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自想砲部隊  作者: フィッシャー
カイエン
1/6

少年 遠田晄

23世紀 陸海空無限テロ時代。


何かを求める本能、欲求に突き動かされるまま迷走を続けた人間社会。

その果てに世界が導いた1つの答え。

それは超威力、超遠距離、超広範囲、超依存性、超致死性、超長期汚染、超無差別テロによる終末世界である。

人類が獲得した知恵、その暗黒面によって創られた超戦略兵器は無数の創造主の血を吸い尽くした。

しかし。

秩序と平和を求める人々の叡智が燦然と光り輝くのは、いつの世も地獄の世の中である。

懲悪のために1つの力が練り上げられた。

一、極悪計画が実行される前に。

一、速やかに接敵し。

一、分析によって導かれた最良の火力を以って。

一、悪人を制圧する。

(これ)(すなわち) 超肉弾戦。

彼ら無名戦士の献身と屍の上に、人類は新たな秩序を築き上げ再び繁栄を始めていた。


喪中暦23年 人為休眠火山 富士山


前世紀に設置された殺戮兵器が徘徊し常人が立ち入ることのできない富士大樹海。

その奥深く、大樹の根元で座禅を組む一人の少年がいた。

少年の目尻に一粒の朝露が落ちる。

囀りさえ聞こえない静寂。

その中で無音で忍びよるものがいた。

ステルス迷彩で姿を消した殺戮兵器は木々の間を伝い少年の真上で幾人もの血で染まった凶刃を構える。

少年は不動である。

無感情で殺気もない殺戮兵器が跳躍の溜めに入るその寸前。

素早く樹肌を駆けあがった少年が先に正拳を叩きこむ。

一瞬の早業、殺戮兵器はフレームを歪ませ地面に落下した。

不快な金属音が樹海にこだまする。

なおも立ち上がる殺戮兵器の前に目を閉じたままの少年が構えていた。

少年の貫手によって心臓部を破壊された殺戮兵器は長年の使命を終えた。

そのままの体勢で少年は大樹に触れた。

指先から伝わる大樹の中を昇る滝の轟音に耳を澄ませる。

「晄、遅刻するぞ。準備はできたか」

「はいっ。父さん」

晄は快活に返事をした。


2人の親子は大樹海を一時間で踏破し、要再特化首都東京行きのリニアラインに乗車した。

「晄も高校生か」

「東京の高校に決まって嬉しいよ。また父さんと一緒に暮らせる」

「そうだな。母さんも喜んでいるだろう」

最高時速888kmの車窓の外に見えるのは延々と続く要隔離地域とそれに隣接して立ち並ぶ居住施設である。

「すまないな。お前には苦労ばかりかける」

「父さんを守れるぐらい強くなる。それが目標だから」

「それは頼もしいがまだまだ先は長いぞ。これが新しいウチの住所と鍵だ。学校からそう遠くない。仕事が終わったらいっしょに食事をしよう」

「料理作って待ってるから。早く帰ってきてよ」

「ああ、約束だ」

電車は付着した汚染物質を高温スチームで洗い落としながら駅構内に滑り込んだ。


往来警戒網総司令部 東京駅


年間利用者数88億人、総テナント数88万店を抱える唯一無二企業。

そこに集められる巨額資金によって構築されるのは、御天道様と呼ばれる往来監視防衛網である。

今日もまた無数の車両が出入りし、人波が寄せては引いていく。

「父さんはここで少し用事を済ませる」

「僕は駅通路を通って学校だね」

「そうだ。慣れない東京だから遅刻しないように早く行くんだぞ」

「遅刻なんかしないよ」

「本当か。都会のもの珍しさに気を取られて寄り道、なんてこともあるかもしれんぞ。それにほら」

勇大が指差したのは特別警戒実施中と赤文字で記された立て看板である。

「最近物騒な事件が起きてるからな。早く学校に行くんだ」

勇大の小言の直後。

通路両脇8m間隔で設置された電気捕獲網発射機構、天網が総戦闘態勢に入った。

警告誘導灯が順次点滅し避難経路を照らし示す。

「晄!待ちなさい!」

勇大の制止を振り切って晄は避難経路とは逆の方向へと走る。

なぜならば避難方向の逆に侵入者がいるからだ。

押し寄せる群衆をかきわけひたすらに進んでいった。

駅中央ホールに出た晄が見たものは、大きな穴が開いた天蓋と異形の姿である。

身の丈8尺はあろう奇妙な道化師の風体をした侵入者だ。

捕獲網をナイフで切り刻みながらゆっくりと歩みを進めている。

足元には何人か血を流し倒れている。

その先には学制服姿の少女が逃げ遅れていた。

晄は迷いなく少女の前に躍り出る。

構えをとりながら異形と向き合った。

(勝てない。死)

相手の力量を分析し過大なく評価した結果導き出された答えである。

しかし晄に迷いは生じない。

(守るべし。ただひたすらに。守るべし)

降りかかるナイフを半身でかわし、道化師の細腕を肘膝で挟み打つ。

(硬い)

白い学ランに血が滲んだ。

道化師の無造作な蹴り。

これを腹に食らい晄は両膝をつく。

痛みで息ができない。

しかし晄は俯くことなく敵を見据えたままだ。

なおも射出され続ける天網による援護もむなしく塵と消える。

道化師は身を屈めた。

両者の顔が至近に迫る。

道化の仮面の中にはただ暗黒が広がっていた。

(守れただろうか)

止めのナイフが振り下ろされるまでの間に晄は逡巡した。

次の瞬間、道化師は吹き飛び壁に強かにぶつかった。

建物が大きく揺れる。

動きの止まった標的に捕獲網が何重にもわたって覆いかぶさった。

先程まで道化師がいた場所には光を反射して輝く精緻な全身鎧の広い背中があった。

『風は去り みなもに揺れる 善と悪

  わがことのはを たよりと思え』

戦歌認証コードチェック 戦闘態勢バトルレディ

どこからともなく現れ首に巻きついたマフラーは正義の証である。

晄はその声に聞きおぼえがあった。

「父……さん?」

「寄り道するなと言っただろう」

負傷した2人を囲んでいつの間にか新たに3人の人物が立っていた。

外国人男性2人と日本人女性1人である。

声にならない叫びをあげながら道化師は拘束を引きちぎる。

その胸には致命傷になるはずの穴が開いていた。

「エージーとマークは負傷者を保護。暁美は俺に続け」

「了解。息吹、隊長」

形勢不利と見るや背を向け逃走を始める道化師を追って勇大と暁美と呼ばれた少女は走り出す。

「凪」

【名称認証したぞい】

「【装展!】」

暁美のブレスレットが輝きを放つ。

周囲2km立方に存在する有象無象。

それらより微量の化合物を引き寄せ、原子分解の後、戦闘装甲として再構築する。

前世紀の巨悪を乗り越えるために産み出されたもの。

肉弾戦をより高次のものへと昇華させたもの。

それが自想式強化服である。

『強きもの 弱きものとの おことわり

  人のちせいに よるべきのなし』

現れたのは深い青のフォルム。

滑らかな表面に女性的なラインをしている。

晄は走り去る二着の背中を見つめながら気絶した。


駅ホームへと逃げた道化師は緊急発車するリニアモーターカーの屋根へと飛びうつる。

息吹と凪も一足遅れてその後を追った。

高温スチーム噴射トンネルの霧の中を抜けると一気に視界が開け明るくなる。

分厚い汚染雲の切れ間からは斜光が差し込む。

道化師は先頭車両で立ち往生していた。

「袋の鼠だが油断するな。さっきは必殺の一撃のはずだったが、まだ動いている」

【両手足の破壊を優先。確実性を重視】

「了解です、勇大隊長、息吹」

「東京駅へ連絡。リニアを停車させるな」

指示了解ラジャー

2着は互いをサポートできる間合いを保ちながら漸進する。

道化師が苦し紛れに投げつけるナイフも自想式強化服を傷つけることはできない。

標的を見据え一歩一歩確実に前進する2着の耳に、突如エンジンの爆音がこだました。

汚染雲の中から一機の航空機が急降下してきたのだ。

リニアモーターカーの屋根ぎりぎりで機首を上げた航空機は二着の前方車両に何かを投下したあと並行飛行を始めた。

【状況更新。敵性障害発生。目標の変更が必要です】

『浮きの世も 地獄の沙汰も 金次第

  命か金か かねはただなり』

【O.K.!フルパワーだ】

飛び乗ってきたのは赤い自想式強化服である。

それは幾度ともなく任務の妨害を受けたことのある自想式強化服の一つだ。

前世紀。

巨悪との戦いは熾烈を極めた。

自想式強化服による超肉弾戦が確立された後もしばらくは劣勢が続く。

巨悪が保持する多種多様の超戦略兵器の暴威はそれほどまでに凄まじかったのである。

超肉弾戦と超戦略兵器。

両陣営に多大の被害をもたらした泥沼の抗争。

先に勢いを失ったのは歴史が示すように悪の側である。

皮肉にも自らの使用する超戦略兵器によって徐々に自滅する形となった。

その戦いの中で何着か鹵獲されたものが戦後の今に立ちはだかっているのだ。

「目標変更。ヴズルィーフの無力化、道化師の無力化、ヴズルィーフの撃破の順だ」

立ち上がったヴズルィーフはとげに覆われた両腕をあげる。

両者の間は車両一両分。

ヴズルィーフが息吹の懐に飛び込み掌打を繰り出した。

しかし命中の寸前に息吹の姿がかき消える。

ヴズルィーフの背後から息吹の空中回し蹴りが側頭部にめり込む。

重爆音とともにヴズルィーフは軌道外へと弾き飛ばされた。

【爆筒!】

推進材の爆発的噴射によって再度屋根に着地する。

「相変わらず御速いことで」

【無駄口叩いてる暇があったら一人でも多くぶち殺せ!】

膝をついているヴズルィーフに凪が肉薄する。

「氷結水砲!」

「爆筒!」

凪の液化ヘリウムを核とした水弾の中を爆風を纏ったヴズルィーフが正面突破する。

装甲を凍りつかせながらの体当たりを凪は頭上を飛び越して回避した。

爆筒によって水分は蒸発し動きを十分に止められなかったのだ。

息吹と凪は攻撃の手を緩めない。

凪の攻撃で生じる隙に息吹が追い打ちをかける態勢だ。

ヴズルィーフに2着が走り寄る。

【警告】

「凪、後ろだ!」

背後からの道化師の奇襲だ。

息吹は鉤爪を避け、道化師の首を足刀で叩き折る。

しかし道化師は怯まずに突進する。

不意を突かれた凪は道化師に轢かれて軌道外に投げ出された。

「閃!」

息吹は放りだされた凪を一瞬で肩に担ぐと空中で軌道を変え車両最後尾に着地する。

道化師はなおも止まらずヴズルィーフに襲いかかる。

ヴズルィーフは道化師の両腕を掴むと並行飛行している航空機へと投げ飛ばした。

「今日はこの辺でお終いですね」

「どうした?いつものように使い捨ての堕悪獣じゃないのか」

「いやそのつもりだったんですけど、まあ色々ありまして。それではまた」

ヴズルィーフも航空機に飛びうつると急上昇し汚染雲の中へと消えていった。

汚染雲は空一面を覆い尽くし地上に濃い影を落とした。


「任務続行したいので追加人員を送ってください。できるだけまともな奴」

数十キロ先、山に墜落した航空機の無線でヴズルィーフは通信していた。

その場に道化師の姿はもうなかった。


「おい、起きろッつッてんだ」

「兄さん。もっと優しく」

「うるせェな、マーク」

晄は言い争う声で目を覚ました。

身を起こし周囲を見回す。

どこかの車内のようだった。

父の部下であろう男二人と道化師に襲われた少女が同乗している。

怪我の手当てもすんでいた。

「あ、起きたよ、エージー兄さん」

「おう。やッと御目覚めか。まずはこッちの姉ちャんがお礼がしたいんだとよ」

「あの、ほんとうにありがとうございました。あなたは命の恩人です」

黒髪の少女は頭を下げる。

「命の恩人……」

「お前ら以外の被害者は亡くなッてたそうだ」

晄の考えを先読みしたかのようにエージーが話す。

「エライ姉ちャんだよ。調書を取り終えてもお前が目覚めるのをわざわざ待ッてたんだからな。手当も手際よく手伝ッてくれたよ。おッと、礼を言うのはまだ早いぜ。また怪我するかもしれねえからな」

言うが早いかエージーは晄の襟元を掴むと、首を締め上げて壁に叩きつけた。

「馬鹿野郎ッ!お前ェ死ぬ気だッただろうが。ヒーローにでもなッたつもりか。あァ?」

晄は真っ直ぐエージーの目を見ていた。

「死ぬと思ッたら尻尾巻いて逃げやがれ。犠牲になろうなんてのは下の下、下らねえ考えだ」

晄の目の奥に激情の炎がともる。

「取り消せ」

「あァん?」

晄はエージーの腕を握りしめる。

「母さんを侮辱することは許さないっ!」

晄はさらに力を込める。

しかし締め付けは弱まらなかった。

「訳わかんねえこと言ッてんじャねえよ」

「兄さん、もうそのぐらいで」

マークの仲裁が入りエージーはようやく手を離した。

「ごめんね。弟の僕の方から謝罪するよ。兄さん口より先に手が出るから。僕もよく殴られてるんだ。どこか痛くない?」

「いえ、大丈夫です」

「よかった。君は隊長の息子さんだね。君らを襲った怪物のことを僕らは堕悪獣と呼んでる。無差別に殺人を繰り返す動物兵器だ。人の姿をしていても知能は大したことない、まさに獣さ。恐らくはあいつが今東京で起きている連続変死事件の犯人だろう」

「喋りすぎだ、馬鹿野郎ッ」

エージーのげんこつが炸裂しマークは頭を抱えてうずくまった。

「まあ大体はこいつの言ッたとおりだ。隊長も堕悪獣を取り逃がしちまッたようだし、ガキ共はさッさと学校行ッて安全な電磁柵の中でじッとしてろ。……ああ、隊長は無事だ。あんな奴にやられる人じャねえよ」

車が停止しバックドアが開く。

「まずは息子の方の学校に到着だ。おら、さッさと降りな。入学初日から遅刻たあ、いい御身分じャねえか。たッぷり目立ッてこい」

晄は言われるがまま車から降り遠ざかる車を見送った。

「父さんの仲間か」

大きく一つ深呼吸をすると晄は衣服の乱れを直し、校門をくぐった。

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