追う者
未来保護育成機関 和田倉門高校
歴史を作るのは人であり、人が歴史である。
前世紀の卑劣なテロは未来を担う子供たちをも無慈悲に屍へと変えていった。
そのような歴史を繰り返してはならない。
そんな強い認識の下、政府の援助で学校は手厚い保護を受けることとなる。
晄は入学式が終わるまで職員室で待機し、校内放送を聞いてやってきた新しい担任教師に事情を説明した。
「そんな事件が。怪我の方は大丈夫なのか」
「はい、問題ありません」
「そうか。まあ無事で何よりだ。君のクラスメイト達はすでに自己紹介を済ませている。残りは君だけだ。着替えがすんだら急いで教室に行こう」
担任、有村の先導で教室へと向かう。
入学式後特有の浮かれた雰囲気が全ての教室から感じられた。
中でもひときわ大声で騒ぐ教室に有村は入っていった。
「こらっ!静かにせんかっ!全く、不動先生どうして注意しなかったのですか」
副担任の不動女史は眼鏡がずれ落ちる勢いで頭を下げた。
「すいません。注意はしてたんですが聞いてくれなくて」
「まずはその小声をなんとかしなきゃいかんですな。全員注目!」
有村の大声にクラス中の視線が集まる。
ひっ、と不動は情けない声を出した。
「あー、君たちの最後のクラスメイトだ。入学式には間に合わなかったが仲良くするように。晄君、自己紹介して」
有村に促され晄は教卓の前に立つ。
「自分は遠田晄と言います。国立富士総合火力中学校から上京してきました。至らぬ点は多々あると思いますが皆さんとともに研鑽していきたいと思っています。これからよろしくお願いいたします」
晄は一礼する。
しばしの沈黙の後拍手が起こった。
「じゃあ指定の席について。ホームルームを始めるぞ」
一つだけ開いている席に晄は座る。
隣の女子が小声で話しかけてきた。
「富士総火ってすごいね。あそこは大学まで一貫教育じゃないの?どうしてウチなんかに?」
「学校の用意していたプログラムは全て修了した。もう在籍する理由がなくなったので父の住む東京に越してきたんだ」
「修了したの?よくわからないけどすごいね。友達と別れるの寂しくなかった?あたしは須田マナ。友達になってくれる?」
差し出された右手に晄は握手を返す。
「よろしく。須田さん」
ビルの屋上を飛びうつりながら移動する三つの黒い影。
先頭を行く赤髪の男の腕には自想式強化服のブレスレットが光っていた。
後方の二人は背にレーダーを背負い手元の液晶を監視している。
不意に三人の前に一人の男が立ちはだかった。
腕には大きなブレスレット、緑のマントをはためかせている。
「よりにもよってアンタが増援か。まともな奴って言ったのに」
「まあ確かにあまり手伝う気はねえ。それよりも久しぶりの東京だ。下っ端も勝手に使わせてもらうぜ」
「はいはい。ただ緊急連絡だけは無視しないで下さいよ。見鶴来さん」
「アルマたってのお願いとあっちゃ無碍にはできんな。考えとくよ」
見鶴来は大きな口に笑みを浮かべた。
勇大と暁美はエージーとマークとに合流し輸送車で首都光を走っていた。
マークが端末と向き合いながら報告する。
「犠牲者三名の身元確認取れました。以前の者を含めても共通点はなさそうです。やはり無差別ですね」
「そうか。何か見落としているのかもしれん」
「考えすぎではないでしょうか。堕悪獣の製造が苦しくなって節約しはじめただけという可能性もあります。何しろ今までの堕悪獣を使った破壊活動は無軌道そのもので何らかの意図があるとは到底思えません」
「暁美の言うことも一理あるぜェ、隊長。本部から連絡もねェしな。しいて言えば、事件の名称が深夜連続変死事件から無差別殺人事件に変わッたぐらいのことしかわかッちャいねえ。ん!?」
エージーは端末に向かい悲しい顔をしているマークにヘッドロックをかける。
「てめェ、仕事中に個人通信とはいい度胸じャねえか。なに話してんだ?あ?」
「ごめ、すいません。遺体留置所の友達が遺族と連絡とれないって愚痴をこぼしてるのを聞いていました。あ!本部から連絡です!」「今回は随分時間がかかッたな。遠い線なのか?」
「仕方あるまい。見ることはかなりな負担なのだから。それで内容は?」
「はい、えーと堕悪獣が被害者に再接近しようとしているそうです。二人のうちのどちらかはわかりません」
「分かった。エージーは俺と飛ぶぞ。暁美とマークは車両で移動だ」
「了解!」
「以上で今日の予定は終了だ。各自寄り道せずに帰宅するように」
そう言って有村は教室を出て行った。
次の瞬間、教室は爆発するかのようににぎやかな話し声で満たされる。
入学早々注目の的になった晄の周りには人垣ができていた。
「富士総火ってどんなところよ?」
「東京駅で事件があったらしいけど」
矢継ぎ早に質問が投げかけられる。
そんな中、人垣をかきわけて現れたのはマナである。
「まあまあ。外に出てゆっくり話そうよ。遠田君時間ある?」
「いや残念だが先約がある。今日はもう下校する」
そう言うと晄は足早に教室を出て行った。
「軍隊式?なのかね。ちょっと感じ悪い」
「でも悪い人じゃないと思うよ。お父さんのことすごく大切に思ってた」
マナは晄が出て行ったドアを見つめながら呟いた。
学校を出た晄は確信を得ていた。
(やはり学校から離れても見られている。尾行されているな)
晄は人混みの中を進み、不意に人気のない路地に入った。
追跡者は速やかに移動し細心の注意を払って路地を覗き込んだ。
「後ろだ」
晄はビルの谷間を三角飛びで昇り追跡者の背後へと着地する。
振り向かせずして関節を極め、路地へと押し倒す。
体をまさぐるが所持しているものはなかった。
「言え。尾行の理由は何だ。誰からの指示だ」
「言えばどの道殺される。言うつもりはない」
「そうか。ならば楽にしてやる」
晄は首に添えた手に力を込める。
追跡者の目に怯えの色はあらわれない。
「どうやら本当みたいだな」
「どうした、殺さないのか」
晄は追跡者からそっと離れる。
「行け。もう用はない。次はもっと尾行のうまいやつとかわってもらえ」
追跡者は舌打ちをしながら路地を離れていった。
「対象確認。これより尾行を開始する」
晄は誰もいない路地でつぶやいた。
「アルマ隊長。イー14、要観察者に接触しました」
「よし。成り行きを見守る。適切な距離を保て。用心のために見鶴来さんに緊急連絡を出しておけ」
夕暮れが迫る東京を晄は忍び足で進む。
尾行に失敗した追跡者を逆に尾行しているのだ。
追跡者は特定のエリアを周回しているようだが特定の建物に入ろうとはしない。
(尾行には気付かれていないはず)
再び移動を開始した追跡者を追う。
(尾行の用心かそれとも特殊な情報伝達を行っているのか。なんにせよねぐらぐらい抑えなければ帰宅できない。父さんに迷惑はかけられない)
突然、追跡者が走り出す。
体内に埋め込まれた通信機で緊急連絡を受信したのだ。
当然、晄には何が起きたかは分からない。
(動いた)
気配を殺しながら併走する。
追跡者は街角の雑居ビルに入っていった。
(あそこか。さてどうする)
ビルを見上げると窓ガラスが割れているのに気づいた。
路上に破片は落ちていない。
(だいぶ前に割れたものか)
しかし次の瞬間、空中に人が飛び出してきたのを晄は見た。
ガラスの割れる音はもちろんせず、通行人は一人として危険に気づかない。
晄は助走とともに跳躍、空中で人を受け止め着地した。
「大丈夫ですか」
腕の中の男を見て顔をゆがめた。
先程の追跡者である。
すでに大量の血を流し絶命していた。
異変に気付いた通行人が悲鳴を上げて逃げていく。
ビルの建物からも我先にと人が走り出てくる。
(中でいったい何が)
晄の疑問はすぐに解消された。
割れた窓から次に落ちてきたのはあの異形である。
「どうしてここに」
晄は道化師の前で再び構えをとる。
しかし道化師は晄のことは意に介さず逃げ惑う人々へと背後から跳びかかる。
晄はその中に見知った黒髪の姿を見つけた。
(どうしてここに)
混乱した頭で同じセリフを繰り返しながらも晄の体は迅速に動いた。
着地地点に先に滑り込むと、懐から取り出した即席嵌め込み杖を使い道化師の胸と地面との間につっかえ棒を突きたてた。
落下の勢いと自重をまともに受けた道化師は後ろへ倒れこむ。
起き上がろうとする道化師の支点をめがけて渾身の一撃を続けて叩きこんでいく。
(倒せずとも時間稼ぎを)
周囲のパニックは未だに続いている。
業を煮やした道化師は腕の関節を逆に曲げ仰向けのまま四足で立ちあがった。
逆四足歩行となった道化師がブリッジの体勢で突進する。
尻尾巻いて逃げやがれ、エージーの言葉を思い出す。
迷いを晴らすように晄は決意を口に出す。
「守る。守る……?」
「馬鹿野郎ッ!」
道化師と自想式強化服が勢いよく頭突きしあって正面衝突した。
強い衝撃とともに周囲に炎と突風が吹き荒れる。
熱風が収まり、晄は目を開けた。
その場に立っていたのは炎を吹き上げる新たな自想式強化服である。
『七・五調? そんなこたァ 関係ねェ
迷わず進むぜ 俺の花道』
【……認証しました。はあ】
「てめェ、溜息なんてついてんじャねえぞ。そんなんだからいつまでたッても俺とコンビなんだ」
【すいません。駄目な疑似人格で】
「そうじャねーだろ」
「エージー、バーク。無駄口が過ぎるぞ」
「ほら俺まで怒られちまッた」
【すいませんね】
「だからそうじャねーッて言ッてんだろ」
いかつい一本角兜の自想式強化服が言い争っている後ろで晄は立ちすくむ。
道化師は頭をつぶされて動かなくなっていた。
「おうそうだ、忘れるとこだッた。おいこの馬鹿野郎」
晄はまた襟元を掴まれ今度は片手で持ちあげられた。
額同士をごつんと突き合わせる。
「テメー、二度死んだな。親父さんに対してどう落とし前つけるつもりだ、コラ」
「そのことはいい、エージー」
黒髪の少女を脇につれた息吹が現れる。
「隊長、しかし」
「いいんだ。すまんな」
勇大は誰にともなく謝った。
「さて、君と少し話がしたい。一緒に来てくれるね」
「……はい」
少女はすっかり怯えた様子でなんとかうなずいた。
「晄、お前も一緒に来るんだ。目を離すと三度目が起こりそうで心配だ」
「分かったよ、父さん」
「暁美とマークは輸送車に堕悪獣を積みこめ。本部へ戻るぞ」
事件の鍵を乗せた輸送車は首都光に乗り、一路、桜田門へと向かった。