとおりに着席して待つことにした。
兎田からお茶を受け取り、アネットに見られながら体を温める。
「ねえあの隊長さんはあなたのお父様なの?」
「そうです。えーと」
「そう、自己紹介がまだだったわね。ごめんなさい、命の恩人さん。私の名前は黒白花よ」
「自分は遠田晄です、黒白さん」
「そう堅苦しくしないで。お父様と話す時みたいにおしゃべりしましょ。今日は色々なことがあった上にいきなり警察に連れてこられて心細いの。花って呼んで」
「分かったよ、花さん」
「ありがとう。晄くん。優しいのね」
どこかぎこちない表情だった黒白は笑顔を見せた。
アネットはまばたきせずにこちらを観察していた。
「報告は聞いた。ブリーフィングを行う。全員デスクについてくれる」
泉の号令に全員が従う。
それぞれの端末にソリッドビジョンの画面が表示された。
「今回の堕悪獣も目的は依然として不明。情報収集は続けているが未だ決定的なつながりを見つけるには至っていない」
「ここしばらく長時間の情報収集が続いていますが支障はないのでしょうか」
「それは仕方あるまい。我々にできることは心配することだけではない。どんな小さな手がかりでも見落とさないことだ」
「今回交戦したヴズルィーフが所属している組織の線はどうなっていますか」
「ヴズルィーフの装着者アルマ=レッドボーイはもとはフリーの傭兵だ。ロシア出身。当局に問い合わせているがこれも明確な回答は得られなかった」
「雇われテロ屋か。さぞかしひでェ目にあッたんだろうな」
泉は深く息を吐いた。
「今回の事件ではわずかな違いがあった。まず、自想式強化服が堕悪獣を回収しに来たこと。報告では暁美の仮説を聞いたがその諸々の線も決め手に欠ける。そしてもう一つ、堕悪獣に二度襲われた人間がいることだ」
全員の視線が晄と黒白に集まる。
「どんな些細なことでもいい。二人は今回の事件なにか心当たりはないかね」
「ありません」
「あの、わたしも」
「本当に?」
泉の鋭い剣幕に黒白は首をすくめた。
課長席の端末から小さく警報が鳴った。
「はい、8課の泉です」
「ば、化け物が逃げ出しました。突然動きだして職員をなぎ倒して」
「馬鹿な。念のため両手足は切断していたはず」
「再生したんです。新たに生えかわりました」
「それで、現在どこに」
「地下の隔離施設を抜け出して地上に」
「わかりました。情報は随時送ってください。自想式強化服で対応します」
「泉課長ッ」
「分かっている。暁美と兎田は交代、勇大隊は堕悪獣の捜索に当たれ。今回の堕悪獣は今までにはないポテンシャルだ。油断せず冷静に八つ裂きにして連れてこい!」
あわただしく装備の点検をする8課のメンバーを見ながら晄は感慨にふけっていた。
(父さんの仲間達)
今日一日で晄は無力な自分を痛感させられていた。
不意に目頭が熱くなる。
母さんと別れたあの日以来の感覚だった。
震える晄の手の上に黒白がそっと手を添える。
「大丈夫?なんだかとても辛そう」
自分よりも非力な少女が危険な目にあいながらも他人を気遣い慰める。
その強さに晄は励まされる思いがした。
「もう大丈夫。ありがとう」
「お礼を言われるようなことなんかしてないわ」
「そんなことはない。君は……!?」
心配そうに晄の顔を覗き込む黒白。
その背後。
警視庁の窓の外に、割れた道化の仮面を喰いこませた道化師が張り付いていた。
標的は、黒白。
(守る!)
晄はとっさに黒白と体を入れ替える。
強化ガラスを突き破った道化師の鉤爪は晄の胸に深々と突き刺さった。
(守る……)
薄れゆく意識の中で晄はひたすらにそれを考えた。
フロア内に鋭い音が響いて8課のメンバーはようやく事態を把握した。
目に映るのは真っ赤に染まった道化師と力なくぶらさがる晄の姿。
「バアァクッッッ!」
【は、はいっ】
「【装展!】」
吶喊したバークが道化師の腕をもぎ取った。
糸が切れた操り人形のように晄は床に崩れ落ちる。
泉の言いつけどおり、バークは冷静と激情をもって道化師を八つ裂きにした。
「兎田ッ!晄は?」
「損傷が激しいです。肉体はすでに死亡しています」
勇大はその報告を無表情で聞いていた。
エージーはバークを解除して横たわる晄を見つめた。
どこか安らかな死に顔だった。
「泉課長ッ、馬鹿野郎を本殿に移動させます。許可をください」
「エージー。分かっているだろう。本殿には8課のメンバーだけしか入れない決まりだ」
「もちのろんだッ」
エージーは胸に手を当て敬礼の姿勢をとる。
「8課所属、エージー。遠田晄を隊員として推薦します」
「あ、8課所属、マーク。右に同じです」
「その通り。8課隊員の資格は在籍する隊員2名以上の推薦を受けること」
泉はちらりと勇大を見た。
「ただし8課に親類縁者がいる場合、隊員の過半数の推薦が必要である」
「8課所属、アネット並びにアブツ。遠田晄を隊員として推薦します」
泉と勇大は驚きの視線をアネットに向ける。
「二人で見て決めた事です。私情はありません」
勇大は決意を込めた表情で敬礼の姿勢をとる。
「8課所属、遠田勇大。遠田晄を隊員として推薦します」
「これで5名。過半数を満たしたな。よろしい!エージーとマークは晄隊員を本殿へと移送、治療せよ!」
「了解ッ!」
エージーとマークは晄を担いでフロアを飛び出していった。
「総員戦闘配置。こやつを解析し尽くして隊員の借りを返すぞ」
「へえ。じゃあ早速返してもらおうか」
割れた窓ガラスの外に緑色のマントがはためいていた。
アネットが目を閉じてうずくまる。
この日、警視庁ビルは全焼した。
「見鶴来、と、戦っちゃ、だめ」
目を閉じたアネットが苦しそうにうめく。
「息吹」
【名称承認】
「【装展】」
五つ星のシルエットが現れる。
一方、見鶴来は自想式強化服を装着しない。
「泉課長は非戦闘員を指揮して避難してください」
「一人で戦う必要はないぞ」
「いいえ、もしものときは犠牲が一人で済みます。姫様からの忠告です。従いましょう」
「……死んでくれるなよ」
黒白をかばうように5人はフロアを下りていく。
同時に警視庁ビル全階に避難警報が鳴り響いた。
「おいおい。俺のことをよく知ってるやつがいるみたいだな。正しい判断だ」
カハッ、と見鶴来は息を吐き出す。
「ハハハハハハハハッ!ようやく手がかりを見つけたぜ。永かった。永かったがもうすぐだ。ハハハハハハハッ!」
見鶴来は狂ったように笑い出す。
永年に渡って蓄積された鬱憤を吐き出すように長い間笑っていた。
「あー、なんかすげーすっきりした。涙出てきた」
【友が笑うなんていつぶりかのう。懐かしいのう】
「うっせ。老人の思い出話なんて聞きたくねーよ。それにあいつはもう目の前なんだ」
見鶴来の足元で道化師の肉片が蠢きだす。
八つ裂きにされてもなお再生しようと集まり始めていた。
「気持ちわりいなあ、こいつ。一体どうなってんだ?」
見鶴来は事もなげに肉片をひとかたまりにまとめると窓の外へと蹴り落とした。
息吹は隙を窺っていたが仕掛けられないでいた。
(やはり。この男尋常ではない)
「さて。じゃあ念願の手がかりを手に入れるか」
【覚悟しなされ。御若いの】
見鶴来は構えをとる。
割れた窓から強い風が吹き込んできた。
『見鶴来の 名前の前に 敵は無し』
一振りの両手剣が現れる。
警視庁ビルが炎に包まれた。
炎上するビルを背にしながら泉、兎田、暁美、アネット、黒白の5人は避難を続けていた。
「できるだけ遠く、安全な場所へ」
泉の指揮でまとまって行動する。
先導する暁美が突然足を止めた。
「なかなか鋭いお嬢さんですね」
暗がりからアルマが姿を現す。
「アルマッ」
「ああ、説明は不要です。イー14の行動は逐一監視していましたから。ということでこちらの要求も言うのも不要だとは思いますが」
黒白の四方を4人は固めた。
「素直に応じてはくれませんか。イー14は彼女をターゲットにしています。今までの堕悪獣、でしたっけ、には見られなかった知性的な行動。更なる詳しい調査には彼女が必要です」
先頭の泉、しんがりの兎田がブレスレットを構える。
「そちらが自想式強化服2着、こちらが1着」
5人を包囲するように戦闘員が現れる。
「そして、そちらが非戦闘員が3名、こちらが対自想式強化服歩兵が8名」
アルマがブレスレットを構える。
「投降していただけると手間が省けるのですが」




